【完結】紅き平和の使者   作:冬月之雪猫

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第二話『ドナルド・マジック』

 士郎は長年の一人暮らしや紛争地帯などでの食事を提供するため、そして紛争地帯で出会い、士郎の弟子となった少年に健康を維持してもらうために覚えた料理を披露した。

 冷蔵庫の中は僅かな食材しかなく、運良く戸棚からパスタを見つけたのでそれを使うことにした。

 

「ドナルド・マジック!」

 

 ハッピーセットを生み出す能力の応用でジャガイモを作り出す。マクドナルドのポテトの原料となるこのジャガイモはワシントン州、オレゴン州で環境に配慮しながら大切に育てられ、選び抜かれた品種である。そして、オーストラリア産の無添加100%ビーフを作り出し、包丁で薄くスライスした。 ハッピーセットは例外として、士郎が作り出せる物は原材料に限られる。これは彼の力の源から零れ落ちた能力であり、料理そのものを作り出すことはできないのだ。

 これは、ドナルド・マクドナルドの『料理には愛情が必要だ!』というモットーに起因している。

 自分で作ることで、食べてもらう人に愛情を注ぐのだ。塩で軽く味付けをして、薄くスライスし、少しだけ火で焼いたビーフとスライスしたジャガイモをトッピングし、ドナルド特製のモーニング・メニューが完成した。

 

第二話『ドナルド・マジック』

 

「私……、朝食は取らない主義なのよ」

 

 士郎の存在に驚くあまり、寝起きだというのに凜は目がバッチリと覚めていたけれど、朝食を食べられるコンディションではなかった。

 だが、士郎は、

 

「駄目だよ、朝マック……、じゃなかった! 朝ご飯を食べないと健康に悪いんだ。ドナルドは凜ちゃんのために一生懸命作ったよ。それにさっき、お腹を鳴らしたのを、ドナルドは知ってるよ!」

 

 と言った。

 渋々、凜は士郎の作ったパスタをミネラルウォーターと一緒に食べる。そして、気が付いた。

 

「ねぇ、肉やジャガイモなんて冷蔵庫にあったかしら?」

 

 学校の時間までのんびりしていようと思っていた凜は、ドナルドがキッチンに入って何をしているかまでは分かっていなかったのだ。

 

「これはね、ドナルドの力の一つの応用なのさ」

 

 士郎は得意気に言った。

 凜は「どういうこと?」と聞いた。

 

「ドナルドも英霊になって初めて知ったんだけど、僕にも元々魔術回路はあったみたいなんだ。でも、ドナルドは魔術に興味がなくてね。生前は使ったことがなかったんだ。みんなのおかげで英霊になった時にその力が解放されたのさ」

 

 凜は唖然としながら聞いた。

 目の前の道化師は魔術も使わずに英雄になったと言っているのだ。その上、英霊になって目覚めたということは、生前にも使えた可能性があるのだ。

 こんな、ジャガイモやビーフを何処からともなく取り出したり、人を夢に誘う魔術を簡単に使えるのはどういうことなのか、凜は真剣な表情で聞いた。

 すると、士郎はアッサリととんでもないことを言った。

 

「ドナルドの力はね、固有結界って言うらしいんだ」

 

 その言葉に、凜は「なんですって!?」と叫んだ。

 机の向かい側で座っていた士郎は、そのせいで後ろに椅子ごと転んでしまった。

 

「あら~!」

 

 そして、ぶつけた頭を摩りながら立ち上がった。

 

「どうしたんだい?」

 

 士郎は困惑しながら聞いた。

 すると、凜はとんでもない大音響で叫びだした。

 

「どうしたんだい? じゃないわよ!! 固有結界って、あんた何なのよ!! なにかしら? 元からあったって、それってつまり、衛宮君は魔術の素質があって、それも固有結界が使えるくらい凄腕だったってことなの!? 答えなさいよぉ!!」

 

 士郎はあまりの大音響に耳を塞いでいたが、それでも聞こえてきたので答えた。

 

「ドナルドは……、見せたと思うけど魔術には興味が無かったのさ。世界の平和のためにはいらなかったからね」

 

 その言葉に、凜は力無く崩れ落ちた。

 

「ま、魔術の最大奥義が使えるくせに……、いらないって……」

 

 ガックリと肩を落としてしまった凜に、ドナルドは心配気に話しかけた。

 

「ごめんね。凜ちゃんは魔術師だもんね、いらないなんて言ってごめんね」

 

 その言葉は、凜が落ち込んだ理由が魔術をいらないと言ったからだと思ったのだと凜は理解した。

 そして、ドッと疲れながら「いいわ」と答えた。

 

「そうよね。貴方は世界の平和のためにがんばった。それを私は否定できない。貴方のやったことは、間違いなく素晴らしいものよ。ごめんなさいね。つい、貴方が持ってる力が羨ましくなっちゃったのよ」

 

 その言葉に、士郎は優しく笑いかけた。

 

「ドナルドの力は凜ちゃんのものだよ? ドナルドは、本当は聖杯戦争なんて危ないものに、凜ちゃんには参加してほしくないんだ」

 

 その言葉に、凜が反論しようとしたが、士郎が「でもね……」と続けたので黙った。

 

「君には君の目的がある。人の思いを捻じ曲げてまで正そうとしても、それじゃあ意味がない。だからね、ドナルドは決めたんだ」

「何を?」

 

 士郎の言葉に、凜はキョトンとしながら聞いた。

 

「ドナルドはみんなが笑顔のままでいられるように頑張ろうと思うんだ。ドナルドは知ってるよ? 凜ちゃんが優秀な魔術師だって! それに、凜ちゃんなら僕の居た世界での悲劇は起こらないと思うんだ」

 

 凜は、その言葉に、士郎が教えた、冬木市の消滅を思い出した。

 

「だからね、一緒にがんばろう? 大丈夫! ドナルドと凜ちゃんなら、みんなが笑顔のままでこの戦争を終わらせられる」

 

 だが、士郎の言葉に凜は首を横に振った。

 

「貴方一人ならできるかもしれないわ。それだけの力があるもの……。でも、私には目的がある。その為には敵を殺さなきゃいけない。それじゃあ、皆を笑顔になんてできっこないわよ」

 

 だが、凜の言葉にも士郎は笑顔を崩さなかった。

 

「できるよ」

「え?」

 

 当然の様に口にした士郎の言葉に、凜は士郎を見た。

 そこには、誰にも真似できないほどに綺麗な、0円スマイルがあった。

 

「きっとできる。ドナルドは知ってるよ。凜ちゃんは優しい子だって! だから、凜ちゃんが頑張れば、きっとうまくいく。ドナルドも手伝うから。一緒に、みんなが笑顔のままで聖杯を勝ち取ろうよ」

 

 その言葉はとんでもなく傲慢だったが、どこまでも確信に満ちていた。

 必ずできる。そう、信じさせるほどに。

 

「……なんだか、私も貴方の信者になりそうだわ。そうね、やる前に諦めるなんて私らしくないわ!! いいじゃない、みんなが笑顔のままで目的を勝ち取る? それっくらいハンデがないと、私と貴方には簡単すぎるわよね!」

 

 そう、凜は素晴らしい0円スマイルを浮べて言った。

 

「こんな戦争如き、私にとってはスタート地点でしかないわ!! 相手を倒せばいいんだから、殺す必要は無い!! 殺さずに聖杯を手に入れるなんて、ハードルが高くなって、私には丁度いいわ!」

 

 その顔はどこまでも輝いていた。そう、その気高い魂こそが遠坂凛。

 そして、凜は士郎に聞いた。

 

「力を貸してくれるわよね? 私のサーヴァントさん」

 

 その言葉に、士郎も最高の0円スマイルで答えた。

 

「もちろんさー! ドナルドと凜ちゃんが揃えば怖いものなんて、何もないよ」

 

 その言葉に、凜は「当然!!」と力強く答えた。

 そして、時計が学校に行くべき時間を指した。

 

「それじゃあ、まずは学校に行くわよ! 文句は無いわよね? 私は聖杯戦争に参加しても生活を変えるつもりはないんだから」

 

 凜は言った。そして、士郎は「もちろんさー」と答えた。

 

「それでこそ凜ちゃんだよ。大丈夫! 何があっても凜ちゃんには僕がついてるんだからね」

 

 その言葉に、凜はニヤリと笑い返した。

 

「ええ、期待してるわよ。……っと、その前にあなたの格好をなんとかしないといけないわね。そのメイクじゃ外に出ても目立つし……」

 

 凜が言うと、士郎は「大丈夫♪」と言った。

 

「凜ちゃんが魔力をカットしてくれればいいのさ。やってごらん」

 

 士郎に言われて、サーヴァントは霊体化ができることを今更に思い出した。

 

「そっか、霊体化すればいいんだ。じゃあいくわよ」

 

 そう言うと、凜は意図的に士郎へ流れる魔力の流れをカットした。

 すると、士郎の姿は消えた。そして、それを確認すると凜は再び魔力を通した。

 

「ちなみに、ドナルドの方でもカットできるからね」

 

 凜はその言葉に満足すると、改めて学校に向った。

 霊体になった士郎もそれに続く。

 

『本当は、サーヴァントにこの街を案内するつもりだったんだけどねぇ』

 

 念話を使って、凜は士郎とお喋りをしていた。

 他人とこんなに話した経験はあまりない。

 

 ――――どんな時でも余裕を持って優雅たれ。

 

 それが遠坂家の家訓だった。

 それを守り、つねに学校では才色兼備の優等生として、他人とは一定の距離を守っていた。それは、魔術師である立場からもそうしなければいけなかった。

 だから、そういうものとは関係無しにお喋りをすることが思いの外楽しく凜は嬉しくなった。表面上は無表情でありながら、心の中で士郎と心行くまで会話を楽しんでいた。

 

『貴方には必要ないわね? なにせ、ここは貴方の街でもあるんだから』

 

 凜の言葉に、士郎は『そうだね』と答えた。

 

『でも、ドナルドは凄く懐かしいんだ。この街は、ドナルドが大切な人に、ドナルドになったことを報せようとした時には無くなってしまったからね』

 

 その言葉に、凜は優しい声をかけた。

 

『貴方のしてきたことは、みんなが褒めてくれる素晴らしいことよ? それはマスターである私が保証してあげる』

 

 その言葉に、士郎は嬉しそうに言った。

 

『ありがとう。うれしいな! ドナルドは君のことが大好きだよ!!』

 

 そう言った。

 凜はあまりのことに転びそうになってしまった。

 

『だ、大丈夫かい!?』

 

 士郎が心配そうに聞くと、凜はなんとか無表情を保ちつつ、心の中で爆発した。

 

『あんたのせいでしょ!! いきなり何言い出してんのよ!!』

 

 その言葉に、士郎は当然の様に言った。

 

『ドナルドは嘘をつかないよ』

 

 その言葉に、凛の頬が熱を帯びる。そして、『もう、あんたは黙ってなさい!!』と心の中で叫んで歩く速度を速めた。

 そして、凜は登校時間である筈なのに人通りがやけに少ないと感じて、ハッとした。

 昨日、時計が狂っていたのだ。それも全ての時計が。

 そのせいで、昨日も早くに来すぎたのを忘れていた。その上、昨日の召喚も士郎が陣の中に現れなかった理由が分かった。時間を間違えたのだ。

 そのことに気が付くと、凜は頭を抱えた。

 

『ど、どうしたんだい!?』

 

 士郎が心配そうに聞くと、凜は『なんでもない……』と言って歩き出した。

 少しだけ、自分の『うっかり』に欝になった。そして、学校に着くと、凜は絶句した。

 

「何よ……、これ」

 

 学校には、恐ろしい結界が張ってあったのだ。

 

『なんだか嫌な感じだね。ドナルドにもわかるよ……。これは……』

 

 その言葉に、凜は頷いた。

 

『ええ、この結界……、人を溶解して養分にするためのモノだわ……』

 

 忌々しげに結界を睨みながら、凜は念話で言った。

 

『大丈夫だよ』

 

 士郎は言った。

 

『凜ちゃん、どこか人の居ない場所に連れて行ってくれるかい?』

 

 士郎がそう言うと、凜は首を傾げた。

 

『別にいいわよ。時間もまだ早すぎるくらいだし……。でも、これを何とかできるの?』

 

 凜にはこの結界が並みの物ではないことが直ぐに分かった。明らかに魔術の域を超えている。五つの魔法に匹敵する奇跡だ。これをどうにかできるとは到底思えない。

 だが、士郎は一言だけ言った。

 

『まかせて』

 

 と言ったのだ。

 それで凜の心は決まった。凜は霊体の士郎を引き連れて、校舎の裏の林の中に入って行った。

 それまで、誰にも見つからなかったのは幸運だった。そこで実体に戻った士郎は両手を天に掲げた。

 

「ドナルド・マジック!!」

 

 それと同時に、なんと学校を覆っていた結界が消え去ったのだ。

 

「うそ!? 本当にどうにかしちゃったの!?」

 

 凜は信じられないといった目で士郎を見た。

 

「これが、ドナルドの力の一つさ。ドナルドの綺麗にする能力だよ」

「綺麗にする能力?」

 

 凜には意味が分からなかった。

 綺麗にすることと、結界を消すことがどう関係すると言うのか。

 

「簡単に言うとね、この結界自体はドナルドにも消せないんだ。でもね、結界の起点は魔法陣だから、ドナルドはどんな汚れも綺麗にできるんだよ」

「え? え? え? 意味が分からないのは私の理解力が無いせいなの!?」

 

 凜は訳が分からないという表情だった。

 

「魔法陣はどうやら魔力と血を使ったみたいだね。でもね、何で描いてあったとしても、落書きを消すなんてドナルドには朝マック前なのさ!」

 

 その説明に、凜は頭が痛くなった。

 つまり、士郎は魔法陣という落書きを消したと言っているのだ。

 

 ――出鱈目じゃない……。

 

 凜は疲れ果ててそのまま校舎に戻ろうとした。

 だが、その時に凜に向けて一本の鎖が飛んでくるのを、凜は気付けずにいた――――。


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