【完結】紅き平和の使者   作:冬月之雪猫

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第十五話『夢のおわり』

 オーディションは一月に渡って行われた。ドナルド・マクドナルドになりたい若者達としのぎを削り合いながら着々と夢を突き進んでいく士郎。

 そして、いよいよ最後のオーディションがはじまった。並び立つ五人のドナルドフェイス。

 

「それでは、最後のオーディションをはじめます。自由に自己アピールをして下さい」

 

 最後のオーディションも熾烈を極めた。それはもう凄かった。言葉では表現しきれない程の高レベルな戦いだった。

 だが、士郎は勝った。遂に、長き激闘の果てにドナルドの地位を手に入れた。

 決定打となったのは大河と慎二に協力してもらって作ったオリジナルのダンス『ドナルド・エクササイズ』だった。

 ついつい一緒に踊りたくなってしまう魅惑的なダンスに、最後はライバル達も一緒に踊りだし、採用担当者も踊りだし、他のスタッフも踊りだした。

 

「やった! やったよ、藤ねえ! 慎二! みんな!」

 

 インド映画も真っ青なダンスシーンの後に合格の一言をもらい、士郎は喜び勇んで帰路についた。これからは忙しくなる。早速、来週からはドナルドとしての活動が始まるのだ。その前に藤ねえには精一杯の親孝行がしたい。慎二にもたくさんお礼を言いたい。二人がいなければ、今の自分は無かったと士郎は確信している。

 電車に揺られながら、二人がどんな顔になるかを想像して頬を緩ませた。

 

「藤ねえ。慎二。みんな……、今から帰るよ」

 

 世界を救いたい。

 みんなを笑顔にしたい。

 だから、まずは誰よりも大切な二人を笑顔にしよう。

 

「待っててね」

 

 第十五話『夢のおわり』

 

 オーディションに集中する為に、士郎はテレビや新聞を読んでいなかった。

 携帯電話なんていう便利なものも持っていなかったから、彼はなにも知らなかった。

 冬木市が近づくに連れて、人の気配が失われていく。電車も随分と前に止まっていて、それ以上先には連れて行ってくれなかった。

 誰かが言った。

 

 ――――冬木市が消滅したって、マジ?

 

 誰かが言った。

 

 ――――隕石じゃないかって噂だよ。

 

 誰かが言った。

 

 ――――みんな、死んじゃったって。

 

 嘘だ。士郎は確信した。だって、あり得ない。そこで、みんなが自分の帰りを待っている筈なんだ。

 バスや電車はおろか、タクシーすら走っていない。仕方なく、近くで自転車を購入して、士郎は走った。

 はやく帰ろう。みんなの顔がみたい。待っている筈なのだと信じて、彼は冬木市を目指す。

 そして――――、

 

「……え?」

 

 辿り着いた先には、なにも無かった。立ち入り禁止の看板の向こうには、瓦礫が僅かに残っているだけで、あとは何も残っていない。

 士郎は慌てて封鎖された柵を乗り越え、走った。

 

「藤ねえ!!! どこにいるの!?」

 

 返事はない。

 

「慎二!!! 僕、帰ってきたんだよ!!!」

 

 返事はない。

 

「雷画のじいちゃん! みんな!! どこにいるんだよ!!!」

 

 返事はない。

 走って、走って、走って、走って……、だけど、ある筈のものがどこにもない。

 駅だった場所には、冬という漢字が刻まれた石が残るのみ。

 未遠川は元のカタチを保っておらず。海の方から乱雑に流れ込んできている。

 砕けた冬木大橋を見上げると、士郎は泣きながら家のあった方角を目指す。

 

 ――――ウソだ。イヤだ。こんなのイヤだ。

 

 士郎は叫んだ。

 

「藤ねえ!!! 慎二!!! どこだよ!? なんで、出て来てくれないんだよ!!!」

 

 喉が枯れるまで叫び続けた。けれど、返ってくるのは頭がおかしくなりそうな静寂のみ。

 そして、行き着いた先に待っていたものは、崩れた土蔵だった。

 ふらふらと歩み寄り、土蔵の扉を開く。けれど、その先にはなにもない。家主の帰りを、その扉だけが待っていたのだろう。役目を終えると共に、扉は周囲にへばりついていた壁の一部と共に崩れ落ちた。

 

「……嘘だ」

 

 どこを向いても、なにもない。

 

「嘘だ!! 嘘だ!! 嘘だ!!」

 

 士郎はわずかに残った瓦礫をどかし始めた。

 いるはずだ。どこかに隠れているだけだ。

 だって、待っている筈なんだ。ドナルドになれた事を報せて、喜ばせる筈なんだ。

 

「出てきてよ、藤ねえ!!! いじわるしないでよ、慎二!!! 僕、なれたんだよ!!! ちゃんと、なれたんだ!!! だから……、だから、頼むから……、お願いだから出てきてよ……」

 

 返事はない。彼に応えるものなど、すでにどこにもいなかった。

 これは、あの日の続きだ。炎の中ですべてを失った始まりの日。

 彼は、また失った。ゼロから作り直してきたもの。家族も、友達も失い、積み上げてきた自分(ココロ)も失おうとしている。

 

「ああ……、あああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 悲痛な叫びが響き渡る。

 

「……喧しいぞ、雑種」

 

 蹲っていた士郎に声を掛ける者がいた。

 泣きながら顔を上げた彼の前に立っていたのは、金色の男だった。

 

「あの状況で生き残ったか……いや、運良く逃れていたのか」

「……ぁ、あの! ふ、藤ねえ……、藤村大河を知りませんか!? 間桐慎二は!?」

 

 藁にも縋る思いで男に尋ねる士郎。

 

「見て分からぬか? この状況で、生き残りがいるとでも?」

「……だって、みんなが待ってる筈なんだ」

「待っている者などいない。ここには、怨霊すら残ってはいないのだ。あらゆる存在が、ガイアによって否定された地。まったく、愉快よな」

「え……?」

 

 士郎には男の言葉がほとんど理解出来ていなかった。

 けれど、男は構わず続ける。

 

「おのが欲望を満たすために禁忌へ手を伸ばし、触れてはならぬ者の怒りをかった。これは、その結果に過ぎん。自業自得というものよ」

「……みんな、死んだの?」

「頭の巡りの悪いやつだ。先ほどから、そうだと言っているではないか。誰一人、生き残りはいない。抑止力が動いたからな。アレはそういうものだ。原因を根絶する為、この地のすべてを破壊した」

 

 ――――中々に壮観だったぞ。

 

 その言葉に士郎は泣き崩れた。

 

「イヤだ……。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ」

 

 その姿に、黄金の男は問う。

 

「……無垢なものよ。貴様には、この絶望に耐えられまい。故に慈悲をくれてやろう」

 

 その言葉と共に、男は黄金の甲冑を纏い、美しい剣を掲げた。

 

「うっ、うわああああ!?」

 

 咄嗟に転がりながら避ける士郎。

 男は舌を打った。

 

「我の慈悲を避けるとは、不敬なヤツよ」

「な、なにを……」

「これ以上、生きていても辛かろう。ここで終わらせてやろうと言っているのだ」

「終わらせるって……、僕を殺すってこと?」

「そうだ」

 

 当然のようにとんでもない言葉を言い放つ男に、士郎は言った。

 

「ぼ、僕は死ねない!」

「……ほう。家族も友も失い、それでもか?」

「それでも、僕にはやらなきゃいけない事があるんだ!!」

「言ってみろ。この絶望を抱えながら、何を為すと?」

 

 士郎は言った。

 

「僕は――――」

 

 大河が言った。

 

 ――――士郎なら絶対なれるよ!

 

 慎二が言った。

 

 ――――衛宮!! いつだって、僕はお前を応援してる。

 

「――――世界を救うんだ!!」

 

 その言葉に、男は笑った。

 腹を抱えながら、心底おかしげに笑い、その赤い眼光を士郎に向ける。

 

「貴様……、本気だな。心の底から、世界を救うなどという妄言を口にしているな!」

「妄言なんかじゃない! 藤ねえがなれるって言ってくれた! 慎二が応援してるって言ってくれた! 雷画のじいちゃんも、藤村組のみんなも! だから、僕はなるんだ! ドナルド・マクドナルドに! そして、世界を救うんだ!」

「……クハッ、ハッハッハッハッハッハ!! 稀に見る馬鹿者だな、貴様」

 

 男は剣をどこかへ消すと、士郎に言った。

 

「いいだろう、進むがよい。なにも持たぬ男が、どこまで行けるか見せてみよ。その道の果てで、我が自ら貴様を見定めてやる」

 

 そう言うと、男は士郎の横を通り過ぎた。振り向くと、既に男の姿はなく、士郎は狐につままれたような気分になった。

 

「藤ねえ……。慎二……。みんな……。僕、行ってくるよ」

 

 ゆっくりと立ち上がりながら、彼は言う。

 

「――――僕は、世界を救う」

 

 そして、少年は歩き出す。ドナルド・マクドナルドとして……。


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