午前の授業が終わり、昼休み。
皆のポケモン達は教室ではしゃいでいた。
「トケデマルはピカチュウが好きなんだなぁ」
先程からトケデマルは、ピカチュウにくっ付いて遊んでいる。
どんどんヒートアップする、トケデマル。
すると体を丸めて、教室中を転がり回った。
「ひっ!」
此方に行ったり来たりして、リーリエに当たりそうになる。
トケデマルは本棚に当たり、止まるが、リーリエの動きも止まっていた。
「ごめん、リーリエ。大丈夫?」
動きがぎこちないながらも言葉を返すリーリエ。
「へ、平気です」
そんなリーリエにサトシは疑問を口に出す。
「そっかー、リーリエはポケモン触れないんだっけ。なんでなんだ?」
それを聞いたリーリエは、ハッとなりながら身嗜みを整えながら答える。
「さ、触れます。論理的結論として、わたくしがその気になれば……触れる、はずです!」
自信満々に答えるリーリエに、スイレンが突っ込む。
「でも、触ってる所を見た事ない」
「うっ……」
その言葉に、しょんぼりしてしまうリーリエ。
しょんぼリーリエ。なんか可愛い言葉が出来た。
「まぁ、そのうち触れるようになるって」
皆が励ましの言葉を掛けていると、ククイ博士が教室に入って来る。
「みんな。午後は校長先生の特別授業だよ」
博士はそう言って、俺達を校長室に連れて行く。
……ポケモンギャグ講座とかじゃないよな?
だがそれは杞憂に終わり、校長先生の机の上に卵が置いてあった。
「おぉ。待ってたタマンタ、マンタイン!」
「お、卵が二つある」
サトシも卵に気づき、声をあげた。
「うむ、サトシ君達が持ってきた卵がこっち。そしてこっちが、先日ラナキラマウンテンで発見された卵だ」
マーマネが発見された卵を見て、校長に聞く。
「なんの卵か、解析は済んでるんですか?」
「それは、後のお楽しみだよ。そこでだ、片方どちらかを君達が育てる、というのはどうかな?」
博士も乗るように、俺達に説明する。
「あぁ、ポケモンを卵から育てる。というのは勉強になるからね」
「皆でお世話をすればいいのですね」
「そうだ。卵の様子を毎日記録する、簡単だろう?」
「そうそう、ソーナンス! という訳でどちらにする?
校長先生に言われ、皆は卵を見比べる。
「うーん、どっちがいいかなぁ」
マオが迷っていると、リーリエに振る。
「ねぇ、リーリエはどっちがいいと思う?」
「え、わたくしですか。それなら、こちらがいいと思います」
リーリエが選んだのは先日発見された、白い卵。
「この模様がお花みたいで可愛らしいので……」
「え、そんな理由?」
マーマネが突っ込むが、マオとスイレンの女子組は賛成の声を上げる。
「あ、本当だ。いいかもねっ」
「うん、可愛い」
育てる卵が決まり、それぞれどんなポケモンが生まれるか想像しながら、教室に戻る。
「なんのポケモンなんだろうなぁ」
「さぁ……。だが、強い奴がいいな」
教室で卵に触りながら会話をしていると、マオが閃いた様に声を掛ける。
「あっ。ねぇ、リーリエ。卵なら大丈夫じゃない? ほら、触ってみたら? 温かいよ」
「そ、そうですね」
リーリエは恐る恐る、手を伸ばしていく。
指が卵に触れるあと、数センチ__。
「キャアーッ」
卵が急に揺れて、リーリエは驚き飛び上がる。
「ご、ごめんリーリエ」
唆したマオが謝ると、リーリエは落ち込みながら首を横に振る。
「いえ……卵も触れないなんて、わたくしは……うぅ」
リーリエが出した、どんよりとした空気を変えるため、マーマネはロトムに声を掛けた。
「ねぇ。卵の中をスキャンとか出来ないの?」
「そんな機能はないロト」
そこでスイレンは、思い出した様に口を開いた。
「あっ。夜どうするの?」
スイレンの言葉に、皆がハッとする。
「そうだよね、教室に置いて行く訳にはいかないし……」
「誰かが家に持っていくしかないな」
カキの提案に、サトシが挙手して答える。
「はいはいっ。じゃあ俺がっ」
だがこれはリーリエにとって、いい機会だと思うのでサトシの提案は却下させてもらおう。
「いや、リーリエが良いと思う。卵の世話をしながら少しずつポケモンに慣れていけばいい」
「うんっ、いいと思う。どうかなリーリエ」
マオが賛成し、リーリエに聞いてみる。
「わ、わたくしは……」
迷っているリーリエに、俺は励ましの言葉を掛ける。
「大丈夫。なにかあって困ったら、俺達も手伝うから」
「ユウキ……。はいっ、頑張ります! わたくしもスクールの生徒なんですからっ、できます!」
そう言って、鼻息荒く頑張る決意するリーリエ」
頑張るリーリエ。頑張リーリエ。
また可愛い言葉ができてしまった。
そして、全ての授業が終わり、それぞれ帰り支度を始める。
窓の外から鋭く光る二つの三日月のような目が、卵を狙っているのを誰も気づかずに、皆は教室を出る。
****
「ごめんっ。私、お店の手伝いをしなきゃいけないんだった。ユウキ、後はお願いね」
放課後、リーリエはまだ卵を触れないので他の誰かが運ぶ必要があった。
そこで、言い出しっぺである俺がリーリエの家まで送り届ける事になった。
「あぁ、任せろ。ちゃんと届ける」
そしてマオは、手を振りながら去って行った。
「ところで、リーリエの家って何処にあるんだ?」
「少し遠いのですが、迎えが来るので大丈夫ですよ」
リーリエがそう言ったタイミングで、道の向こうから黒塗りの車が走って来る。
その車はリーリエの前で停まると、中から人が出てきて後ろのドアを開けた。
「リーリエお嬢様、お迎えに参りました」
初めて会った時からお嬢様っぽいと思っていたが、本物だったのか……。
「さて、行きましょう。ユウキ」
リーリエは、黒塗りの車を前に何とも言えない緊張感を覚えている俺に声を掛けた。
「あ、あぁ」
後部座席に乗り、リーリエの隣に座る。
そして車は道路を走り、窓からはアローラの景色が横からどんどんと、流れ行く。
リーリエと他愛ない雑談を交わしていたら、車が停まった。
「着きました」
リーリエの後に続いて降りると、大きな屋敷が目の前に広がる。
「お、大きいな……」
「そうでしょうか?」
そこに、モノクルを付けて燕尾服を着た初老の男性が現れた。
「いらっしゃいませ。当屋敷の執事をしております、ジェイムズと申します」
ジェイムズさんとの挨拶をそこそこに、屋敷内に案内される。
「ん?」
「どうしました、ユウキ?」
「いや、何でもない」
今、車の下からナニか出てきた感じがしたんだが……。
気のせいみたいだ。
屋敷の中に入ると、エントランスが広がっていた。
「これは、一人になると迷いそうな広さだな……」
なんとなく溢した言葉にリーリエは反応した。
「実は恥ずかしながら、寝ぼけて迷ってしまう事があるんです。あっ、わたくしの部屋はこっちです」
赤くなった顔を誤魔化すように、部屋へと急ぐリーリエについて行く。
「ここです」
扉を潜ると、ポケモンの人形や難しそうな本が並べられている空間があった。
「なんか、イメージ通りって感じだな」
「そうですか? なんか恥ずかしいです。あっ、卵は此方に」
奥にある、指定されたソファーに卵を抱えて歩く。
「あっ。ちょっと待ってください!」
リーリエはストップを掛けて、本を一冊手に取りながら独り言を話し始めた。
「やっぱり……もう少し柔らかい方が……。これで良しっ。ユウキ、お願いします」
クッションを敷き詰めた所に、卵を乗せる。
すると、卵が僅かに動いた。
「気に入ったみたいだな。さすがリーリエ」
「えへへ」
ふと、ソファーの横の机に写真立てがあるのが目に入った。
「これ、もしかして……」
その疑問にジェイムズさんが答えた。
「はい。小さな時のリーリエお嬢様と奥様に、お坊ちゃまです」
写っていたのは、リーリエの家族だった。
だが、この写真のリーリエはポケモンを抱いている。
「小さな頃のお嬢様は、ポケモンと戯れるのがお好きだったのです」
なんと、小さい頃はポケモンに触れていたようだ。
「それが、どうして今は?」
リーリエは、少し落ち込み答える。
「分からないのです……」
悪い事を聞いたかな。と思っていたら、メイドさんが部屋に入って来た。
「失礼いたします。紅茶とお菓子をお持ちしました」
運ばれてきたお菓子を並べて、俺達はティータイムに入った。
暫くお茶を楽しんでいたら、俺はあることを思いつき、提案した。
「なぁ、少し練習してみないか?」
俺は、言いながらマリルリを呼び出す。
「ルリュッ!」
出てきたマリルリは俺の膝に乗ると、テーブルの上にあるお菓子を見つけて頬張りだす。
「ポケモンに触れるように、ちょっとずつ」
俺の提案にリーリエは少し悩むと、ぎこちなく首を縦に振る。
「はいっ。やってみます」
そして、恐る恐る手を伸ばすリーリエ。
膝の上に座るマリルリは、お菓子に夢中で動かない。
そのまま行けると思ったのだが……。
「ルリッ?」
指が触れそうになる直前に気配に気づいたのか、片耳がピクッと動く。
「ヒャアァーッ!」
その些細な動きで、リーリエは驚き立つ。
「あー、ダメか。ごめん。ん、あれは」
窓の外を見ると、ポケモンが近づいていた。
「バタフリーか」
「あっ、はい。この時間になると、たまにやって来るんです」
リーリエはそう言いながら、机の引き出しを開けてポケモンフーズを取り出す。
「いっぱいあるけど、これもしかしてポケモンごとに違うの?」
「はい、それぞれ好みがありますから。一番合うものをあげているんです」
ポケモンフーズを皿に盛りつけると、バタフリーは美味しそうに食べる。
「凄いなぁ。まるでポケモンブリーダーみたいだ」
「そうでしょうか? あっ、お庭の方にもポケモン達が来ていますよ」
ほんのりと、赤くなった頬を隠したリーリエが指さした方を見ると、沢山のポケモンが遊んでいた。
「おぉっ。ポケモンパークだな」
集まったポケモン達を眺めていたら、端の方に整えられた地面が見えた。
「あれは、もしかして。バトルフィールド?」
「はい。毎日我々が手入れをしているので、今すぐでも使えますよ」
俺の疑問に、ジェイムズさんが答える。
「せっかくだから、バトルをしていったらどうでしょう」
リーリエがそう言うが、相手が居ない。
「僭越ながら、この私がお相手いたしましょう」
なんと、ジェイムズさんが名乗りをあげた。
「じゃあ、せっかくだし。お願いします」
俺とジェイムズさんはバトルフィールドに向かう。
****
「んじゃあ、マリルリ。君に決めたっ」
俺は、丁度ボールから出ていたマリルリを前に出す。
「そちらはマリルリですか。では、こちらは__」
ジェイムズさんは、ボールを投げてポケモンを呼び出す。
「行くのです、オドリドリッ」
出てきたのは、黄色い鳥ポケモン。
「オドリドリは、アローラ地方の島々特有の花の蜜によってタイプが変わるのです。そしてこれはぱちぱちスタイル」
ジェイムズさんの説明に合わせて、オドリドリは自分の羽毛を擦り合わせる。
「なんか、ぱちぱちしてる……。電気タイプか、油断するなよ。マリルリ」
俺の言葉に、マリルリは気合を入れる。
「お二人ともーっ、頑張ってくださぁーい!」
リーリエは自室から応援してくれている。
「では、行きますぞっ。めざめるダンスッ」
オドリドリは先程の様に羽毛を擦り合わせ、電気を発生させた。
そして羽根の先から、電撃を飛ばしてくる。
「マリルリッ、避けろ」
ギリギリで避けれたマリルリに指示を出す。
「距離を取って、はらだいこだ!」
「させません、おうふくビンタッ」
オドリドリは、離れている所ではらだいこをしているマリルリに向かって行く。
「アクアジェットで後ろに回り込めっ!」
オドリドリの攻撃が当たる直前、マリルリに指示を出す。
マリルリはアクアジェットで旋回し、ピッタリと後ろに付く。
「今だっ。すてみタックルッ」
「マリュッ!」
オドリドリに強烈な攻撃が当たる。
「なんですとっ!?」
オドリドリは、ふらふらとして今にも倒れそうだ。
「ふふっ。久しぶりに燃えるバトルです。オドリドリッ、ふらふらダンスッ」
「させないっ。マリルリ、とどめのアクアジェッ__」
「キャアーッ!」
バトルの決着が付きそうなその時、叫び声が屋敷中に響き渡った。
「っ、リーリエ!? 行くぞ、マリルリ!」
助けを呼ぶように叫んだのはリーリエだった。
リーリエの部屋に、俺はマリルリを連れて駆けていく。
「どうしたっ、リーリエ!」
部屋に着き目に入った光景は、リーリエが卵の前で、腕を広げてポケモンから守っている姿だった。
「あれは、ヤトウモリっ。なぜお嬢様の部屋に」
一歩遅れて部屋に入ったポケモンの名を、ジェイムズさんは口にした。
「絶対に渡しませんっ」
リーリエが目の前のヤトウモリを強く睨み、卵を守る。
「ヤトー。ヤッ!」
しかしヤトウモリは、リーリエを嘲笑う様に鳴き、リーリエの後ろの卵に向かって跳び込んだ。
「ダメーッ!」
「マリルリッ、アクアジェットだ!」
「ルリューッ!」
ギリギリの所で技が当たり、ヤトウモリを窓の外に吹っ飛ばす。
「ヤ、ヤトッ」
「マリューッ」
庭に叩きつけられたヤトウモリは、マリルリに凄まれて逃げていく。
「リーリエ、大丈夫か__って」
リーリエの安否を確かめるため、彼女の方に振り向いたら、驚く事になった。
「お、お嬢様。卵を……」
「へ?」
ジェイムズさんに言われ、リーリエは卵を確かめる。
卵は、リーリエの腕の中で抱かれていた。
「わ、わたくし。必死で。あ、温かい……」
リーリエは咄嗟の行動で一歩前進したみたいだ。
「良かったじゃないか!」
「マーリュ!」
祝福の言葉を掛けると、マリルリも嬉しそうにリーリエに向かう。
「ヒィッ」
「マ、マリュ……」
どうやらポケモンそのものは、まだダメみたいだ。
「でも、卵に触れたんだ。大きな一歩に間違いないよ」
「はいっ。わたくし、嬉しいです!」
リーリエは本当に嬉しそうだ。
この卵が生まれた時、リーリエは触れ合ったり出来るだろうか?
いや、きっと出来る。ポケモンの事を良く知る彼女だ。
仲良く遊んでいる所が想像できる。
リーリエの笑顔を見て、俺はそんな事を思った。