「エミヤシロウ!! 次はなんだ!? なにを作るのだ!?」
「コレを使う!!」
扉を開いた先では、アトラム・ガリアスタに向かって椎茸の入ったボウルを見せる衛宮士郎の姿があった。
「キノコ!? キノコを使う料理だと!? だが、見たことがないぞ!! そのキノコ!! ボクは!! そのキノコは美味いのか!?」
「美味い!!」
ここに彼らを閉じ込めた時には無かったものが散見される。
まず、部屋の中央に見覚えのあるシステムキッチンが設置されている。なんでここにあるのかサッパリだ。電気やガス、水道もここには通っていない筈なのに、おかしい。壁際にはこれまた見覚えのある業務用冷蔵庫と冷凍庫まで備えられている。そこから衛宮士郎は食材を取り出している。
「まずはコンニャクをスプーンで一口サイズにちぎり、塩で揉む!」
まるで戦闘の真っ最中のような気迫で調理を進めていく衛宮士郎。
手際よく絹サヤの筋を取り、沸騰したお湯で茹で始め、その間に人参、ゴボウ、里芋、蓮根の皮を剥き、乱切りにしていく。切り終わったと同時に茹でていた絹サヤを鍋から取り出し、コンニャクを入れ替わりに投入。コンニャクを茹でている間に取り出したばかりの絹サヤを斜め半分にカット。そして、鶏もも肉と椎茸も一口サイズにカットしていく。
見事な手際だ。まるで、命を注ぎ込むかのような鬼気迫る調理にオレは目を疑った。
「完成だ!!」
「はやく持ってきてくれ!! もう、ボクは我慢が出来ない!!」
衛宮士郎がテーブルへ皿を運ぶと、アトラムは砂漠で三日三晩も彷徨い続けた遭難者が水を与えられたかのような気迫でフォークを握る。
「う、うぅぅ、美味い!! 美味すぎる!! なんという料理なのだ、これは!!」
「筑前煮だ!!」
「チクゼンニィ!! ボクは、ボクは今、生きている!!」
「シロウ。お見事」
見覚えのあるメイドの姿も見えた気がする。
オレは静かに扉を締めた。
「……なんでさ」
何がなんだか分からない。
「おい、ドナルド。悟空を呼んだついでに食戟のソーマでも小僧に憑依させたのか?」
「いや、食戟のソーマとはコラボしてないし……」
「シロウ。ショクゲキのソーマってなに?」
「いや……、そういう料理マンガがジャンプで連載されていて……」
イリヤに聞かれて食戟のソーマのことを教えていると、ドナルドがそっと扉を開いた。
そして……、
「ああ、なるほどね。どうやら、この世界の僕は君とも僕とも違う道を見つけたみたいだよ」
「え?」
ドナルドはドナルド・マジックを使った。
「とりあえず、回想シーンにいこうか」
ポワポワとドナルドの頭から白い泡のようなものが現れ、オレ達を呑み込んだ。
「……ドナルド。お前、なんでもありだな」
「僕達はもう慣れたぜ」
慎二の哀愁漂う声と共に回想シーンが始まった。
第二十七話『それは数日前のこと』
紅い男に連れ込まれた暗闇の中、苦痛に呻く男の声が響いた。
近づいてみると、鎖に繋がれた男がいて、その体はひどく痩せこけていた。
「これは一体……」
まるで、生きながら殺され続けているかのようで、何とかしてやりたいと思った。
だけど、どこにも出口はない。四方の壁には隙間一つなく、空気を入れ替える為の通気口すら見当たらない。
「おい、開けろ!! このままだと死んじまうぞ!!」
壁を叩きながら叫んだ。何度も、何度も、何度も、繰り返し叫び、殴った。
けれど、返ってくるものはなにもない。
男の声が聞こえなくなると、押し潰されるような無音が広がり、頭がおかしくなりそうだった。
「開けろって言ってんだよ、この野郎!!」
喉が枯れるまで叫んだ。拳から血が吹き出るまで殴った。そうしていないと耐えられなかった。
「……ちく、しょう。目の前で……、死なせるのかよ」
死にゆく男に何もしてやることが出来ない己の不甲斐なさに嫌気が差す。
暗闇と無音が正気を奪う。
心が蝕まれていく。ここは地獄だ。
「俺は……、こんなにも、無力なのか……」
十年続けた鍛錬も役に立たなかった。
水分補給もままならないのに、涙が出て来た。
正義の味方になる筈なのに、誰も救えないまま終わる。死が近づいてくる。
意識が闇へ沈んでいく……。
そして、俺は夢を見た。一人の王の物語を。
――――
絶大な力を持つ覇王が死に、国は乱れた。諸侯達は我こそが王者であると主張し、相争うばかり。その一方で、分裂し、急激に力を失っていくブリテンの地を我が物にせんと、諸外国の異民族達は今が好機とばかりに狙っていた。
人々は導き手たる王を求めた。人々の求めに応じ、選定の剣を引き抜いた王の名は――――、アーサー・ペンドラゴン。
騎士の誉れと礼節、勇者の勇気と誠実さを併せ持つ清廉なる王はその手に握る輝きの剣によって、乱世の闇を祓い照らした。
十の歳月をして不屈。
十二の会戦を経て尚不敗。
その勲は無双にして、その誉れは時を越えて尚不朽。
清廉潔白の王。騎士の理想の体現。常勝無敗の覇者。
その生き様に、消えかけていた胸の炎が燃え上がる。
「……諦めてたまるか」
意識の浮上と共に、腕を天へ伸ばす。
眩い光が目を眩ませる。手の中にズッシリとした重みを感じる。それは、王が岩より引き抜いた選定の剣だった。
畏れ多くも、王の剣を杖にして立ち上がり、俺は壁に向かって歩き出した。
「諦めない……。俺は、諦めない!!」
黄金の剣を振り下ろす。すると、壁に紅い模様が浮かび、砕け散った。
目の前に扉が現れる。俺はうめき声をあげる男の下へ向かった。
「助けるぞ、絶対に!」
男を縛る鎖を切り裂き、その身を背負って出口に向かう。
すると、そこにはメイド服を着た女が立っていた。
「シロウ。外に出るの、ダメだよ」
「……お前は誰だ」
「わたし、リーゼリット。イリヤのメイド」
「イリヤの……」
彼女から敵意のようなものは感じ取れない。けれど、邪魔をされるわけにはいかない。
「このままじゃ、この男が死んでしまう。だから、そこを退いてくれ」
「ダメ。シロウが外に出たら、シロウが怒る。きっと、殺しちゃう。そうしたら、イリヤが悲しむ」
「……何の話をしてるんだ?」
要領を得ない彼女の言葉に困惑していると、男が苦しみ始めた。
「なあ、そこを退いてくれ! このままじゃ、この男を助けられないんだ! はやく、医者のいるところまで連れて行かないと!」
「外に出たら、シロウが殺される。シロウが殺されたら、アトラムも死ぬ。だから、通せない」
「だけど、このままじゃ死んじまうんだよ!! 邪魔をするなら……、押し通る!!」
どことなく、俺の事を案じている様子の彼女に刃を向けるのは気が引けたが、時間がない。
黄金の剣を構えて、彼女に再度退くように言った。
「ダメ」
彼女は両手を広げて通せんぼをした。
「退いてくれ……、頼むから」
「ダメ」
「見殺しにしろって言うのか!?」
「言ってない」
毒気を抜かれるような反応に、剣を握る力が緩みそうになる。
「……なら、通してくれよ」
「出るのはダメ。だけど、ほかの事ならいいよ」
「他の事……?」
「うん」
その時、アトラムが小さく呟いた。
「……腹が空いたって言ったのか?」
返事はない。けれど、たしかにまずは食べ物が必要だと思った。
「わかった。なら、まずは食べ物だ。リーゼリット、食べ物を用意してくれ!」
「合点承知のすけ」
気の抜けるような返事と共に去っていくリーゼリット。
「……今のうちに抜け出せそうだな」
そう思いながら、俺は踏みとどまった。
彼女は言った。ここを出ると、俺が殺される。そして、アトラムも死ぬと。
彼女が嘘をついているようには見えなかった。
しばらくして、リーゼリットは戻って来た。その手には巨大な肉と野菜が乗っている。
「……えっと、具材のままか?」
「シロウとセラ。今、とっても忙しいみたい。わたし、料理出来ない」
「いや、だからって……。なあ、だったら俺が調理するからキッチンを貸してくれないか?」
「わかった。持ってくる」
「え?」
再び俺達に背を向けて去っていくリーゼリット。
「持ってくる……?」
首を傾げながら待っていると、彼女は文字通り、キッチンを持ってきた。
「ええええええ!?」
「持ってきた!」
ドヤ顔でキッチンを運び入れるリーゼリット。
「どうぞ」
「どうぞって……」
いわゆるシステムキッチンには包丁とまな板もセットされていた。
「……いや、キッチンだけ持ってこられても、ガスや水が出ないだろ」
「任せ給え」
「え?」
再び去っていくリーゼリット。
戻って来た彼女はまるで工事現場の作業員のような姿だった。
「……リーゼリットさん?」
「一時間あれば、出来る」
「出来るって……、まさか」
リーゼリットは壁を破壊し始めた。俺がよく分からない流れで手に入れた黄金の剣でやっと壊した壁をコンニャクでも抉るように削っていく。
「あった」
壁の中にお目当てのものが見つかったらしい。嬉しそうな声を上げながら作業を進めていくリーゼリット。
それから一時間後、彼女は土や油で汚れた顔を誇らしげに輝かせていった。
「完成だぜ、べいべー」
おそるおそるコンロのつまみを捻ると、火がついた。
「……凄いですね、リーゼリットさん」
「もっと褒め給え」
とりあえず拍手を送った後、俺はリーゼリットが持ってきた食材で簡単な料理を作った。
出来る限り、胃腸に優しい料理にした。
アトラムの前に差し出すと、彼は獣のように皿へ喰らいつき、一滴、一欠片も残さず平らげてしまった。言葉は発さないが、その目は『もっと寄越せ』と訴えてきている。
「リーゼリット。もっと、食材を用意してくれないか」
「おっけー。任せるがよい」
そして、今度は業務用の冷凍庫と冷蔵庫を運び込んでくるリーゼリット。
「……どっから持ってくるんだ、これ」
「シロウの私物。だから、シロウにわたしても問題ナッシング」
相変わらず、ちょっと何を言っているのかわからないな。
「……とりあえず、調理するか」
それから、俺は次々に料理を作った。それをアトラムは次々に平らげていく。
何故か、途中からリーゼリットまで食い始めた。
あまりにも美味しそうに食べるものだから止める事も出来ず、二人分の調理をしなければならなくなり大忙しだった。
しばらくして、空いた皿が山になった頃、ようやくアトラムが獣から人間に戻ってくれた。
そして、拝まれた。
「……ボクは間違っていた」
涙を流しながら、彼は懺悔を始めた。
聞けば、彼は代償魔術のエキスパートらしい。身寄りのない子供を集め、その生命を使い魔術を行使するという、許しがたい真似を繰り返してきたそうだ。
アインツベルンに捕縛され、バーサーカーを現世に縫い止める為の生贄とされた時、はじめて己の咎を自覚したという。
終わることのない苦痛。闇へ沈み込んでいくような絶望。生き続けることに対する恐怖。それらを繰り返し味わい続けたことで、彼の心は折れてしまった。
その心に、俺の料理が染み渡ったと言う。
「これは命そのものだ」
涙を流しながら、俺の作った味噌汁を掲げるアトラム。
「ありがとう……。ありがとう……」
何度もお礼を言われて、俺はようやく悟る事が出来た。
俺は彼を救う事が出来たのだ。
「アトラム……。おかわりはいるか?」
「頼む。エミヤシロウ」
「わたしも、頼む」
「はいはい」
料理で人を救う。そんな事、考えたこともなかった。
それから、俺は二人にせがまれるまま、眠る時間すら惜しんで料理を作り続けた。
そして……、三人揃って変なテンションになりつつも、俺は今までおぼろげだった進むべき道を見出す事が出来た。
彼や俺の中にあった絶望の闇を切り開いた光。それこそが、料理だった。
―――― 士郎はすごいなぁ。もう、これだけ作れるようになってるなんて。
なんとなく、はじめてハンバーグを作った時の切嗣の言葉が浮かんできた。
切嗣も俺の料理をいつも褒めてくれた。もし、俺が料理で人を救いたいと言っても、褒めてくれるだろうか。
―――― ああ、これは成長が楽しみだ。
藤ねえと切嗣と俺。三人で囲んだ食卓を思い出す。
あの時の切嗣も、頬を綻ばせて、美味しそうに食べてくれた。
「……よし、決めた!」
なにか大切なことを忘れている気がするが、気のせいだろう。それより、次の料理に取り掛からないといけないな。それにしても、アトラムもリーゼリットもよく食べる。