OVER (SPEC DOWN) LORD   作:御堂@鈍感力

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前回の投稿から一年以上空いてしまいました、申し訳ありません。
鈍足更新は相変わらずですが、少しずつ頑張って進めていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。


第7話『生き残る』

姉妹を助けた後、モモンガたちは村の中心部へとゆっくり移動していた。

右を向いても左を向いても、血溜まりと死体が目に入る。凄惨な光景を目の当たりにしても冷静を保っていられることに関しては異形となったことに感謝しながら、モモンガとネバギアは歩き続ける。

 

 

「モモンガさん。先程彼女たちにアインズ・ウール・ゴウンと名乗りましたが……我々はなんと名乗るつもりですか?」

 

「? どういう意味ですか?」

 

 

ネバギアの質問の意味が分からず、モモンガは首を傾げた。

自分たちはアインズ・ウール・ゴウン。だからそう名乗ったにすぎない。なのにどのように名乗るのか、という質問の意図が彼には掴めなかった。

モモンガの様子からそれを察したネバギアは苦笑混じりの声色で返す。

 

 

「すみません、私の質問の仕方が悪かったです。我々(アインズ・ウール・ゴウン)という集団の名は名乗りましたが、私たち……つまり、私とモモンガさんはどうするのか、という意味です」

 

「ああ、なるほど」

 

 

漸く理解できたモモンガは心の中で手を打ちながら頷いた。

確かに自分が少女たちに教えたのはギルドの名だ。個人の名前は教えていない。

さて、どうするか。モモンガは歩みを止めぬまま顎に手を当てる。

 

 

「私は、アルゲースと名乗るつもりです」

 

「うん、ネバギアさんはそれがいいと思います」

 

 

彼の装備品であり、もう一つの体とも言えるドローン武器。アルゲース。

アルゲースという名前もいってみればネバギアのもう一つの名だ。問題も違和感もない。

ならば自分はどうするか、とモモンガは再び考え込む。

 

 

(そのままモモンガって名乗るのもなぁ……)

 

 

ユグドラシル時代、遊びで魔王っぽいロールプレイをしたことを思い出す。

玉座に座り、『魔王モモンガ』と名乗った時は名前負けならぬ名前大勝利とまで言われた。あの時は少しショックを受けたが、今になって思えば確かに魔王の名前がモモンガでは格好がつかないだろう。

どうしたものかと考えるモモンガに、たった今もう一つの名を名乗ることを宣言したネバギアが提案した。

 

 

「……アインズ、というのはどうでしょうか?」

 

「アインズ……アインズ・ウール・ゴウンから取るわけですか?」

 

「はい、その通りです」

 

 

言葉同様首を縦に振って肯定するネバギアに、モモンガは小さく唸って考える。

アインズ・ウール・ゴウンは自分だけのものではない。大切な友であるギルドメンバー、そして今となってはその仲間たちから託された可愛い僕たちと共有する宝物だ。

そんな大切な宝物の名前を、たとえ一節とはいえ勝手に偽名として名乗って良いのだろうか。モモンガは頭を悩ませる。

うーん、と唸った後で自分たちに付き従うように数歩後ろでついてくるアルベドへと振り返った。

 

 

「……アルベドよ、仮に私がアインズと名乗るとして、それに対して何か思うところはないか?」

 

「非常によくお似合いのお名前かと思います。モモンガ様は至高の存在の長、言うなればアインズ・ウール・ゴウンの頂点に立つ御方。それ程の御方であれば、ギルドの名の一節を御身の名の一つとして名乗られるに相応しいかと」

 

 

禍々しい兜からその表情は窺えないが、きっと優しい女神のような微笑みを浮かべているだろう。そう思わせるほど、アルベドの声色は優しいものだった。

そのアルベドの言葉に同意するようにネバギアは再び頷く。

 

 

「モモンガさん。アインズという名は、あなたが名乗るに相応しい。それが私たちの総意です」

 

 

アルベド同様優しい声色でそう言われると、モモンガはそれに少し照れ臭さを感じながらもそれを受け入れることに決めた。

 

 

「――ではこの時より、私はアインズ、そしてネバギアさんはアルゲースと名乗る事とする。なお、これは我々ナザリックの者たち以外の存在がその場にいる時に限定する。アルベドよ、此度の一件を終えてナザリックに帰還した際、全僕たちにこのことを伝えよ」

 

「はっ。承知いたしました」

 

「それと、我々以外のギルドメンバーがナザリックに戻り、私がアインズと名乗ることに異を唱えた場合、私は速やかにその名を返上する……よいな?」

 

 

確認の問いはアルベドに向けられたものではあるが、そこにはネバギアに対するものでもあることが含まれていた。そして同時に、もしもの時は名前を返上する事に対する異論を許さぬという思いが込められているとネバギアは感じた。

メンバーたちが戻ってきても異を唱える者がいるわけがない。ギルドを想い、守り抜いてきた彼の功績を鑑みれば当然だ。

そう思いながらも、それを口にするのは野暮だろうと言葉を飲み込んだネバギアは、静かに一礼した。

 

 

「……了解しました」

 

「モモンガ様の仰せのままに」

 

 

ネバギアに続き、アルベドも跪いて了解の言葉を述べる。

二人の了承を受け取ったモモンガは鷹揚に頷いた。

 

 

「ところでモモンガ様、ネバギア様、急がなくてよろしいのですか? 勿論私は御二人のお側に控えさせて頂けるだけで満足ですが……」

 

 

アルベドが尋ねてくる。その質問の内容はもっともだった。

ネバギアは出発した際にこの村は助けなければならない、と言った。しかし、今の二人に急ぐ様子はない。

それを訝しむアルベドの反応にモモンガが答えた。

 

 

「うむ。死の騎士(デス・ナイト)が忠実に任務をこなしているようなのでな」

 

「たしかモモンガさんの特殊技術(スキル)には魔法や特殊技術(スキル)で召喚したアンデッドモンスターを強化するものがありましたね」

 

「その通りだ、ネバギアさん」

 

「なるほど……流石はモモンガ様のお作りになったアンデッド。見事な働きには感服いたします」

 

 

アルベドの褒め言葉にモモンガは「うむ」と自信たっぷりに頷いた。

しかし、そんな反応とは裏腹にモモンガの思考は冷静に状況の把握の為に働いている。

 

 

(確かに俺が作り出すアンデッドは通常のものよりは強い。でも所詮はレベル三十五のモンスターだ、はっきり言って弱い。ネバギアさんの情報では騎士たちのレベルは一桁程度らしいからそれでも充分なんだけど……)

 

 

現時点で危険はないことにモモンガはローブの下でぐっと拳を握って喜びながらも、村を襲った騎士たちがたまたま弱かったという可能性も頭の片隅に置く。

そんなモモンガの傍らでネバギアが数秒無言を貫いた後、存在しない口を開いた。

 

 

「複数の生命反応がこの村の中心地から確認出来ました。どうやら、生き残った村人たちは中央に集められているようですね」

 

 

それと、村を囲むように一定間隔に生体反応があります。

探知魔法を発動しながらそう締めくくるネバギアからの情報に、モモンガは頷いて理解したことを示し、移動する前にやるべきことを行う。

まずはスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンのエフェクトをカット。邪悪なオーラが霧散したのを確認すると、モモンガはアイテムボックスへと腕を突っ込んで一つのアイテムを取り出した。

それは頭をすっぽりと覆うような形状をした仮面。泣いているようにも、怒っているようにも見えるなんとも形容しがたい表情を浮かべている。

装飾過多なほど彫り込まれたその仮面に気付いたネバギアが、「あ」と短く声を上げて近付いてきた。

 

 

「それって確か嫉妬マスクですよね」

 

 

嫉妬マスク。正式名称は『嫉妬する者たちのマスク』。

異様な見た目とは裏腹になんの能力も付与されず、することもできないイベントアイテムの一つである。

クリスマスイブの十九時から二十二時までの間に二時間以上ユグドラシルいないと手に入らない――というより、二時間以上いると問答無用で手に入れてしまうという、ある意味呪いの装備品だ。

運営の悪ふざけともいえるこのイベントと装備品に、大型掲示板サイトのユグドラシルのスレッドが大いに賑わい、そして荒れたことは今でも記憶に残っている。

モモンガはその仮面とネバギアを交互に見ながら思う。

 

 

(……ネバギアさんはこれ持ってないんだよなぁ)

 

 

つまりはリア充な勝ち組(そういうこと)である。

 

 

「…………」

 

「な、なんですか?」

 

 

ネバギアが巨体を揺らしてたじろぐ。

思わず自分が友人に対して妬みの視線を送っていた事に気付いたモモンガは「……いえ」と更に一拍置いた後に仮面を被った。

そしてガントレットを取り出して白骨の腕を覆った。そのガントレットはかつてギルドメンバーと遊び半分で作ったものだ。筋力を増大させる能力しかないが、それを作った思い出を考えると貴重な一品である。

 

 

「ネバギアさん、こんな感じで大丈夫ですか?」

 

「え、ええ。それなら一目で異形だとバレることはないかと」

 

 

見た目が禍々しいままであることに変わりはないが。

咄嗟に続きそうな言葉を飲み込みながらネバギアは頷く。

モモンガが今になって姿を隠すのはネバギアの指摘によるものである。

ユグドラシルでのアバターとして見慣れた白骨の姿。モモンガやネバギアは勿論、アルベドたちのようなNPCにとっては恐ろしいものではない。

しかし、原住民たちにとっては紛れもない異形の化物。恐怖するのは仕方がないことだ。

先程助けた姉妹たちの反応を振り返り、自分たちと彼女たちの意識のギャップに気付いたネバギアによって、今のモモンガは邪悪な化物から邪悪な魔法詠唱者(マジック・キャスター)へとレベルダウンしている。

 

 

「そういえば、ネバギアさんのその姿はどう説明しましょうか」

 

 

「私は魔法詠唱者(マジックキャスター)ということで通してますが……」と言うモモンガの発言を受けて、ネバギアは自分の見た目の言い訳を考えていなかったことに気付く。

 

 

「そうですね……ゴーレムクラフターというのはどうでしょうか? で、本体は私たちの拠点にいてアルゲースを遠隔操作している、とか」

 

「なるほど。それなら問題なさそうですね」

 

 

即興で考えた設定としては上出来だろう。

この世界にゴーレムが存在するかは不明だが、ゴーレムを作るのも魔法の一種だとでも言えば問題ない。

モモンガの装備とネバギアの言い訳の準備が整ったところで、次にネバギアはアルベドへと視線を向けて尋ねた。

 

 

「アルベド、後詰の準備はどうなっている?」

 

「デミウルゴスの指揮の許、既に村の包囲を完了しております」

 

「そうか、了解した」

 

 

アルベドの返答を受けたネバギアは、次に包囲網の指揮を執っている配下へと<伝言(メッセージ)>を発動する。

 

 

『デミウルゴス、聞こえるか?』

 

『ネバギア様。どうかなさいましたか?』

 

『包囲網の指揮を執っているのがお前だと聞いたのでな。状況の報告を頼めるか?』

 

 

ネバギアの言葉に「勿論です」と力強く了解し、報告する。

 

 

『セバスからの伝言通り、隠密行動や透明化の能力を有するシモベたちで部隊を編成しました。既にご存知かと思いますが、村の包囲は完了しており、村を取り囲んでいた騎士たちの数も把握できております。無論、部隊の存在が気付かれるようなこともありません』

 

 

その余裕のある声色通りの手抜かりのない指揮にネバギアは思わず頷く。

血気流行って攻撃を仕掛けるような事もなく、すぐに行動に移せるように留めている辺り流石と言えた。

 

 

『流石はデミウルゴス、万に一つの手抜かりもないな』

 

『勿体ないお言葉……!』

 

 

ネバギアの称賛に対するデミウルゴスの声色には興奮と歓喜が窺えた。

もしかしたら会話の向こうでは跪いたりしているかもしれない、と内心で苦笑いを零しながら想像しつつ、それを悟られないよう意識して言葉を紡ぐ。

 

 

『我々はこれから行動を開始し、村の中央へと向かう。デミウルゴスは部隊を指揮して村を囲んでいる騎士たちを捕らえよ』

 

『畏まりました。捕らえよ、ということは無傷である方が都合が良いということでしょうか?』

 

 

デミウルゴスはネバギアの命令から、騎士たちは生かしたままである必要がある事、そして可能であれば傷つけぬ方が良い事を察し、その上で念のために確認する。

なんとも察しの良い部下に感心しつつ、ネバギアはその判断が間違っていないことを伝えた。

 

 

『その通りだ。出来るか?』

 

『勿論でございます。ただ武装しただけの騎士を捕らえるなど、造作もございません』

 

『そうか。では任せる……くれぐれも、傷つけぬようにな』

 

 

念押しを最後にネバギアは通話を切る。

その念押しは騎士たちを殺したくないという優しさ……からではない。今まで村を巡って虐殺を繰り返してきた騎士たちにかける情はないのだから。

にも関わらず無傷の生け捕りを命じたのはただ単純に、ナザリックの僕たちの戦闘能力では加減をしても騎士があっさりと死んでしまう可能性があるからである。

 

 

「モモンガさん、今しがたデミウルゴスに村を囲んでいる騎士たちの捕縛を命じました。我々もそろそろ動きましょう」

 

「わかりました。アルベド、行くぞ」

 

「はっ」

 

 

飛行(フライ)>の魔法を発動し、モモンガは軽やかに宙へと舞い上がった。その後に続くようにアルベドが浮遊した。

二人が上空へと移動したのを確認した後、ネバギアも身体を飛行形態へと変形させて上昇する。

三人はある程度の高さまで上昇すると一気に村の中央へと飛行した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モモンガたちが移動を開始する数十分前。

 

 

「オオオオァァァアアアア!!」

 

 

村の広場で大気を震わせる咆哮が轟いた。

それはまるで虐殺が別の虐殺に変わる事を、狩人が獲物となることを告げる号砲。

その号砲を正面から受け止めた男、ロンデス・ディ・グランプは心の内で己が信仰神に向けて何度も罵声を浴びせていた。

敬虔な信者である己を救うべく、自分たちを狩ろうとする化物を打ち倒すべく現れるべきではないのか。

神はいない。そんな戯言をのたまう不信心者を馬鹿にしていた過去をロンデスは思い出す。

そして現在のロンデスは思う。本当に神など存在しないのではないか。

 

 

「オオォォ……!」

 

 

そんな現実逃避も目の前の化物の唸り声で失敗に終わる。

怪物が重く一歩近づけば、自分は震える脚で二歩後退した。

小刻みに震える鎧が、カチャカチャと耳障りな音を立てる。両手で握っているはずの剣は、切っ先が二重にぶれるほど震えている。自分一人だけではない。共に化物を取り囲む十八名の仲間全員が同じだった。

ロンデスは救いを求めるように視線を動かす。

彼らがいるのは村の中央の広場。そこにはロンデスたちが集めた六十人弱の村人たちが怯えた表情でロンデスたちと化物の様子を窺っていた。

村の行事等で使用されるのであろう木製の質素な台座の陰に子供たちを隠し、その子供たちを守ろうとするかのように棒を持った村人たちが恐怖と困惑を綯い交ぜにした表情でロンデスたちと死の騎士(デス・ナイト)を見つめている。

それを見てロンデスは今の自分たちに救いの手はないことを悟る。

村人たちに自分たちを助けるだけの力があるのかどうかは問題ではない。そもそも、彼らが自分たちを助ける義理も道理もないのだから。

村を囲い、四方から村人たちを駆り立て、空になった家は中を捜索した後に錬金術用の油で焼き払う。殺しながら駆り立てた生き残りを村の中央に集め、適当に間引いた上で幾人かを生き証人として逃がす。仮に村の外に逃げようとしても馬に乗った弓兵がそれを仕留める。そうやっていくつもの村々を処理してきた。

この村も同じだ。敵国に襲われた可哀想な村(・・・・・・・・・・・・)。そうなる、はずだった――。

 

 

(まさか、こんな化物に出くわすとは……!)

 

 

ロンデスは自分の不幸を呪う。

そして、目の前の化物の後ろに転がっている仲間の亡骸を見た。

遅れて広場に逃げてきた村人たちを後ろから斬りつけようとした二人の仲間。しかし彼らの剣が村人たちの体に届くよりも、騎士たちの命が散る方が早かった。

一人は七メートル以上高く吹き飛んだ末に地面に落下。グシャリと嫌な音を立てたのを最後に、ピクリとも動かなくなった。

もう一人は右半身と左半身に分断されて地面に転がっている。鎧ごと真っ二つにされた死体の断面からは鮮血と糞尿に塗れた内臓がこぼれ、異臭を放っている。

ロンデスには二人が死ぬ瞬間を目で追うことはできなかった。ただ、突如現れた怪物が両手に持つフランベルジェとタワーシールドから血が滴り落ちているのを見て、一人は巨大な盾で突き上げられ、もう一人は波打つ刃によって両断されたのだと理解した。

魔法によって軽量化されているといっても重く固い全身鎧(フルプレート)を纏った、鍛えられた成人男性を空中に跳ね上げ、一太刀で切り捨てる怪物。

その存在はまさに絶望の二文字の具現化だった。

円陣を形成して怪物を包囲してはいるが、そんなものはこの魔物にとってなんの意味もない。襲い掛かられたら最後。瞬きをする間もなく殺されるだろう。

 

 

「神よ、お助けください……」

 

「神よ、どうか……」

 

 

面頬付き兜(クローズド・ヘルム)の下からくぐもった嗚咽混じりの祈りが聞こえる。自分と同じように運命を悟った者たちの哀願だ。中にはすすり泣く者もいる。

これまで無力な村人たちを蹂躙して命を奪い続けたからこそ、自分たちが同じ立場になるという覚悟が出来ていなかった。

そんな絶望的な運命を悲観して次々と心が折れていく者たちの中、未だに諦めず抗おうとする者がいる。

 

 

「き、きさまら! あの化け物を抑えよ!!」

 

 

しかし、それは勇敢さからのものではない。自分だけでも助かりたいという醜く、しかし生存本能として当然の感情からである。

その騎士が誰なのか。ロンデスは訝しむ。

面頬付き兜(クローズド・ヘルム)で顔が見えないその騎士は今すぐにも逃げ出したいのであろう、爪先立ちで腰が引けた状態でブルブルと震えて滑稽な様子だ。

無様な姿、そして恐怖してなお損なわれぬ傲慢さ。残念な事にロンデスはそんな人物に一人だけ心当たりがある。

 

 

「ベリュース隊長……」

 

 

ロンデスは思わず顔を顰める。

下種な欲望で村娘に襲い掛かり、その父親であろう男と揉み合いになった挙句、部下に助けを求める。そして部下の手によって男が引き剥がされると八つ当たりで何度も剣を突き立てる。そんな男だ。

国ではある程度の財力を持つ資産家が箔を付けるために隊に参加し、そしてその唯一の取り柄である財にものを言わせて隊長になっただけの彼が自分たちを助けるだけの力があるはずもなく、そして先の発言が照明する通り部下を助けようとする度胸など持ち合わせていない。

 

 

「俺は、こんなところで死んでいい人間じゃない! おまえら、時間を稼げ! 俺の盾になるんだぁあ!」

 

 

ベリュースの言葉を受けて動くものなど誰もいない。勿論、ロンデスもその一人である。

隊長という立場に胡坐をかいて威張り散らすだけの男に人望などあるはずもない。そして、そんな男の為に命を懸ける者がいないのは当然の事であった。

唯一、死の騎士(デス・ナイト)だけがベリュースの喚き声に反応してゆっくりと向き直る。

 

 

「ひぃいいい!」

 

 

恐怖に駆られ、ベリュースは甲高い悲鳴を上げる。

それでも部下たちが動く様子はない。そこで(ようや)く自分を助けようとする部下がいないことを理解したベリュースは、内心で無能で薄情な部下たちを罵りながら己にとって絶対な力に頼ることにした。

 

 

「かね、かねをやる。二〇〇金貨! いや、五〇〇金貨だ!」

 

 

資産家なだけあって、提示したのはかなりの高額だ。金貨が三十枚もあれば三人家族が三年ほど苦労することなく生活できるだろう。

しかし、それでもロンデスたちは動かない。いくら報酬が高額だからといって、誰が望んで死ぬことを選ぶだろうか。

 

 

「う、うぅ……! な、ならば一〇〇〇だ! 金貨一〇〇〇枚――!」

 

 

必死に大声を上げるベリュース。

彼の呼び掛けに応える存在が一人――否、半分だけいた。

 

 

「オボボオォォオオ……」

 

 

死の騎士(デス・ナイト)が広場に到着したと同時に両断された騎士の右半分だけがズルズルと這って近付き、ベリュースの足を掴んだのである。

従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)

ユグドラシルの世界での設定では死の騎士(デス・ナイト)の剣によって死を迎えた者は永遠の従者にされてしまう、というものがあった。

それを再現したシステムとして死の騎士(デス・ナイト)にはターゲットを殺害した際、殺した者と同じレベルのアンデッドをその場に出現させるスキルを有している。

その能力により化け物となって蘇った元部下の存在を(ようや)く頭で理解できたベリュースが次に行ったのは、

 

 

「――おぎゃああああ!!」

 

 

今日一番の絶叫を上げる事だった。

情けない悲鳴を上げるベリュースを責めることが出来る者はいない。

騎士たちも、村人たちも、その光景を見ていた全ての人間が同じように顔を引き攣らせる。

そんな周囲の反応を他所に、圧倒的恐怖に耐えかねたベリュースは悲鳴を上げながら背を向けて走り出した。

今の彼には自分たちが通ってきた道を辿る様に村の外へ逃げ出すことしか頭にない。

しかし、彼の行動はこの場においては正解であった。

死の騎士(デス・ナイト)がモモンガから受けた命令は村人たちを守ること。村人たちに危害が及ばないのであれば、騎士たちの生死や闘争・逃走の有無は重要ではないのである。

図らずも生還できる可能性を掴んだベリュース。

 

幸運な彼の唯一の不幸は――

 

 

「じゃ、邪魔だあぁ! どけえぇ!」

 

 

逃げ道を塞ぐ邪魔者を(・・・・・・・・・・)切り捨てようとしたことだった(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「ひぃっ!」

 

 

兜の隙間から血走った眼を見開いて走ってくる騎士に、広場に追い立てられてやってきた壮年の女性が頭を抱えて蹲る。

その女性の横を走り抜ければいいだけのことを、ベリュースは剣を振り上げ切ろうとした。その行動が彼の命運を分けた。

 

 

「ォォオオアアァァア!」

 

 

死の騎士(デス・ナイト)は咆哮し、その巨体と重装備を感じさせぬ速さで跳躍する。

たった一度の一足飛びで彼我の距離は縮まり、突き出された剣によってベリュースは串刺しにされた。

 

 

「――え? あ、ぇ?」

 

 

ベリュースは腹から突き出た刃をぼんやりと見下ろす。そして、全身の力が抜けると自分がたった今切ろうとした女の前で倒れ伏した。

倒れた衝撃で兜が外れ、脇に転がる。恐怖に引き攣る女性と目が合った。

そして、その女性と自分を覆うように大きな影が差す。ベリュースが力なく振り返ると巨大なフランベルジェを逆手持ちにして切っ先を自分へと向けた魔物がそこにはいた。

 

 

「た、たしゅけ――」

 

 

禍々しく波打つ刃が振り下ろされる。

 

 

「ぎゃああぁぁああ!!」

 

 

ベリュースの口から、喉が裂けんばかりの大絶叫が響く。

何度も何度も背中に刃が突き立てられ、その度に背中は焼けるように熱く、そして全身が凍り付くように冷えていくのをベリュースは感じた。

思わず彼は手を伸ばす。たった今自分が殺そうとした女性へと。

 

 

「たじゅけ、たじゅけて……! おねがい、じまじゅ! なんでもじまじゅ……!」

 

 

涙を流し、血反吐を吐きながら助けを求める。

 

 

「おかね! おがね! いくらでも、さしあげまじゅか、ら……!」

 

 

しかし、救いの手が差し伸べられることはない。

助けを求めた女性もまた、目の前で騎士を惨殺する怪物に対する恐怖で動けずにいた。

そして、仮に動けたとしても自分たちの村を襲ったことを棚に上げて、金で解決しようとするような男を助けることはない。

 

 

「お、が……! だじゅ、げ……!」

 

 

最期までそれに気付くことなく、ベリュースは体内を挽き肉のようにグチャグチャにされて、息絶えた。

 

 

「クゥウウウ――」

 

 

死の騎士(デス・ナイト)が高く唸る。その唸り声は喜び、昂っているように聞こえる。

事実、死の騎士(デス・ナイト)の唸り声は喜悦のものであった。憎き生者を惨たらしく殺戮できたことに、なにより、至高の存在の命令に従えていることに歓喜しているのである。

満足気に唸りながら、死の騎士(デス・ナイト)はゆっくりと振り返り、自分を取り囲む騎士たちと護衛対象である村人たちを一瞥した。

そうして視界の端に、次に処分すべき標的を捉える。

 

 

「オオォォ――!」

 

 

死の騎士(デス・ナイト)が再び雄叫びを上げ、今度は一塊になった村人たちへと駆ける。

 

 

「ひぃぃいい!」

 

「助けて――!」

 

 

村人たちが抱き合い、蹲りながら死の瞬間を待つ。

しかし、それが訪れることはなかった。

死の騎士(デス・ナイト)が凄まじい脚力で村人たちの一団を飛び越えたのである。

守るべき人間たちの背後にゆっくりと静かに迫るそれ(・・)に向けて、死の騎士(デス・ナイト)はタワーシールドを突き出した。

 

 

「オボォォ…!」

 

 

巨大な盾による盾打ちを食らったのは騎士たちの鎧を纏った亡者であった――広場にいる騎士たちや村人たちは知る由もないが、この動死体(ゾンビ)もまた死の騎士(デス・ナイト)が広場に向かう道中で村人たちを虐殺していた騎士たちを瞬殺して生成された従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)である――。

 

 

『なっ……!』

 

 

まさかの光景に一同は驚愕する。

生者たちの反応を無視し、死の騎士(デス・ナイト)はマントを翻して振り返ると、新たな標的に向かって走り出した。

次に狙われたのは、ベリュースに切られそうになった女性……の前に転がっていた、今まさに従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)として蘇り、目の前の女性に襲い掛かろうとしてるベリュースの亡骸である。

 

 

「ウゥゥオオ――!」

 

 

恐るべき速さでベリュースの死体に迫ると、片足を高く上げてそれを踏み潰した。

足元に不出来な血肉の花が咲く。その醜い花さえも踏み潰すかのように、死の騎士(デス・ナイト)は何度も何度も足を振り下ろし、元人間だったそれを完全な肉塊へと変える。

その光景に、騎士と村人たちはありえないと何度も頭の中で連呼しながら確信する。

 

この魔物は村人を襲おうとする存在に反応し、攻撃する。

 

本来アンデッドとは生者を憎み、殺戮を好む存在。アンデッド系モンスターについてある程度知識を持つ者にとってそれは常識である。

しかし、このアンデッドはその常識の外に位置していた。

その驚愕の事態に、村人たちの胸中に一筋の希望が射す。この魔物がいれば、自分たちがこれ以上傷付くことはないと。

同じく騎士たちの心の内にも生還できる可能性が生まれる。村人たちに攻撃を行わなければ、殺されないのではないか。

だが、騎士たちの中で生まれたその可能性はあまりにも不確定で不安定なものだ。彼らがここまでに来る間にどれだけ多くの人間を殺してきたかを考えれば、当然といえる。

それでも目の前の魔物に抗えば待っているのは死。自分たちから攻撃するなど論外である。

ならば、一粒の砂より小さな希望であっても、それを捨てるわけにはいかない。

ロンデスは僅かな希望を糧に己の心を奮い立たせ、拳を力強く握りしめる。そして、仲間たちに撤退を呼びかけようと息を吸い込む。

 

 

死の騎士(デス・ナイト)よ、そこまでだ」

 

 

一同の上空から声が響いた。

重く響く声の正体が誰なのか、その場にいる全員が空を見上げる。ロンデスもまた、言葉を発することも忘れ、天を仰いだ。

見上げた空に映るのは三つの影。

一つは……よくわからない。漆黒の鋼鉄の塊が空に浮いている。

もう一つは同じく漆黒の鎧を纏った人物。角の生えた面頬付き兜(クローズド・ヘルム)で顔は分からないが、胸部の膨らみや腰回りの細い鎧のデザインから女性であることは推察できた。

そして最後の一つは厳かな装飾があしらわれた漆黒のローブを風ではためかせている。右手に持つ金色の杖は、埋め込まれた宝石が陽光を浴びて煌めいていた。

突然現れた登場人物に驚愕する騎士と村人の視線を受けながら、モモンガとアルベドはゆっくりと地面に降り立つ。

 

 

「はじめまして、諸君。私の名はアインズ」

 

 

モモンガの挨拶に返事を返す者はいない。騎士たちは虚脱したように棒立ちのままモモンガを眺めている。

 

 

「投降すれば命は保証しよう。まだ戦いたいと――」

 

 

モモンガの言葉を最後まで聞くよりも早く、ロンデスが手に持っていた剣を投げ捨てた。

突然現れた目の前の人物の言葉が真実である保証などない。しかし、自分たちの隊長や同僚を惨殺した魔物を相手に逃げるより遥かに確実であるからこその行動だった。

そんな彼に続くように、他の騎士たちも次々と剣や盾を投げ捨て、無抵抗の意を示す。

 

 

「……諸君には生きて帰ってもらう」

 

 

その一言で騎士たちは安堵の息を漏らす。

 

 

「そして、諸君らの(じょう)――飼い主に伝えろ」

 

「……!」

 

 

モモンガは<飛行(フライ)>でロンデスの眼前に迫る。突然の接近に、ロンデスは息をするのを忘れ、全身を強張らせた。

目の前の騎士が怯えているのを察しながら、それを都合良しとして無視し、モモンガは片手で器用に面頬付き兜(クローズド・ヘルム)を剥ぎ取る。

 

 

「この辺りで騒ぎを起こすな。騒ぐようなら今度は貴様らの国まで死を告げに行くと伝えろ」

 

 

疲労と恐怖に濁ったロンデスの瞳に怒りと悲しみを表現したような不気味な仮面が映る。

ロンデスは頭を何度も上下に振る。震えながら必死に頷くその姿は憐れみを感じさせた。

 

 

「行け。そして確実に主人に伝えろ」

 

 

モモンガが顎でしゃくると騎士たちは一目散に走り出した。

少しでも早く、少しでも遠くに行くために。前のめりに倒れそうになりながら、時折本当に倒れ込みながら、それでも必死に逃げる。

 

 

「……演技も疲れるな」

 

 

小さくなっていく騎士たちを見送りながら、モモンガは小さく呟く。

ナザリック内での立ち振る舞いでもそうだが、リアルの世界ではただの会社員に過ぎなかったモモンガにとって今のような威厳ある人物の演技というのはどうしても疲労が溜まる。

本来なら肩でも回しながら一息つきたいところだ。と、モモンガは心の内で独りごちながら、演技を続ける。

 

 

死の騎士(デス・ナイト)従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)を片付けてこい。その際に隠れ潜んでいる騎士を発見した場合は殺して構わん。だが、村人は決して傷つけるな」

 

 

村人たちに聞こえるようにモモンガは命令する。そうすることで暗に村人達に自分たちは敵ではないことをアピールする。

 

 

「ウォォオオ――」

 

 

隠れた目的があることなど知らぬまま、死の騎士(デス・ナイト)は命令を受諾したことを示すように吠えると、力強い足取りで駆け出した。

走り去る死の騎士(デス・ナイト)を見送ると、モモンガは村人たちへと向き直る。

村人たちの顔には僅かに和らぎながらも混乱と恐怖の色が残っていることにモモンガは気付く。そして、自分という正体不明の強者――少なくとも騎士たちよりは――に怯えているために、自分たちが騎士たちを逃がしたことへの不満が出なかったことを理解した。

モモンガは反省しつつ、村人たちとの距離を開けたまま話しかける。

 

 

「君たちはもう安全だ。安心してほしい」

 

 

威厳を損なわず、しかし親しみを込めた優しい口調であることに努めて語り掛けるモモンガ。

その声色や言葉にまた少し恐怖が薄らいだのか、村人の代表者なのであろう人物が一歩前に出てくる。

 

 

「あ、あなた、あなたたちは……」

 

「この村が襲われていたのが見えたので、助けにきたものだ」

 

 

モモンガの言葉に「おお……」とざわめきが起こり、村人たちの顔に安堵の色が浮かぶ。しかし、中にはそれでもなお、不安の色は拭いきれていない。

 

 

(仕方ない。手段を変えるか。本当はこういうの、あんまり好きじゃないんだけど)

 

 

モモンガは取りたくない方法を選ばなければいけないことに仮面の中で小さく息を吐いた後に言葉を紡いだ。

 

 

「……とはいえ、ただというわけではない。村人の生き残った人数にかけただけの金をもらいたいのだが?」

 

 

報酬を要求されたことに村人たちが顔を見合わせる。金銭的余裕がないであろうことが、その様子から分かった。

しかし、同時に村人たちの様子から懐疑的な感情が薄れたことをモモンガは洞察する。

金銭を得るために助けただけ、という世俗的で現実的な言葉が村人たちの疑いと不安をある程度晴らすことに成功したのだ。

 

 

「い、いま村はこんな状態で――」

 

「勿論、村の現状は理解しているつもりだ」

 

 

村の代表者の言葉を、モモンガは手を挙げて中断させつつ話す。

 

 

「とりあえず、報酬などについては後程話し合うとしよう。先程ここに来る前、姉妹を見つけて助けた。その二人を連れてくるから、少々時間をくれないかな?」

 

「そういう事でしたら、私が行ってきましょう」

 

 

モモンガの言葉に反応し、それまで沈黙していたネバギアが――実は密かに探知魔法を発動し、広場以外に生体反応が残っていないか、そして騎士たちが大人しく村の外に逃げて行ったかを調べていた――存在しない口を開く。

今まで静かに宙に浮いていた正体不明の物体が声を発したことで村人たちがどよめいた。

村人たちの反応を受け、ネバギアはモモンガに<伝言(メッセージ)>を送る。

 

 

『……これ、やっちゃいましたよね』

 

『だ、大丈夫ですよ! 私が上手いこと言っておきますから!』

 

 

友人が己の失態に落ち込んでいるのを声色で察したモモンガはそれをフォローしようと咄嗟に言う。

そして自分の言葉で「そういえば」と姉妹を迎えに行くネバギアに一つ依頼をした。

 

 

『ネバギアさん、助けた二人には私たちの正体は黙ってもらえるよう説明してもらえませんか?』

 

『確かに、よくよく考えればモモンガさんの素顔やネバギアという名前への口止めがまだでしたね。了解しました。では私は彼女たちを迎えに行ってくるので、申し訳ありませんが彼らへの説明をお願いします』

 

 

モモンガの依頼を受諾すると、ネバギアは面倒事を押し付けてしまったことへの謝罪をして、高度を上げて姉妹たちを置いてきた方角へと移動を開始する。

その道中、今度はデミウルゴスに向けて再度<伝言(メッセージ)>の魔法を発動した。

 

 

『こちら、ネバギア。デミウルゴス、騎士たちは捕らえられたか?』

 

『おお、ネバギア様。ちょうど今、伝達能力を持つシモベに御連絡差し上げるよう命じていたところです。お手を煩わせてしまい、申し訳ありません』

 

 

どうやら良いタイミングで連絡できたらしい。

デミウルゴスの声色から問題はなかったのだろうと推測しながら、改めて同じ質問をする。

 

 

『気にする必要はない。それで、騎士たちはどうだ?』

 

『御命令通り、村を包囲していた騎士たちは全て捕縛いたしました。無論、傷一つ付けてはおりません』

 

『見事だ、デミウルゴス。モモンガさんも聞けば喜ぶことだろう』

 

『ありがたき幸せ……!』

 

 

ネバギアの労いと称賛にデミウルゴスは言葉に力を漲らせながら答える。

ネバギアに報告した通り、村を包囲していた騎士たちは一人残らず、そして傷一つなく捕縛していた。

村の四方にいた馬に乗り、弓を持ったただの人間。それを四人捕らえるなど赤子の手を捻るよりも容易いこと。

しかし、当然のことと慢心して不備があっては、ただでさえ失いつつある至高の存在からの信頼を失いかねない。デミウルゴスは細心の注意を払い、部下を指揮して事に当たった。過剰な戦力ではあったが、結果は上々。気高き主人からも褒めてもらうことが出来た。

紅蓮の悪魔は歓喜しながら、次にどう行動すべきか偉大なる主に尋ねる。

 

 

『ネバギア様。捕らえた騎士たちはいかがいたしましょうか?』

 

『この世界の情勢や周辺の国・都市の情報、騎士たちの正体や目的……可能な限り情報を引き出せ』

 

『畏まりました』

 

『任せたぞ。貴重な情報源だ、殺さぬようにな』

 

『はっ』

 

 

デミウルゴスの返礼の言葉を受けたことを最後に、ネバギアは<伝言(メッセージ)>を終了する。

普段と比べるとゆっくりとした移動ではあるが、それでも小さな村から出て森に到着するには十分な時間だったようで、姉妹たちを置いてきた場所へと到着する。

見下ろす大地に半球状の淡い光に覆われた姉妹の姿を確認すると、ネバギアはボディを変形させて降り立った。

聞き慣れない駆動音と大きな質量が大地に降り立つ大きな音に姉妹は抱き合った状態でビクリと身体を震わせる。

 

 

「待たせたな」

 

「あ、ネバギア、様……」

 

 

降り立った存在の正体が分かると、エンリは安堵したように表情を和らげた。

しかし、その表情は一瞬。すぐに焦る様な顔つきになり、余裕のない声色でネバギアに尋ねる。

 

 

「あ、あの、村は……村は、村の皆はどうなったのでしょうか!」

 

「村を襲った騎士たちは撃退した。村人たちも全員は無理だったが、我々が到着した際に生きていた者たちは全員無事だ」

 

「そうですか……! よかった……」

 

 

今度こそエンリは安堵の息を吐く。そして、優しく妹の頭を撫でた。

ネバギアは二人の顔には安堵と共に疲労の色が濃く見えることを洞察する。

突然の襲撃と殺戮。自分たちも死を覚悟するような目に遭ったのだ。気が休まらず緊張の糸が張り詰めていたのは想像に難くない。

二人の心労を(おもんばか)りつつ、ネバギアはその疲労を少しでも和らげてやれるように優しく状況を説明する。

 

 

「今、私の友人であるアインズが君たちの村の代表者と話をしている。そして私は、その間に君たちを迎えに来た、というわけだ」

 

「そうでしたか。ああ、なんとお礼を言っていいか……本当に、ありがとうございます!」

 

「ありがとうございますっ」

 

 

姉が深々と頭を下げるのを見て、妹のネムも後に続く。

二人の様子にネバギアは手を挙げながら首を横に振った。

 

 

「気にする必要はない。君たちから報酬を得るという目的があってのことだ」

 

「それでも、あなた様たちがいなければ、私と妹は死んでいたでしょう。それに村の皆も助かっていたかどうか……」

 

 

だから、ありがとうございます。

そう言って、エンリは再び頭を下げて感謝の意を示す。

そこまで言われてしまっては、その感謝を受け取らない方が失礼だろうと考えたネバギアは片膝をついて少しでも目線を近付けた。

 

 

「どういたしまして、とでも言えばいいのかな」

 

 

表情も感情も移さない無機質な一つ目で見下ろす恩人の穏やかな口調にエンリは微笑んで、ネムは笑みを浮かべて返す。

姉妹の緊張や心労が僅かにではあるがほぐれたことを理解すると、ネバギアは本題へと入った。

 

 

「さて、これから君たちを村まで送り届けるのだが……その前に君たちにお願いしたいことがある」

 

「お願い、ですか……?」

 

「うむ。我々にとっては重要な問題だ。ハッキリと言って、この願いを断られると我々は非常に困るし、最悪アインズさんに頼んで君たちを洗脳させてもらう可能性もある」

 

「せ、洗脳……!」

 

 

物騒な単語が出てきたことで、エンリの顔が少し強張る。

魔法に関する知識などほとんどないエンリだが、人の記憶を操る魔法がどれだけ高位のものなのかは察することが出来る。

そして、自分たちや村人たちの恩人がそれを容易く行えるだけの力を持っていることも。

再び心労を与えてしまう事を申し訳なく思うネバギアだが、それでも言葉を覆すことなく続けた。

 

 

「こうして話すのは私たちなりの誠意だ。力尽くで君たちを洗脳することも出来る。だが、我々はそうしたくはない。だからこそ前もって説明をしている。どうか、それだけは理解してほしい」

 

 

ネバギアの言葉に偽りはない。全て彼の本心からの言葉である。

言葉の通り、洗脳で記憶を弄るのが最も手早く、確実なのだ。それをしないのは、彼女たちという人間に対する誠意の現れに他ならない。

幼く状況が飲み込めないながらも、重要で真剣な話なのであろうことを察知したのか、ネムは不安げに姉の顔を窺う。

 

 

「お姉ちゃん……」

 

「大丈夫よ、ネム。……わかりました。そのお願いとやらを、お聞かせください」

 

 

エンリは優しい笑顔と言葉で妹を安心させてやると、目を伏せて数秒の間を置く。

そして、目を開くと決意を宿した瞳でネバギアを見つめた。

 

 

「感謝する。その内容だが二つある。一つはアインズさんのことだ」

 

「アインズ様、ですか……?もしかして、ネバギア様の後に来られた骸骨の……」

 

 

エンリは自分たちを防御の魔法で覆ってくれた骸骨の魔法詠唱者(マジックキャスター)の姿を思い出す。

 

 

「うむ。君たちが見た通り、アインズさんは骨だけの姿のアンデッドだ。しかし、ただのモンスターなどではない。理性と知性を持つ、私にとって大切な友人なのだ。……しかし、君たちの最初の反応を見る限り、人外の姿であるというだけで凶暴なモンスター、もしくは危険な存在であるという先入観を持たれるだろう」

 

 

ネバギアの言葉にエンリは失礼だと思いながらも、それを否定する材料を持っていなかった。

むしろ、それはそうだろうという思いさえある。

それを察しながら、あえて何も言わずにネバギアは続ける。

 

 

「だから、君たちにはアインズさんの正体を黙っていてほしい。要らぬ混乱や争いを回避するためにも。これが一つ目だ」

 

 

ネバギアは鋼鉄の指を一つ立て、そしてすぐに二本目を立てる。

 

 

「次に二つ目だが、私の名前についてだ」

 

「ネバギア様の、名前……?」

 

 

エンリとネムが揃って首を傾げる。

一つ目の理由は理解できる。あの――恐ろしい――見た目のせいで不必要な混乱や恐怖を相手に与え、無駄な争いを起こさないためにも必要なことだ。

しかし、二つ目の恩人の名前については理由がさっぱりわからなかった。

 

 

「君たちの前でアインズさんたちが呼んだネバギアという名前は、私にとって特別な意味を持つのだ。本来は、仲間でもない君たちに教えていいものではない」

 

 

字面だけみればとても失礼な話だが、事実なのだから仕方ない。

ネバギアという名前はユグドラシル時代の大切な思い出が詰まった名前であり、今となってはもう一つの本名のようなものだ。

未知の世界で誰が敵で誰が味方かもわからない状況でその名を知られてしまうのはあまり良い事とは言えない。

そう考え、ネバギアは己の名を秘するようエンリたちに伝える。

 

 

「勝手な話ではあるがこの会話以降、私のことをネバギアと呼ぶことは許さない。これからはアルゲースと呼んでくれ」

 

 

そう締めくくるとネバギアは自分の言いたいことは以上だとでも言うように無言となる。

突然の無言に戸惑うエンリだが、恩人からのお願いに対する答えは既に決まっていた。

 

 

「あの、えっと……わかりました。アインズ様の正体も、ネバ――アルゲース様の本当のお名前も、絶対に明かしません」

 

 

自分たちの命の恩人からのお願いなのだ。しかも、本来なら話しにくい本心までも語って誠意を見せてくれた。

ならば自分はそれに応えよう。秘密にしてほしいという言うのなら、墓場にまで持っていく覚悟だ。

エンリはそう決意して、自分の妹へと向き直る。

 

 

「ネムもいいわよね?」

 

「はい。アインズ様のことも、アルゲース様の本当のお名前がネバギア様だってことも、絶対誰にも言いません!」

 

「こら、ネムっ」

 

 

元気いっぱいに答えながら早速ボロが出ている妹にエンリは咄嗟に叱る。

その子供らしい失敗にネバギアは思わず笑いを漏らしながら手でエンリを制し、それを許すことをアピールした。

 

 

「はははっ。構わん。幸い、今は我々以外に誰もいないからな。だがネムとやら、次からは気を付けるようにな?」

 

「はいっ」

 

「うむ、よろしい。それでは今度こそ、君たちを村に送り届けるとしよう。立てるか?」

 

 

ネバギアは立ち上がって二人を見下ろしながら尋ねる。

エンリは改めてネバギアの体躯の巨大さに圧倒されながら頷いた。

 

 

「はい、大丈夫で――」

 

 

大丈夫ではなかった。

騎士たちの襲撃から逃げ続けた身体的疲労や精神的疲労、その危機から脱したことによる安心感により足が脱力してしまい、上手く力を入れることが出来ないのである。

それはどうやら妹のネムも同じようで「お姉ちゃ~ん……」と困ったように眉をハの字にして見つめてきた。

エンリはなんとか立ち上がろうと足に力を込めようとするが、軽く痙攣をおこすように震わせることしかできない。こんな調子ではしばらくの間立つこともままならないだろう。

 

 

「どうした? 立てないのか?」

 

 

姉妹の様子からそれを察したのかネバギアが尋ねる。

ネバギアに声をかけられたことでエンリは慌ててなんとかしようとするが結果は変わらず、足の自由は利かぬまま。

観念したエンリは深く頭を下げた。

 

 

「も、申し訳ありません、アルゲース様。足に力が入らなくて……。後で二人で戻りますから、どうぞアルゲース様はお気になさらず、先にお戻りください」

 

「ふむ……」

 

 

エンリの言葉にネバギアは顎に手を当てるような動作をすると拳を振り被る。

その動作に自分たちはなにか気に障るようなことをしたのか、という考えや恐怖に目を閉じるよりも早く、エンリたちの目の前で黒鉄の巨腕が振るわれた。

パリーン、という瓶が割れるような音を立て、自分たちを覆っていた微光の守りが粉々に砕ける。

一瞬の出来事に呆気に取られ、散り散りになって消えていく淡い光をぼんやりと眺める姉妹。

 

 

「抱き上げるから動かぬようにな」

 

 

唖然としている姉妹にネバギアは一言断りと入れると、動作が停止している二人をそれぞれ片手で抱き上げた。

 

 

「――え? え?」

 

「わー! 高ーい!」

 

 

突然の出来事にエンリの思考は追いつかず混乱する。一方ネムは日常生活では味わえない高い視界に思考が支配され、楽し気に声を上げている。

対極的な二人の反応をおかしく思いつつ、ネバギアは声色に笑みを含めながらエンリへと語り掛けた。

 

 

「私は君たちを村まで送り届けるために来た。だというのに手ぶらで帰ってはなんのために来たのか分からないだろう」

 

「で、ですが、これ以上ご迷惑をお掛けするわけには……!」

 

「こんなものは迷惑のうちに入らん」

 

「わ、わっ」

 

 

片手で器用に抱き上げられていた姉妹は更に高く持ち上げられ、そのままネバギアの肩に腰掛けさせられる――そうして空いた両手は二人が少しでも安定して座っていられるように彼女たちの足を支えている――。

 

 

「もっと高くなった! アルゲース様大きいー!」

 

「ふふっ、そうか。村に戻る間の短い道中だが、楽しむといい」

 

 

更に高くなった視線にテンションを上げるネムにネバギアは優しく返し、わざとネムが座っている方の肩を揺らしてやる。

そうするとネムは甲高い笑い声を上げ、足をバタつかせ、全身で楽しみを表現していた。

そんな幼い妹の様子にエンリは呑気なものだと思いつつ、恐怖で泣きそうになっているよりずっといい、と笑みを零す。

 

 

「君は立派だな」

 

 

ふと、ネバギアがエンリに言う。

 

 

「え?」

 

 

突然の言葉にエンリは思わず疑問符を浮かべた。

 

 

「私が君たちを助ける直前に見たのは、君が身を挺して妹を守ろうとする姿だった。もし私たちが間に合わなければ、君は確実に殺されていた。……君もそれは理解していたのだろう?」

 

「……はい」

 

 

エンリは自分とは反対側の恩人の肩に乗ってはしゃぐ妹の姿を再び眺めながら頷く。

幸い、ネムは高い視点に霧中でこちらの様子には気付いていないようだった。

愛しい妹が自分の方に注意を向けていないことを確認した上で、エンリはその時の思いを語る。

 

 

「騎士たちから逃げ切れないことを理解した時、私は死ぬつもりでした。自分の命を盾にしてネムを、妹の命を守るつもりでいました」

 

「……怖くはなかったのか?」

 

「勿論怖かったです。でも、あの時点で私は助かる見込みはなかったですから。それなら、妹を助けるために命を懸けようって思いました」

 

「……見込みはなくとも可能性は〇ではなかった。それでも君は妹を守るために命を(なげう)とうとした。何故だ?」

 

 

繰り返される問答にエンリはふと、気付く。

自分たちの命の恩人は、自分の回答からなにかを得ようとしているのだと(・・・・・・・・・・・・・・・)

それが何かは分からないし、自分が恩人にとって満足のいく回答を出せるかも分からない。

だからエンリはあの時に思ったことをそのまま言葉にして答えた。

 

 

「――大切な人には生きてほしいから(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「――」

 

 

自分を支えるネバギアの腕、その指先が一瞬強張る様に震えたのを、エンリは感じた。

 

 

「……残された者は悲しみに暮れるかもしれない。寂しさのあまり、後を追おうとするかもしれない。それでもか?」

 

「確かに独り残されることは悲しいし寂しいかもしれません。でも、死んだ自分の後を追って自ら命を絶ってしまうなんてことは、私はしてほしくないと思います」

 

「……そうか」

 

 

ネバギアの最後の言葉は覇気のない、寂しそうな声色だった。

 

 

「アルゲース様、大丈夫?」

 

 

そこにふと、ネムが会話に入ってくる。

予想外の参加者にネバギアとエンリが揃って視線を向けると、ネムは心配するように眉尻を下げてネバギアの顔を見つめていた。

 

 

「私は大丈夫だが……何故そう思った?」

 

「よくわからないけど、なんだかアルゲース様が悲しそうに見えたから……」

 

 

ネムの言葉を受けて、ネバギアは昔どこかで子供は周りの感情に聡いという言葉を耳にしたことを思い出す。

この幼子は異業種であり、ましてや今はドローンという無機質な機械に搭乗している自分の感情の変化を察知したのか。なんとも機敏なことである。

そうして思考が別の方向に進むことで自分の内心を整理出来ていくことをネバギアは理解する。

そこからいくらか間を空けた後、ネバギアは再びエンリに尋ねる。

 

 

「君の名前はなんというんだ?」

 

「え? 私の名前、ですか?」

 

 

突然の脈絡のない質問内容の変化に、エンリは小さく狼狽える。

そんなエンリにネバギアは頷いて返した。

 

 

「ああ。妹の名前は何度か聞いたが、君の名前は聞いていないと思ってな」

 

 

ネバギアの言葉にエンリは思わず、確かにと納得した。

自分はネムの名を何度も呼んだが、妹は自分のことを「お姉ちゃん」と呼ぶばかりで名前では呼ばない。

それに気付いたエンリは今更ながら己の名を名乗る。

 

 

「エンリです。エンリ・エモット」

 

「エンリか。……感謝するぞ、エンリ」

 

 

その言葉に先程の寂しさはないことを理解して、エンリは微笑む。

 

 

「どういたしまして……とでも言えばいいんでしょうか」

 

「ふふっ。ああ、それでいいとも」

 

 

まさかの返しにネバギアは思わず笑みを漏らす。

自分の姉と恩人が楽しく話していると思ったネムは元気いっぱいに挙手をして自分も名乗ることにした。

 

 

「私はネム・エモットです!」

 

「自分から挨拶が出来ることは素晴らしいことだ。ネムは賢いな。それと、先程は心配してくれてどうもありがとう」

 

「どういたしまして!」

 

「……ふふっ、あははっ」

 

 

妹と恩人のやりとりが可笑しくて、エンリは堪らず笑う。

今この時は恐怖や困惑が完全に忘れられた気がした。

村に帰った時、どんな結果が待っているかは分からない。自分の想像を超える良い結果が、もしくは悪い結果が待っているかもしれない。

しかし、たとえどのような結果が待っていても生きようとは思う。

 

大切な恩人と、その恩人に伝えた己の言葉に恥じぬように。

 

そしてなにより、大事で愛しい妹の為に。

 

 

 

 

.




というわけで、モモンガ様はアインズと、ネバギアはアルゲースと名乗ることになりました。
会話と地文で名前が変わるので読みにくいかもしれませんが、あらかじめご了承くださいませ。
そして、死の騎士(デス・ナイト)は村人たちを守ることを優先したので騎士たちの被害は原作より控えめ。ただし、ベリュースはどう足掻いてもベリュース(ベリュースは必ず死ぬの意)。

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