____XANXUSが本部へと連れていかれ、俺達には一時的な平和が戻った。
勿論これからの騒動を考えると、平和なんて続かないということはよくわかっていたけれど、やっぱり心を休める時間は必要だと思える。
そしてツナは俺の寿命が残り僅かであることを、母さんに明かすことをしなかった。
それを報せることが、彼女の精神的負担になることを知っていたからだ。
情報ソースが雲雀恭弥であったことで、もちろん信じてはいるようではあったけど、母さんが俺のかかりつけの病院でそのことを聞いているかは定かではなかったから、いい判断だっただろう。
____そして翌日。
ランボの退院祝いと、『相撲大会』の勝利を祝うパーティーが終わって。
了平がいるのに、何故か俺は友香を家まで送っていくことになった。
……うう、隣を歩くのがすごい気まずい。
パーティーでは笑顔を作っていたのだろう。今は悲しげな表情をしている友香から『話して』オーラがひしひしと感じられる。
「……いっくん」
「は、はい!」
何が『は、はい!』だ。叱られる子供か。
俺は友香の呼びかけに背筋を伸ばして反射的に返事をしてから、自分に呆れ返る。
これでは他人様に言えないような後ろ暗いことをしていたのが見え見えじゃないか。元マフィアボスが聞いて呆れるな。
(しょうがないんだ、うん。俺は昔から、京子とか友香とか、笹川家の女子に弱いんだ。
だって京子は“俺”の最愛の奥さんだし、京子にそっくりな娘の梨奈は俺の天使だし、友香はそんな俺の妻に本当にそっくりなんだから)
「いっくん、ちゃんと聞いてる?」
「……ごめん、聞いてない……」
ちょっとばかり咎めるような色が声に混じり、俺は素直に謝罪する。……思考が違うところへ飛んでいた。
友香は「もう」と言って少しだけ笑うと、再びどこか悲しげな顔になった。
何が彼女をそんな表情にしているのか、なんて。……考えずともわかるだろう。きっと俺のせいだ。
……『沢田家綱は寿命残り1年』、そう告げられた俺やツナの動揺を感じ取ってしまったんだろう。
兄の了平に似て天然なところもあるものの、彼女はそういうことろは妙に鋭いのだ。
「……いっくん、大丈夫?」
何が、という主語はなかった。
でも、何であれ俺がする答えに否定の言葉は存在しない。
「……大丈夫だよ、友香」
*
____パーティーが終わって、家に帰って。
明日の宿題をさっさと終わらせてしまおうと部屋に戻った時に、“そいつ”はそこにいた。
「やっほー、綱吉……じゃなくて、“家綱”クン♪」
「びゃ……白蘭」
この時代の、つまり“過去”であり“未来”の白蘭。
若々しい顔にいつもの掴み所のない笑顔を浮かべて、彼は窓の縁に座ってこちらにひらひらと手を振っていた。
「なんでここにいるんだよ、お前……」
「リング戦の様子を聞こうと思ってね♪ 終わったんでしょ、リング戦。やっぱり勝ったのは“イレギュラー”クンの方?」
「……そうだよ」
こいつの言う“イレギュラー”と言うのがミツ君だということがわかった俺は、すぐに頷いた。
白蘭は一言ふぅんと言うと、「やっぱりね」と胡散臭く笑った。
「わかってたのか?」
「いや、なんとなくだよ? 完全には知らなかったよ。
でもボクが以前イタリアに行って、君にあげるための大空のリングを手に入れた時、XANXUSクン寝てなかったみたいだったからさ♪
これは何かあると思うでしょ。だからXANXUSクンってここでは、ボス狙ってないんじゃないかなって思ったワケ♪」
「……それにお前の近くにはユニもいるしな」
「そうそう♪」
正確には彼女も“この時代の”ではなく、“俺の知る”ユニだ。
俺がボンゴレから『死という手段』で逃げ出したことを知っている、大空のアルコバレーノ。
「……それとお前に聞きたかったことなんだけどさ」
「何かな?」
「俺の寿命が残り1年を切ってること。……お前は知ってたのか?」
そこで初めて、白蘭は顔色を変えた。
笑顔を引っ込め、みるみるうちに鋭い表情になる。
「……何それ、ボクは知らないよ」
「そうだったのか? てっきり知ってるから、いろいろ助けてくれたのかと思ってたんだけど」
「そういう訳じゃ……ヒバリちゃんがそれを知ってたってことは、奥さんのあの子が彼に推測を伝えてたのかもしれないな。
君に時間がないかもしれないってことは、ボクもユニも承知してたから」
「……どういうことだよ?」
俺が目を細めると、白蘭は低い声で言った。
「君はやっぱりこの世界の『沢田家綱』ではなく、あの世界の『沢田綱吉』かもしれないってことだよ。
君は『死ぬはずだった沢田家綱』の体に入った、魂じゃないかっていうね」
「死ぬはずだった……『沢田家綱』? 俺は、『沢田家綱』として生まれたわけじゃなくて、もともと死ぬ予定だった体に、“俺”の魂が入り込んだってこと?」
「そういうことになるね。……これは(名前)チャンの考えだけど、『沢田家綱』は今ここにいるはずがない存在だった。
けど、君の魂……ボンゴレボスとして何十年も生きた君の魂が入り込んだことで、『沢田家綱』は存在することになった」
「もともと……この体は、死ぬはずだったのか……?」
俺が『沢田綱吉』なのか、それとも『沢田家綱』なのか。
それは俺自身にもまだよくわからない。……だが、一つだけ言えることがある。
俺達の参謀である彼女の推測が……外れることなどないのだ。
「……断言することはできないけどね。まあ一つ言えることは、君がこの世界にいることには、何か大きな『陰謀』が絡んでいるかもしれないってことさ」
「『陰謀』……」
白蘭は神妙な顔で頷き、窓の外に視線をやった。窓の外にはただ漆黒の闇が拡がっている。
俺は目を細めると、拳を握りしめた。
「これから君は、未来に行って未来のボクと対峙するだろうね。
でも“敵”は未来のボクだけじゃないかもしれない」
「……どういうことだ?」
「それはまだわからない。ボクもあれから向こうに戻ってないし、詳しくはわからないよ。何か知ってるならヒバリチャンか……」
白蘭はそこで言葉を切って、俺を見た。
「……とにかく、君はこれから周囲に警戒した方がいいと思う。君のかつての『ファミリー』は、この世界でも次期10代目ファミリーになった。
展開される『陰謀』をどうにかできるならたぶん、それは綱吉クン……君だけだ」
「…………」
そこまで言うと、白蘭はいつものつかみどころのない笑顔に戻り、「じゃっ♪」と片手を上げた。
どうやら出ていくようだ。
「何かあったら教えてよ。ボクも戦いの力になるからね♪」
「うん、白蘭。ありがとな」
窓から飛び降りて、背中に生えた羽をはばたかせて消えていく白蘭の背中を見送り、俺はそのまま窓を閉めた。
「陰謀、ね……」
それを聞くと、どうしても俺の頭の中に蘇る名がある。
『アルベルト・ル・ヴェーネレ』……。
そいつの意図が絡んでいる気がして、ならないんだ。