Fate/Grand Order ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは、お久しぶりです、黒ヶ谷です。
やっぱり自分、小説(ラノベ限定)を読んだり書いたりするとストレスが解消される……----という訳で、未だ実習期間ではあるものの毎日ちょっとずつ書いて完成した今話を投稿した次第。
日を跨いで何日もかけて書いてるので、テンションにやや差があるのは否めない。
ついでにこれまでに較べるとやや雑(その分展開は進む)
文字数は約一万六千。
視点は第三者視点。ちょこちょこと、キャラの心情、特定のキャラの立場を踏まえた解説を地の分で(くどいくらい)しています。
ではどうぞ。
――――ぱきん、と儚い音が上がる。
「……キリト、今はいい加減諦めた方が良いわよ。一朝一夕でそれを物にするなんて流石に無理があるわ」
「ぬー……!」
監督のオルガマリーの言葉に、やや膨れっ面で目の前の物体を睨むキリト。
キリトの前にあるテーブルの上には、ガラスコップ――――が砕け散り、粉々の破片となった残骸がある。少し横を見れば幾つもの同じような残骸が散らばっていた。
魔術回路の開閉を二割単位で制御出来るようになってから早小一時間が経過する現在、キリトはオルガマリーの指導の元、《強化》の魔術の鍛練に勤しんでいた。キリトのスタイルを考えると自分の身体強化を優先した方が効率が良いからである。
とは言え、オルガマリーは《強化》を教授すると言っても、それをマスターしてもらうつもりは無かった。より正確に言うなら、マスターするなど不可能と考えていた。
何故なら、魔術は料理と同じで、果てが無いからである。《強化》も強化の成功率を高めたり、度合いを高める事は出来るが、それをどれだけ鍛えたところで100%に達する事は無い。失敗する時はするし、強化度合だって低い時は低くなる。
それらは全て、長い経験と練習を通して高めるもの。
どれだけセンスがある天才だろうが、短時間で物に出来るほど簡単なものでは無いのだ。むしろ基礎で誰にでも出来るものだからこそ奥が深いとすら言える。
そんな魔術を、魔力の扱いについて習い始めたばかりの新米魔術師が極められる筈もない。しかも初めて使い始めた魔術をたった小一時間でマスターなど土台不可能なのだ。
あまり拘り過ぎるのも問題なのでそろそろ切り上げた方が良いとオルガマリーは判断していたが、やや意固地になったキリトは、武家屋敷の一角に積み上げられていた無数のガラスコップを全て消化する勢いで練習を続行している。まだ一度も成功させられていない事が響いているらしかった。
――――正直なところ、キリトの戦闘能力の一端を昨夜の奇襲で知ったオルガマリーは、《強化》の魔術が必須とは思っていない。
あれば便利だろう。生存率も上がると思う。
しかしデスゲームだった仮想世界での能力も引き継いでいて、並の人間を遥かに超える身体能力を有するキリトが《強化》の魔術を使ったところで、どこまでの効果があるかは不明だ。
《強化》の魔術の使い道は大きく分ければ二つある。有機物と無機物への使用、すなわち肉体に干渉した身体強化と、武具などに干渉した硬さや鋭さの強化である。
この内、キリトの身体能力は既に最高峰にあると見て良い。サーヴァントには至らないが、しかし人間の枠で考えればこの上ない域にあると。
武器に関しては未だ未知数なところがある。何しろ仮想世界とやらから持ち出された代物だ、構成物質がどういうものかすら不明である。
一応武器の損壊に関しては対策が打たれている。
その証拠に――――と、オルガマリーはキリトの傍らに置かれた剣へ視線を向ける。
漆黒の革鞘に納められた黒塗りの直剣。
少年曰く【エリュシデータ】と言う銘を持つ剣の鍔には、現在冬木の《聖杯戦争》で召喚された《冬木のキャスター》により硬化のルーン魔術を刻まれている。余程の事が無い限りサーヴァントの攻撃にも耐え得る強度を誇るようになったのだ。これは一度消し、呼び戻しても維持されていたので、キリトがメインに使う武具の殆どに硬化のルーンが刻まれる事になった。
刻まなければならないルーンの量に暫くボヤいていたが、それはともかく。
これの影響で、キリトの武器は魔力を通していなくとも神秘を纏った事になるので、サーヴァントやエネミー等に多少攻撃が通用する事になる。しかも神代に生きた英霊のルーンだ、神秘としては一部であっても破格である。
つまりキリトは魔術回路全開で垂れ流された魔力を纏わせるゴリ押しをする必要が無いし、無理して《強化》の魔術を修得し武器に施す必要も無い。むしろ付け焼刃が一番怖いのだから、時間を掛けて習得した方が良いと考えていた。
しかしキリトとしては一度でも成功させたいのか、オルガマリーの制止の言葉を聞かず、テーブルに置いてあるコップを全て消費する勢いで鍛錬を続けている。
その執念は未だ実を結んでいないが。
オルガマリーの窘める言葉を掛けられた後も、キリトは強化の魔術の鍛錬を続行した。しかし魔術に触れて然程経っていない身で成功にこぎつけるのは些か無理があり、キリトは用意されたガラスコップを全て消費してしまった。
「ぐぅ……これで、打ち止めか」
流石にモノが無ければ鍛練は出来ない。
強化の魔術はその性質上、己の肉体を強化する方が遥かに容易だ。全身に走る魔術回路に沿えば体を壊す事無く強化出来る確率が高いためである。とは言え無機物有機物関わらず、まず構成を把握し、崩壊しないよう魔力を通し、魔術を発動させる繊細さを初心者が行える筈も無い。
それ故、オルガマリーにはこうなる事が予測出来ていた。
「まさか一度に全部消費し切るなんてね……」
予想外だったのはキリトの執念か。一度の鍛錬で消費し切れない量を用意していたのだが、集中力も魔力量も消費量も全てがオルガマリーの想定を上回っていた。
悪く言えばそれだけ失敗続きだったという事だが、とオルガマリーは部屋の時計に視線を向ける。
時刻は午前十時。
今日の午前中は戦闘に慣れていないマシュを鍛える為に時間を設けられており、多少の休憩を取った後、この特異点探索に乗り出す事にしている。午後に出るか、明日に出るかはマシュの鍛錬の結果次第となっていた。
マシュが鍛練を受けている理由としては、宝具を使えないという致命的な欠点を補う為。
宝具とは、《英霊》にとってルーツの一つ。それを使う際には宝具の名前を明かす必要があり、それが必然的にサーヴァントの真名を特定する諸刃の剣となる。聖剣という二つ名を付けられたものの担い手は数多く居るが、エクスカリバーという特定の呼称が出れば、それを持つ者がアーサー王であると分かるように。
すなわち宝具とは《英霊》にとって存在の証とも言える。英霊が宝具を持っているとも言えるし、宝具があるから英霊として在るとも言える。
マシュは《デミ・サーヴァント》故、正規の英霊では無いにせよ、サーヴァントとしての力は確かに継承している。つまり宝具を使えない訳が無いのだ。
マシュが宝具を使えない状態に陥っているのは、己に力を継承させたサーヴァントの真名、能力について知らない事もある――――が、それだけでは無い。《冬木のキャスター》によれば『吹っ切れていない状態』だかららしい。コレと決めたものが無いから使えない、栓が閉じた状態、それが今のマシュだという。
それをどうにかするため午前中は鍛練に時間を割いた。
キリトの鍛錬はおまけ程度の認識でしかない。たった数時間で実用レベルまで魔術を習得出来ると誰も考えていないからだ、むしろ付け焼刃こそが恐ろしいと考えている。
故に本命はマシュの方。マシュが宝具を扱えるまで、それがキリトの鍛練に割ける刻限だった。無論この事は全員が周知している事実。
だが、些かその判断は誤りだったかもしれない、とオルガマリーは思った。
この鍛錬の間、キリトの表情から焦燥が消えた時は無かった。《キャスター》二人の補助無しでマトモに交戦出来ない事を重く捉え過ぎている。実際のところエネミーを相手取れるだけでも相当なもの、と言うより《冬木のアーチャー》曰く《アサシン》らしい昨夜の襲撃者を単独で退けただけでも異常な戦果なのだが、魔術師の基本を知らない少年からすればよく分からない感覚だろう。
だからと言ってキリトの鍛練に時間を割き過ぎてもいけない。特異点修復の仕事があるし、《冬木のアサシン》はこちらの居場所を特定し、剰え夜襲まで仕掛けて来たのだ。暗殺者のサーヴァントが敵に回っている以上あまり時間を掛けられないのが全員の見解だった。
尚、小次郎もクラスとしては《アサシン》だが、その戦闘方法から《セイバー》とほぼ同一視されているため、対暗殺者の役割には振られていない。むしろオルガマリー達のメンバーで最も暗殺者染みているのはキリトである。
念のため部屋の中にはメディアと《冬木のアーチャー》も居るので、万が一再び襲撃してきても問題は無い。昨夜の事態からオルガマリー含めた三人で全力の結界を貼っている為だ。とは言え、それでもサーヴァント相手にはあまりに心許無いため、長居は出来ない事に変わりない。
「あはは……まぁ、最初はこんなものよ。少しずつ精度を上げていけば良いから気にし過ぎちゃダメよ?」
《アーチャー》が苦笑しながら、憮然としている少年の肩を叩く。
「強化の魔術は、まず対象の構成材質、基本骨子の分析、解明をしないといけないけど、それが凄く難しい……というか、手間でね。ぶっちゃけ身体強化以外に使う事なんて殆ど無いのよねぇ。武器を確実に強化させる精度を求めるくらいなら、自分の得意な属性魔術を突き詰めていったり、魔術礼装を用意した方がマシだし」
「そうね。《アーチャー》の言う通り、実際強化の魔術は身体強化以外で使われる事はあまり無いわ。そもそも神秘しか通用しないサーヴァントを相手にする機会なんて普通無い訳だし。それを前提に鍛練する方があり得ない事よ?」
《アーチャー》の言葉に、メディアが続く。
実際二人の言う通りだ。そもそもからして英霊召喚という儀式自体が奇跡と呼んでよく、それが行われるのも《聖杯戦争》という例外に於いてのみ。サーヴァントには神秘を込めた攻撃しか効かないが、それを前提とした鍛練など普通は誰もしない。
確かに魔術でなければ効果が薄い手合いはいる。だがそれらを倒すにあたって、別に魔術を極める必要は無い。ましてや強化魔術なんてその筆頭。身体能力を確実に強化し、それを維持出来るようになれば、それ以上求めようとはしないのが普通。それ以上を求めるくらいならメディアが言ったように魔術礼装を強化する方がよっぽど効率的なのである。そもそも魔術師は真っ向勝負を挑むようなものでは無い。
《冬木のキャスター》は例外だが、基本的に魔術師と言われる者は己の拠点を《工房》という名の魔術的要塞とし、そこに篭もり、己の得意とする魔術を以て手札を増やす戦術を基本とする。だから接近戦は基本的に不得手な事が多い。
稀に例外も居るには居るが、それも大概は礼装を用いて接近戦をこなせるというだけで、本職では無い。礼装無し、己の身と魔術だけで接近戦をするとなれば大概は木偶の坊と化す。相手が神秘しか通用しないエネミー、ましてやサーヴァントともなれば尚の事。
自陣営にサーヴァントが居ないのであればまだしも、居るのだから、無理にマスターであるキリトが強くなる必要は無い。最低限身を守り、時間を稼げる、それだけですらサーヴァントを相手にするのなら大金星と言える。
その観点から言えば、キリトは既にそれを満たしている。
サーヴァントに有効打を与えるには、神秘を込めた攻撃でなければならない。武器を打ち合うとなれば相手の武器に込められた神秘に相当するものでないと己の武器が壊れくらい、その法則は厳然たるものとして存在する。
――――だが、それはあくまで『有効打を与える事』を前提にした場合。
時間を稼ぐだけなら、キリトがしたように水で吹っ飛ばしたり、進行方向に障害物を発生させたりなど、やれる事は幾らでもある。サーヴァントと言えど物理法則には逆らえないからだ。物理法則を無視出来るのは神代までである。
勿論閉じ込める事は出来ない。仮令檻の中に入れようが、相手は英霊。霊体化すれば物理的な障害などすり抜けられる。故に逃れる事は出来ない。
だが、攻撃をする時は霊体化を解く必要がある。その瞬間さえ逃さなければ時間稼ぎだけは出来なくもない。そして時間を稼げれば、味方のサーヴァントが駆け付けるのも不可能ではない。
無論歴戦の英雄相手にそれが出来れば苦労はしない。実際それが通用する事も少ないだろう。魔術師がそれをするには詠唱などでどうしても行動がワンテンポ遅れる。その一瞬すら、サーヴァントにとっては十分過ぎる隙である。現に小次郎であれば刹那の時ですら距離を詰め、刃を振るう事を可能とする。
しかし、キリトはそれを既に実績として残した。過信は禁物だが、サーヴァント相手に持ち堪える能力はある事が判明した以上、現状無理に強化させる必要性も無い訳では無いが、サーヴァントが味方に複数居るのだから低いと言える。
だからオルガマリー達も無理にさせるつもりは無かった。
それよりもマシュが宝具を使えない事の方が状況を切迫させている。
オルガマリー達が擁するマスターは現状二人。キリトはある程度自衛が出来るため、その分サーヴァントは迎撃に回せる。
しかし藤丸立香はそうでは無い。彼はオルガマリーの教授によってカルデアの制服に仕込まれた魔術の起動は出来るようになったが、エネミー相手にすら無力な存在だ、契約したサーヴァントに守ってもらわなければアッサリと命を落とす。
そんな少年の守りとなるのはマシュだ。クラス《シールダー》の少女は盾を主武装とするが故に攻撃は不得手。しかしその武装から、誰よりも守護に特化している。であればマシュを防御の起点とし、小次郎と《冬木のキャスター》を攻撃に回すのがこの特異点Fに於けるセオリーとなる。
仮に小次郎と《冬木のキャスター》どちらかが守護に回らなければならなくなれば、それは立香側の威力不足へと繋がる。結果的にキリトが契約したサーヴァントに負担が掛かり、消費する魔力も増大する。ジリ貧になる訳だ。
それを防ぐにはマシュの強化が必須。だからこそ、長居出来ないと見解が一致しているのに、わざわざ鍛練に時間を割いていた。
キリトの鍛練は本当についで。出来れば生存率が上がるが、出来なくてもそれはそれでやりようがある、という認識。
オルガマリーの頭に、この特異点で全滅する事など鼻からない。これ以降もキリトが鍛練に時間を費やせる事を前提としている思考は、逆説的に彼の聖剣の担い手にすら勝利する覚悟を持っている事を表していた。
「――――所長! 偽装登録ですが、宝具を使えるようになりました!」
そこに駆け込む紫の少女。ボディアーマーを纏い、十字の大盾を携えし《シールダー》は、喜色を余さず発していた。
掛かった時間にすればおよそ二時間。
その間ずっと鍛練を続けていたのだろう。少女の顔には疲労があり、体はところどころ煤と埃で汚れている。
しかし翳りなど無い程に、少女の顔は輝いていた。
その様子にオルガマリーは安堵の息を吐く。宝具が使えないと告白した時、彼女の顔は焦燥と疲弊、悔悟に満ちていたが、今はそんな様子など欠片も無い。
「もう終わったのね。お疲れ様、マシュ」
偽装登録、という部分に内心首を傾げたが、一先ず労いの言葉を掛ける。それに少女は嬉しそうにはい、と返事を返した。
発現した仮想宝具について知るにあたり、鍛練の詳細を聞き、《冬木のキャスター》の荒療治――体力の限界までエネミーを相手にした後、《冬木のキャスター》自身が立香を殺す気でマシュと戦い、覚醒させた――に引くなどはあったが、マシュの《シールダー》としての能力については把握出来た。
正式な宝具ではないため未だ無名のそれに、オルガマリーは名を付ける。
マシュが発現した仮想宝具、その名は【
名前から分かる通り、人理修復の責務を意識したその名称。
小心者で、責任に押し潰されそうで取り乱す事が多い女性は、しかしそれでも一組織を纏める者故に、その責任を全うする事を投げ捨ててはいない。
それはアニムスフィア家の誇り。現当主として、《フィニス・カルデア》の所長として、人理修復の大業を掲げた者として、関わった者を纏め率いる責務を自覚しているからこその、女性にある《善性》の発露だった。
*
マシュが仮とは言え宝具展開を可能とした事でキリトの鍛練は切り上げられた。
一同は早い昼食を摂り、特異点Fの原因と考えられる円蔵山へと歩を進める。
先頭を進むは小次郎と《冬木のアーチャー》の前衛二人。その後ろをキリトとマシュが並び、立香、オルガマリー、メディア、《冬木のキャスター》と続く。
道中のエネミーは前衛二人とキリトが殆ど対処している。
マシュは立香、オルガマリーの二名の守護を重視していた。戦闘経験が多くない故にどうしても連携が難しい場面があるから――――だけでなく、《冬木のアーチャー》より齎された《アサシン》の情報を警戒しての事だった。
曰く、《アサシン》は弓も使える。と言うより、《冬木のアーチャー》に出来る事は殆どあちらも出来るとまで言った。元来、《聖杯戦争》に於いて《アーチャー》クラスで召喚されるのは、あちらが普通だと。
今回あちらが《アサシン》で召喚されたのはイレギュラーな事態に該当するという。
それはともかく、問題は《アサシン》の弓の腕。紆余曲折あって幾度となく刃を交えた事がある《冬木のアーチャー》は、あの男は意図的に外そうとしない限り必ず中てる、と射撃の腕を評した。
それすなわち、必中。何も対策をしなければ遠距離から射られて終わり。
幸い、両者が弓を使う際には嫌でも魔力を使わざるを得ないので、それで前兆を察知出来る。止められはしないが気付く事は可能だという。
だからこそ、マシュの防御は要と認識されていた。
――――その警戒に反し、一向はエネミー達の妨害を受けるだけで、円蔵山の麓に辿り着いたが。
「……妙だな」
道中《アサシン》から何も妨害を受けなかった事を訝しむ《冬木のキャスター》。
何の因果か、《冬木のキャスター》、もといアイルランドの光の御子クー・フーリンは様々な《聖杯戦争》に召喚されているが、その度に《アサシン》/《アーチャー》とは顔を合わせ、刃を交えている。
仲が良いわけでは決してない。殺し合いとなれば情けなど掛けないのがクー・フーリンのスタイルだ、相手もそれは同じ事。
それでも、あるいは幾度も刃を交えた間柄だからこそ、クー・フーリンは違和感を覚えた。
「キャスターさん、何が妙なんですか?」
「あの野郎が何の妨害もして来ねェなんておかし過ぎる。アイツは《セイバー》の信奉者、敵対する奴には容赦しねェ。基本ここに陣取ってるからな」
「それは近付いてくる敵を散らしているって事かしら?」
問い掛ける《アーチャー》に、《キャスター》がおう、と首肯する。
「近付こうモンならすぐさま矢が飛んでくるくらいには信奉者やってたぜ」
「――――別段信奉者をやっている訳ではないのだがね」
「「「「「ッ……!」」」」」
円蔵山の麓から柳洞寺へと続く石段を上る最中に上がった声。それはオルガマリー達一行のものではなかった。
聞こえて来たのは上。すなわち石段を上った先。
目を向ければ、数十段ごとに設けられている踊り場に、一人の男が立っていた。黒いボディアーマーの上から同色の外套を羽織り、はためかせる白髪の男。黒い靄に覆われているが、先に遭遇した《ランサー》達に較べると軽めで理性的な印象を与えた。
オルガマリー、立香、マシュの三人は始めて見るが、キリトとサーヴァントの面々は見知っているが故に臨戦態勢を取った。
「そんな、こんなに近付かれていたのに、気付けなかったなんて……!」
「《アサシン》のクラススキル、《気配遮断》ね。元が《アーチャー》クラスだからランクは高くないのでしょうけど、元々アレは攻撃行動を取らない限りは気配を隠せるスキル。私達が此処に来るまで攻撃しなかったのはこういう事ね」
魔杖を構え、幾つもの神代魔術を発動、配置しながら言うメディア。
《アサシン》は皮肉気な笑みに口元を歪めた。
「君の察しの通りだ。何しろ、私の弓ではその盾の守りを破れそうにないのでね、無駄に魔力を使うくらいなら各個撃破した方がマシというものだ。頭上の優位は私にある。魔女の防御魔法は貫けるしな」
「ほぉ。その言い方だとテメェ、この数を纏めて相手して勝てると踏んだってのか。随分と舐めてくれンじゃねェか。黒化して判断能力が鈍ったンじゃねェのか」
ドルイドを象徴する樹の杖が軋みを上げた。杖を握る《キャスター》が更に力を込めた上に、魔力を通し、何時でも空中に刻んだルーン文字から炎を飛ばせる状態にしたからだ。
それを契機にしてか、石段を起点に魔力が迸り始める。
――――それは、黒化した《アサシン》も例外では無かった。
「――――二つ、キミ達は勘違いをしている」
渦巻き、迸る青い粒子。それは徐々に輝きを強くしていく。
それを引き起こしている《アサシン》は悠々とした様子で語り始めた。
未だ、その手に剣は無い。
「ああ? 勘違いだァ?」
「《キャスター》、君の指摘は正鵠を射ていると言える。確かに私はこの状態になって以降、やや頭の回転が鈍った自覚がある。それは事実だ――――だが、己の力量と戦力、手札を見誤るほど耄碌した訳では無い」
それを契機に、ごうっ、と渦巻く魔力の奔流が強まった。
《アーチャー》が顔を引きつらせる。
「何で……何で、貴方が、そんな……そこまでの、魔力を……」
「しかも今あの《アサシン》ってマスターは居ないのよね?! 何であそこまでの魔力を出せるのよ?!」
「《アーチャー》クラスじゃない以上、《単独行動》のクラススキルは無い筈だし……どうして……」
「それが勘違いの一つ目だ。《セイバー》により倒れ、黒化して復活した場合、理性はともあれ魔力に関しては常に補充を受けている。故にこちらに魔力切れは起き得ない」
「……そうか、聖杯の泥ね?!」
《アサシン》の男について自他共に認めるほどよく知り尽くしている《アーチャー》は、男から齎された情報と己が知り得ている情報とをすり合わせ、真実に辿り着いた。
聖杯の泥。
悪神アンリ・マユの破滅願望により無色の魔力が汚染された結果生み出されたそれは、溢れ出れば今の冬木のように大災厄を引き起こす代物。英霊が触れれば黒化、反転を起こし、暴走までする。人間が触れれば呪われ、その呪いによって死まで落とされる危険なものだ。
それを浴びたのだろう《セイバー》。
その《セイバー》に下された事で黒化し、様子がおかしくなった他のサーヴァント達。
《セイバー》の魔力消費を支えているのは黒幕が与えた《聖杯》による影響では、と推察していた。それが当たっているかは知らないが――――黒化したサーヴァントもまた、《聖杯》により魔力を補充されているのだ。その証として黒い靄が体を覆っているのだろう。
黒化したサーヴァント達に魔力を補充している《聖杯》は、冬木に元から在る呪われた《大聖杯》に相違ない。元々《聖杯戦争》に於ける英霊召喚は《大聖杯》のバックアップを前提としている。そのラインは脱落時に魂を回収するものがあるから問題無い。どういう手法でか、本来なら脱落時にのみ利用される筈のラインを使い、今も黒化サーヴァントに《大聖杯》は魔力を補充している。
だからこそ、あり得ない量の魔力を男は迸らせている。
その推察を《アーチャー》が語れば、《アサシン》の男は是と頷いた。
「――――なるほど。だから《ランサー》と《ライダー》には、《アーチャー》や《キャスター》に見られたような消耗が無かった訳か」
そこでキリトが納得の声を上げた。
《アーチャー》と契約し、クラススキルを把握した時から疑問を持っていた事。
《アーチャー》クラスにはクラススキルとして《単独行動》というものが存在する。ランクに応じて、マスターの魔力提供無しでも活動出来る限界時間を引き延ばすというものだ。《冬木のアーチャー》の場合はBランク、およそ二日程度はマスター無しでも生き延びられる。
つまり継戦能力はそのスキルを持つ《アーチャー》がかなり高い方に入る。
それでも合流した時、《アーチャー》は魔力がほぼ空なくらい消耗していた。《ランサー》達のように黒化したサーヴァントの追撃を凌いでいたからとは容易に想像出来る。
だからこそ、追撃していた筈の《ランサー》達に消耗が無かった点がキリトは気になっていた。貯蓄魔力を攻撃に完全転換する《キャスター》ですら戦闘を避けていたのに限界だったのだ。戦闘行為を行っていたであろう側に消耗が見られなかったのは不可解だった。
その疑問、謎が解けたため、キリトは合点がいったと声を上げた。
「つまり俺達に長期戦は不利」
眼を眇め、右手に愛剣エリュシデータを握りながら確認のように言うキリトは、続けて口を開く。
「だからこそ、解せないな」
「ほう? 何がだね」
「遠距離から弓を使っていれば俺達を消耗させられただろうに何故しなかったのかだ。《キャスター》にはここに陣取っていると知られていたんだ、だから尚更潜んでいた理由が分からない。ほぼ消耗が無い俺達を相手に、頭上の優位と魔力切れが無い優位だけで数を押し返せると踏んだ根拠は何だ」
普段居る場所を知られているのにそこから動くつもりが無かった事は分かる。だからこそ消耗させられる機会を逃してまで何故接近戦に持ち込んだのか、それがキリトは気掛かりだった。
恐らくそれこそが、この男の最大の切り札だろうと踏んで。
「――――I am the bone of my sword」
返答は、流暢な英式の祝詞。
呼応するように魔力の奔流が荒々しくなる。青い稲妻が走り始めた。
訝しみ、警戒する一同。その中で唯一、《アーチャー》だけが戦慄と瞠目を見せた。
「まさか……しまった!」
「《アーチャー》、どうした?」
「アレを止めないとマズい……!」
男をよく知るからこそ、何を狙っていたかに気付けた《アーチャー》。両手に握った長刀型の陰剣陽剣を手に石段を蹴り、男目掛けて疾駆する。
しかし、妨害は間に合わず。
「――――So as I play “Unlimited Blade Works”」
男から、炎が吹き荒れた。
*
乾いた風が頬を撫でた。
鼻腔を擽るのは、木々に囲まれた山にはあり得ない砂の匂い。
眼前に迫った炎を見て、反射的に翳した手を下ろし、眼を開ける。
「――――」
そして、絶句。
眼前に広がる光景は自然が広がる円蔵山と石段では無く、果て無き荒野。赤茶けた地面は地平線の先まで広がっており、大地の至る所に意匠が異なる無数の剣が突き立っていた。
空には無数の錆色の歯車が回っている。周囲を見渡せば、歯車は全方位の空に展開し、ギシギシと軋みを上げながら動き続ける。
空の色は暗い。黄昏、夕暮れ、逢魔が時を思わせる赤茶色の空模様。雲はあるが、それすらも鈍色にくすんでいた。
「これは、一体……?」
呆然と風景を見ていると、背後から聞き覚えのある声がした。
振り向けば、白いベストと黒いズボンに身を包んだ黒髪の青年が、先ほどまでの自分と同じように空を振り仰いでいるのが目に映る。
「……立香か?」
「キリト……? あれ、皆は、どこに……?」
「それは分からないが……どうも、マスターとサーヴァントとで分断されたらしい」
分かっている事は分断された事。そしてそれを引き起こしたのが、炎を展開した《アサシン》の男である事。
少なくとも状況は考え得る中でも最悪に近かった。
「どうやら『各個撃破』というのは、サーヴァントを一騎ずつ倒すんじゃなくて、俺達マスターを潰す事を意味していたらしい。俺達が死ねばサーヴァントも無力化されるから狙われるのは道理だな」
実際、《聖杯戦争》はサーヴァント同士の戦いだけでなく、召喚したマスターである魔術師同士の殺し合いもある。それはマスターを殺せば魔力提供無しに現界を維持出来ないサーヴァントを無力化出来るからだ。
敢えて近くまで接近させたのも、コレの有効圏内に入れる為だったんだろうな、と推測する。
非常に理に適った戦法だとキリトは思った。これなら数の利なんてあって無いようなものである。
「……此処から出るには、やっぱり……」
「間違いなく《アサシン》を倒さないとダメだろうな」
これを引き起こすにも魔力を膨大に消費するのは間違いないが、あちらは常に魔力提供を《大聖杯》により受け続けている身。時間経過で戻れるとは思わない方が現実的だ。
時間経過で戻れるとしても、また魔力が溜まれば同じ事。
「だよね……でも、サーヴァントには」
「人間は基本敵わないらしいな。神秘を込めたものじゃないと碌に傷を付けられないみたいだし、事実昨夜俺の攻撃を受けた《アサシン》もピンピンしてるし」
「……俺、三つくらいしか魔術使えないんだけど。しかも支援魔術ばっかり」
「安心してくれ。俺は一つも使えない」
「――――大ピンチじゃん!」
「此処に来ている時点で非常に今更な所感だな」
「反論出来ない……」
実際、特異点Fなんて物騒な場所に迷い込んで、サーヴァントが居るとは言え少数で探索、生還しなければならない時点でピンチなのには変わりない。
それ以前に現在進行形で人理、もとい地球の人類がピンチである。
キリトとしては、入ったら出られないボス戦を経験していた事もあってまだ余裕がある。《キャスター》にルーンを刻んでもらっていて、且つメディアと《キャスター》から受けた支援魔術が未だ有効だからこそまだ余裕を保てていた。
幾ら仮想世界のアバターステータスをある程度引き継いでいるとは言え、生身も融合している以上は物理法則的な限界がある。例えば人間の身長は4メートルを超えると骨の耐久性の問題で自重により骨折を引き起こすという。それと同じで、どれだけ鍛えようと人間の肉体には限界というものがあるのだ。
その限界を容易く上回っているのが《英霊》達。疲れ知らずも然る事ながら、神秘が濃い時代出身ともなると身体構造からして差があるようで、基本非力な《キャスター》クラスのメディアにすらキリトは腕力で勝てない。支援魔術があって初めて勝てるくらいだ。
無論、幾ら身体を強化されていようと、耐久性の問題は解決出来ない。力を発揮すればするほど体は内側から壊れていく。
そういう意味でも生身の人間は長期戦に向いていなかった。
「まぁ、良い。まだ想定の範囲内だ」
だからこそ、キリトは出来れば強化の魔術だけでも修めておきたかった。
キリトとて、自分が無理に強くなる必要性が低い事は分かっていた。サーヴァントにはサーヴァントをぶつけるのが定石である以上、マスターは魔力タンクに徹しておく方が良いという事も。
しかし、それが常に保てる訳では無い。
ましてや敵にサーヴァントが居るのであれば、こちらの魔力切れを待つよりも弱点であるマスターを狙う方があり得る話。あろう事かその弱点はサーヴァントと共に姿を晒して行動しているのだ。余程騎士道を重んじる者でない限りは弱点を突くのは定石として行動に移す。少なくとも自身がサーヴァントであれば実行に移す、そうキリトは考えていた。
昨夜自身を襲った《アサシン》は一人休んでいる隙を狙った。戦闘経験を積んでいないマシュでは無く、マスターであるキリトを。それだけで卑劣な手段を厭う事無く取る者であると判断出来る。
だからこそ警戒していた。だから自力で対抗出来る手札を増やしたく思っていた。分断される可能性を伝えてはいたが、こうなるとは考えていなかったのだろう。
それを責める事は出来ない。自分だってまさかこんな方法で分断されるとは思っていなかったのだから。
「――――立香、支援は任せた」
最初に荒野を見た時は唖然としたが、それ以降は油断なく警戒していたキリトは、自分達に向けられる殺気に気付く。
同時、背後に振り向きながら右手に持つ黒剣を振るう。
ギャリィッ、と剣音が響き、火花が散った。黒剣は流されるが、同時に振るわれていた白剣も往なす。
「ほう、これにも反応するか。昨日もそうだったがかなり馴れているようだな」
「ハイディングしてる手合いには馴れてるんだよ……ッ!」
言い終えると共に、手首を返して左斬り上げに剣を一閃。《アサシン》はそれも往なしながら後ろへ跳んだ。
「キリト、前!」
立香の声が響き、反射的に《アサシン》へと意識を向ける。
《アサシン》は手に持っていた双剣を粒子へと消し、左手にハンドガードが付いた黒い洋弓を、右手に赤く輝く矢を持ち、番えていた。
その姿を認めた瞬間、瞬く間に十三本もの矢が立て続けに射られる。
――――秒間十三とか、数がおかしいだろう……!
キリトも弓を扱う者だが、どれだけ頑張っても一秒間に射れる本数は五本が限度。コンマ二秒で一本となれば破格の数字である。それもキリトの場合、弦を引けば自動的に矢が生成され、番えられるというもの。
それを英霊たる《アサシン》は余裕で突破する。
更に悪い事に、飛来する紅の矢団は追尾性能も多少あるらしく、放物線を描きながらもあり得ない角度でキリトと立香に迫る。
キリトに迫る本数は九本。
立香は残る四本。
どちらも完璧に対処出来なければ、まず間違いなく片方が死ぬ。
「――――さ、せるかァッ!!!」
一瞬浮かんだ三種類の死の未来を瞬時に捻じ伏せ、左手に洋弓を取り出す。それは《アサシン》が持つ者と瓜二つの黒き弓。キリトの世界では【無銘の洋弓】という名前でプログラミングされていた代物。
右手に持つ剣は、黒き愛剣では無く、蒼き細剣アクアリウム。
弦に番えた時には既に水の螺旋が形成され、烈風となって空気を揺らしていた。
《アサシン》が紅き矢団を放ってからここまでの間、僅か一秒。コンマ一秒後には逆巻く水の螺旋剣が放たれ、傘の如く展開された水壁により全ての矢の狙いが逸れた。
止めた訳では無い。水の細剣にもルーンは刻まれているが、しかし神秘が足りないせいで妨害出来る程では無かった。
しかし、狙いは逸れた。
キリトと立香、両者の横や後ろ、前に無差別に矢が降り注ぐ。砂塵が巻き起こり、視界が悪くなる。
――――だが、キリトは《アサシン》から、片時も視線を切っていなかった。
飛来する紅の驟雨。キリトはその軌道を見切り、予測し、その線上で重なるよう水の螺旋剣を飛ばした。無論水を巻き起こすにあたって強固なイメージも作り上げている。
それでもキリトの眼は常に《アサシン》に向けられていた。一瞥しただけで、矢団の結末までイメージし、それを現実のものにする事すら計算した上でのその行動。直近に落ちた矢に意識を外す事すら無い。
――――この少年、年齢に反して流石に戦い馴れし過ぎではないか……?!
僅かにでも意識と視線が外れた瞬間、スキル《気配遮断》と贋作の認識阻害の礼装で姿を晦まし、まずは後ろに立つ青年から始末しようと考えていたが、その目論見が早くも潰えてしまった事に男は戦慄する。
見た目に幼さを残す少年が、まさかここまでとは思わなかった。
昨夜己を退けた時点でただものでは無いと思っていた。そもそもエネミーを単独で倒している段階で障害になると判断し、一人になる瞬間を狙ったが、それでもダメだったからこそこの強引な方法に打って出た。
魔力が充溢しているため時間制限で解除される事が無いのは幸いだが、サーヴァントから引き離した優位性が若干薄くなったのは事実。
「――――《瞬間強化》!」
「ぬ……!」
そこに少年へ向けられる支援魔術。
名称から恐らくは身体能力強化の類だが、サーヴァントたる自身の剣を往なせた時点でかなりの能力を誇っている事が分かる。仲間の《キャスター》二人に支援魔術を受けている事から、ステータスランクに直せば自分より上だと推察出来る。
幸いなのはあちらにサーヴァントを瀕死に陥れる礼装が見当たらない事。
少年が持つ剣にはルーンが刻まれているので油断は出来ないが、神秘は薄いので幾らか減衰は見込めるだろう。
問題は普段の自分であればともかく、今の自分の思考能力、判断能力で無傷を維持出来るか。
先ほど少年は自ら『自分は魔術を使えない』と口にしていた。それはつまり、魔力枯渇を引き起こす可能性は限りなく低いという事を意味する。その気になれば回路を開き、魔力を剣に纏わせ、彼らに合流した頃のように戦う事も不可能では無いだろう。そうなればこちらの優位性はかなり失われる。
――――こうなったら、やや大人気無いが……!
地面に着地すると同時、また地を蹴り、空へと身を躍らせる。それと共に右手に使い慣れた螺旋の剣を取り出す。
それを弓に番えれば、螺旋を描く剣は細く尖り、一本の矢へと変じた。
男にとって絶対の自信がある宝具――――の、贋作。己が最も使いやすいよう、矢として運用しやすいよう改良を施した投影宝具。アルスター伝説にその名を刻んだ魔剣。
これを昨夜の双剣のように爆破させた場合、周囲一帯を更地に変える大爆発を引き起こす。無論マスターである少年達は爆発の殺傷圏内。
仮令贋作で、宝具としてのランクが下がるとは言え、それでも絶大な神秘を内包する宝具。凄腕の魔術師であろうとコレを防ぐ手立てはない。この一撃は、神代魔術を操る魔女の防御魔術すら貫通せしめる威力を有するのだから。
――――これで詰みだ。
紅の魔力光が鏃より放出される。
「させるかッ!」
後は番えた矢を離すだけ。
その段階で、しかし私の狙いは決定的に逸らされた。ガツン、と。唐突に虚空に現出した物体――――簡素な直剣により、鏃の狙いを上へ傾けられたのだ。
「な……ッ?!」
気付いた時にはもう遅い。既に己が指は弓から手を離そうとしていた。狙いを外された、と気付いた時には既に螺旋剣は放たれていたのだ。
狙いを上へ逸らされた螺旋の剣弾は荒れた空へと飛んでいく。
一体何が起きた、と起きた事象へ思考を回す。
客観的に言うなら、虚空に剣が現れ、狙いを逸らした。否、こちらが下へ狙いを下げようとした時点で剣が現れたため、妨害したの方が正しいか。
男には《投影魔術》、その中でも一際特異な特性のものを使えるので、少年がした運用も出来なくはない。と言うより、現実的には男にしか出来ない方法だった。
《投影魔術》とは、その場に無いものを一時的に具現化させるもの。儀式に使う触媒を一時的に出すような使い方が一般的であり、男のように武器として扱える強度のものはまず投影出来ない。それ以前に半永久的に存在し続ける、宝具級のものも投影出来るのは魔術師業界からすると異端も異端。
異端だからこそ、男は己以外に同じ能力を持つ事があり得ないと理解していた。そういう意味では《冬木のアーチャー》の存在、能力は不可解なものの一つ。
同様の異端さが少年にも見られた。
先ほどの剣からダメージは受けていない。そも、少年が出した簡素な鉄剣に神秘は無かった。男が得意とする解析を試みても構成は鉄、しかもかなり粗雑な造りをしている。
それらを読み取った男にとって、重要な事実は一つだけ。
一切神秘を帯びていない事だけが男にとって重要な事実。
――――馬鹿な、ではどうやって虚空に剣を……?!
サーヴァントは、神秘の存在。エーテル体により構成されたサーヴァントの現界維持には魔力が用いられるが、それは魔力をエーテルへと還元しているからに他ならない。すなわち逆説的に魔力は神秘の基とも言い換えられる。
虚空に武器を喚び出す手段は、男には《投影魔術》くらいしか思いつかない。
しかし《投影魔術》であれば、投影品には僅かなりとも魔力の残滓が残るもの。解析して漸く分かる程度ではあるが――――逆に言えば、解析すれば必ず分かる。
だから少年が剣を喚び出した方法から、『魔術により作り出した』という可能性は消えた。空間魔術、転移魔術の類は神代の魔術師にしか出来ないため自動的に除外される。
そして男は《投影魔術》と神代の空間魔術、転移魔術を除いて、それが出来そうな手段を知らなかった。
男の目的は、ここでマスター二人を殺し、サーヴァント達を無力化する事。そうすれば半自動的に《セイバー》を守る事になる。
そしてサーヴァントにとって人間はあまりにも無力な存在。
無論例外も居るが、よもやそうではないだろう――――そう想定していたのだが、どうやら黒衣の剣士はその稀な『例外』に該当するらしい。
詳細不明な武器の召喚手段も含め、少年に対する警戒レベルが一段と高くなった。
本作に於ける《黒化英霊》と《シャドウサーヴァント》の差異。
※Fate/原典、FGOに於ける設定、解説との矛盾点あり。
・黒化英霊
純正サーヴァントが、《聖杯》の泥によって反転(オルタ化)ないし侵蝕された状態。近い表現は狂化、非常に好戦的。言語能力はあるが思考能力が鈍い。宝具は基本健在。
ぶっちゃけ《バーサーカー》クラスには関係無い話。戦術眼、思考能力を前提にした戦い方をするサーヴァントには致命的。
だから今話の《アサシン》も宝具扱いの固有結界を使える。
――――というか、エミヤの場合は固有結界を使えないと《投影魔術》も使えないよね、というご都合主義。アニメのエミヤは投影してたから固有結界も出来るでしょという理屈。
尚、ゲームの特異点Fで立ちはだかる黒化エミヤは固有結界は使わない。
黒化英霊の筆頭はアルトリア・ペンドラゴン[オルタ]など。
・シャドウサーヴァント
純正サーヴァントの影。なり損ない。あくまで力ある過去の人物、存在の形を真似ているだけで、能力は劣る。スキルは同一。でも影とは言え元が元なので人間からすれば理不尽な存在には変わりない。
宝具ゲージが満タンになった場合、プレイヤーサーヴァント時のブレイブチェインによるEXアタックを仕掛けて来る。
特異点Fに存在するサーヴァントは元々現地で召喚された純正のものなので、成り立ち的にシャドウでは無い。
矛盾点はシャドウサーヴァントの扱い。場合によって『亡霊の集合体』、『《聖杯》によって作られた英霊の影』などマチマチなので、やや強引に括りつけました。
オルガマリーって、本当に最初の最初くらいしか出番無かったけど、凄く人気あるよね……という訳で、自分もそれにあやかり、オルガマリーの株を持ち上げる。
実際所長の立場だったらこれくらいはしてもおかしくないと思うんだ……(´・ω・`)
――――登場の可能性が出た(本作初投稿以降お迎え出来た)サーヴァント一覧
《セイバー》アルトリア・ペンドラゴン
《セイバー》沖田総司
《セイバー》アルトリア・ペンドラゴン[リリィ]
《セイバー》ジークフリート
《セイバー》ランスロット
《セイバー》ガウェイン
《セイバー》鈴鹿御前
《アーチャー》アタランテ
《ランサー》カルナ
《ランサー》メドゥーサ
《ライダー》マリー・アントワネット
《キャスター》玄奘三蔵
《バーサーカー》ランスロット
《バーサーカー》ベオウルフ
《バーサーカー》アタランテ[オルタ]
《バーサーカー》謎のヒロインXオルタ
《ルーラー》ジャンヌ・ダルク
※尚、可能性が高いのはアルトリア顔である。
霊基一覧を見て思った。《アーチャー》クラス、使ってるのがエミヤ、アタランテ、エウリュアレくらいしか居ねぇ……エミヤは《ランサー》相手以外で毎回出撃してるし。
ちなみに、うちのカルデアの過労死枠はアンデルセン。《ライダー》クラスが出る戦いでも宝具使ってるお陰で一番に絆LV.がマックスに。ヤッタネ!
では、次話にてお会いしましょう。