リスタート   作:ヤニー

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第20話『温泉とハプニングと敗北と』

 

 はてさて、我が国ではこの時期は大型連休、全部が全部そういうわけにもいかない人たちも居るが……俺たち学生にとってはハッピーな日々が始まった。

 だからこそ連休では無駄に惰眠を貪る気満々な俺であって今日も朝から二度寝をしようと思ったのだが……。

 

「何故こんなことに……」

「兄ちゃん鼻の下伸びてるで!」

「変なとこ触ったら承知しないよっ」

「うぅ……」

 

 フェイトちゃんの背中を流している俺が居た。

 

 ほんとどうしてこうなったんだか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遡ること朝の事だ。

 

「聞いてないんだけど」

「せやから朝言ったやろ? 今日からみんなでお出掛けするんやって」

「もっと早く言えよ……」

 

 ゆらりゆらりと車に乗っている俺がここに居た。

 行先はどうやら海鳴市にある温泉地らしい。何故そんなことに向かっているのかというとだ。

 

「桃子さんからお誘いの電話頂いたんや、断るのも気が引けるし、それに楽しそうやから参加したいなぁ思ってな」

 

 どうやら我が妹が俺の知らない所で連休の予定を埋めてしまったらしい。なんたることだ! 俺の睡眠計画が……っ。

 

「それに兄ちゃん連休いうてもどうせ寝てるだけやろ、そんならこうしてお外に出たほうがええやんか」

 

 別に本当に寝てるだけじゃないし……最終日にはライブあるし。その打ち合わせも兼ねてどうせツヨシ家に籠ったりはしたろうけどさ。

 まぁ、いいやせっかくの旅行だし楽しまなきゃ損だな。

 

「ほらお兄さんの番ですよ!」

「ん? おぉ、ほい」

 

 アリサちゃんに声を掛けられゲームへと意識を戻す。今俺たちは旅行の定番のUNOをやっている最中だった。

 ちなみにこの車には運転席の士郎さん、隣に桃子さんその後ろ2列には俺、はやて、美由希さん、なのはちゃん、すずかちゃん、アリサちゃんの8人が乗っている。この為にわざわざ大きい車を借りてきてくれたらしい。恭也さんは忍さん、ノエルさん、ファリンさんと同じ車で向かいっている。

 つまりこの旅行は高町家、月村家、八神家+アリサちゃんで構成されている。連休中に翠屋を高町家全員が空けるのは大丈夫なのかと思ったがバイトなので上手く回ってるらしい。ちなみにその中に龍也は居るのだが『なのはちゃんが居ないなんて……』と。相変わらずのキモさを見せていた。

 

 こうして車で向かう事1時間強といった所だろうか、無事温泉地へと到着した。

 

 いやぁ~、温泉に来るのはいつ以来だろうか、前世で4人で出かけた時以来だろうか(その日はツヨシは外へ出た)。それに景色も良い、さすが海鳴市だな。

 

「みんな先に温泉に行くみたいだよ、慎一君も恭也と一緒に入ってきたらどうだい?」

「そうなんですか、ところで士郎さん、ここって混浴あります?」

「なんだなんだ、なのはを連れ込む気かい? そういうつもりなら僕も黙っちゃいないな……っ」

「違いますよ!? はやての……足のこともあるので一緒に入ろうと思って」

「ああ、そういうことかい、あっはっはこりゃ失敬」

 

 あなたが凄むと滅茶苦茶怖いんで本当に止めてほしいです士郎さん……。

 

「でも慎一君、はやてちゃんのことなら美由希たちに任せても平気よ?」

「あー……桃子さん、その、なんといいますか」

「わ……私が兄ちゃんと入りたいなぁ思って。こういう機会じゃないと一緒に入れることあらへんので……」

「あらあらあら、はやてちゃんは本当にお兄ちゃんの事が大好きなのね」

 

 はやてが真っ赤になって俯く、でも俺の服の袖は握ったまま離さず、はやてはこういう所が可愛いんだよな。

 

「そういう事なら大丈夫だと思うよ、たしか混浴もあるはずだ」

「そうですか、よかったよかった」

「今すぐ入るつもりがないなら散歩でもしてきたらどうだい、良い景色だと思うよ」

「おー、そういうことなら行くかはやて」

「うん!」

 

 士郎さんと桃子さんと別れ宿の周辺の散歩へと向うことに、はやても笑顔だし来てよかったな。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……風が気持ちええね、兄ちゃん」

「そうだな、良い風だ」

 

 森林浴を浴びながら車椅子を押す。緑が豊かで本当に良い気持ちだな。

 

「ふふっ、でもよかったぁ兄ちゃんが来てくれて」

 

 風で靡かれる髪を押さえながらはやては言う。

 

「兄ちゃん、最近どこか行ってしまう事多いから、こないだもツヨシさんのとこに置き去りにされたし」

「まてまて、ちゃんとあの時は迎えに行っただろ!?」

「知らんもーん。私には最近兄ちゃん成分が足りないから補充が必要なんや」

 

 なんだよ兄ちゃん成分て……。でもはやては楽しそうに笑いながら続ける。

 

「兄ちゃん本当に最近変な気がするんよ、なにかあったんか?」

「うぅん……何もないことは無いんだけどさ」

「私には言えんこと?」

「今は……まだな」

「そっか、そんならええんや、いつか兄ちゃんが話してくれるのを待っとる。その代わり今日は離さへんからなっ」

 

 笑って流してくれるはやて。今はまだ無理だけど……いつか話せたらいいな、兄ちゃん死にそうになりながら頑張ったこともあるんだぞーって。

 最近では久しぶりになってしまったはやてとの2人きりの時間、ゆっくり堪能しながら俺たちは散歩を続けた。

 

 

 

 

「あれ?」

「ん?」

 

 そろそろ温泉へ入ろうと旅館へ戻るとそこには珍しい顔が。

 

「アルフ……さんですよね?」

「そういうあんたは……慎一かい?」

「はい、そうです。アルフさんたちも旅行ですか、偶然ですね」

 

 以前お伺いしたフェイトちゃんのお姉さん、アルフさんが浴衣姿で歩いていた。

 

「ん~、そのこおちびちゃんは知らない顔だねぇ」

「あ、私兄ちゃんの妹で八神はやてって言います」

「はぁ~、妹さんかい、なるほど。アタシはアルフっていうんだ、よろしくね」

 

 そう言ってパチンとウィンクするアルフさん。うーん恰好といい仕草といいとても似合っていらっしゃる。

 

「あんたたちは今から風呂かい?」

「ええ、そこの混浴で一緒に入ろうかと」

「ふ~ん、なるほどねぇ」

 

 それからアルフさんはふむと考え込んで暫く黙った。一体どうしたのだろう。しかし心配するも束の間、すぐにこちらへ向き直り。

 

「あ、アタシの事はいいから行ってきな、ごゆっくりね」

 

 そう言ってアルフさんは歩いて行った。何故か表情は面白いことを思いついたような顔になってたけど。なんだったんだろう……?

 

 

 

 だがこの後俺はすぐに思い知ることになった。

 

 

 

 

「よーし、はやて身体流すぞ」

「はーい」

 

 風呂場にて、はやての身体を洗い終わりシャワーで流す。

 ここは混浴という事もあって他にお客さんが居ると思ったけど、現在の使用者は俺たちだけらしい、ちょっとした貸し切り気分だ。

 

「兄ちゃん、まだ足のとこ泡ついとる」

「お、ほんとだ」

 

 残ってた泡を綺麗に流し終えさぁこれから風呂だ……というところで思わぬハプニングが。

 

「はぁ~い」

「うぅ……」

「え?」

「ふぇ?」

 

 脱衣所からの来客、まぁそれはいいんだがその人物は問題だった。

 

「アルフさん……なんでこんなとこに」

「ん~、ちょっと色々思いついてねぇ」

 

 先程通路で別れたばかりのアルフさんが居た。というかさっきあんた浴衣来てたでしょうに。

 それにもう一人の女の子、恥ずかしそうに入ってきたのはフェイトちゃんだった。

 

「ほら、フェイト、恥ずかしがってないでいくよ」

「うぅ……、アルフだけ行けばいいのに」

「せっかくこんな所まで来たってのに風呂も入んないんじゃもったいないって」

 

 恥ずかしがるフェイトちゃんの手をひっぱってずかずか中へ歩いてくるアルフさん。そっか……フェイトちゃん。

 

「フェイトちゃん……お風呂はちゃんと入ったほうがいいよ」

「……っ、家ではちゃんと入ってます!」

「え、あ、そりゃ失礼」

「ばか兄ちゃん」

 

 てっきり俺は普段フェイトちゃんがお風呂に入らない子なのだと……。あまりのアホさにはやてからもダメだしを受け反省反省。

 

「そんなことより何しに来たんですかね、アルフさん」

「そりゃぁ決まってるだろう、一緒に入ろうってことだよ」

 

 半ば予想していたとはいえ、マジか。俺らまだ会って2回目だぞ。はやてに至っては初対面だし。

 

「そんじゃ身体を洗おうかね、アタシははやてを、あんたはフェイトを洗ってあげな」

「うえぇ!?」

「あ、アルフ!?」

 

 この展開は予想してなかった。フェイトちゃんも聞いてなかったみたいで驚いている。

 

「あの……私らもう洗い終わったんで……」

「そんなこと言わずにお姉さんに付き合っておくれよ」

「わひゃぁ……」

 

 えーと、俺も洗わなきゃいけないの? この子を?

 

「うぅ……」

 

 目の前には恥ずかしそうに頬を真っ赤に染め、チラチラとこちらの様子を伺っているフェイトちゃん。

 ……この萌えっ子はなんなんですか。

 

 落ち着けー、俺はリンみたいに欲情しないし龍也みたいに変態じゃないんだ。落ちつけ落ちつけ俺……。

 

「くしゅんっ」

「こら慎一、早くやりな、フェイトが風邪ひいたらどうすんだい」

「へ、へい」

 

 それもそうだ、いくら5月とはいえこんなとこで湯も浴びないでいたら風邪ひいちまうしな。

 

「……そんじゃいくよ」

「は、はい」

 

 かくしてフェイトちゃんの身体を洗ってあげることになった。もちろん背中だけだぞ! 前はお互いに無理だからな!!

 

 

 

 

 

 

「ふーん、あんたら兄妹も苦労してるんだねぇ、はやては足が動かないんだろ?」

「え、えぇ……まぁそうですけど兄ちゃんがおりますから……」

 

 身体を洗うプチ事件(?)後、4人でまったりと湯に浸かる。フェイトちゃんはまだ恥ずかしいのか俺と目を合わせてくれない。

 

「あんた良い兄貴してるじゃないか、少し見直したよ」

「はは、それはどうもですよ」

「慎一とはやてで支えあって暮らしてるんだね……すごいや」

「そ、そんな私は支えてもらってるだけやってフェイトちゃん」

 

 ちなみにこの2人既に先程自己紹介は済ませ、今では互いに名前で呼び合っている。

 

「いやいや、俺もはやてには助けられてるからな、特にバンドの事では」

「んもぅ……兄ちゃんまで」

「そのバンドっていうのアンタが歌うんだろ? ちょいと歌ってみておくれよ」

「んな無茶振り……はもう慣れましたよ。じゃあアカペラですけど軽く……――っ」

「わぁ……」

「へぇ……」

 

 リクエスト通り軽くバラード曲を歌う、これならアカペラでも合うし大丈夫だろ。

 

「えへへ、兄ちゃんの歌久々に聴いたなぁ」

「凄いじゃないか慎一、思わず聴き入っちゃったよ」

「うん、凄く素敵だった」

「あはは……それならよかった」

 

 喜んでもらえたなら何より、歌った甲斐あったもんだ。それから少しして2人は出て行った。なんでもこの近辺に探し物をしに来たらしい、それの続きだそうだ。見つかることを祈って2人とは別れた。

 

「嵐のような展開だったな」

「そうやね、でも楽しかったよ」

 

 2人で笑いあいながら温泉を堪能した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後なのはちゃんたちと合流し(3人は酔っ払いに絡まれたらしくアリサちゃんはご機嫌斜めだった)、旅館にあるゲームコーナーや卓球(すずかちゃんめちゃ強ぇ)をしたりし、お土産を選んだりしあっという間に夜に。夜ご飯は旅館の料理でどれも美味しく頂いた。

 時間帯も小学生には休む頃合いになっておりファリンさんが別室で子供たち4人に絵本を読み聞かせている。

 一方の俺は士郎さんたちの宴に混ぜてもらっている。といっても年齢的に酒はNGなので俺はジュースだが。

 

「そういえば慎一君、バンド活動は順調かい?」

「あー、まぁぼちぼちですかね」

「俺と忍で一度見に行ったけど、凄い歓声だったじゃないか」

「いやぁあれはまだまだですよ、みんな周りにノッてるだけですから」

「そうかなぁ、慎一くん歌上手だったけどねぇ」

 

 恭也さんと忍さんが褒めてくれるが実際まだまだなのだ。マスターにも『もっと頑張れよ』って言われちまってるし、何よりまだメンバーがちゃんと揃ってないからな、早くギター出来る人探さないといつまでもボーカルと兼用では厳しい。

 

「この海鳴市からロックスターが誕生すると嬉しいなぁ」

「あはは、期待に応えられるように頑張りますよ」

 

『ほら飲みなさい』とビール代わりのジュースを士郎さんに注がれる。一方でファリンさんはこちらの部屋に戻ってきておりどうやら4人は寝たらしい。

 

 そうして他愛もない話を続けていると……。

 

『お兄さん、ジュエルシードの反応が!』

『なっ!? こんな所で!?』

『うん、わたし、行ってくる!』

『わかった、俺も後から追いかける、なのはちゃん、無理だけはするなよ』

『うん、大丈夫!』

 

 こんな所でジュエルシードが現れるなんて……。でも出てしまったものはしょうがない。

 あとはどうやってこの場を抜けるかだな……キリのよさそうなとこで抜けるしかないな。

 

 

 

 

 

 

 

 飲み会から適当に理由を付け抜け出し、彼女の所へ向かう。

 

「なのはちゃん!」

 

 彼女の姿を見つけたのは森の中だった、呆然と立ち尽くしている。

 

「なのはちゃん……ジュエルシードは」

「……っ」

 

 首をフルフルと振る。そっか……間に合わなかったか。ユーノから別の魔導士がジュエルシードを狙っているという事は訊いている。きっとその魔導士に持っていかれたのだろう。

 

「お話……出来なかった」

「……お話?」

「うん……なんとか話し合いで解決しようって言ったけど、拒否されちゃって……また負けちゃった」

「……なのはちゃん」

 

 ボフッと胸に倒れ込んでくる。俺には優しく抱きしめてあげる事しか出来なかった。

 

「わたし……あの子に勝てるかな……」

「……大丈夫さ、諦めなければね。それに全く話が通じないってわけじゃないんだろ?」

「……うん」

「なら根気強く説得するしかないね、頑張るんでしょ? 全力で」

「……うん、大丈夫、ありがとうお兄さん」

 

 離れた彼女は必死に笑顔を浮かべていた。それがただの強がりだとしても彼女は前を向いた。

 ならば俺は……また応援してあげよう、そう思った旅行先での出来事だった……。

 


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