【完結】紅き平和の使者   作:冬月之雪猫

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第十一話『救済』

第十一話『救済』

 

「……それと、話を始める前に質問があるの」

 

 凛は士郎に問い掛けた。

 

「士郎。あなた、自分がドナルドになる為に街を出た時、キチンとみんなに説明したのよね?」

「もちろんさー!」

「……そうなんだ。それなら、やっぱり……」

「凛ちゃん?」

 

 悲しげな表情を浮かべる凛に士郎は慌てた。

 

「どうしたの!?」

「……士郎。たぶん、この世界はあなたのいた世界じゃない」

「え? ……ああ、うん。そうだよ」

 

 アッサリとした士郎の反応に凛は首を傾げた。

 

「気付いてたの?」

「うん。学校で藤ねえを見た時、気付いたんだ。この世界の僕は、僕じゃない。きっと、この世界の僕は爺さんからちゃんと受け取れたんだと思う」

「受け取れたって……?」

 

 士郎は寂しそうに微笑んだ。

 

「大切なもの。僕は、受け取り損ねたんだ」

「それって……」

「おい、そろそろ説明をしろ! こっちは何がなんだかサッパリなんだぞ!」

 

 自分達をほったらかしにしてシンミリし始めた凛と士郎に慎二が声を荒げた。

 

「あっ、ごめんね! けど、その前にコレ!」

 

 士郎はテーブルに手を向けた。

 

『Happy Meal』

 

 不思議な声と共に現れるハッピーセットに藤村が目を丸くする。

 

「えっ!? なにこれ、手品!?」

「……これ、マックか?」

「マクドナルド……、ですね」

「みんなで食べようよ!」

 

 笑顔満面の士郎に凛は頭を抱えた。

 

「アンタねぇ……、これから大切な話をしようって時に、TPOを弁えなさい!」

「ご、ごめんね! でも……」

「でも、じゃない!」

「ぅぅ……、ごめんなさい」

「と、遠坂さん。あんまり士郎を虐めないであげて欲しいなー……、なんて」

 

 縮こまる士郎を見兼ねて声を掛ける藤村。

 

「……っていうか、これって食えるのか?」

「もちろんさー! 美味しいよ!」

 

 疑う慎二にそう言って、自分の分のハンバーガーを口にする士郎。

 

「それじゃあ、わたしも!」

 

 藤村も士郎のフォローのためか躊躇う事なくハンバーガーを口にした。

 

「あっ、藤村先生!」

 

 未だに半信半疑な桜は藤村の凶行に慌てたが、藤村は「美味しい!」と頬を綻ばせた。その姿を嬉しそうに見つめる士郎を見て、凛も諦めたようにハンバーガーを食べ始める。

 慎二は美味しそうにバーガーを食べる二人を見て、自分の分のバーガーを口にする。

 

「……美味いじゃん」

「兄さん!?」

「大声出すなよ。……アイツは衛宮だぞ」

 

 慎二は部屋に引き摺られた時に士郎に握られた手を見つめた。

 

「僕達が知ってる衛宮じゃないかもしれないけどな」

「……どういう意味ですか?」

「鈍いやつだな。とにかく、さっさと食っちまえよ。話が進まないだろ」

「はい……」

 

 恐る恐るバーガーを齧る桜。その瞬間、変化が起きた。

 

「え……?」

 

 気がつくと、バーガーを食べきっていた。そして、急に体が軽くなった。

 

「どうしたのですか?」

 

 心配そうに声を掛けるライダー。

 桜は自分の両手を見つめた後に士郎を見た。

 

「なにを……、したんですか?」

「ごめんね。先に言っちゃうと、臓硯さんにバレちゃうからさ。君の体を最適な状態にしたんだ。あと、慎二の体も最適化されている筈だから、これで魔術が使えるようになるよ!」

「……はい?」

「は?」

 

 間桐兄妹は揃ってポカンとした表情を浮かべた。

 

「……士郎。アンタ、今なんて言った?」

「え? だから、二人の肉体を最適な状態に改善したんだよ。二人共、臓硯さんに命を握られていたからね。それに、桜ちゃんは不本意な肉体改造を施されていたみたいだし、慎二は魔術師になりたいのに魔術回路が無いことを悩んでいたみたいだから、一先ず解決してあげる事にしたんだ!」

「待った……。待って、意味が分からない。あなた、魔術回路が無い人間に魔術回路を植え付ける事が出来るの?」

「違うよ。それはさすがに無理さ。ただ、慎二の血には魔術回路の因子が残っていて、僕のハッピーセットがそれを元に魔術回路の精製が可能な状態にしたんだ」

「士郎。アンタ、自分がトンデモナイ事言ってる自覚ある……?」

 

 表情を引き攣らせる凛を慎二が押しのけた。

 

「……おい、待てよ。本当に、僕が魔術を使えるように……?」

「うん。ただ、使えるようになっただけだから、修行は必要なんだ。ごめんね。ドナルドにはそこまでが限界なんだ」

「いや……、いやいやいやいや! 待てよ、オイ! 本当に、僕が……、この僕が!」

 

 喜色を浮かべる慎二。対して、桜は自分の髪を驚きの表情で見つめている。

 

「髪の色が……」

「あっ、属性が戻ったから色も戻っちゃったみたい。ごめん、色は今のほうが良かったんだよね? ああ、ウッカリしてた」

 

 青い髪が黒く染まっていく。その光景に桜は戸惑いながら、謝り続ける士郎の顔をあげさせた。

 

「あの……、いえ、むしろ、ありがとうございます。あの……、いっぱい疑っちゃっいましたけど……、本当に先輩なんです……、よね?」

「えーっと、うん。一応、そうなるかな? でも、君の知ってる士郎とは違うんだよね。僕も……、実は君とは初対面なんだ」

「え?」

 

 士郎は説明しようと口を開きかけて、途中で外を見た。

 

「あっ、来たみたい! どうも、臓硯さん。いきなり、勝手な事してすみませんでした」

 

 士郎が縁側に続く襖を開くと、そこには怪しげな老人が立っていた。

 瞬時に警戒心を露わにするライダーと凛。慎二と桜も表情を凍りつかせている。

 唯一人状況についてこれていない藤村が士郎に問う。

 

「えっと、士郎の知り合いなの?」

「ううん、初対面だよ。でも、僕は臓硯さんのことも知ってるよ! 驚いた?」

 

 にこやかに微笑みかける士郎に臓硯が口を開く。

 

「よもや、慎二と桜を解放するとはな。貴様、何を考えておる?」

「僕はみんなを笑顔にしたいんだ! というわけで!」

 

 士郎は両手を広げた。

 

『Happy Meal』

 

 現れたハッピーセットを臓硯に向ける士郎。

 

「食べて下さい! きっと、臓硯さんの悩みを解決出来る筈なので!」

「……儂の悩みじゃと? はて、分からんな。何故、お主が知っている? それに、知っていたところで、お主が儂の悩みを解決する理由も無かろう」

「ドナルドは臓硯さんにも笑顔になってほしいんだ! 大丈夫だよ。これを食べれば、魂の損傷も癒せる筈だから!」

「……やはり、分からぬ」

 

 臓硯は士郎から渡されたバーガーを見つめる。

 何故だろう。明らかに罠だと分かっているのに、罠ではないのではないかという錯覚に襲われる。

 相手は正体不明のサーヴァントであり、思考回路も理解の埒外にある。

 それなのに、気付けば包装紙を剥いていた。そして、食べていた。

 その仕組みを理解した時、既に彼は魂を浄化されていた。絶え間なく襲いかかる苦痛が消え去り、頭の中が明瞭に冴え渡る。

 

「なるほど、魅了のスキルを持っているのか。いや、カリスマか? いずれにしても、これは、生身の人間には為す術がないな。だがしかし、感謝の言葉を捧げよう」

 

 士郎以外の全員が言葉を失っていた。さっきまで枯れ木のようだった老人が、青い髪を靡かせる美丈夫へ姿を変えたのだ。

 

「……慎二よ。お前に間桐の知識を授ける。蟲蔵の奥に赤い扉がある。魔術回路を起動出来たなら、その状態で触れてみろ。中にある魔導書を読み解けば、必要な知識が手に入る筈だ」

 

 臓硯の言葉に慎二は「は? え? はぁ?」と困惑している。

 そんな慎二を尻目に、今度は桜へ声を掛ける臓硯。

 

「桜よ。お前には間桐の財産を相続する。土地の権利書はわたしの書斎にある。解錠の呪文は知っているな? それで開く」

 

 まともな返事が返ってくる間も待つ事なく、今度は士郎に顔を向ける臓硯。

 

「さて、残るは君に対する謝礼だな」

「え? いえ、お礼なんて別に……」

「そう言うな。あの状態のわたしは醜悪の極みだ。あのように、生に執着し、己の理想を見失う事になるとは……」

「臓硯さん!?」

 

 士郎は目を見開いた。目の前で、臓硯の肉体が崩れていくのだ。

 

「慌てるな。わたしがわたしの存在を否定した事で、肉体が本来の時を取り戻しただけだ。さて、謝礼だが……、そうだな。この家の主はアインツベルンに捕らわれている。挑むのなら、覚悟する事だ。此度のアレは、些かこれまでと毛色が違う」

「臓硯さん……」

「感謝するぞ、道化師よ。ああ、たしかに笑顔にしてもらったよ。わたしの手で悲願を成就する事は叶わぬが、次に繋げる事が出来た。頭の出来だけはわたしに匹敵するからな。魔術回路さえあれば、あるいは届くかもしれん。あとは、わたしのようにならぬ事を祈るのみ」

 

 そう言うと、臓硯は最後に慎二と桜を見つめた。

 

「謝罪の言葉など、お前達も望むまい。元より、我が血に宿りし魔術の真髄は簒奪よ。理想を歪めた事は度し難いが、道程自体は今のわたしも肯定している。故に、遺す言葉は一つのみ。己を曲げるな。それだけだ」

 

 言いたいことだけ言い切ると、臓硯の肉体は粉々に砕け散った。

 それが、数百年を生きた老獪の末路だった。

 

「……なんなんだよ、一体」

 

 慎二の言葉に応えられる者はいなかった。誰もが困惑の極みに達している。

 

「臓硯さん……。少しは救えたのかな……」

 

 士郎の囁きは風と共に彼方へ消えていった――――。


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