「やあ、保健委員長」
「…こ、こんにちは…」
いつの間にか背後にいた風紀委員はどこかに下がったようで、いなくなってしまっていた。
奥の椅子に座った雲雀さんは、唇に獰猛な笑みを浮かべていて、正直怖い。
彼は『恭弥さん』じゃない。
いくら俺のいた世界の彼より丸いとはいえ、『雲雀さん』だ。
俺の雲である恭弥さんも、十分怖かったけど……彼とは違う。
おそらくそれは、骸やクロームもそうだろう。
この世界にある4つのイレギュラーが、“登場人物”達を違う人間にしている。
「あ、あの。それで、今日はどういったご用件で…?」
「…あの赤ん坊」
「へ?」
君の知り合いなんでしょ? と聞かれて、ああ、と思い至る。
リボーンのことか。
俺のいた世界でも、恭弥さんはリボーンにご執心だったはずだ。
ならば興味を持ったのもおかしくはないだろう。
「それから、田沢光貞、だっけ。あとあの、半裸の小動物」
「ああ…遠い親戚と、俺の弟ですよ。赤ん坊…リボーンについては、多分弟の方が知ってると思います」
「ふぅん」
「でも、なんでですか?」
…分かりきっていることだけど、聞いてみる。
彼は戦闘狂だ。理由は強そうだから興味を持った、それ以外にはない。
これははっきりしている愚問で、聞く意味なんてない。でも、聞いてみたいと思った。
この世界の雲雀恭弥の口から、それを。
「強そうだったからね。もう1回戦ってみたいんだ」
「そうですか」
関わることになると思いますよ。嫌という程にね。
そう言うことも出来ず、俺は曖昧に笑う。
「…君は?」
「え?」
…君は、どうなの。
そう問われて、俺は少しだけ息を呑んだ。
俺を見る瞳が、澄んでいて真っ直ぐだ。獰猛な肉食動物であるのに、冷静で揺るぎない。
今わかった。
この世界の雲雀さんは、俺の世界の『恭弥さん』に近い存在なんだ。
待つことを覚えた獣。
その牙と爪は鋭く、喰い込んだら離さない。
「俺は、別に強くなんてないですよ」
嘘だ。少なくとも俺は、この世界の『沢田綱吉』よりも、『田沢光貞』よりもずっと強いだろう。
だけど、見破られてもいいと思った。
彼になら。
「…っ、」
____不意に。
鋭く息を呑んだ雲雀さんが、デスクの上で拳を握りしめ、頭を押さえた。
え、と思う暇もなく、彼がガタンと音を立て、椅子から落ちる。
「ひ…雲雀さん!? 大丈夫ですか!?」
「…問題、ないよ」
膝から崩れ落ちて、デスクの陰に蹲る雲雀さんに駆け寄ると、彼のこめかみからは脂汗が流れていた。
な、なんでいきなり…頭が痛いのか!?
苦痛に歪んだその顔に、焦る。問題ないわけないじゃないか。
「お、俺! 草壁さんを、」
「いら、ない」
「でも!」
「いらないって、言ってるでしょ」
がし、と俺の袖を掴む手の力は意外と強くて、振り払うことができない。
何かの発作なのか。いや、俺の世界で彼は、そんな素振りは見せたことはなかった。
なら、5つ目のイレギュラー?
いずれにせよ、放っておくなんてできそうにない。
「やっぱり人を呼んできます、だから離して下さい!」
「…そうか」
「え?」
苦しげに顔を歪めたまま、雲雀さんが顔を上げる。
ヴァイオレットブルーの瞳に、真っ直ぐに射抜かれて、俺は息を止めた。
「…君か」
呟くように言って、彼はクスリと愉しげに笑う。
滴り落ちる汗が、床を少し濡らして。
…彼の唇が、ゆっくりと動く。
声は聞こえないけど、読唇術なら多少は使える。
(…さ、わ、だ…俺の名前?)
形を変えて動くそれを、見つめて。
沢田と、そう言った次の言葉を読み取った瞬間。
俺は、大きく目を見開いた。
「っ、」
「! ひ、雲雀さん!」
力尽きたように、雲雀さんが突然、ぐったりとその場に倒れる。
意識を失ったのか。
青白い顔を見て、俺はよいしょと彼を抱えるとソファに寝かせた。
「…そんなことって、あるのか」
もし、さっきの言葉が勘違いじゃないのなら。
それは、『2人目』だ。
____さわだ。
____さわだ、つなよし。