……君のそれは、逃げてるだけだろう。
そう言う声が、頭のどこかで響いた気がした。
____チェルベッロからリング戦の内容が詳しく説明されると、案の定10代目ファミリーのあいだは騒然となった。
いや、正確に言えば、XANXUSとミツ君に説明されたリング戦の詳細に対し、リボーンやツナだけでなく門外顧問機関から派遣されてきたバジル君や、アルコバレーノであるコロネロまでが目を剥いたのだ。
具体的にはそれぞれの手首につけられたリストバンド、それからデスヒーターと呼ばれる猛毒が注入され、それぞれの場所に存在するポールを倒しリングを手に入れなければ、解毒する方法はない。
観覧席に移動させられた俺達ですらこうなんだから、ミツ君は大丈夫かな。……動揺してないといいんだけど。
混乱しながらも、ツナは俺の袖を掴んだまま離さず、空いている左手で首に掛けている大空のリングを握り締めている。
それは俺に無茶をさせないという牽制か、それともボス権継承問題で、ミツ君と俺が対立するのを防ごうとするためか。
……リボーンはどこか気遣わしげながらも鋭い警戒の視線を俺に向けている。
気遣わしげなのは恐らく、俺がこの先長くないと知ったからだろう。……そんなこと、俺を候補から外した1年前から分かっていただろうに。
「この時を待っていたよ」
「ああ、オレもだ。お手並み拝見といこうじゃねぇか……手応えくらいは感じさせてくれんだろうな?」
「……こっちのセリフだ」
話すミツ君とXANXUSの声は、こちらまで届いては来ない。だが平気そうだ、ミツ君は落ち着いている。
……こんな時も、いや、こんな時だからこそか、彼の冷静さはいい方向にはたらく。
超直感から湧いてくる俺の心配が、不安が、どこに向かっていっているのか分からないけど……、少なくとも、ミツ君に対するものは杞憂のようだ。だって彼はあんなに落ち着いている。
「見てください! 守護者たちが……!」
「獄寺君! 山本……!」
ツナの悲痛な声に、俺はモニターを振り仰いだ。デスヒーターに次々と倒れていく守護者たちの姿を見て、呼吸が苦しくなる。
……また、これを見ることになるとは。
「それに……XANXUSと光貞殿も!」
そして。
違うモニターでは、大空対大空の戦いが始まっていた。
オレンジ色の炎が瞬き、モニターの中央を通過して、端で爆ぜた。
スピーカーからは爆音が轟き、思わずこちらも身を縮めてしまう。
ミツ君が繰り出した拳をなんなく捌いたXANXUSが、一歩引いて地を蹴り、強烈な蹴撃を食らわさんと迫る。
炎の軌跡を描く蹴りを飛び退ってかわすと、ミツ君はきっ、とXANXUSを睨みあげた。
殺気を真正面から受け止め、XANXUSが口の端を吊り上げて笑う。
「速い……光貞殿も、XANXUSも……けた違いに強い!」
「そうだね」
バジル君の声に頷いた。確かにミツ君は“あの時”の俺よりも強いだろう。
彼だけじゃない。XANXUSだってものすごく強い。
……だがそれは納得できる話だ。なぜなら、……ゆりかごの後、あったはずの『空白の八年間』が、彼にはないのだから。
XANXUSは眠ってなんていなかったのだ。本部にも構成員にも被害が少なかったため、凍らせられた期間は数週間。
その後四年間の謹慎だけで罰は赦され、ボス権継承争いから彼は外されたはずだった。
……それなのに何故か、XANXUSはリング戦に参加を表明した。
それは全て、俺に『復讐』を……俺を、ボスにするために。
「……本当に、どうなってるんだよ……」
恭弥さんも何も話してくれないし、白蘭の姿はずっと見てない。
この世界はイレギュラーが多すぎて、混乱するばかりだ。
「皆は大丈夫かな……」
「……そうだな」
ツナの呟きに、俺は再びモニターに目を向けた。ミツ君とXANXUSはほぼ互角だが、わずかにミツ君が押しているように見える。
……隙をついてポールを倒しに行けそうなものだが、彼はそれをしようとしていない。
先にXANXUSを倒した方が楽だと思っているんだろうか。それができたら、確かにその方が効率的だとは思うけど……。
それとも、守護者を信じてる……そういうことなんだろうか。
「どちらもポールを倒せそうにないな……」
前の時はXANXUSが二つほどポールを倒したが、今の彼にそんな余裕はないだろう。ミツ君の相手で手一杯のはずだ。
だがこのままじゃ埒が明かない。大空二人が拮抗した状態でいれば、守護者たちは救われない。
「兄さん、雲雀さんが」
「……え?」
備え付けられたモニタの一角。そこでは、若干青い顔ながらも解毒をしたのか、歩いている雲雀さんがいた。
彼はふと立ち止まり。
……『こちらを向いた』。
ああ、違う、これは……『恭弥さん』だ。
彼はここで俺達が戦いの様子をモニタリングしていると認識した上で、わざわざこちらにコンタクトを取ろうとしているのだ。
視線を“俺に”向けるということは、そういうことだ。……何故なら、雲雀さんはそんなことはしないから。
「何か、言ってる……? オレ達に向かってかな? ねぇ兄さん、聞こえる?」
「ううん、聞こえない。でも……」
声もなく、唇が動く。
当然君なら僕を見てるでしょ、と言わんばかりにお座なりな、一方的な連絡手段。
だが、彼はそれが許される。並盛の王者。
「……俺、唇、読めるから」
『ふぇ』『い』『を』『つ』『か』『え』
____フェイを使え。
その言葉を認めて、目を見開いた。
確かに、それなら大空の波動を不死鳥の羽根として撒き散らし、倒れているみんなの毒を和らげることができるかもしれない。
気づかれても、フェイという手段はこの世界、時代にはまだ存在しない、匣兵器だ。
誰も追及することはできない。
「……フェイの今の主は俺じゃなくて、ツナなんですけどね」
まあそれでも構わないだろう。とにかく君が動きなよ、彼はそう言いたいんだろうから。
俺は苦笑をこぼすと、隣でハラハラしているツナに声を掛けた。
「……ツナ。フェイの羽根を出せるか?」
「え……あ、うん? なんでだよ」
「風紀委員長様のお達しだよ」
「え? ヒバリさんが……? ってかなんであの人がフェイのこと知ってるの!?」
問いには応えず、さ、早くとツナを急かした。
リボーンやバジル君、観覧者達がXANXUSとミツ君の戦いを見ているこの時が好機だ。
見られていない方が、あとから面倒な説明をしなくてすむ。
「わかった。……フェイを喚ぶんだね」
「できるな?」
「やるよ。よく分からないけど、そうすれば皆が助かるんだろ?」
言って、ツナが首のネックレスから擬似ボンゴレリング……とはいえAランクのそれを指にはめて、オレンジの炎を灯した。まだ小さい覚悟の炎。
そしてそのままそれを、匣の窪みに注入する。
____
そして、刹那。
あの時と似たような赤い羽根が空に舞い踊った。