神の一手を極める者   作:義藤菊輝@惰眠を貪るの回?

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 急いで書いたから短いです。3000に届いてない。ごめんなさい。


第十二局

 俺がタイトルを取る直前くらいに、桑原のじーちゃんが最高齢本因坊としてのインタビューで言ってくれた。

 

「進藤ヒカルの碁というものは、まるで五行を表しているかのようだと」

 

 五行というのが、中国から伝わる五行思想というのだと知ったのは、タイトル戦の二戦目。件の桑原のじーちゃんから意味を教えてくれた。

 

 曰く、坊主の碁は、決してまっすぐなわけじゃ無い。複雑に曲がり絡み合う木のように、曲直としていると。

 曰く、坊主の碁は、どんな局面に会おうとも退かずに進む。天高く上り続ける炎のように、炎上していると。

 曰く、坊主の碁は、数多くある戦術を理解し、作物に恵みを与える土のように、稼穡(かしょく)となっていると。

 曰く、坊主の碁は、実際に必要な物以外の多くを切り捨てる。加工され姿をかえる金のように、従革(じゅうかく)を行うと。

 曰く、坊主の碁は、決して淀みなく盤上を作り上げ、静かにゆっくりと全体を潤わす水のように、潤下(じゅんげ)が起きていると。

 

 俺や塔矢。伊角さんや和谷たちのおかげで盛り上がっていた囲碁界で、一番多くの碁を知る棋士からの言葉は、世間一般を巻き込み、一時期「五行」と言う言葉がトレンドになってしまっていたらしい。

 

 まあ何が言いたいのかというと、俺は今、二つの碁をあかりと塔矢に見せるために石を並べていた。今並べているのは、先ほどまでの指導碁からの続き。塔矢が打ち替える前の棋譜。

 

「やっぱり、全く同じだ」

 

「どうしたの? 塔矢くん」

 

「どうしたもこうしたも無い。藤崎さんとさっき打った碁も、この碁なんてまさにそうだ。君たちは、なんで僕の家にある棋譜と同じように打てるんだ」

 

 棋譜? あの時の棋譜? それこそ、なんで塔矢の家にあるんだよ。と言うのがヒカルの心情なのだが、もちろん口にしていない。

 

「目の前のことに集中しすぎて盤面が見えていなかった。だが、この碁が僕の知っている碁だと気づいたから、あの手が出たんだ。それを本因坊光秀! 君はいたって普通に見せつけた」

 

 なぜだ。そう言って、塔矢は俺の目を見つめてくる。あの人変わらない鋭い目つきで。

 

「んなもん知らねぇよ。俺は、この碁が一番悔しかったから並べただけだ」

 

 この碁が悔しい。そう思ったのは単純なことだった。何時でも頭によぎるから。何度も何度も。理由もなく指し示された場所に、碁石を置いていくだけ。そこには、進藤ヒカルにとって何も生産性のないもの。

 

「今なら、どんな一手でも意味が分かる。だから、塔矢の打ったここの一手がとても俺を楽しませてくれた。今度は、俺が、俺の手で、続けれるってな。そしてもう一つが……」

 

 そう言って、もう一つの碁盤にも、黒石と白石を交互に並べていく。

 

「塔矢。さっきの棋譜が家にあったのなら、もしかしたら、この譜もあるんじゃないのか?」

 

「それは一体……。まさか」

 

「これは俺が、今までで一番楽しかった、自分が理想とする碁に近づけけた時のだよ」

 

 江戸時代を象徴する秀策のコスミ。それは、初手から数えて4回連続で、星を外したコスミを打つ戦法。先番の時、しっかりと勝ちに行くときに使われていて、江戸時代の戦法であっても、アレンジを加え今でも残る戦い方。

 

「俺の基本戦術は秀策のコスミ。そして、得意なのは宇宙流。つまりは三連星だが、その中でも、牛角の形から真ん中を荒らすのが得意だ。だからその二つを合わせた、本来の位置よりも上と下が一目ごとにずれた形の牛角をよく使う」

 

 こんな風にと見せるように、先ずは右上の星の右隣。続いて白か左上の星。黒が右下の星の右隣。白が初手にカカリ、続いて黒が左下。そんな風に、歪な形の牛角が形成されていく。

 

「ヒカルの打ち方って、めずらしいんだよね?」

 

「そうだ。だが、白番はやけに落ち着いているな。こんな布石初めて見るのに」

 

「単純な話。白番と俺は、ほとんど毎日のように打っているってだけ」

 

 何度も何度も研究され尽くしている。だが、俺にとってこの形は、佐為と秀策の江戸時代。そして現在の三連星。その二つを繋ぎ、未来を見せるための布石。

 

「やっぱり、ヒカルの碁は綺麗だね」

 

「ありがと」

 

 ドンドンと石を並べ続ける内に、見えてくるのは互いの形。ある程度先に形を作ってから、盤面が混沌に陥るレベルで荒らし始める黒番に対して、白番は、どっしりと、落ち着いて一つ一つ対処している。

 

(あかりは、何を思って俺の碁を綺麗だって、言ってるんだ?)

 

【そんなこと、僕はあかりさんでは無いので分かりませんが、なんとなく、流動的で素晴らしい打ち筋だと思いますよ?】

 

(へいへい、そりゃどーも)

 

【返事は一回でよろしいと何度言えば分かるのですか? ヒカル】

 

 そんな風に、見えないところでの漫才を楽しんでいると、不意にあかりが口を開いた。

 

「これ、図書館で見たあの、負けちゃった方の碁みたい」

 

「負けた方?」

 

「今期本因坊戦の第五戦の話。つまり、この白番の内筋が、お前の親父に見えるって話だよ」

 

 本因坊戦の棋譜上だと、状況も相まって塔矢名人は強く攻勢に出ていた。この盤面だと、ゆっくりと、池に氷が張るようになめらかに碁を展開している。

 イメージ上だと、そんな違いがあるのだが、やはり、親子である以上やはり、棋風が似ているのだろう。

 

【それにしても、あかりさんは良く気づきましたね】

 

(ほんとに、前じゃヘッポコだったクセに……妙に勘が良いんだよな)

 

「そして、ここで黒番がーー

 

「11の八」

 

「やっぱり、この棋譜か……」

 

 パチッと、塔矢が言った場所に黒石を一つ打つ。

 

「この一手が分からないんだ。どこにもかからない。攻めも守りも、何もかも、この石は何も意味を持っていない」

 

「何て言うんだったか? ハメ手? だったか?」

 

「ハメ手だと? この碁には、続きがあるのか? 僕の家にある棋譜には、ここまでしか記されていないぞ。どういうことだ」

 

 んなもん知らねぇよ。と内心で何度目かの暴言を吐いたとき、周りが喧騒に包まれた。あかりと塔矢が対局していたときの比では無い。

 何が起きた。そう思って視界を上に上げたとき、あの男が、俺のことをじっと見つめていた。

 

 天辺の毛が無い禿頭。カッパのように伸びた白い髪。線のような目に、しわで伸びた口元。そして、強さを感じさせる、堂々たる出で立ち。

 

「こんなところで()()()()()の講義か。ほれ、わしも交ぜでくれんかの? なぁ、坊主」

 

「ははは、なんでこんなとこにいんだよ。塔矢名人の城だぞ? 桑原のじーちゃん」

 

「ほれ、耄碌ジジィの暇つぶしじゃ。まあ、ホントはお主に会いに来たのもあるがのぉ」

 

 相変わらず、食えないカッパだな。

 

【これが、今の本因坊ですか……】

 

(そう。現在、国内三冠棋士であり、本因坊の称号を持つ、桑原仁本因坊。その人だ)

 

「ほぉ、わしのしっくすせんすがビンビンしとる。()()、じゃな」

 

((このジジィ。ほんと妖怪だな))

 

 気がつけば俺は、口元を歪めていたらしい。




 やっとじーちゃん出せた。とりあえず頑張ったぞ。目的の登場と違うけど……。キニシナーイキニシナーイ。

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