回想シーンが終わった。
「……衛宮。ドナルドでも、カーネルでもない第三の選択肢を選んだのか」
「カーネルは冤罪だと言ってるだろ!」
いつもの漫才をはじめる慎二とアーチャーを無視して、セイバーが扉を開いた。
中に入っていくと、調理に没頭していた彼女の主が手を止めた。
「君は……」
「……遅くなり、申し訳ありません。はじめまして、マスター。セイバーのサーヴァント、アルトリア・ペンドラゴンです」
士郎の目が見開かれる。ここに閉じ込められる直前の記憶と、心を再燃させてくれた王の夢を思い出した。
暗い地下牢にあってなお輝ける魂。引き込まれるような強い意志を宿す瞳。
「アーサー王……。本当に、君が……」
「はい。あなたのサーヴァントです」
召喚直後から離ればなれになっていた主従の再会。
誰もが声をかける事を躊躇った。
「おい!」
彼の料理を待っている欠食児童以外は。
「いきなりなんだ、貴様は! エミヤシロウはボクの料理を作るのに忙しいんだ! 用があるなら後にしろ!」
「そうだそうだ。エミヤシロウ、はやく仕事に戻り給え」
ギャーギャー騒ぐアトラムとリーゼリットに士郎は苦笑する。
「……そうだ、セイバー。君も、食べてみてくれないか?」
士郎は更に鍋の中身を盛り付けながら言った。
「これは……?」
「豚の生姜焼き」
「エミヤシロウ!! ボクはもう我慢出来ない!!」
「わかったわかった! すぐに持っていくよ!」
アトラムとリーゼリットの前に置かれた皿は一瞬で空になってしまった。
「本当によく食べるな」
次の料理は何にしようか、頭の中でレシピを広げながら士郎はセイバーを見た。
目を丸くしながら生姜焼きを味わっている。
「……美味しい」
その感想に士郎は頬を緩ませた。夢の中ではいつも鉄面皮だった彼女が笑顔を浮かべている。
「ん?」
次の調理に取り掛かろうとしたら、急に目の前に人影が現れた。
見上げた先には、見覚えのあるピエロメイクの男がいた。
「どうも、ドナルドです」
声が出なかった。仕方のない事だ。誰だって、いきなり目の前に道化師が現れたら驚く。心臓の弱い人ならそのままポックリいってもおかしくない。それほどの衝撃だった。
「……衛宮。それ、やめとけよ。まじでビビるからさ」
「え? 僕、ただ挨拶しようと……」
「ドナルド。それは本当に心臓に悪い。人間相手にはやめておきなさい。死人が出ます」
慎二とライダーの言葉にドナルドは哀しそうな表情を浮かべ、部屋の隅っこで体育座りを始めた。
すかさず慰めにいく凛。
「……アイツ、実は遠坂に構ってもらいたいだけじゃないだろうな」
凛に頭を撫でられながら嬉しそうにしているドナルドに疑惑の視線を向ける慎二。
「まあ、両思いのようですし……」
呆れた表情を浮かべながらフォローを入れるライダー。
「えっと……」
呆気にとられた表情で士郎が周囲を見渡す。ようやく、慎二達の存在に気付いたようだ。
「って、慎二!? それに、桜!? 遠坂までいるし……」
「とりあえず、落ち着け」
手を叩き、慎二はドナルドを呼んだ。
「説明がメンドイから夢を見せてやれ」
素直に士郎にドナルド・マジックをかけるドナルド。
事情を把握した士郎は頭を抱えた。
「ド、ドナルドが俺で、カーネルも俺……? ダメだ、理解が追いつかない!」
「カーネルは冤罪だと言ってるだろ!」
「いや、鉄板のネタっぽかったからさ」
「鉄板にするつもりはない!!」
とりあえずアーチャーに鉄板ネタを振った後、士郎はドナルドを見た。
「……俺、なんだな」
「うん」
彼がドナルドになった経歴も見た。同一の存在でありながら、はじまりを異とする者。
衛宮切嗣の夢を実現する為に走り続けた男。
ただの一度も暴力に頼ることなく、世界を救った英雄。
「俺はドナルドにはならない」
「うん」
「だけど、俺もお前みたいに暴力に頼らずに世界を救ってみせる」
アトラムとリーゼリットのために料理を作り続ける中で抱いたもの。
はじめて、明確に救えた人。彼が涙を流しながら「ありがとう」と言ってくれた時、道は定まった。
「お前はドナルド・マクドナルドとして切嗣の夢に挑んだ。アーチャーは切嗣の理想を体現した。俺は料理で人を救う。そう、決めたんだ」
「出来るよ」
ドナルドは言った。
「僕達には何もなかった。だけど、僕達には何者にだってなれる可能性があるんだ」
「ドナルド・マクドナルドになったヤツの言葉は説得力が違うな」
士郎の言葉に苦笑するドナルド。その姿に士郎も笑う。
「そうだな。道なんて幾らでもあるんだ。途中で立ち止まらない限り、きっと……」
士郎とドナルド。二人の姿をアーチャーは眩しそうに見つめていた。
「シロウ。どうしたの?」
「……いや、オレはなんと狭窄な視野で世界を見ていたのかと思ってな」
それ以外に道などないと思っていた。間違っている事が分かっていた癖に止まることも出来ず、矛盾し続けた。
「それは違うよ、シロウ」
イリヤは言った。
「すごくムカつくけどね。シロウはキリツグに助けられた時、うれしかったんでしょ?」
「……ああ、うれしかったよ」
「シロウをすくった時の笑顔も、たすかってほしいと願ったきもちも、ぜんぶキリツグ自身が救われたいがためのものだった。それを知っていたんでしょ?」
アーチャーは「ああ」と頷いた。
「それでもうれしかったから、キリツグのために頑張ったのよね。
「……そうだよ。あの笑顔が嬉しかった。あんな風になりたいと憧れた。だから、オレは……」
「シロウ。あなたがすくった人達も、シロウと一緒よ」
イリヤはアーチャーを背中から抱きしめて言った。
「それが、あなたの内から出た感情ではなくても、彼らはあなたにすくわれた。あなたがキリツグに感じたものを、彼らも感じた筈よ」
「それは……」
「否定なんてできないはずよ。だって、それを否定したら、あなたはキリツグに助けられたときの感情を否定することになってしまう。たたかって、きずついて、死んでも変わらなかったものを、今更否定なんてできないでしょ?」
アーチャーは崩れ落ちるように膝を折った。そんな彼の頭を包み込むように抱き締めて、イリヤは言う。
「シロウはがんばったもの。もう、自分を責めなくていいのよ」
愛に満ちたイリヤの笑顔と彼女の腕の隙間から涙を零すアーチャー。
その姿に士郎とドナルドは苦笑した。
「さーて、そろそろアトラムに次の料理を用意してやらないと」
「あっ、それなんだけどさ」
『Happy Meal』
謎の声と共に現れるハンバーグ。
「これをアトラムくんに食べてもらっていいかな?」
「これを?」
「うん。あと、リーゼリットさんにも食べてもらった方がいいね。今は彼女がバーサーカーの維持を半分受け持っているから」
「それってどういう……」
ドナルドは語った。アハト翁が用意した策。それは、第四次聖杯戦争でケイネス・エルメロイ・アーチボルトという魔術師が考案した技術の流用。令呪の宿った魔術師を捕縛して、その令呪をアインツベルンのホムンクルスに移植し、魔力のパスだけを残す。これによって、捕縛した魔術師にサーヴァントの維持の為の魔力供給を負担させ、命令権だけを簒奪する事が可能となった。
「大英雄ヘラクレスをバーサーカーとして使役する為には、イリヤちゃんクラスの魔力が無ければ不可能なんだ。だから、アトラムくんは魔力と共に命そのものを吸われ続けていた。リーゼリットちゃんはその魔力供給の為のパスを自分自身にも繋げたんだよ。彼女の魔力はイリヤちゃん程ではないにしろ膨大だから、魔力を吸われるだけで済んでいる」
「リーゼリットが……」
士郎が振り向くと、リーゼリットはピースをしていた。
「シロウ。アトラムを死なせたくない。だから、死なせない方法を考えたの」
「リーゼリット……」
知らなかった。彼を救ったものは料理だと信じていた。
だけど、それは……、
「エミヤシロウ。勘違いするなよ」
アトラムが言った。
「ボクを救ったのは君だ! 君の料理が無ければ、ボクは生きる気力を持てなかった。あのまま、死んでいた筈だ」
「アトラム……」
「同感。それに、シロウの料理がないと、魔力が作れなかった。シロウの料理、胸がポカポカする。力が湧いてくる」
「リーゼリット……」
二人の言葉のおかげで、崩れ落ちそうだった足に力が戻った。
『Happy Meal』
そして、不思議な声が響いた。
「彼らを救うのは、君の料理だ」
そう言って、ドナルドが差し出したものは牛肉やジャガイモ、チーズ、トマト、レタスなどの食材だった。
「これを使って彼らに最高のハッピーセットを作ってあげてよ」
「最高のハッピーセット……」
士郎は意を決した表情でシステムキッチンに立つ。
ドナルドから貰った素材を作って調理を開始する。
「待っててくれ、アトラム! リーゼリット! 最高のハッピーセットを作ってみせる!」
「……ああ!」
「頼むぜ、べいべー」
作るのは、思い出の味だ。
衛宮の屋敷に住む事になってから始めた料理。最初は簡単なものしか作れなかった。
その日、彼は少しだけ冒険することにした。
―――― 今までより難易度上がったんじゃない? 士郎に作れるかな~。
そんな風に言う藤ねえを見返そうと張り切った。
その料理は切嗣が好きだと言っていたものだった。
「玉ねぎをみじん切りにして……」
きっと、ドナルドが数ある道の中からドナルド・マクドナルドになる道を選んだ根底には、『マクドナルドのある国は戦争をしない』 という言葉の他にも、もう一つあった筈だ。
衛宮士郎の
―――― うん。うまい。
その言葉が嬉しかった。その時の笑顔が嬉しかった。
切嗣だけじゃない。藤ねえや、桜、一成。他にも、俺の料理を食べてくれた人達の浮かべる笑顔が嬉しくてたまらない。そうだ、分かっていたんだ。笑顔を作れる幸せを。理想につながる道を。
「おまちどうさま」
皿に盛ったものはハンバーグ。どうせならハンバーガーにしようかとも思ったけど、これは俺の料理だ。ドナルドとは違う道を選んだ者として、俺は敢えてハンバーグを選んだ。
これこそが、俺にとっての
「エミヤシロウ」
アトラムは言った。
「シロウ」
リーゼリットは言った。
「うまい!」
「うまい!」
二人の声が重なり、そして……、
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
調理の途中でなんとなく教えた日本の食事の作法を彼らは完璧にこなしてみせた。
「エミヤシロウ。キミは料理で世界を救うと言ったな」
「ああ……」
アトラムは言った。
「それは並大抵のことじゃない。一人では不可能だと断言しよう」
「分かってる。でも……、俺は!」
「だから、ボクが力を貸そう」
「アトラム……?」
彼は士郎の手を握る。
「魔術師としてではない。アラブの石油王アトラム・ガリアスタとして、君を支援させてもらう」
「支援って……でも、俺は……」
「君の料理にボクは救われた。そして、君の夢にボクは魅せられてしまった。どうか、君の進む旅路にボクも付き添わせて欲しい」
「アトラム……」
「だったら、僕にも一口噛ませろ」
返事をしようと士郎が口を開きかけた時、そこに慎二が割って入った。
「し、慎二?」
「僕も衛宮を支援する。純正の魔術師のアンタや、唐変木の衛宮じゃ、一般的な経済いろはなんてわからないだろ。その部分を僕が担ってやるよ」
「……必要ない。ボクだけで十分だ」
「ッハ! 衛宮には僕が必要なんだよ。そうだろ? 衛宮」
火花を散らす慎二とアトラム。
「ほら、士郎。言ってやりなさいよ。『二人共、わたしの為に争うのは止めて!』って」
「ぶん殴るぞ?」
悪魔のような笑顔を浮かべる遠坂をドナルドに突き返して、コホンと咳払いをする。
「慎二。アトラム」
士郎は二人に頭を下げた。
「俺に二人の力を貸してくれ!」
慎二とアトラムは顔を見合わせた後、苦笑しながら言った。
「ああ、もちろんだ」
「どこまでも付き合ってやるよ。お前の夢に」
「ありがとう、二人共!」
そこに、ライダーに背中を押された桜がやって来た。
「せ、先輩」
「桜?」
「あの……、わたしも先輩の力になりたいです!」
その言葉に士郎は「ああ」と笑みを浮かべた。
「桜がいれば百人力だ。頼むぞ、愛弟子」
「……はい!」
和気藹々としている彼らを英霊達は微笑ましそうに見つめている。
「……料理で世界を救う。途方もない話だ」
セイバーは呟いた。
「みんなを笑顔に……。ああ、それは……」
脳裏に浮かぶもの、それは選定の岩より剣を引き抜いた時に見た光景だった。
魔術師に言われた。
――――それを手に取る前に、きちんと考えたほうがいい。
――――それを手にしたが最後、君は人間ではなくなるよ。
それに対して、彼女はこう応えた。
―――― 多くの人が笑っていました。それはきっと、間違いではないと思います。
「そうだ。わたしも、同じものを願っていた」
セイバーが決意を固める隣で、ライダーは桜と慎二を見つめている。
「サクラ……。シンジ……」
未来に絶望していた二人が、未来に向かって歩き出している。
「ならば、わたしの役割は一つ」
そんな彼らを見回して、ランサーのサーヴァントは笑う。
「だったら、テメーら!」
全員の視線が彼に向かった。
「手始めに世界を救っちまおうぜ」
全員の声が重なる。ドナルドの世界で起きた悲劇。この世界でも起ころうとしている破滅の未来。
そんなものに、邪魔などさせない。
「おう!」
第二十八話『アンサー』
その光景に王は嗤う。
「――――さて」
真紅の瞳はすべてを見通す。
―――― いいだろう、進むがよい。なにも持たぬ男が、どこまで行けるか見せてみよ。その道の果てで、我が自ら貴様を見定めてやる。
それは異なる世界で交わした言葉。
「救世という茨の道を歩み切った男よ。あの時の約定を果たすとするか」