【完結】紅き平和の使者   作:冬月之雪猫

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第八話『アンノウン』

「宴だぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 麦わら帽子の少年、モンキー・D・ルフィの音頭で宴会が始まった。

 

「……ここって、固有結界の内部なのよね」

 

 アチラコチラでどんちゃん騒ぎが起きている。士郎が玩具だと言っていた人達が、それぞれの意思で宴会を楽しんでいる。

 士郎から仕組み自体は説明を受けている。過去現在未来の子供達の幻想が紡ぐ奇跡。理論としては、たしかに成立している。

 そもそも、サーヴァントの宝具はその英霊を象徴するものとして、人々が抱くイメージが具現化したものだ。知名度による補正が存在するわけもそこに起因している。

 

「だからって……」

 

 ビルよりも高いウルトラマン。神代を遥かに超える太古の時代に絶滅した筈の恐竜。様々な能力を持つモンスター。英霊であるランサーと切り結んだゾロ。そのゾロがヤバイという女の子達。そして、孫悟空。

 これほどの存在を生み出すなど、やはり士郎の固有結界は常軌を逸している。

 

「……一つ、質問してもいいですか?」

「あん?」

 

 士郎に渡されたダブルチーズバーガーを齧りながら、バゼットはゾロに問う。

 

「この世界には、貴方を含めて強大な力を持つ者達が複数存在しています。おそらく、あの孫悟空を筆頭に術者であるドナルド・マクドナルドを凌駕する力の持ち主もいる筈でしょう。それなのに、彼はどうやって貴方達を制御しているのですか?」

 

 それは純粋な疑問だった。このゾロという男も、軽々しく他人の下につく人間とは思えない。

 この世界が崩れれば泡沫の如く消え去ることを理解しているから? その程度で他者に頭を垂れるほど、この男は安くない。短いやり取りの中で、バゼットはゾロに対してそういう印象を抱いていた。

 

「簡単な話だ。さっきも言っただろう。ここにいるのは、どいつもこいつも、顔も知らない他人の為に命を投げ出せるような、生粋のお人好しなんだ。ヒーローっていうのは、そういうものだろ?」

「ヒーロー……」

 

 バゼットは宴会に興じるヒーロー達を見た。

 

「ハッピーセットは子供達のためのもの。彼らは子供達に夢と希望を与える存在なんだ。だから、制御っていうのは違うね。彼らは善意でドナルドに力を貸してくれるんだ」

「……まあ、そういうことだな」

 

 ドナルドの言葉にゾロが苦笑しながら頷く。

 

「善意……、ですか」

 

 バゼットはゾロに対して疑いの目を向けた。さっき、この男は言っていた。

 

 ――――ここにいる連中は大半がお人好しだが、そうじゃないヤツもそれなりにいるんでな。

 

 お人好しのヒーローばかりではない。たしかに、彼はそう言っていた。

 ならば、何故そうした者達まで従っているのか……。

 

「やめときな、バゼット。ドツボにはまるぜ?」

 

 頭を悩ませるバゼットにランサーが声を掛けた。

 振り向けば、彼は見事な毛並みの犬に懐かれ、渋い顔の男と酒を飲み交わしていた。

 

「おい、ドナルド」

「なんだい?」

「お前の目的はなんだ?」

「みんなを笑顔にすることさ!」

 

 ドナルドが浮かべる0円スマイルに、ランサーも0円スマイルを返す。

 彼は気付いていた。ドナルドがただの一度も殺気を向けてこなかったことを。

 思えば、彼は初めから言っていた。

 

 ――――ドナルドは知ってるよ? 君が笑顔になるのは最高の戦いをした時だって! だから、ドナルドは君の願いに全力で答えようと思うんだ!

 

 そういうことだ。ドナルドがランサーと戦った理由は、それが彼の望みだったから。

 みんなを笑顔にする。みんなとは、文字通りみんなだ。敵である筈のランサーすら、みんなの中に入っている。

 そういう男なのだろう。そうでなければ、こんな世界は作れない。

 幾億もの子供達の信仰によって生まれた世界。それはつまり、ドナルドは幾億もの子供達の信仰を受ける者ということだ。

 

「けどよ、ドナルド。これは聖杯戦争だぜ? いずれ、全ての敵を駆逐しなければならない。それを理解しているのか?」

 

 ランサーの問い掛けに士郎は穏やかな0円スマイルを浮かべる。

 

「ドナルドは凛ちゃんと約束したんだ。みんなが笑顔のままで聖杯戦争を終わらせるって!」

「それは無理だろ。他人を蹴落としてでも願いを叶えたいって連中の集まりなんだぜ? 聖杯戦争のマスターとサーヴァントって奴は」

「でも、君は違うよね?」

「あん?」

 

 ドナルドは言った。

 

「バゼットちゃんは魔術協会の依頼で聖杯の調査に来ただけで、強いて言えばクーくんと仲良くなりたいだけだし、クーくんも強い相手と戦いたいだけでしょ?」

 

 その言葉にバゼットが吹き出した。

 

「なっ、何を言ってるんですか! 私は別に……」

「おいおい、うちのマスターの可愛い本音をバラしてやるなよ」

「あっ、ごめん」

 

 真っ赤になって睨むバゼットに平謝りする士郎。

 その姿を呆れたように見ながら、ランサーはピカチュウを撫でながらふなっしーの梨汁プシャーを見て笑っている凛に声を掛けた。

 

「嬢ちゃんはいいのかい? 相方はこんなことを言ってるが、嬢ちゃんも望みがあって参加したんだろ?」

「え? 別に、聖杯を使ってまで叶えたい望みなんてないわよ。悲願はあるけど、それは自分の力でたどり着かなきゃ意味のないものだしね。私は勝ちたいから聖杯戦争に参加するの。ドナルドのおかげで難易度は跳ね上がったけど、私には丁度いいわ。……いや、むしろドナルドのせいで大分難易度が下がったわね」

 

 そう言って唇を尖らせる凛にランサーは笑った。

 

「なによ?」

「なるほどな! サーヴァントがサーヴァントなら、マスターもマスターってことか! 勝ちたいから聖杯戦争に参加するか、恐れ入ったぜ!」

 

 ドナルドに振り回されているだけかと思えば、その内にはぶっとい芯が通っている。

 ランサーはドナルドに土下座されているバゼットに声を掛けた。

 

「おい、バゼット。負けちまったことだし、ここは素直に宴会を楽しもうじゃねーの」

「ランサー……。まったく、仕方がありませんね」

 

第八話『アンノウン』

 

 宴会が終わると共に世界が元の様相を取り戻す。既に夜が明けようとしていた。

 

「とりあえず、今後共よろしくな」

 

 ランサーが言った。宴会の途中でバゼットと凛が話し合い、同盟を結ぶことが決まったのだ。

 ランサーの宝具は悟空のかめはめ波によって消滅してしまった。宝具の修復は不可能ではないが困難であり、ルーン魔術を主体とした戦法に切り替えるにしても戦力ダウンは免れない。それを見越した凛が提案したのだ。

 そもそも、凛と士郎の勝利条件には相手の笑顔も含まれている。相手を殺さずに無力化させなければならず、それも相手にとって不満が残るものでは意味がない。

 だからこその同盟だった。

 

「聖杯の調査に全面協力してあげる。だから、こちらの条件もちゃんと守ってもらうわよ?」

「みんなが笑顔のままで聖杯戦争を終わらせる。……仕方がないとはいえ、実に難しい要求ですね」

 

 要するに殺生の全面的な禁止だ。冬木市の管理者(セカンドオーナー)である遠坂の助力を受けることは大きな助けとなるが、実質的に己の切り札を封じられてしまったバゼットは苦い表情を浮かべている。

 

「とりあえず、私達は調査を継続します。定時連絡は海浜公園で構いませんか?」

「ええ、問題ないわ」

 

 短いやり取りの後、バゼットは凛達と分かれて新都へ向かった。

 

「……ランサー。あのサーヴァントをどう思いますか?」

「見たまんまだと思うぜ? 少なくとも、アイツの言葉自体に嘘はない」

 

 不満そうな表情を浮かべるバゼット。その様子にランサーは苦笑する。

 

「バゼット。固有結界って魔術は、術者の心象風景を具現化するものだ」

「……知っています」

「だが、アイツの固有結界はアイツ自身の心象を映したものじゃなかった。子供の夢や希望。言い換えれば、赤の他人の心象風景を具現化してやがるんだ。そんなことができるってことは、よほど器がデカイのか……」

「あるいは、己が無い」

「……そういうことだな」

 

 他者の信仰(ココロ)を具現化する。言葉にしてみれば簡単に聞こえるが、己の心象風景を他者の心象で塗り潰すなど、正気の沙汰ではない。

 たしかに、他者の心を受け入れる器の広さを持つ者も中にはいるだろう。例えば、魔術協会から提供された資料に記されている第四次聖杯戦争のライダー。彼は王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)という固有結界の使い手であり、その能力はかつて彼に忠義を捧げた兵士達をサーヴァントとして連続召喚するという規格外のもの。それを可能としている仕組み自体はドナルドのものと酷似している。彼の固有結界もまた、他者の心を受け入れるものだった。

 だが、決定的に違う点が一つある。資料によれば、ライダーの固有結界で召喚される兵士達はライダーに忠義を誓った兵士達であり、理想を共有する程に(ちか)しい存在だった。対して、ドナルドは不特定多数の赤の他人の心を受け入れてしまっている。

 

「あのペイントフェイスの裏に隠されたアイツの本性をオレは見抜くことができなかった。本性を隠していないだけなのか、それとも……、本性自体が存在しないのか、どっちだろうな」

 

 ランサーは頭を掻きながら言う。

 

「ただ、いずれにしても……、あの固有結界は危険だ」

「ええ、悟空の力は明らかに……」

「そうじゃない」

「え?」

 

 ランサーは苦い表情を浮かべながら言った。

 

「気づかなかったか? アイツは固有結界を制御できていない。あの眼鏡のガキ、ドナルドがチーズバーガーをすすめてるのに、オムライスが喰いたいとかほざいてたろ。アイツ自身も、力を貸してもらっていると言っていた。……コイツは危険だぜ」

「……どういう意味ですか?」

「わからないか? あの固有結界は赤の他人の信仰(ココロ)に左右されている。信仰っていうのは、一つや二つじゃない。同じ神を信じていても、宗派の違いってだけで殺し合うのが人間だ」

「……まさか」

「ガキ共の夢や希望だけならいい。だが、それが悪意や欲望を孕んだ信仰に差し替われば、ヤツの固有結界がどんなものになるか、オレにも想像がつかねぇ」

 

 バゼットは言葉を失った。あまりにも、得体が知れなすぎる。

 

「願わくば、アイツが単なるお人好しであってほしいもんだぜ」

 

 ――――ドナルドは一緒に遊んだ友達とごはんを食べる瞬間が大好きなんだ!

 

 悪い気分ではなかった。己の推論がただの邪推に終わることを願う程度に、ランサーはドナルドを気に入っていた。


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