Fate/Grand Order ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 今話も全然進まないゼ☆ しかも《ランサー》と《ライダー》の戦闘シーンはカットするという暴挙。

 だってメディア、小次郎、マシュ、《アーチャー》の4騎が居るのに、黒化英霊2騎じゃね。小次郎一人でも技術的に強いのにメディアの強化が加わったら苦戦なんてする筈がない。

 あと、再び注意をば。

 今話は『魔術回路』と『神秘的存在(エネミーなど)に対する干渉』にそれぞれ独自解釈が入ってます(主にキリトが素で倒せてた事とか)

 ――――つまりご都合主義なんだ(白目)

 それを覚悟の上で。

 文字数は約一万一千。

 ではどうぞ。




序章:5 ~回路~

 

 

 キリトと仮契約を結んだ事で戦線復帰を果たした《アーチャー》を含めた一同は、迫って来た泥のようなものを全身に被った薙刀使いの男《ランサー》と、その男の後から追ってやって来たバイザーを目元に巻いた長髪の女性《ライダー》との戦いを、呆気なく制した。

 《ランサー》を《アーチャー》が相手取り、小次郎はマシュと共に鎖の付いた釘のような短剣を使う《ライダー》を相手取る事になるが、相性が良すぎた。

 ――――ただし、相性が良いというのは実際に戦い始めてから分かった事である。

 交戦以前では相性が悪いとキリトには思えていた。

 アーチャーは基本的に距離を取って戦う事を最善とするクラス。故に基本は遠方から一方的に攻撃するのがセオリーである。

 しかしキリトが仮契約を結んだ《アーチャー》には適用されないセオリーだった。

 何故なら、《アーチャー》たる女性と仮契約を結んだキリトの目には、スキル欄の所に弓兵らしからぬマイナススキルが映っていたからだ。『《射撃》:E-』とあるそれは、ランクが低ければ低い程に的中率を下げるマイナス補正を与えるスキルで――――だからこそ、《アーチャー》が手に取る武器は刀剣なのだと理解する。

 女性はクラス的に己が不利な間合いで戦う事に対し、決して悲観も諦観もせず、ただ真剣な面持ちで居た。

 だからこそ小次郎達サーヴァントと、仮のマスターであるキリトは理解する。この弓兵は接近戦を可能とする力量があるのだと。

 更に、槍兵のサーヴァントは基本的に速さに秀でるという通説があるが、弓兵の敏捷性は薙刀使いを遥かに上回っていた。気付けば懐に潜り込まれる速さでは間合いの測り様も無い。

 槍とは基本的との間合いを中距離に保つ必要がある。穂先に刃があり、取り廻すにも懐に入られ過ぎてはマトモに武器を振るえないからだ。リーチがあるという利点は、時にあるからこそ攻撃出来ないという弱点にも転じる。

 《アーチャー》の速さは、正にその弱点を突くものだった。

 それでも、やや異質と言えどやはり《英霊》。薙刀使いの槍兵は潜り込まれてもすぐ反応するという一筋縄ではいかない力量を見せた。

 弓兵の速さと巧さに対し、薙刀使いの槍兵は己の経験を以て更なる抵抗を見せ――――る時は、しかし訪れずに終わる。

 何故なら、後から来た《ライダー》を相手にしているのは小次郎とマシュの二人であり、《ランサー》を《アーチャー》が相手しているのであれば、神代の魔術師メディアが未だ残っている計算だからだ。

 鎖と小剣を巧みに使い、立体機動や体術を駆使する《ライダー》の攻撃は苛烈を極めたが、しかしマシュの盾の前ではそよ風に等しく、また長刀使いの侍に至っては全て見切り、捌き、受け流す余裕を見せるほど。

 《ライダー》の筋力は平均的ではあるが決して低くもなかった。サーヴァントの平均は物理的に考えて超常のそれに匹敵する程であり、小剣や体術が盾にぶつかる度にコンクリートの大地には蜘蛛の巣上に罅が入り、衝撃波と爆風が発生した。

 《ライダー》と《ランサー》にとって不運だったのは、敵にメディアが回っていた事、そして数に劣っている事であろう。

 メディアの強化魔術で小次郎とマシュが強化されているが故に、《ライダー》は交戦開始から5秒と経たずに首を刎ねられ光に散った。

 それを見た《ランサー》は撤退を思考するが、己より敏捷が高い弓兵から逃れられる筈も無く、女性の二刀によってその場に釘付けにされる。それからメディアが雷を落として動きを止め、直後弓兵の女性が凄惨な笑みを浮かべながら槍兵の霊基――サーヴァントにとっての心臓――を貫き、破壊する。

 

 戦闘開始からおよそ10秒が経過した時には、オルガマリー達に最大級の緊張と警戒心を覚えさせた初のサーヴァント戦が終結してしまっていた。

 

「凄い……」

 

 戦闘全てを見た立香は、ただ一言、感嘆の声を洩らす。

 人理保障機関カルデアの局員にしてカルデア所属の最後のマスターとなっている立香は、生まれも育ちも特筆した点はあまりない平凡な日本人だった。そこそこ充実した学生生活を送り、大学に入学した年にバイトのチラシを見てそこに連絡した結果、偶然にもカルデアが求める人材だったというだけでマスターに選ばれ、特異点に居る。

 オルガマリーのような魔術師の家の子では無いし、マシュのような魔術を知る者でも無く、魔術関連の訓練も一切受けていない一般人。それが立香だ。

 現実に於いての本当の意味の『戦闘』など見た事がある筈もなく、己の眼前で起こった超常的な力のぶつかり合いは、まるでバトルアニメを見ているような心地になりそうだった。

 ――――しかし、立香は現実のものとしてそれらを見た。

 周囲にある炎に包まれた災害の光景が夢や幻などと思える筈も無い。

 自身を『先輩』と慕う少女の瀕死の姿を、そしてエネミーに殺されかかった時に颯爽と救い出してくれた新生した後輩を、立香は全て現実として認識していた。

 爆発し、炎に呑まれ、周囲が死屍累々と化したカルデアの施設の事も、立香はやや現実逃避をしつつも受け止めていた。

 故にこそ、立香が洩らした感嘆は決して呆気に取られて出たものでは無い。心の底から、サーヴァントとして契約に応えた者達を、特異点で出会った女性の弓兵を――――そして無垢な後輩の少女を称賛していた。

 称賛の声が端的だったのは、立香が覚えた感動その他諸々の感情を明確に言い表す程の語彙力が無かったから。

 本は読むが読書家とは言えない立香は、己の語学力を大学入試の入学希望理由を考えた時以来の悔しさを覚えていた。

 

「――――」

 

 対してキリトは、最早戦いとは言えないくらい一方的な結果を叩き出したサーヴァント達に、複雑な心境となっていた。

 自分達の味方をしてくれる存在が凄まじく強い存在である事には安堵を抱いているし、キリトも立香のように称賛を抱いていた。なまじ小次郎の在り様に強い憧憬と尊敬の念を持っているが故にその称賛の想いも非常に深い。

 しかし――――あるいは、だからこそ。

 キリトはサーヴァント達に、強い嫉妬を抱いた。

 既に生を終えた英雄が世界に召し上げられた存在こそが《英霊》であり、その『完成された姿』の一側面を切り取り、降霊させた存在がサーヴァント。人生全ての中から全盛期を呼び出しているのだ、未だ成長期を迎えていないキリトではどう足掻いたところで勝てる筈もない。

 《英霊》である者達に嫉妬を抱くには、自身は幼く、経験も浅い故に、キリト自身烏滸がましい事は百も承知だった。

 それでも抑え切れない嫉妬が胸中に湧き起こった。

 特にデミ・サーヴァントという存在の大盾の女性マシュに対する嫉妬をキリトは激しく持った。

 

 ――――キリトは身体能力を指す『能力』と、戦闘経験を指す『技術』の成長は、決して横並びのものではないと考えている。

 

 まず大前提としてキリトは幼い体である。十になったばかりの齢だ、肉体が頑強になる静長期を迎えていない以上『能力』が高まる筈もない。だが同年齢ほどの子供が武道を習っている事は現代でも普通の事。未成熟の身体能力ではあるが、しかし経験は積める。

 故に体が未成熟な間に、キリトは、現実あるいは仮想世界で己の『技術』を磨き上げる事を決断した。

 つまりキリトにとっては『技術』が先に高まり、後にそれに追いつくように『能力』が育ち、鍛練を続ける事で両者の均衡を保ち、最高のコンディションの形成に至るという流れが、イメージとして作られている。

 しかしデミ・サーヴァントたるマシュは違う。

 キリトはマシュの過去を知らない故に今のマシュでしか判断出来ない。恐らく幾らかの訓練は積んでいたのだとは予想しているが、しかし命を懸ける程の実戦経験はこの特異点が初めてだろうと、戦闘中にところどころ目に付く拙さから当たりを付けていた。

 つまりマシュは『能力』が高くて、それから『技術』を高めるという逆の順序なのである。

 しかも、マシュに霊基を託したという《英霊》の能力や技術、経験を、この特異点での戦闘を経て徐々に己のものへと還元している事から、『マニュアル』を見て己を高めているも同然とキリトには思えた。

 常に手探りで強くなる手段を模索し、装備を整え、常に命懸けで技術を高め続けて来たキリトにとっては、マシュの状態は嫉妬するものばかり。

 

 ――――とは言え、キリトは嫉妬こそ抱いても、『羨望』は抱いていない。

 

 キリトとて《英霊》をその身に宿して体に全く支障がないとは考えていない。生きる為もあって『力』を求めてはいるが、『力』を得る為に命を費やすつもりは、今のキリトには毛頭無かった。

 デスゲームで、浮遊城の秩序の為に全てを犠牲にする勢いで戦っていた頃なら、求める事高い可能性であり得ただろう。

 しかし今キリトが居る世界はデスゲームでは無いく、加えてまだ己を虐げる者達も、己が絶対守護を誓った人達も居ない。立香達は仲間ではあるが、しかし浮遊城で己を案じていた人々にはまだ比肩しない。

 元の世界に帰る事を決心し、その為にオルガマリー達の人理修復の任務に随行、助力する事を決心した以上、命を費やして得る力にわざわざ手を伸ばしたいとは思えなかった。

 故にキリトは決してマシュの境遇を『羨ましい』とは言わないし思いもしない。

 自身が知らないデミ・サーヴァントだからこその苦悩があるだろうと、キリトは己に埋め込まれたISコアの事から察していたのだ。

 ――――キリトの世界で流布しているマルチフォームスーツ《インフィニット・ストラトス》を動かす為の核《ISコア》は、エネルギーを生産すると同時に超高速演算を可能とする代物。人体に埋め込めばエネルギーで身体能力を強化し、超速演算で思考が早まり、またコアの機能である物質の量子変換を応用すれば欠損した人体部位の修復も可能という、恐るべき生体兵器を造れると理論上考えられていた。

 そんなモノ、当然人体には有害である。

 キリトは奇跡的に適合したので生き永らえているがそれでも体への負荷は絶大だった。他の被検者は誰もがISコアが生み出し、流すエネルギーに、あるいは脳がコアの演算に耐えられず、拒絶反応を起こし、死亡している。

 加えてオルガマリーの取り乱し様、デミ・サーヴァントについて尋ねた時の反応から、決して良い事ばかりではない話なのだとキリトも察している。

 サーヴァントを生身の人間に宿した話は、キリトからすればISコアを肉体に埋め込んだという話に等しかったのだ。

 だからこそ『羨ましい』とは思わない。スケールや種類は異なるが、しかし同種の経験をして苦しんだからこそ、キリトはデミ・サーヴァント関連の事ではマシュに羨望を抱かない事にしていた。

 それでも、己が強い憧憬を抱いた英雄達と共に戦える力を生きた人間でもあるマシュが手にし、共に戦っている姿には、嫉妬を覚えざるを得ない。

 『強さ』を追い求めているキリトにとって、『前線に立てない』事は屈辱まではいかないが激しい悔しさを覚えるもの。

 身の程を弁え、メディアによる強化魔術を受けてもサーヴァントと戦うつもりは毛頭ない。邪魔でしかないからだ。

 その事実は浮遊城で戦い抜いて来たキリトの自負を、自信を――――《キリト》としての根幹を、崩しに掛かっていた。サーヴァントは存在からして次元が違うと、人の身と比較する事すら烏滸がましいと受け容れているが故に折れはしないが、すぐに納得出来る筈も無かった。

 誰にも内心を悟られていない事は、喜ぶべきか、嘆くべきか。

 状況への不安、人理修復という大業、魔術、英霊、サーヴァントと、己の常識を完全に塗り替える事象の連続にある混乱、そして《剣士キリト》としての根幹を崩されている少年に、その答えは出せなかった。

 そんな複雑な/泣きそうな心境で、キリトは《アーチャー》やメディア達を無言で見詰め――――力無く倒れた。

 

「坊や!」

 

 唐突に倒れた少年にいち早く気付いたのは、サーヴァント同士の戦いに巻き込まれないよう下がっていたオルガマリー達を何時でも護れるよう、キャスターらしく後衛に居た神代の魔術師メディアだった。

 メディアは倒れ伏した幼いマスターの許へ転移魔術で距離を詰め、体を抱き上げる。

 軽く容態を確かめたメディアは、考えていた予測通りの結果に安堵とも呆れともつかぬ溜息を胸中で吐く。

 

「――――魔力切れね」

 

 『魔力』とは空気中に漂うものでもあり、同時に人間の体内で生み出され、体を循環している力でもある。

 コレが枯渇すると人間の体は酷く弱り、逆に濃すぎても体調を崩す。

 その辺りは人が食物から得る栄養素と同じようなものと言える。

 そしてキリトはこの『魔力』を限界まで切らしてしまっていた。

 

「え、もう? 何時かはすると思っていたけど流石に速過ぎない……?」

 

 現代では一流と言える魔術師の数倍、カルデアのサポートが僅かしかないながらメディアと《アーチャー》の現界、戦闘を可能とする魔力量を誇っているキリトが『魔力切れ』を起こした事に、オルガマリーは困惑を抱いた。

 それにメディアは、流石にそれに思い至らないのはどうなのか、と焦燥を抱きつつ呆れた。

 

「坊やが回路のオンオフを出来ていないからに決まっているでしょう」

 

 魔術師と一般人の区別する定義は、家系では無く、『魔術回路の有無』にある。

 『魔術回路』とは神経にも似た回路機構の事。魔術師は体内にある魔力を扱う為に、まずこの回路を築く事から始める。回路を有して漸く魔力を扱えるのだ。一度回路を作り、開いてしまえばあとのオンオフは比較的容易である。

 ちなみに、『築く』と言っても回路の有無や質は生まれた時点で決まっているため、正確には『魔力を通すパイプの元栓を造る』と言った方が良いかもしれない。

 サーヴァントを使役し、魔力を供給出来ている以上、『魔術回路』が存在する事は確かであり、回路が開通している事も判明している。

 しかしキリトはその鍛練と教育を受けていない故に、開き方は勿論閉じ方も知らない。

 つまり常に魔力を出す蛇口を全開にしていたのである。キリトが魔術を使う事無くエネミーを倒せていたのは、垂れ流した魔力が全身と剣を覆っていたからだったのだ。

 そして必要分以上の魔力を放出し続けていれば魔力切れを起こすは必定と言えた。

 

「坊やの回路を閉じるから時間を貰うわよ」

 

 そんな状態では遠からず魔力切れを起こす事は目に見えていたため、メディアも対抗策を講じていた。

 契約してから移動中の間に、メディアは密かにキリトの魔術回路を数割閉じていた。キリトはそれに気付かなかったが、神代の魔術師が本気を出せば人間相手に気付かれずに術を施すのは容易い事。

 『魔術回路』は巨大な一つのパイプでは無く、毛細血管の如く細いパイプが幾つもある。

 メディアはその数割を閉じる事で、総量として垂れ流される魔力を減らし、節約させていた。

 数割開いたままにしていたのは、キリトがある程度自衛出来るようにとの配慮だ。

 何故回路が既に作られていたか、何時開通したかメディアも分からないが、問題は、回路の覚醒を本人が自覚していなかった事。栓が開いている事に気付いていなければ閉じる事も出来はしない。やり方が分からないなら猶更だ。

 かと言ってやり方を教授するにも場所が悪く、時間も足りなかったため、勝手ながらメディアは回路を閉じたのである。召喚してからすぐでも分かるくらいの勢いで目減りしていたので一刻を争っていた。

 そうして適量分だけ魔力を放出するようにしていたのであるが、《アーチャー》すら一見でキリトの魔力量を見切れたのは、半分以下しか開いていない回路からでも膨大な量が放出されていたからである。

 キリト本人がエネミーに有効打を与えられて、且つ自身の現界、戦闘に必要な魔力量、自然に回復する量から勘案した結果がそれだった。キリトはオンオフが出来ないので、常に多少は開いていないとエネミーと戦えないのである。万が一を考えると全て閉じる事は出来なかった。

 ――――しかし《アーチャー》との仮契約が誘因となり、閉じていた回路が再び纏めて開いてしまう。

 オルガマリー達はサーヴァントを前にしてそこまで注意を向けられず気付かなかったが、サーヴァント達は気付いていた。小次郎は、少年から受ける圧が強まったな、と思う程度であったが。

 

「えっと……ごめんね、どうも私が原因みたい……」

 

 仮契約を結んだ途端放出される魔力量が膨大になり、一瞬で枯渇しかけていた魔力が充溢された《アーチャー》は、仮マスターの状態を知って漸くその異常事態に気が付く。

 流石にバツが悪くなり、手を合わせて少年に謝った。

 

「あら、別に貴女が謝る必要は無いんじゃないかしら」

「え?」

 

 しかしその謝罪は、サーヴァント二騎の現界、戦闘をこなせるだけの分を供給出来る程度に魔術回路を調整したメディアにより、妨げられる。

 

「貴女は知らないけど、坊やの事情を考えると回路のオンオフが出来ていないのは仕方ないし、貴女だってそれを知らなかったんでしょう?

「え、ええ……」

「なら、ただ『間が悪かった』だけよ」

 

 調整を終えたメディアは、フードの奥で笑みを浮かべながら言った。

 それに《アーチャー》は呆気に取られ、目を見開き――――

 

「ふ、ふふ……!」

 

 堪え切れないとばかりに腹を抱えて、笑い始めた。

 

「なるほど、『間が悪かった』ね! ああ、確かにそうかもしれないわ!」

 

 そう快活に笑う《アーチャー》は、唖然とする立香達の視線を受けつつ、でも、と言葉を区切った。

 

「私が罪悪感を覚える事に変わりは無いからねー……そうねぇ、仮のマスターは魔術師としてへっぽこみたいだし……」

 

 意識はあるがやや苦しげな少年を見ながら腕を組んで考え込む《アーチャー》は、唐突にニコリとまた笑んで、オルガマリーへと顔を向けた。

 先ほど悪寒を覚えた事もあって苦手意識が芽生えたオルガマリーは、《アーチャー》に笑顔で見られた事でまた肩を震わせ、一歩下がる。

 

「ね、あなたがこの一団のリーダーよね? お名前は?」

「……人理保障機関カルデア所長、オルガマリー・アニムスフィアです」

「あはは、警戒しなくても大丈夫よ。私、無理矢理は好きじゃないから――――ね、オルガマリー。取引しましょう」

「――――取引?」

 

 また悪寒のする目を向けられるかと思っている最中に出て来た単語に、一組織のリーダーを務める女性の意識が切り替わる。

 その真剣な顔を見て、《アーチャー》は強気な笑みでありながら相手を威圧するかのような真剣みを帯びた表情を浮かべた。

 

「貴女達ってこの異常な冬木の解決に動いてるんでしょ?」

「知っているのですか」

「ちょっと訳ありでねー。私にとっても此処って結構因縁があって、おかしいとは分かってたのよ……――――私が貴女達に求めるのは、この異常な冬木の聖杯戦争の終結の為の助力。代わりに私はあの仮マスターに魔術師として指導を、そして貴女達の目的に協力するわ。多分利害は一致してるけど、どう?」

「……」

 

 オルガマリーは《アーチャー》の提案を受け、口元に手を当てて思案する。

 2004年の冬木が特異点と知った時から、オルガマリーは《聖杯戦争》が原因なのではと予想はしていた。サーヴァントの強大さを考えると外れて欲しくはあったが。

 《聖杯戦争》とは、万能の願望器《聖杯》を求めて七人の魔術師が七騎のサーヴァントを召喚し、殺し合う魔術儀式。《聖杯》によって願いを持つ者の中から選ばれ《令呪》を与えられ、サーヴァントを召喚するサポートをされ、戦いの果てに勝ち残った者に《聖杯》が与えられるというのが大まかな流れだ。

 オルガマリーが調べた限り、カルデアがある時代の2016年から12年前に、冬木にて初となる《聖杯戦争》が開かれていたという。丁度その年代と合致していたため《聖杯戦争》が鍵であると予想していた。事実明らかに普通ではない状態の《ランサー》と《ライダー》を見たのでまず間違いないと確信も抱いている。

 そんな中現れた冬木で召喚されたであろう《アーチャー》は、この異常な《聖杯戦争》を終わらせたい。

 歴史的に見てこの大火災は起こっていないので、その異常な部分が特異点修復の鍵となるのは明白。その為にも襲い来る現地サーヴァントを撃退しつつ、原因を探らなければならない。

 ――――人理とは、小さな変化は許容するが、大き過ぎる変化は異常として受け容れ切れない側面がある。

 並行世界とは、その『小さな変化』を許容しつつ成立している人理の事。

 『大き過ぎる変化』は、過去に関してで言えばこの特異点と成る。

 街一つが滅びているのは確かに異常と言えるが、それが人理に影響を与える程かと考えれば微妙と言わざるを得ない。

 しかし冬木には《聖杯戦争》という魔術儀式があった。

 ひょっとしたら『冬木が滅びた』点に於ける分岐では無く、『《聖杯戦争》に異常が起きた』事こそが特異点の発生なのではないかと、オルガマリーは考察していた。その異常こそが冬木崩壊に繋がっていると結論付けたのだ。

 《聖杯戦争》が苛烈を極めて崩壊したならまだしも、《聖杯》に異常を来し、そのせいで崩壊したとなれば特異点発生も頷けると。

 『《聖杯》が原因である』という推測の正確性は先のサーヴァント二騎が裏付けている。“何かが狂った”のであればおかしくなっていても、マスターが居ないサーヴァントが居てもおかしくない。

 《聖杯》に原因があるかどうかは、冬木に召喚された七騎の内、六騎を倒さなければならないだろう。それを考えれば利害は一致していると言える。

 

「――――」

 

 オルガマリーは、続けて魔力切れで息も絶え絶えな少年マスターを横目で見た。

 自身が生きる時代より未来の並行世界出身で、デスゲームに居たのに特異点へと流れ着いたという少年は、確かに魔術師としてはへっぽこだ。いや、基礎も何もない時点で、そもへっぽこ以前の問題である。事情としては仕方ないが。

 そして目の前にいる《サーヴァント》は《アーチャー》クラスである筈だが、虚空から剣を取り出した事は武器の霊子化があるのでともかく、口ぶりから察するに魔術師でもある事は分かる。

 拠点を見繕った後は折を見て魔術師として、マスターとして教える事を教えようと考えていたが、魔力切れの速度とキャスター・メディアの対応、回路のオンオフが出来ない辺り、あまり手間を掛けているとメディアと《アーチャー》が戦えなくなる。

 それは流石にマズい。

 残るサーヴァントは《セイバー》、《キャスター》、《アサシン》、《バーサーカー》の四騎。こちらもそれなりの戦力とは言え、メディアによる強化魔術があったからこそというのは否めない。彼女の支援を受けられなくなり、《アーチャー》も戦えなくなっては、マシュと小次郎しか戦えなくなってしまう。それもこちらは動けないキリトを守らなければならないのだ、まずジリ貧で押し負ける。

 ――――だが、神代の魔術師メディアと、何時かは不明だが生前魔術師だったらしい《アーチャー》、そして現在の魔術師である自分が集中的に教授すれば、キリトも辛うじて何とかなる可能性は有る。何かしらの魔術習得や発明と違い、回路構築は子供出来るほど難解では無いのだ。

 問題は本人の素養、呑み込みに関してだが、オルガマリーはそこについてあまり心配していない。齢十歳なのに一人で戦い抜いて来たのだ。それなりの学習能力はあると踏んでいた。

 以上の事から、《アーチャー》の取り引きはむしろ受けた方が良いだろうと、オルガマリーは結論付けた。

 

「分かりました。こちらからもお願いします」

 

 その提案を受ける旨を、オルガマリーは伝えた。

 色好し返事に気を良くした《アーチャー》は、威圧感のあった真剣な表情を改め、快活な笑みを――――

 

 

 

「――――楽しそうな話してんじゃねぇか。オレも混ぜてくれよ」

 

 

 

 ――――浮かべようとした瞬間耳朶を打った男の声に、《アーチャー》たる女性は顔を顰める。

 

「え、何処から……?!」

「あそこの瓦礫の上です、先輩ッ!」

 

 所長と《アーチャー》のやり取りを固唾を飲んで見守っていた最中聞こえた声に、立香は慌てる。マシュは立香のサーヴァントとしての意識からすぐさま位置を特定し、注意を促した。

 マシュが指差した瓦礫の上には、一人の男が立っていた。

 髪の色は蒼く、結った房を肩に垂らしている男は、活力に満ちていると同時青年には無い老練さも感じさせる雰囲気を纏っている。全体的に水色のローブを纏い、ところどころを最低限の革防具で守り、何より男の背丈よりも長く先端が分厚い木の杖が特徴的だった。

 そのどこか神秘的にも映る装いから、サーヴァントであると判断した面々は緊張の糸を張った。

 先ほど撃破した二騎と異なり黒い靄に包まれてはいないが、それで味方と判断するには些か情報が足りなさ過ぎたのである。

 

「はぁ……《キャスター》、盗み聞きは感心しないわよ。大体何時から居たの」

「割と前から居たぜ? それに此処に来たら聴こえちまったんだから仕方ねぇだろ」

 

 どこかイヤそうな顔で《アーチャー》が言い、どこか楽しそうに口の端を釣り上げながら応じる冬木の《キャスター》。

 瓦礫から飛び降りて近付いて来る男に立香やマシュは警戒するが、しかし《アーチャー》が警戒しない事からどうするべきか判断に迷っていた。

 

「あら、誰かと思えば貴方だったのね。魔術師の恰好だなんて似合わないわよ?」

「此度は槍兵ではないのだな、蒼き槍兵よ」

 

 その男を見たメディアと小次郎は、記憶にある蒼き槍兵との恰好の違いからそれぞれ別の所感を抱いていた。

 その言葉を聞いて《キャスター》は首を傾げる。

 

「あ? ……あー、その口振りから察するに、別の《聖杯戦争》でランサーの『オレ』と会ってるのか。悪ぃけど『オレ』は覚えてねぇわ」

「そ」

 

 《キャスター》はルーン魔術の使い手としての側面で呼ばれているが、知名度で言えばむしろ槍の使い手《ランサー》として呼ばれる事の方が多い。何せ本人が槍を好んでいる事、また《聖杯戦争》に応じる理由が『強いヤツと戦う事』だからだ。

 なので別の《聖杯戦争》であればランサーの自身と戦っていてもおかしくはない。

 気になった事は、サーヴァントの記憶は《座》の英霊本体に記録として集積され、再度召喚される時は引き継がれない事なのだが、目の前にいる侍と魔女は引き継いでいる事だった。

 ただまぁ、そういう例外もあるんだろうと《キャスター》は勝手に納得する。

 サーヴァントである自身も記憶を引き継ぐくらいとある男を覚えているのだ。《ランサー》の自分がそれだけ強く印象に残っているという事なのだろうと思考を纏め、疑問を発する事は無かった。

 

「ランサーの……?」

「複数のクラス適正を持つ方も居るんですよ、先輩。この方は魔術師の側面も持つ高レベルの英霊という事です……多分、トップサーヴァントなのでしょう」

「ま、そういうこった。これで一つ賢くなったな坊主」

 

 クラスが何か分からない盾を持つ少女の解説に軽く応じた後、《キャスター》はオルガマリーと相対した。

 

「さて、さっき《アーチャー》がしてた話、オレも混ぜてもらいたいんだが良いか? オレと《アーチャー》の目的は同じみたいだからな。戦力は多い方が良いだろ」

「えっと……つまり、貴方もこの《聖杯戦争》を終わらせたいと……?」

「応。まぁ、仮契約してもらわないと戦えないんだが――――」

 

 そう言って、冬木の《キャスター》は緊張に身を固める立香と、倒れ伏しメディアに介抱されているキリトを見た。

 

「結ぶにしても選択肢はそこの坊主しか無いな。アンタはマスター適正無いみてぇだし……いや、ホント珍しいな。魔力の質も量も上等なのにマスター適正だけ無いとか何かの呪いか?」

「人が気にしてる事を言わないでくれる?!」

「お、おおっ、そうか、そりゃ悪かった。そんで残る一人は魔力切れを起こしてると……てか前見た時はかなりの量だったのに、何でこんな早くに底を尽いてんだよ」

「その口振り……前、どこかから見て……?」

「ああ。坊主が一人で雑魚を斬ってる時にな」

 

 以前見た時から魔力の膨大さを知っている《キャスター》は、キリトの魔力切れが早過ぎる事に疑問を抱く。

 

「坊やは魔術回路のオンオフが出来ないから、《アーチャー》との仮契約の時に私が閉じた分が纏めて開いたのよ。それなりに消耗していたから一気に枯渇したというわけ」

「……あー、なるほど。つまり《セイバー》の《魔力放出》みたいに、垂れ流してた魔力が剣に纏わりついてたと。エネミーを素で倒せてた理由はそれか……むしろよくここまでガス欠にならなかったな……」

「ぐぅ……」

 

 やや呆れた面持ちの《キャスター》の言葉に、己の未熟さを現在進行形で味わっているキリトは呻く。反論出来ないので押し黙るしか無かった。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 キャスニキの格好いい場面はアチャ子に喰われたんだ、仕方ないネ(笑)

 ちなみに同人でのアチャ子はランサーに好意を向けられていたりする。初対面で一目惚れして『君のハートにゲイ・ボルク』とか何とか。あまりのしつこさにキレたアチャ子が『処女神の第二原罪』を投げて、ダメージ0という事に打ちひしがれていた。デートに誘ってたとか何とか。

 特異点Fのクーニキはキャスニキだけど、大体同じ感じという構想ダヨ。

 次に魔術回路について。

 コレ、Fate/の原点たる衛宮君が『毎回魔術行使時に作り直す』っていう鍛練してたけど、凛は『一度作ったらオンオフの切り替えだけで良い』って言ってて、何やら本数が決まってるってあったので、私は『回路を築くのは魔力を流す元栓を造る事に等しい』と解釈しております。

 でないと本数が決まってるのがちょっとおかしい。築けるなら幾らでも作れる事になるのだから。

 その魔術回路は、サーヴァント召喚&契約時に開く必要があるけど、一度パスを繋げた後は、契約者の回路は閉じていてもパスで勝手に流れるから無問題としております。

 で、キリトの魔力切れは、第一話からやってる『生身でエネミー討伐』の為に『魔力を全身に纏うほど垂れ流す』事が原因。メディアさんが閉じたけど、《アーチャー》との仮契約でまた開いたから尽きちゃったよと。

 限度がある容量なのに全力で流してたらそりゃ尽きもする。

 キリトが成長するには一回痛い目見ないとですからね(黒笑)

 ……というか、本作みたいなオリ主物や原作の主人公達が魔力切れで苦しんでるのって、あんまり見ないんですよね。だからさせたかったというのもある。

 ――――メディアさんがかなり世話焼きになってるのは、『純粋な憧憬・尊敬には多分弱いんじゃないかなぁ』って個人的に思ってるから。

 メディアさん、多分大人には厳しいけど、子供には結構甘くて世話焼きな部分があると思うの。異論は認める(でも本作はこのスタンスで往く)

 では、次話にてお会いしましょう。


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