ヒカルの性格がヤバイです。
サブタイ間違えてた。恥ずかしい(*/□\*)
あかりが囲碁を勉強するようになってから、ヒカルとあかりは、学校の休み時間などのタイミングで、マグネットの囲碁を使いするようになった。生憎、あかりは習い事をしているため、平日に時間をとることが出来なかったというのもある。
「それにしても、よくこんな短期間で基礎ができるようになったな」
凄ぇじゃん。とそう素直に言ってくれるヒカルに、私は頬を赤らめていた。
あの日、ヒカルのキレイな囲碁を見てからだいたい2週間。それが私の囲碁歴だ。手作りの画用紙製の九路盤に紙を切って作った黒と白の碁石。それで佐為と一緒に毎晩勉強している。
詰め碁や置き碁。初心者の私に合わせて色んなことをあの手この手で教えてくれる。そして、その色んなことが自分の中に吸収できていることを実感できるのが楽しい。だが、気になることがある。
私の実力が少しずつ上がってくのを実感すると同時に、そのたびに出てくるのは一つの疑問。佐為は、ヒカルの碁の打ち筋が自分と似通っていると言っていたが、あの日見たヒカルの碁石の模様ほど佐為のそれがキレイだとは思わないこと。つまり、囲碁に触れれば触れるほど、ヒカルの強さが際立つと言うこと。
「この調子なら、別に白川先生って人の囲碁教室に行かなくても良いかも」
「そうなの?」
少し前にヒカルが教えてくれた三つのことの一つについてそう言った。
「たぶん俺より上達するのはやいぞ、あかり。これなら、駅前の碁会所に行ってみるか? 多分、大人の人ばっかりだと思うけど」
「なら、碁会所でヒカルとデートだね」
そんなんで良いのかよ。と、遊園地やショッピングがメインじゃないただの約束で、今まで見たことが無いくらいにテンションを上げるあかりに、俺は思わずそんなことを呟いた。
「そんなことで良いの」
それでも、ルンルンと音符のマークが付いてそうなくらいに明るい表情のあかりは、簡単な練習としてヒカルが出していく詰め碁を解いていく。今は難しくても三手詰めの問題だが。
「じゃあ、囲碁教室に行くのはやめて、碁会所巡りだな。――記憶の中にあるから――知ってる碁会所に行こうか」
「うん!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
魔が差した。というか、我慢が出来なかった。というか、早く会いたかった。というか、ただただ、碁を打ちたかった。というか。
正直に言って、今自分がなぜ駅前の、彼の父が経営している碁会所の前にいるのか。自分ですら意味が分かっていなかった。隣にいる虎次郎も先ほどから俺の顔を見て訝しんでいる。気づいたら、足が向かっていたということが本当に起きるとは思っていなかったのもあるが。
(ここも、なんていうか久しぶりだなぁ)
【そうなんですか? あまりにもすんなりと気ままに進んで行くので、目的のあるものと。というより、あかりちゃんと来なくてもよかったのですか?】
(いやいや、仕方ねぇってあれは)
そう。今俺は、一人で駅前の碁会所へと来ていた。それも偏にあかりに、と言うよりも、藤崎家の折り合いがつかなかったからだ。
もともと今日の日に碁会所へと行く予定を立てていたのだが、藤崎家の親戚で集まらないと行けない日と被っていたようで、渋るあかりを説得し一人でやって来たのだ。
なんだかんだ言って、囲碁のことしか頭に無いので、我慢が出来なかったとも言う。ただ一つ。
(まあ、打たないで良いよな? 虎次郎)
【ん? それは一体なぜ】
(なんて言うかな……。壁でいるため。かな)
俺はずっと悩んできた。今の俺はそんじょそこらのプロ棋士にも勝てる実力がある。そのことは傲りでも無くただの事実だ。目隠し碁ではあるが、虎次郎と対局して危なげなく勝てるくらいの実力がある。もし、俺に対抗できるとすれば、
(佐為。塔矢行洋。桑原のじーちゃん)
その三人ぐらいだろう。そこで思ったのは、俺とあかり。そして、塔矢の三人の立ち位置について。知識にあるものとは状況が違う。あかりに佐為が憑いて囲碁をしている。
(塔矢の壁こそないけど、今のあいつとアレの中みたいに競い合いたいなんて気持ちは無い)
ガラッと引き戸を開き、ジジィ共しかいない懐かしさに口元を綻ばせる。
「あら、えらく可愛らしいお客さんね。いらっしゃい」
「ははは、いちっ……おねーさん。見学だけしていきたいんだけど、お金っている?」
ついうっかり名前を呼び掛けたが、寸前の所でなんとか言葉を留めると、ん? と首を傾げていたが、打たないのであればお金は取らないとのこと。
そのご厚意に子供らしく喜んでから乗って、俺はジジィ共の間を邪魔しないように移動し、お目当ての人の所へと行く。ちょうど、指導をしている見慣れたおかっぱ頭の男の子の元へ。
塔矢アキラ。現十段と名人の位を持つ囲碁界のトップ棋士の塔矢行洋を父に持ち、幼いころから父から囲碁を手解きを受けていた少年。そして、自分のライバルであった男。
「ここは、こちらの方へノゾクと模様がハッキリとして動きやすくなりますよ。それに、相手を分断できますから」
「なるほどぉ。確かに若先生の言うとおりだ」
「すると、ワシの方が打ちづらくなるわけですな」
中が良さそうにガハガハと笑うジジィ共とクスクス笑う少年。手元の盤面は、初心者以上中級者以下のレベルでは難しい盤面。黒と白の碁石が、お互いの領土を求めて戦い合う中盤の模様。若干黒のほうが優勢だろうか。ただ、一目で分かる。少年の言った手に対抗する策が。そして、対抗策にも対応できる万能性を持つ一手が。
だから、挑発の意味合いも兼ねて、俺は碁盤に石を置いた。
「それもいい手だとは思うけど、ここに打ったあとに大ゲイマを足がかりに攻められる形になるよ。この形はあんまり出ないけど、ノゾクんじゃなくて、こっちに飛ぶと両方に対応できるよ」
気付かなかった? 塔矢アキラ君。
俺は、もちろん挑発的な顔と声で。でも、それほど大きな声を出さずにそう呟いた。
「キミは、誰?」
君は誰? かつて、俺の名前をストーカーのように連呼し、俺の姿を追いかけ、その後、俺が追いかけた存在がそう聞く。
「俺? 俺は……」
【名乗らないのですか?】
(名乗るのは名乗るけど、なんか素直に言うのはやだ)
【そんな子どもみたいなこと言って】
やれやれと眉間に手を当ててうなだれている虎次郎を余所に、俺は良いことを思い付いたと、口元を少しだけ歪めると、ゆっくりと口を開く。
「俺はお前のことを知ってるけど、普通は自分から名乗るんじゃ無いの?」
「それもそうだね」
アキラに囲碁を教わっていた二人の老人が、「なんて無礼な」と、そう騒ぎ立てたのを見聞きして、周りにいた人たちも立ち上がり、こちらの様子を伺っている。だけど、俺とアキラの間にあるのは、凍りついたかのような固まった空気。
「僕の名前は塔矢アキラだ。改めて、君は」
「俺の名前は、
【僕の名前を使って……】
もういいやと諦めたのか、虎次郎は何も言うまいと口を閉じたのを見て、俺はわざとらしく三日月状に口を歪める。
「恥ずかしながら俺はさ、碁の神様ってやつに愛されてるらしくて、碁盤の中なら、碁の神様の代わりになれるんだよ。九つの星を中心に、対局相手と星を作っていく。そして宇宙を創るんだ」
――お前は、俺の前に座れるのか?
仰々しく、また、中二病的な発言のそれは、誰しもが笑うような言葉だったはずだ。ただ、すべての雑音を排するように強い言葉であった。
「今度、俺の妹弟子がここに来る。塔矢、勝ってみろよ。結果がどうであれ、楽しいと思うぜ?」
正直に言って、知識の自分よりもかなりの悪者である。まあ、それでもいいかと思ったのは、虎次郎にも秘密にしておく。