俺の声に応えるように襖の奥から姿を現したのは、黒い着流し姿の雲雀さんだった。
大人になった恭弥さん。……彼を見ると昔を思い出して、郷愁の念を覚える。
彼はどういう心境なのか判断のつかない無表情で部屋の中に入ってくると、俺のいる布団の横に腰を下ろした。
「ええと……お久しぶりです? 雲雀さん」
「そうだね」
「あと、助けていただいてありがとうございました。あのままだと洒落じゃなく死んでましたよ」
「だろうね」
……うぅん、なんというか、やっぱり淡泊だよなぁ……。
「すみません、迷惑をかけて……あの、弟を知りませんか?」
「君の弟。……沢田綱吉のこと?」
そうです、と頷く。
とはいえ本当は、行方にあたりはつけている。
“前世”では、俺はラル・ミルチと会ったあとに、この時代の山本にボンゴレの地下アジトまで案内してもらったんだ。
ミツ君とツナが行動を共にしているのなら、おそらくツナもアジトに着いているはずだ。
それか、きっとこの時代ではツナは生きているはずだから、入れ替わった瞬間にアジトに来ているかもしれない。
「……彼なら、死んだよ」
「こいつもこの時代に来たと思うんですけど。10年バズーカの故障なら、きっとあいつもまだこの時代にいるはずなんです、
…………えっ?」
「ああ、過去のが来てたのか。なら知らない。隣に君達ボンゴレのアジトがあるから、そこにいるんじゃないのかい?」
死ん、だ……ツナが? どうして?
おかしいだろ? だって、ここで“死んで”いていいのは、寿命が尽きて死んでいるはずの俺と、ミルフィオーレとの会談に出席し、特殊弾で仮死状態になっているはずのミツ君だけじゃないか。
「どうして……たしかに俺は死んでるだろうけど、なんで、」
「君も病死じゃないかもしれない。……病死ということになってるけど、真相は誰も知らない。
そして沢田綱吉は、数年前に殺された。何者かにね」
「……そんな、」
殺された? ツナが? ……一体誰に。
……さっきから頭の中に拡がる嫌な予感はなんなんだ。『また逃げるのか』、そう言う恭弥さんの声がリピートするのはなんでだ。
「田沢光貞は最近殺されたばかりだよ。ボンゴレと敵対する組織が出てきて、そこの頭に不意をつかれてやられた」
「……ボンゴレと敵対する組織」
やっぱりそこはミルフィオーレだろう。彼は一応白蘭に会いに行ったわけだ。
俺が黙り込むのを見て、ふと雲雀さんは「ああ」となにかに気づいたような声を漏らした。
「……沢田綱吉は『殺された』という証拠があるわけじゃない。僕がそう思ってるだけさ」
「証拠がない? ……ってことはあいつは、事故に似た死に方をしたんですか」
「そう。ボンゴレリング、わかるでしょ?
……彼があれを砕いた後に、ボンゴレ主宰のパーティーで、落ちてきたシャンデリアの下敷きになって死んだんだよ」
ボンゴレリングを砕いたことへの恨みがあった人間の作為としか思えないでしょ、と。
雲雀さんは静かに青灰色の目を瞬かせる。
「ツナが、ボンゴレリングを……?」
「そう。田沢光貞や獄寺隼人をはじめとした反対勢力も多かったしね。恨みを買っていたとしてもおかしくないよ。
……僕は別にあんなのなくても強いし、関係なかったけど。ボンゴレの人間は今になって本格的に焦ってるようだよ、敵が出てきたから」
争いがないことを望んだ、のか。やっぱりツナは。……前世の時、未来に行った時の俺が、そうしたように。
それにしても、この彼はよく喋る。……声色から感じられる感情に、苛立ちや後悔が見えるのはどうしてだろう、
俺に何かを伝えようとしてるのか?
「……もしかして雲雀さんは俺のことも、誰かに殺されたと思ってるんですか?」
「さあね。……ただ、君は妙なものを残して死んでいった」
「妙なもの?」
雲雀さんは無言で頷いた。……彼は少なくとも今、それが何かを教えるつもりはないようで、ただそのままゆっくりと瞬きをした。
「……君や君の弟は、今の敵の頭と交流があったんじゃないかと噂されてる。
君達兄弟の死に、ボンゴレの上層部の関与を疑うのもおかしくないだろうね。ボス猿も、六道骸も」
「XANXUSに、骸も他殺を疑ってる……?」
少なくともあいつらは、『俺の時』よりも俺の味方に近い立ち位置にいる、と思う。
物凄い嫌がらせを受けたけど、XANXUSのあれはよく考えれば、前世の時の殺伐とした対立よりはずっとマシだろう。
……それに、ボンゴレの上層部の関与って、それってつまり。
「____雲雀さんは、“誰を”疑ってるんですか?」