【完結】紅き平和の使者   作:冬月之雪猫

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第十六話『準備』

 夢から覚めた時、誰も言葉を発する事が出来なかった。

 

「――――これが、ドナルドだよ」

 

 士郎の声を聞いて、最初に再起動を果たしたのは慎二だった。

 

「いろいろとツッコみたいところがあったけどさ」

 

 彼は傍らで俯く桜を見た。ドナルドが見せた世界の慎二は桜の存在を徹底的に隠していた。同時に、凛の事を毛嫌いし、士郎に近づかないよう言い含めてもいた。

 その理由を考えてみる。単純に、士郎を魔術の世界に触れさせたくなかったのかもしれない。今の自分と比較して、あの世界の間桐慎二は随分と素直な感情を士郎に向けていた。

 けれど、それだけとも思えない。

 

 ――――いろいろとやらなきゃいけない事もあるからな。

 ――――アイツを笑顔にするのは僕の役目だ。

 

 その言葉を吟味していくと、一つの結論に達した。

 この世界の桜がドナルドの士郎に救われたように、あの世界の慎二は妹を救おうとしたのだろう。そう考えれば、辻褄が合う。妹を救うという事は、間桐臓硯に挑むという事だ。それこそ、命を捨てる覚悟が必要になる。そんな事に巻き込みたくなかったのだろう。

 遠坂凛を毛嫌いしていたのも、桜との関係を考えれば不可解というものでもない。実のところ、この二人は姉妹関係にある。魔術師の血族特有の事情があって、桜は幼少期に間桐家へ養子に出された。それによって、桜は難儀な人生を送るハメになったのだ。

 

「……信用してやるよ、衛宮」

 

 魔術師にしてもらった事で心に余裕が生まれたのか、はたまた彼の過去に対して感情を動かされたのか、それは彼自身にも分からない。

 ただ、慎二の中に彼を信用しないという選択肢は無かった。

 

「慎二!」

「……衛宮。僕は、お前の知ってる素直な慎ちゃんじゃない」

 

 喜びのあまりランランルーをしかけた士郎に慎二は言う。

 

「だけど、僕もお前を気に入った。バカ正直で頑固なところが特にな」

 

 改めて、士郎の顔を見る。ピエロのフェイスペイントの向こう。そこには、他の誰も持ち得ない衛宮の瞳がある。大人になれば誰もが落としていく光。眩しくて、目を逸らしたくなるのに、求めずにはいられなくなるそれを持ち続けているから、彼は衛宮士郎という少年に惹かれている。

 士郎もまた、慎二を見る。彼とこの世界の衛宮士郎の関係は自分達ほど深くはない。けれど、二人は友達になった。そういう運命なのかもしれない。

 

「慎二……。僕、ドナルドになれたよ」

 

 気付けば、士郎はそう口にしていた。

 

「おう、よくやった。まあ、当然だけどな」

 

 上から目線の言葉が心地よく、士郎は嬉しそうに「うん」と頷いた。

 

第十六話『準備』

 

「……士郎」

 

 大河は士郎を後ろから抱きしめた。

 

「頑張ったんだね。お姉ちゃんが褒めてあげよう!」

「……えへへ」

 

 疑問を挟み込む事もなく士郎の見せた夢を信じる二人をライダーは不気味に感じた。

 この二人は初めからドナルドを衛宮士郎だと確信していたが、こんな荒唐無稽な夢に疑念も抱かないなどおかしい。そもそも、夢などいくらでも弄る事が出来る。その事は、仮初とはいえ、ライダーのマスターだった慎二も知っている筈だ。

 

 ――――なるほど、魅了のスキルを持っているのか。いや、カリスマか? いずれにしても、これは、生身の人間には為す術がないな。

 

 臓硯の言葉が脳裏を過る。彼の分析が正しかったとすれば、筋が通る。

 よくよく考えてみれば、仮にも衛宮士郎に恋心を抱いている桜が気づけなかったのに、距離を置いていたはずの慎二が彼を衛宮士郎だと見抜けた時点で妙だった。

 おそらく、慎二と藤村の両名は魔力に対する耐性が皆無の為に抵抗(レジスト)が出来なかったのだろう。

 

「サクラ……」

 

 ライダーは桜にドナルドの出したバーガーを食べさせてしまった事を悔いた。魔術に精通しているライダーすら欺き、密やかに慎二達を洗脳したのだとすれば、あのバーガーに何かを仕込まれていたとしても不思議ではない。

 

「申し訳ありません」

「え?」

 

 躊躇っている余裕はない。この男はあまりにも危険過ぎる。

 さりとて、離脱しても、あの反則染みた転移魔術によってどこに逃げても捕捉されてしまう。

 ならば、結論は一つ。

 

「死になさい、道化師」

 

 ――――自己封印・暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)

 

 宝具の発動と同時に桜に対して可能な限りの保護を施す。もはや、形振りに構っていられる段階は過ぎ去った。

 呪印を刻む為に釘剣を自身の首に向ける。

 おそらく、桜以外は全員が死ぬ事になる。けれど、それは仕方のない事だ。既に洗脳が施されてしまった以上、彼らを救出する事は自滅を誘発する。

 

「やめて、ライダー!!」

 

 悲鳴染みた叫びによって、ライダーの体が凍りつく。

 

「サク、ラ……」

 

 令呪によって行動を強制キャンセルさせられたライダーは体勢を崩した。

 

「なんで!? どうして、いきなり……」

 

 問い詰めてくる桜に構っている余裕はなかった。

 ライダーは士郎を睨みつける。

 

「……ごめん、ライダーちゃん。僕も気づかなかった」

 

 対する士郎は深刻そうに自分の両手を見つめていた。

 

「どういう事……?」

「凛ちゃん。僕のスキルを見てくれる?」

「スキル……?」

 

 言われてから、凛はウッカリと士郎のステータスをしっかりと確認した事がなかった事を思い出した。

 士郎のスキルを確認する。

 

「えっと……、魔術:評価規格外(Ex)。いきなり来たわね……。カリスマ:A。もしかして、これ?」

「うん。嬉しかったけど、たしかにおかしいとも思ってたんだ。だって、この顔だし……」

「えっと……、どういう事?」

 

 首を傾げる大河に士郎は頭を下げた。

 

「ごめん! たぶん、藤ねえと慎二には僕のカリスマのスキルが適用されちゃってるんだ」

「カリスマ?」

「ああ……、王侯貴族や宗教家のサーヴァントが持つスキルだな。たしかに、宝具が信仰を基にした固有結界である以上、持っていて当たり前だな。……ドナルド・マクドナルドが信仰されてるって点にツッコみたくなるけど」

 

 慎二は苦笑しながら言った。

 

「えっと……、怒ってないの?」

「怒る必要ないだろ。カリスマは別に洗脳のスキルじゃない。僕の場合、お前が衛宮だって分かったり、ちょっと素直になれた程度だ。それ以上の事をされてたら、さすがにライダーが気づく」

「待って下さい、シンジ。たしかに、わたしは気づくことが出来ませんでした。しかし、魔術師であるサクラには効かず、魔術師ではなかったあなた達に適用されたという事は、やはり魔術的な――――」

「バーカ。桜に効かなかったのは衛宮が桜の事を知らなかったからだ。いいか? カリスマってのは、本来は軍団を指揮する為のスキルだ。もっと言えば、味方の結束を高める為のものなんだよ。衛宮にとって、僕と藤村は一番の味方だったんだ。だから、適用されたんだよ」

「しかし……」

 

 警戒心を解かないライダーに慎二は言った。

 

「だったら、お前は桜と間桐邸に戻ってろ」

「シンジ?」

「そこまで警戒心バリバリじゃ、連携もクソも無いだろ。そもそも、こっちの世界の衛宮を助けにいく為の前提として、僕達がコイツを信用する為に自分語りをさせたんだぞ? それでも信用出来ないなら、いっそ組まない方がマシだ」

「兄さん! わたしは行きます! ライダーも、どうしてそんなに警戒するの!? この人はわたしをお祖父様から解放してくれたのよ!?」

「サクラ……」

「わたしは先輩を助けに行きたいの! お願いよ、ライダー! こうしてる間にも、先輩の身にもしもの事があったら……」

 

 涙を浮かべる桜にライダーは歯を食いしばった。

 

「……分かりました」

 

 そう言うと、ライダーは士郎を睨みつけた。

 

「ですが、桜に危害を加えたら、その時は必ず……」

「ライダー!」

「待って、桜ちゃん。ライダーちゃんは君が心配なんだよ! 分かってあげてほしいな……」

「……それは、分かってますけど」

「はい、そこまで!」

 

 凛がパンパンと手を叩いた。

 

「埒が明かないから、そこまでにしなさい。とりあえず、ライダーは士郎が桜に危害を加えない限り仲間って事でオーケー。さっさと本題に移るわよ。こっちの衛宮くんの救出は簡単な話じゃないもの。なにせ、相手はアインツベルンなんだから」

「えっと……、まだよく分かってないんだけど、その人達が誘拐犯なんだよね?」

 

 大河は知識の足りない状態でありながら、危機に瀕している弟分の為に必死に食らいつこうとしている。

 

「そうです。そして、とても厄介な相手でもあります」

 

 そう言うと、凛は立ち上がった。

 

「まずは、バゼットとランサーに連絡するわ。戦力は多い方がいいもの」

「ランサー……? どういう事だ?」

「説明がメンドイから、流れを夢で見せといて、士郎。あと、終わったらドナルド・エクササイズを済ませておいて。兵は拙速を尊ぶって言うでしょ? 準備が整ったら強襲を掛けるわ」

 

 そこまでを一気に言い終えると、凛は再び手を大きく鳴らした。

 

「衛宮くん救出作戦開始よ!」


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