【完結】紅き平和の使者   作:冬月之雪猫

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第十七話『無限の可能性』

「――――アインツベルンへの強襲ですか」

 

 バゼット・フラガ・マクレミッツは定時連絡の場所として指定してあった海浜公園に来ていた。そこには水晶の鳥がいて、同盟相手である遠坂凛の声を届けている。

 見事な使い魔だと感心しながら、使い魔越しである理由を尋ねると、驚くべき事にライダーのマスターと同盟を結んだと言う。あの胡散臭さの塊である道化師と同盟を組むなど正気とは思えない。どういう事かと突っ込んで聞くと、凛は道化師の正体を明かした。

 聞けば聞くほど頭がおかしくなりそうな話の後、ライダーのマスターが道化師の生前の友人である事を、凛は語った。加えて、彼女自身とも浅からぬ関係にあることも。

 そして、彼女達の共通の友人であり、道化師と同一の存在である少年がアインツベルンに捕らわれていることが判明したことも語られ、その為に強襲をかける予定だから力を貸すよう持ちかけられたのだ。

 

「ミス・トオサカ。とりあえず、一度合流しましょう。アインツベルンに攻め入るならば、話しておかなければならないことがあります」

『オーケー。深山町の武家屋敷は分かる?』

「ええ、問題ありません」

 

 話を打ち切ると、バゼットは近くに停めておいたバイクに跨る。

 アインツベルンへの強襲。間違いなく、この聖杯戦争における大一番になる。

 

「……エミヤシロウか」

 

 第十七話『無限の可能性』

 

「……魔術師殺しか」

 

 バゼットが口にした単語を反芻しながら居間に戻ると、そこでは士郎が藤村達とドナルド・エクササイズに勤しんでいた。

 

「次は腕をまっすぐあげて!」

「はーい!」

「おう!」

「は、はい」

「……はい」

 

 桜は恥ずかしそうに、ライダーは疲れたように士郎の真似をしている。

 

「うーん、楽しいね!」

「さすが、平行世界の僕が監修しただけはあるな。老人や子供でも無理なくこなせる動きに限定して、全身の筋肉を均等に鍛えられるように考えられているね。加えて、見る者を誘うポージングが随所に散りばめられている。パーフェクトだ」

 

 藤村と慎二は満面の笑顔だ。

 

「……楽しそうね、慎二」

「慎二は凄いんだよ! 動きのキレが半端じゃないんだ! さすがだよ、慎二!」

「当然だな」

 

 士郎はデレデレだった。二度と会えなくなった筈の親友とお姉さんと踊れることが嬉しくてたまらないのだろう。ラインを通じて歓喜の感情が伝わってくる。

 

「もう! お姉ちゃんだってキレッキレでしょ!」

「うん! 藤ねえもすっごく上手だよ! さあ、次は右腕を左腕と交差させて――――」

 

 とりあえず、参加しておこう。

 

「わたしだって、キレキレよ!」

 

 わたしは一度踊っている。それに、士郎の夢も二回見ている。ドナルド・エクササイズの振り付けは完璧だ。士郎の動きとシンクロするわたしに慎二は憎々しげな表情を浮かべた。とてもいい気分だわ。

 

「――――ッハ、舐めるなよ」

「なっ!?」

 

 信じられないことに、慎二はわたしと士郎の動きとシンクロを開始した。たった一度、夢で振り付けを見ただけの癖に、侮れない。

 

「……兄さん達、すごく楽しそう」

 

 桜は小声で言った。

 

「シンジはカリスマのスキルに洗脳の作用は無いと言っていましたが……。そもそも、ランクAのカリスマを持つ者など、それこそ超大国の王や世界規模の宗教組織の教祖くらいのものです。やはり、精神になんらかの影響を受けているのでしょう」

 

 ライダーの分析に桜はクスリと笑う。

 

「でも、悪い影響とは思えないわ。兄さんのあんな笑顔……、初めて見るもの」

「……サクラ。あなたはシンジを憎んでいないのですか?」

 

 慎二が桜に行った仕打ちは、彼女に憎しみを抱かせても仕方のないものだった筈だ。

 彼女達の過去を知るライダーはそう考えていた。けれど、桜が慎二へ向ける視線に怒りや憎しみの感情を見出すことが出来なかった。

 

「むしろ、憎まれているのはわたしの方よ。兄さんが伸ばしてくれた手を払い除けたのはわたしだもの」

「サクラ……」

「わたし、嬉しいの。むかしの……、わたしの手を引いてくれた頃の兄さんが戻って来たみたい」

 

 それが心からの言葉なのだと、ライダーはラインを通じて理解した。

 歪な関係だと思っていた。虐げる者と、虐げられる者。それなのに、いつも虐げている方が追い詰められているような表情を浮かべ、虐げられている方が罪の意識に苛まされていた。

 その答えがようやくわかった。結局、この二人は互いのことを家族として愛している。ドナルドの見せた夢を真実だと仮定すれば、慎二には桜を助ける意志があり、桜の言によれば、彼女はその意志を拒絶したことがあるのだろう。それによって、二人の関係は歪んでしまった。

 

「……あれが、シンジの本来の顔だと?」

「うん……。きっと、わたしがあの時謝らないで、助けを求めていたら、兄さんは助けてくれたのかもしれない。あの人が見せた夢のように、命を賭けて……」

 

 ライダーは、桜の語る『あの時』を知らない。けれど、彼女の言葉に篭められた思いがラインを通じて伝わってくる。

 ならば、己の為すべきことは一つ。主の望みを叶えることのみ。

 

「……では、もう少し彼の近くで踊りましょうか」

「うん」

 

 ◆

 

 ドナルド・エクササイズが終わった頃、バゼットが衛宮邸に到着した。

 手短にそれぞれの自己紹介を終えると、バゼットは言った。

 

「……まず、前提として頭に入れておいてもらいたい話があります」

 

 そう前置きをして、彼女は言った。

 

「アインツベルンは二騎……、あるいはそれ以上のサーヴァントを使役しています」

「厄介ね……」

「しかも、判明しているクラスはセイバーとアーチャー。極めて凶悪な組み合わせです」

 

 聖杯戦争に関する知識のない藤村を除いて、全員の表情が曇った。

 

「セイバーとは一度遭遇しているけど、士郎の能力はランランルーしか通用しなかったわ」

「……なあ、ランランルーってなんなんだ?」

 

 慎二に聞かれて、士郎は「ランランルー!」と実演してみせた。その場の全員がランランルーのポーズを決める。

 バゼットとライダーは恥ずかしそうだが、他の面々はドナルド・エクササイズを踊りきった時点で肝が据わっている。

 

「ドナルドは嬉しくなると、ついやっちゃうんだ」

「そうか、答えになってないぞ」

 

 慎二はやれやれとため息を零しながら凛の方に顔を向けた。

 

「とりあえず、ランランルーが効くのは僥倖だ。どんな行動でもキャンセルさせられるからな」

「ええ、これのおかげでセイバーの宝具をキャンセルさせることが出来たわ」

「宝具のキャンセルですか……。ランランルー……、やはり意味が分からない」

 

 バゼットは頭を抱えた。

 

「真面目なヤツは大変だな。それより、宝具の発動をキャンセルしたってことは……」

「ええ、セイバーの正体を看破出来たわ。アーサー王よ」

「……マジかよ。アーサー王がランランルーさせられたのかよ……」

「ポテトの誘惑に負けそうになってたり、かなり可愛かったわ」

「……そいつ、本当にアーサー王なのか?」

「だって、宝具がエクスカリバーだったし……」

 

 凛は説明が面倒だと、士郎に当時の光景を夢で説明させた。

 ポテトに乗って空を飛ぶ凛と士郎の姿にバゼットとライダーは突っ伏してしまった。

 

「真面目にやっているのでしょうが……、この光景はあまりにも……」

「見た目と裏腹に効果は絶大なところがまた……」

 

 そんな二人に凛は言った。

 

「……真面目に考えても無駄って開き直った方が楽になるわよ」

 

 遠い目をして言う凛。

 

「と、とりあえず! 先輩を助ける為にはアーサー王と戦わないといけないってことですね!」

「ああ、それなんだけどな。いっそ、ライダーのペガサスでアインツベルンの居城の上空まで飛んで、そっから自由落下後に衛宮の固有結界で城全体を呑み込むってのはどうだ? アーチャーの狙撃が問題だけど、そこはライダーとランサーで援護するとか……、それか……」

 

 慎二は作戦を立案しながら士郎に問い掛けた。

 

「ランランルーの射程って、どのくらいだ?」

「え……? いや、射程って言われても……」

「いや、分かってる。僕が悪かった……。そうだよな。射程もなにもないよな。あれ、ただの喜びの動作だし……。でも、重要なことなんだ。宝具をキャンセルさせることが可能なら、戦略も大分広がるし、それこそ空中でランランルーしまくってアーチャーの狙撃を封印させられたら言うことなしだから、検証させてほしい。いいか?」

「もちろんさー! やっぱり、慎二は頼もしいな!」

「……まあな」

 

 そして、彼らはランランルーの検証を開始した。

 衛宮士郎救出作戦の決行前には、バゼットとライダーも素面(しらふ)でランランルーが出来るようになっていた――――。


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