「逃げてどーすんだか。意味ねーのにどういうつもりなんだろーな?」
「逃げてなんていない、獄寺は来る。それとも何か? ボンゴレの切り裂き王子ともあろう者が、獄寺が来るのを恐れているのか?」
「ししっ、言うじゃん。……んなわけあるかよ」
ミツ君とベルフェゴールから発された殺気が廊下の中央でぶつかり合い、余波を生んでビシビシと俺たちを襲う。
一触即発、というよりも凍てついた氷のような空気に、俺は思わず二の腕を摩った。
「あの時計の針が、11時を指した時点で獄寺隼人を失格とし、ベルフェゴールの不戦勝とします」
無慈悲に時を刻む時計の針が、焦燥を募らせる。来なくてもいい、でも、来て欲しい。
いろいろな感情が綯い交ぜになったままだったが、俺は何かに祈るように目を閉じて手を合わせた。
____そして。
「お待たせしました10代目。獄寺隼人、行けます!」
時計が爆ぜる轟音が炸裂するとともに、現れたのは間違いなく獄寺君で。
「獄寺君!」とあからさまにホッとするツナを横目にしつつ、俺は安堵と同時に羨望も感じた。
獄寺君の……いや、雲雀さんを除く10代目ファミリーの面々がボスと仰いでいるのはやはり、ツナでも俺でもなくミツ君なんだ、って。
……そう、嫌でもわかってしまうから。
(ずっと年下の子に、嫉妬かよ俺。……あー、みっともねー)
“あの時”だって俺は、獄寺君が来てくれたことにすごく安心した記憶がある。
それをミツ君はまるで来るのが当然だ、とでも言いたげに泰然としていた。
ボスとしての自信が、余裕が、彼からは溢れているようだ。これが人の上に立つ真の王たる器なのか、と俺は黙って唇を噛んだ。
(みんな、怒ってたしな……。俺はいつだって、間違いばかりだ)
死をもって部下を裏切った挙句、こんどはその地位を持つ『他人』に妬心を抱く。
なんて滑稽で、無様な『大人』だろう。
「待ってたぞ、獄寺」
「必ず勝ってみせます」
(……ああ、)
____そうだ。
みんなを裏切り、顔を背けて逃げ出した俺には、ミツ君を疑う権利すらないのだ。
ハリケーンタービンの説明を受け、円陣を組むツナたちを見つめながら。
俺はそっと拳を握りしめた。
「今回のフィールドは広大になため、各部屋に取り付けられたカメラで校舎端の観覧席に勝負の様子を中継します。また、勝負が妨害されぬよう観覧席とフィールドの間に赤外線感知式のレーザーを設置しました」
チェルベッロの説明に耳を傾けながら、俺達は揃って観覧席に移動する。今日は流石に雲雀さん……恭弥さんは来ていないようだった。
まあそれも当然といえば当然だろう。彼はたまたま雷戦の時に『恭弥さん』になっていたから足を向けてくれただけであって、そう何度も運良く、リング争奪戦の時だけ『入れ替わるための頭痛』が起こるとは限らない。
「よー、家綱。ししっ」
「ベルフェゴール!」
不意打ちで声をかけられて、目を見張る。
ミツ君とリボーンが同時に振り返ったので冷や冷やしながら瞬きして、「な、何?」と問うた。
待って、この二人に警戒されるのは辛い。
「おーまえ昔からずっと略さないで呼ぶよな。クセかよ、それ。……あ、全部忘れてんだっけか。王子でいいっつってんじゃん」
「王子はちょっと……略になってなくない?」
思わず突っ込むと、ベルフェゴールはみたび愉しげに笑う。
前世でもここまで親しげにはしてくれなかったから、新鮮に感じた。……まあ娘の梨奈には優しかったけどな、ヴァリアー全員。
しかし、リボーンの目が険しくなったのに気がついて、俺は即座に口を噤む。
ってかなんなんだよ前から。スクアーロもベルフェゴールも皆がいる前で次々と話しかけてきて。嫌がらせか何か?
「随分腑抜けたと思ったけど……眸は変わってねーな、お前」
「え、」
「つーかさ、獄寺隼人っつったっけ、お前。さっきから顔強ばってるし……肩に力が入りすぎじゃね?」
ぽん、と唐突に話の矛先を変えられ、肩に手を置かれた獄寺君が一瞬ぽかんとする。
だがすぐにその手を振り払うと、「うるせえ」と低い声で恫喝した。
てゆーか、顔が強ばってるのは当たり前じゃんか。
9代目とは別筋だけどプリーモ直系の沢田家の長男が、ヴァリアーの幹部に話しかけられたんだからさあ!
こめかみをヒクつかせていると、チェルベッロが開戦の合図が如く、指を揃えた片手を振り上げた。
「それでは嵐のリング、獄寺隼人VS.ベルフェゴール……勝負開始!」