朱い月の夜に星の女王は踊る *凍結中   作:くるりくる
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Kill me

 その白いドレスを纏った女は我が身がどれほど汚れようと、躓こうとも走り続けた。そもここはどこで、自分は誰だとかそう言ったものさえ何処かに追いやったその女性の名前はアルベド。髪はほつれ、足元まで覆い隠すドレスのスカートが汚れてその白さを穢していく。

 

 それでも彼女は走った。溶岩地帯を、氷河の大地を、大森林を、地底湖の脇を、廃れた墓地の階層を。ナザリック地下大墳墓の地表部に出た彼女は一目散に光の柱が降り立ったであろう場所へ、今尚存在する愛しい女の気配のある場所へと向かった。

 

『……淑やかさを忘れてはダメよアルベド。貴女は美人なのだから』

『ふむ、アーキさんはいつもそうやってNPCに一声かけていますね。何かあるんですか?』

『何も無いわ。タブラ……ただ、この子たちが動いたら、それはとても素敵な事だと思うだけよ』

『存外に可愛らしいところがあるようですねアーキさん。人形が、いや失礼。貴女から見れば皆人形では無いか』

 

 在りし日の記憶。アルベドはそれを一度たりとて忘れた事はなかった。自身の髪を撫でる柔らかでしなやかな細い手の感触を、忘れられようものか。その細い体にナザリック最強の名前を冠するという重圧がどれほどのものなのかアルベドには分からない。理解できようも無い。

 

 それでも、支えたいと思ったのだ。側にいて、少しでもその身体を支えたいと思った。

 

 太陽が出ているのだが周囲は夜のように暗い。それはこの星から遠く離れた太陽よりもはるかに多くの光を発する光源が存在している為である。木々が生い茂り、最早密集して隙間というものが微塵も見えないその場所に向けて走り続けるアルベド。格好など気にもせず、まるで赤子が親を求めるように必死になって手を伸ばして走り続けた。

 

 動悸が乱れる、呼吸が荒く、吐く息が熱い。

 

 森の中へ飛び込み、彼女は己の衣服が汚れることも厭わずに走り続けた。遠く離れた場所にいても分かるその高貴で、静謐な気配。アルベドには分かる。地の果てであろうとアルベドには見つけ出せるほどの自信があった。

 

「アーキ様っ……! アーキ様っ!!」

 

 彼女はただその名前を叫んだ。その名前だけを叫んだ。

 

 林を駆け抜けることで木の葉や木の枝が彼女の体に当たった。だがレベル100の前衛職である彼女を傷つけることなど不可能である。それでもそれが煩わしかった。それでも彼女は目の前を薙ぎ払い、道を切り開くことは無かった。それは彼女が愛する女を削ってしまう行為だと知っているからだ。

 

「どうか……どうかご無事で居てくださいアーキ様っ!」

 

 時間にして数分、彼女は視界が開けた場所に出た。

 今の彼女の姿はドレスに様々な木の葉や木の枝がついており、汚れによってドレスは白い部分を探すのが困難である。髪はほつれ毛先などボロボロだ。それでもなお美しさを失っていないのだから、アルベドの美しさが想像を絶する場所にあると言っても過言では無い。

 

 そんな視界の開けた場所で、彼女は見た。

 

 瞳を虹色に輝かせて、その瞳に映るアルベドを完全に塵とみなしているアーキの姿を。

 

「ア……アーキ、様……? 御身は、ご無事でございましょうか?」

 

 だがアルベドは希望を抱いてその白き姫へと言葉を投げかける。以前も同じようなことがあった。だがアーキは己を取り戻して、慈悲深き君として言葉をかけてくれた。

 

 だから、大丈夫だ。大丈夫、大丈夫、大丈夫!! アーキ様は最強の御方! 必ずナザリックへと戻ってくださる!! だから、大丈夫!!

 

 アルベドは必死に自分に言い聞かせた。

 

 だが現実は非情であった。

 

「夢見の魔か……残念だが姫はおらんぞ? 星の内海へと落ちてしまった故に、今頃は星を揺蕩う一つとなっていよう」

「……そ……だ」

「ふむ。ではこう言おうでは無いか」

 

 『アーキ』は両の手を広げて、にっこりと微笑みを浮かべてアルベドへと相対する。その笑みは決してアーキが浮かべないような酷薄な笑みであった。

 

「一粒の砂粒を煮えたぎる溶岩の中に落として存在を保つ事ができるか? 吹けば飛ぶような塵を濁流のごとき大河に飲み込ませて、探し当てる事ができるか否か。答えは明瞭よ」

 

 そして右手を前へと突き出して何かを握りつぶすかのような仕草をする『アーキ』はアルベドに現実を告げた。

 

「姫は、もうおらんよ」

 

 

 

 

 

 

「ァァアアアアアアア!!! ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「ちと、黙れ」

 

 その言葉と共に、アルベドの全身から多量の血が吹き出す。口からこぼれ落ちる自身の血の温かさを感じながらアルベドは、ゆっくりと前のめりになって草の地面に倒れ伏した。血とは命と同義であり、血が流れ出るということは命が流れ出るということである。

 

 レベル100の前衛職であり、多数の防御系スキルを備えるアルベド。だがそれが発動するよりも前に、彼女が備え持つ常時発動型スキルの防御を貫いた。

 

 ただ、指を弾いただけで。

 

 原理は全くの不明。いつ攻撃されたのか分からない。だがアルベドは自分が最早戦闘行動が不可能ということを悟った。全身がバラバラに砕け散ったかのように痛みを発する。現に骨の一部は粉砕されているところもある。骨という内骨格が砕けたことでその部分は内側からの支えを失いただの肉塊となり果てていた。

 

「アーキ、様……アー、キ様っ……」

「所詮は塵芥よな。柔肌を撫でただけでこの程度とは……いかに姫が窮屈な思いをしていたのか同情してしまう。が、最早姫はおらぬし気にする必要もなかろう」

「ァアアアア”ア”ア”……ァアアア!!」

「まだ動けるか……矮小な身でよくも足搔くものよ。褒め称えよう……ほれ、姫の体はここにあるぞ?」

「ア”ア”ア”……ア”ア”ア”ーキザマ……っ!!」

 

 まともに動かない四肢の中で、唯一骨が砕けることがなく、辛うじて折れただけの右腕を使って這うように移動するアルベド。全身の各所から血を垂れ流し、白いドレスを真っ赤に染めた致死の傷を負っている中でも動くアルベドを見た『アーキ』は口元を手で覆っておかしそうに笑みを浮かべた。

 

 それは子供が、虫の足を捥いで、その蠢く様を見て喜ぶような、そんな喜び。

 

 『アーキ』から見て、この世界から見て、アルベドは異物であり星の子らを殺す害悪である。その害悪が、矮小な塵芥らしく地を蠢いている様は非常に愉快であり、そして痛快でさえあった。外に出た弾みで思わずはしゃいでしまった。

 

「すまんな。初めてのこと故自分で自分を止められぬ。そうだな『笑って許せ』、夢見の魔よ」

 

 そう言って薄い笑み浮かべる『アーキ』は地を這うアルベドの側に転移した。そしてアルベドが『アーキ』の体に手を伸ばす中、『アーキ』は右足をあげて、そのヒールの踵部分を血を垂れ流すアルベドの頭部へと落とす。

 

 真っ赤に染まる。緑の大地。

 弾けた石榴のように中身をぶちまけたアルベドの頭部。それは彼女に避けることのできない死を与える行いであった。

 

 ——だが、その振り下ろされたヒールは間一髪アルベドの頭の横を通り過ぎた。

 

「——これは——」

 

 『アーキ』は自分の足先を見つめ、そして自分の体に視線を向けた。確実に踏み下ろしたはずであった。それとも塵芥の命であったが故に、殺そうという気が起きなかったのか。『アーキ』は疑問を抱き、そしてアルベドを放置することにした。

 

 いずれ死ぬ。ならばここで放置しても結果は同じであろうと。地を這う芋虫のようなアルベドを一瞥、そして『アーキ』はその視線を虚空へと、漆黒の靄が現れた空間へと向けた。

 

 その靄から出てくるのは体長2,5メートルほどの甲虫人。その4本の手に別々の4本の武器を携えて、最大の警戒心をあらわにして現れ先陣を切る。そして続けて現れたのは二人の美しきメイド。最後に現れたのは死の具現ともいうべき漆黒の厳かなローブに身を包んだ死の支配者(オーバーロード)

 

「ほう……そなたか、モモンガ」

「……お前、アーキさんじゃないな」

「如何にも。私はこの星の意思にして受肉した星の触覚。名前は……姫と同じアーキでよかろう」

「アーキさんの名前はアーキさんの物だ!! それをどこの誰ともしれない他人が名乗るな!!」

「これは手厳しいなモモンガよ。そなたの言うことは最もであるが私は常に姫の中に居た。最早他人では無いが……どうだ?」

 

 その骸骨の体から漆黒のオーラを放つモモンガであるが、『アーキ』からすればそよ風邪程度にすらならない。精々うちわで凪いだ程度の物。そして『アーキ』は足元に転がるアルベドに視線を向けて虹色の魔眼を発動させた。

 

 その効果は治療。全ての傷を治す治癒の力。

 それは瞬く間にアルベドの体の傷を癒していく。だが彼女は気絶しており、最早立ち上がることはなかった。自分の行動が理解できないと『アーキ』は首を傾げてアルベドの血に塗れたドレスの一部を掴んでモモンガへと放っておく。

 

 物を扱うように、それでいて細心の注意を払った『アーキ』。

 

「ナーベラル!」

「はい、モモンガ様!」

 

 放られたアルベドはゆっくりと放物線を描き、頂点に達すると重力に従って落ちてゆくも急いで駆け寄ったナーベラルによって受け止められた。成人女性一人分の重さにたたらを踏むことなくナーベラルはアルベドを受け止めると、敵意と戸惑いの視線を『アーキ』へと向けた。

 

「アルベドを連れて早々に去るが良いモモンガ。早くせんと手遅れになるぞ?」

「っ! ……3人とも撤収だ! 至急対応策を考える!」

『はっ!』

「ハッ!」

 

 漆黒の靄にモモンガ率いる3人が消えゆく中、最後にモモンガの赤い瞳と『アーキ』の瞳が交わった。

 

 そして開かれる白き姫の口の形。

 

 それは無音で、殺して、と告げていた。

 

 








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