朱い月の夜に星の女王は踊る *凍結中   作:くるりくる
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逸脱した能

「如何様な用件だ夢見の魔よ」

「アーキ様の護衛に付けと、モモンガ様のご命令を承りました。大変窮屈な思いをさせてしまいますが御身を守ることがモモンガ様の願いです」

「そう……よかろう。貴様のような矮小な存在が私の護衛など、笑いを誘う話だがそれも一興よな」

「寛大な処置、有難うございますアーキ様」

 

 村のはずれで、今回の騎士達の襲撃によって死んでしまった村人の遺体を埋葬する村人達。それを少し離れた場所から佇んで見ていたアーキのそばにアルベドがそっと近づき、漆黒の甲冑に身を包み露出など一片も見せない彼女が跪いて護衛の任に着くと背を向けているアーキに告げる。

 

 それに対してアーキは労いの念を微かに抱くも口から出たのはそれを微塵も感じさせない尊大な物。それで労いを伝えることなど到底無理なものであった。だがアルベドはアーキの上位者たる振る舞いを当然のものと受け止めて立ち上がり、アーキの背後から数歩離れた場所に佇んだ。

 

 アーキの意識はアルベドから逸らされる。その赤い瞳の視線の先にいたのは二人の少女。一人は少女というのはあまりに幼い。その少女達は村の中を駆け回り必死になって働いている。先ほど襲撃があったばかりというのに、少女や幼子でさえ働くのかとアーキは目を僅かに細めてこの世界の実情に物哀しさを抱いてしまった。

 

 それがアーキが抱いている困惑を更に引き立てる。

 今日出会ったばかりの少女たちに憐憫の情を感じる。それはアーキ自身にも確かに感じれるものだ。だが長年親しんできたナザリック地下大墳墓に所属するNPC達に一切の愛着が湧かないのはどういう事なのか。

 

 先ほど確かに労いの念をアルベドに感じたとは思う。だがそれは、アーキがトリ頭であったかのようにすでに消えてしまっていた思いである。

 

 自分はもう変わってしまったのだと、嫌でも理解せざるを得なかった。

 

「女も、子供も労働力。それが貧しい村の実情か。人の営みというのは……かくも悲しきことよ。矮小たる身故か」

 

 アルベドはアーキの言葉を聞いていた。

 途端沸き上がってきたのは炎のように苛烈で、ヘドロのように黒く粘つく嫉妬の念。至高の御方であるアーキにその慈悲を向けられている。それはナザリックに所属するすべてのNPCが、シモベが、アルベドが欲してやまないモノ。美しく、聡明で慈悲深く、そしてナザリック最強の名を冠するアーキという存在。そのような存在から愛しまれ、慈悲を賜るということがどれほどの栄誉なのか人間達は分かっているのかと、アルベドは怒りを感じていたがそれは徐々に鳴りを潜めていく。

 

 それに遣る瀬無さを感じたアルベドは自嘲するとともにその怒りを収めたのだ。怒りで護衛がおろそかになる事など以ての外であり、だからこそアルベドは怒りを無理矢理に封じて頭の片隅に追いやった。自分が欲してやまないアーキの愛を授かっている矮小な人間という存在が嫉しいなど分かっていてもアルベドには認めがたいものであった。

 

「夢見の魔よ。人の子が憎いか」

「……はい。矮小な存在、そして栄光あるナザリックに攻め入った人間共の事をどうして好きになれるでしょうか? 例外たる者は一人おりますが、私はこの思いを譲れないでしょう」

「なるほど。確かに道理よな。己の居城に無断で踏み入る下賤な輩など、どうして歓迎出来ようか。それで歓迎する者ならよほどの痴愚か聖者であろう」

 

 では何故と、アルベドは兜に隠れた美貌を歪ませる。

 

「ではアーキ様は何故——人間を、視界に映るこの者らを……」

「それを言う必要があるのか夢見の魔よ」

 

 そう言われてはアルベドに何かを言える余地など無い。彼女たちが奉る存在が言う必要が無いと、そう言ったのだ。ならばそれに従うのが彼女達であった。

 

 何かに気付いたのかアーキはアルベドの方へと体を向ける。正確にはアルベドの後方だがアルベドの心は思わずドキリと高鳴った。アーキと言う美しき存在に見られることはそれだけで栄誉だとアルベドは信じて疑っていない。だが彼女の願いは叶わなかった。アーキの瞳にアルベドは映ってなどいない。

 

「アーキさん。情報、集まりましたよ」

「そう、ご苦労様。この後の予定は?」

「まぁ、収穫はもうなさそうなので帰ろうかと思っているんですがアーキさんはどうします?」

「私は葬儀を見てから帰るわ。それと個人的に、この村を援助しようと思うの」

「はぁ……援助、ですか? もうこの村に利益は無いと思うんですが。俺何か見落としがあったりしました?」

 

 何か見落としがあったのか、そう問いかけるモモンガを見てアルベドはあり得ないと思わず首を横に振りそうになった。ナザリック地下大墳墓の最高支配者であるモモンガの智謀は深淵の底を覗くが如く見通せないものだ。そんなモモンガが見落とす何かが、この村にあったと言うのか。アルベドは面頬付き兜の隙間から見えるアーキの姿を見つめた。

 

「いいえ。この村に最早めぼしいものは無いわ。精々現地人との交流が関の山でしょうね」

「? だったらどうしてですか?」

「もう少し、視点を変えてみることね。貴方はナザリックのことしか見えていない」

「……では、アーキさんはこの村をただ助ける為だけに援助をしようと。そう言うことですか?」

「えぇ。私財から出すから気にしなくていいわ。それに、空想具現化(マーブル・ファンタズム)——」

 

 手のひらを前へと出して、己の権能を行使したアーキ。それを見てモモンガもアルベドも驚愕することになった。アーキの上向きに差し出された手のひらの上には何の加工も施されていない黄金に輝く物体が。

 

「まさか……黄金(ゴールド)、ですか?」

「空想具現化は己の思うがままに自然物の因果に干渉する能力。製錬されていない状態に限定されるのだけれどこうして黄金を生み出すことが可能なの。ならば、大局的に見てナザリックの物資が減少することは決してないわ」

 

 それはモモンガをしても動揺を隠せない。この能力があればナザリックの資源が減少することはない。よほどのことがない限り枯渇することはないだろう。だからこそモモンガは懸念する。これではアーキに負担がかかり過ぎるのではないかと。モモンガは仲間にそんな事をさせるような男ではない。例えそれが一部たりとも大局に影響を与えないものだとしても。

 

「葬儀が始まるわ。貴方も、だからこそ村長の所から出てきたのでしょう?」

「……えぇ。アーキさんその能力、他人の前で絶対に発動しないでくださいね?」

「私も馬鹿ではないつもりよ。この能力がどれほど危険か、そして有益か。いえ、本当に理解しているのか怪しいわね。分かっていたら絶対に見せないでしょうに」

 

 険の籠ったモモンガの声だがそれはアーキの事を案じてのもの。彼女の軽率な行動を咎めたのは彼女の身柄が悪用されないようにする為、仲間を守る為。それに対してアーキは視線を向けると口元を緩ませて笑みを浮かべ手のひらに出現させた黄金を消し去った。

 

 空想具現化によって生み出したのだから、その能力によって消しさせるのは当然の道理というもの。

 

「アルベド。今見た物を無断で口にすることは厳禁だ。例え守護者同士でもだ」

「分かりましたモモンガ様。アルベド、例えこの身が裂かれようとも口外しない事を、御二方に誓います」

 

 左胸に右手を添えて深々と頭を下げたアルベド。

 彼女もアーキの空想具現化という能力がどれほどまでに危険かということはすぐさま分かった。だからこそ口が裂かれようと、己の身体が弄ばれようとも口外しない事を誓う。それが至高の御方たちに示せる最大限の忠誠であり、何より彼女が愛する存在を守ることに繋がるのだから。

 

「……お前を、タブラさんの子供とも言うべきお前を殺させてくれるなよアルベドよ」

「はい。モモンガ様」

 

 葬儀が始まった。村人の悲しみの声が村の外れから響く中、アーキはその啜り哭く村人達の姿をひっそりと見つめていた。モモンガとアルベドはそんなアーキの事を後ろから見守ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 3人が撤収しようとした時、村に新たな問題が接近していた。

 モモンガは乗り掛かった船とやけくそ気味にその問題に対処することにする。村長や村人はこの村の脅威を払ったモモンガ達が新たな問題に対処する事を知って喜びを浮かべたが、本音を言うのならモモンガはアーキとアルベドと共にすぐにナザリックに帰還したかった。

 

 先ほどナザリックのシモベから連絡を受けて、この村を殲滅する用意が整っていると伝えられた時にはNPCにホウレンソウを叩き込むべきだと頭を抱えたくなったがそれどころでは無いのだ。いつにも増して気まぐれで、風に吹かれればどこかに行ってしまいそうなアーキを守る為にナザリックという要塞に戻るべきだとモモンガ自身も分かっていたが、この村に残って問題に対処しようとするアーキを見かねて彼も残る事にしたのだ。

 

 問題はもうすぐそこまで迫っている。

 

 モモンガは村人を村の中央に集めてもらい、自分を含めたアーキ、アルベド、村長の四人で問題に対処する事にした。迫ってきている問題というのは鎧に身を包んだ戦士風の男達。各々戦いやすいようにアレンジされている武装に身を包んだ集団を見て、この村は問題が絶えないなとモモンガはマスクの奥でかすかに苦笑いを浮かべた。

 

 村の入り口付近で止まった20人近くの戦士達。全員が馬に騎乗しており、その中から集団の長とも言うべき存在が前に馬を進ませてよく通る声を村に響かせた。

 

「私は王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフだ! この近辺の近隣の村々を襲撃する帝国の騎士達を討伐せよとの王命を受けて馳せ参じた者である!」

 

 そう言った男に向かってモモンガは声をかけようとした。怪しげな風体である自分たちが疑われるのは当然であることは想像に難く無い。ならば、先じて名乗ることで会話の主導権を握っておこうと一歩前に出て言葉を発しようとした、がそれは叶わなかった。

 

「遠方からご苦労なことよな。ならばこの下郎共を連れて帰るがよい」

 

 アーキが、その美しき表情をわずかに怒りで歪めてモモンガの前に出たのだ。

 








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