深淵の底から響き渡るような、そんな不可思議な声音。
骸の声にはそんな響きがある。昔からそうだ、凍てつく地獄を見てきた者の……本当の闇を知る湖底の冷たさ。
「クフフフ……舞い戻ってきましたよ、輪廻の果てより」
黒いジャケットに、特徴的な髪型。服装は黒曜戦で見た時とは大分異なるものの、間違いなく骸本人だ。
クロームが呼び出した故に彼は実体を伴ってここにいる。
「あいつが霧の守護者なのか……!? どういうことだリボーン、彼女はどうなった? お前、いったい何を考えてるんだ」
「まあ待てミツ。お前の知る通りあいつは強い、幻術も一級品だ。それはわかってるだろ? 今は味方にすれば利益があるぞ」
「……確かにそうだな。骸は強い。だが、いつ裏切るかわからない……それに」
俺に、敗けただろう?
こちらからも、凍てつくような殺気が発される。
骸はゆっくりとこちらを振り返り、そのオッドアイの中にはっきりとわかる嫌悪感を滲ませ、唇を歪めた。
「君も分かっているとおり、僕にとっても今回の協力は実に不本意なものです。アルコバレーノとの取引がなければ僕もこんなところにいない。君に力を貸すだなんて冗談じゃない」
「奇遇だな、俺も同意見だよ骸。お前の力を借りるなんて冗談じゃない。大人しく牢獄に引っ込んでいたらどうだ?」
「ですが、まあ……」
____ニヤ、と嫌な笑みを浮かべて。
骸がこちらに目を向ける。
嫌な予感が背中を駆け抜け、超直感が警報を鳴らした。おい、骸お前、何を言う気だ!?
「一応は命の恩人である彼のためならば、仕方がないと思いましてね。僕は人に借りを作っている状態が嫌いなんですよ」
(骸この野郎ぉぉぉ!!)
何を言ってくれてんだよ、リボーンの警戒の視線がさらに鋭くなってきたじゃないかどうしてくれるんだよ!!
俺は心の中で盛大に頭を抱える。
それに何が命の恩人だ、借りを作っておきたくないだ! 白々しいわ!!
(お前はただ、俺にもミツ君にも嫌がらせをしたかっただけだろ……!)
本当に意地が悪い。だから嫌だったんだ、だからミツ君と骸を会わせたくなかったんだ。
ああもう、どうしろっていうんだよ。
(それにまだ……)
他に何か、嫌なことが起こる気がして。
「お前があの、復讐者の牢獄を脱獄しようとした、六道骸か」
「復讐者の、牢獄を……!?」
「だがまあ、『しようとした』ということは失敗したってことだろ」
取るに足らない、とミツ君が口角を上げる。
骸はそれが聞こえているのかいないのか、人を食ったような微笑を絶えず浮かべ続けている。
ふぅん、と呟いてしばらくしてから、マーモンが「ややこしそうなやつだな」と鼻を鳴らした。
「いいよ。はっきりさせよう……君は女についた幻覚だろ?」
「さて……どうでしょう?」
凍てつく冷気が立ち上り、骸が足下から順々に凍りついていく。
ツナは思わずというように腕を押さえていたが、俺は殆ど冷気を感じていない……というのも、超直感が発動し続けているからだ。
幻覚によって知覚のコントロール権を奪われなければ、引き起こされた幻術によるあらゆる事象の影響も受けにくくなる。
ツナは骸と戦えてないので、超直感が覚醒していないから幻覚の影響を受けるが、その点ミツ君は俺達兄弟よりも超直感は弱いものの、きっちり現実と幻覚の世界を脳の中で分けられている。平然としていられるのはそのおかげだろう。
「さて、叩き壊してみようか……もっとも、壊れるのは女の体だろうけどね!!」
「おやおや。気が逸りすぎでは? アルコバレーノ」
しかし、突進していったマーモンを阻んだのは、骸の蓮の花。
「僕は僕です。幻覚などではない。
さあ、のろのろしていると、グサリ……ですよ」
「精神の憑依か、体の共有か……いずれにせよ、君のスキルとやらの産物らしいね……だけど!」
図に乗るな! と叫んだマーモンが、蓮の花による束縛を引きちぎり、分裂した。
そして、追撃をするために格闘スキルの修羅道を使う骸を睨みつけ、「格闘のできる術士なんて邪道だ」と吐き捨てる。
「僕は輪廻なんて認めるものか。人は何度だって同じ人生を繰り返す。だから僕は集めるんだ……、
金をね!」
「クフフフ、強欲の悪魔の名を冠するアルコバレーノですか。悪くありませんね。
……ですが、欲なら僕も負けません」
空間が歪み、各々が幻覚酔いを起こす中、今度は四方八方から何もかもを抉るような火柱が生まれる。
目を見開いたのはマーモンだ。今、彼は幻覚を幻覚で返された。すなわち、
「……堕ちろ。そして巡れ」
マーモンの負け。
____骸の、勝ちだ。