朱い月の夜に星の女王は踊る   作:くるりくる
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今まで申し訳ありませんでした。
最後の結末は、読者の皆様の想像にお任せしようなどと思って甘えた自分が馬鹿でした。

時間はかかりますが完結まで行きたいと思います。

こんな作者ですが生暖かい目で見守ってくれると幸いです。


クオリア

 

 沸き立つ殺気。心弱き者、脆弱な者であれば肉体どころか魂ごと消滅してしまうかのような殺気を浴びせられる老人。それでも彼は異形達に並々ならない殺気を向けられても皮肉げに彼らを嘲笑う。

 

「……私は、今、非常に気が立っている。部外者は出て行ってもらおう」

「言いよる。だがわしはクオリアの後見人。十分に関係者だと思うが……?」

「クオリア……それがアーキさんの本当の名前……」

「さてどうか。この世界ではクオリアはアーキと名乗っていた。ならばそれが真名とも取れるがな」

「御託はいい老人。情報があると言うのならすぐに話してもらおう」

 

 ナザリック地下大墳墓が主、死の支配者・モモンガは椅子に座りながら手に持つスタッフの力を引き出し、全身から黒いオーラと威圧を伴ってルベドの隣に立つ老人に向かい合った。その圧力は階層守護者であっても強い圧迫感を感じる程であり、脆弱なはずの人間では耐え切れない——はずだった。

 

「客に茶も出さんとは器が知れるぞ。骸骨」

「!? 貴様ァ! モモンガ様になんて無礼な物言いを!」

 

 顎を微かに上に向け、モモンガを見下すように口を開き言葉を発したキシュア・ゼルレッチ・シュバイングオーグ。彼はモモンガの圧倒的な力の前でもその存在を保っていた。なんの痛痒も感じていないとでも言うかのように、相も変わらず口は皮肉げに歪められている。

 

 人間は脆弱だ。だが例外もある。それを知っていた階層守護者達は老人を油断ならない相手とみなそうとして、自分たちの主に向かっての無礼な物言いを耳にした。それが冷静を保とうとした彼らの頭を沸騰させる。各々戦闘体勢を取るものが出てくる中、一歩前に出て己の爪を尖らせるシャルティアはもう我慢ならないと飛び出そうと、ヒールを履いた足を一歩前へと踏み出した。

 

「静まりなさい!」

「!? アルベドォ!! お主、この人間を臆したとでも言うでありんすか!!」

「シャルティア。その人間はアーキ様の後見人。人間だろうと異形であろうとその事実は変わらないわ。貴女……これ以上アーキ様を削ろうと言うの?」

「……アルベドの言う通りだ。皆の者、静まれ」

 

 モモンガの制止によって階層守護者達は再び席に着いた。彼らにとって主の命令こそ絶対。その主が何の咎めも出さないと言う事はそれが全てである。彼らは意図的に不遜な老人から視線を逸らしてモモンガへと向き直る。

 

 緊迫した雰囲気が完全に無くなった訳ではないが、それでも一応のまとまりは見せた。モモンガは一度咳払いを入れて老人、キシュア・ゼルレッチ・シュバイングオーグと名乗った存在に向き直った。すでにオーラは出ていない。威圧することが無駄だと判断したからだ。

 

「老人……一応聞くが、事は非常に急いでいる。茶を飲んでいる時間があると思うか?」

「ほう、存外に冷静だ。この件が終わったらわしはおさらばする。客としての持て成しはいらんよ」

「そうか。それで、貴方が知っているアーキさんの、『アーキ』の情報を貰いたい」

「魔術師に対価を求めるなら対価を差し出せ、それが我々の世界では通例なのだが……今回は例外としよう。さて……何処からだったか。あぁ、朱い月の奴についてだったな」

 

 朱い月、ゼルレッチはそう言って天井へと視線を向ける。その視線の方向は今なお尋常ではない力の高まりを見せる方向。

 

「それを話すのには……クオリアに関して話さねばならん。おい骸骨、クオリアに関してどれだけ知っている」

「何を言っている。アーキさんとは長い付き合い——」

「アーキではない。クオリアの事に関してだ。あやつはお前に、自分の事をどれだけ話した?」

 

 問いかけにモモンガは言葉を窮した。

 

 『YGGDRASIL』においてリアルの話はご法度と言う訳ではない。仕事の愚痴を言ったりするし、相談なんかもギルド・アインズ・ウール・ゴウンのメンバー間ではあった。それでもアーキが現実世界について何か話したことがあっただろうか。

 

「何も……無い?」

 

 それが答えであった。アーキは一度として現実世界の事を口にした事はない。何年と付き合いのある中で一度も口にしないと言うのはおかしい。と言うよりできる筈がない。徹底したとしてもいずれボロが出る筈だ。

 

「ようやく話が進められる。なぜ、クオリアが何も言わなかったのか。まずそこからが違う。奴は話す言葉を持ち得ていなかった。分かるか? この意味が」

「何を……言っている? それじゃ……まるでアーキさんが現実世界に、リアルに居ないみたいじゃないか!! ふざけた事を言うな! あの人は生きている!!」

 

 沸き立つ怒りは精神抑制をものともしない。モモンガは自分の心から湧き出る怒りをゼルレッチに向けて吠えた。上位者としての言葉遣いはなく、残滓となった鈴木悟としての、人間としての言葉。

 

 確かに、モモンガとアーキの関係はゲーム仲間でしかない。それでも絆は確かにあった。

 モモンガは終り際に、現実世界で会わないかと言いたかった。最後の最後に来てくれて、残ってくれたアーキに止めどない感謝が心を包んでいたからだ。

 

 貴女が居たから、俺は皆を憎まずにいられた。貴女が居たから、寂しかったけど悲しくはなかった。そう言った想いを直接会って口にしたかった。だがアーキが現実世界でやんごとなき立場というのは言動、気品、所作を見れば何ともなしに分かる。恐らく自分が会う事は叶わないだろうと言うことがわかっていたが、それでも鈴木悟は感謝を伝えたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あやつの肉体はそもそも存在していない。『YGGDRASIL』の電脳空間を彷徨う電子情報体(ゴースト)。それがクオリアの正体だ」

 

 ゼルレッチは懐から歪な形の剣を取り出した。半透明な刀身を持つ剣は天井にぶら下がるシャンデリアの温かな光の色合いを反射して七色の輝きを発する。

 

「朱い月……奴の目は平行世界・未来にも及ぶ最高峰の魔眼。奴はわしに負ける未来を知っていた。それに先じて奴は、並行世界……つまりお前の世界に己の因子を植えつけた。それがクオリアだ」

 

 七色の輝きを発する歪な形の剣。ゼルレッチはそれを見つめながら別の場所を観る。

 

「それがおよそ10年前、クオリアは漂着した。幸か不幸か、お前の住んでいた世界は大気中の魔力が全くと言っていいほど無い。だがそれではクオリアはただただ死を待つ人形に過ぎなかった。そこでわしは『YGGDRASIL』と言う超常のある世界にクオリアを定着させた」

 

 ふぅと、ため息をついたゼルレッチは懐に剣をしまい込んだ。その瞳には確かに憐憫と情が込められている。

 

「おかしいとは思わないか? 年若い小娘が、なぜそれほどまでに高い戦闘技能を誇っていたのかを。ほんの少しでもおかしいと、思わなかったか?」

「それは……だけど、たっちさんやヨトゥンヘイムだって強かった! アーキさんだけが例外じゃない!」

「ではただの吸血鬼の真祖が、ワールドチャンピオンとか言う最強の職業に勝つことができる? レベルが違うと言うのに、だ。答えは簡単だ。そもそも生きているステージが違う。人間と人外……レベルが違うのはお前たち異形がよぉく知っていると思うがな」

 

 信じがたいと言うのがモモンガの心境だ。だがどこかで納得がいった。アーキが特別なのは以前からだったのだと。ステージが違ったから、最初の邂逅でも、八人がかりでもアーキが優っていたのだと。

 

「キシュア・ゼルレッチ・シュバイングオーグ。そこまで話していいのかしら?」

「構わん。これはクオリア自身の問題だ。こやつらが受け入れるか……それとも排斥するかはクオリアの成した結果と言うもの。わしは干渉せん」

「そう。個人的にはアーキの過去を知れたのは良かったし……それであなた達はどうするのかしら?」

 

 ルベドは問いかける。階層守護者へ、モモンガに問いかけるルベドの瞳は相変わらず空虚なものだ。ルベドにとっては世界は等価地にして無価値。唯一の例外は産みの親で殺すべき存在であるアーキだけ。

 

「付いてきても邪魔にしかならないのだけど……あなた達もアーキに声を掛けられたわよね。私の記憶違いだったらあれだけど、違う? それを、忘れたと言うのなら別に構わないわ」

 

 ルベドの言葉が、階層守護者達の心に火を灯した。

 

 より正確に言うのであれば、その火はすでに灯っている。

 

『シャルティア……貴女は、私の妹ではないかもしれないけれど家族のように、妹のように愛しているわ』

 

『もし叶うのなら、貴方の勇ましく、華々しい演武を見てみたいわね。だから、その日までにしっかり練習していてねコキュートス』

 

『アウラ、マーレ。いつか茶釜達と一緒に本物の森を見に行きましょう』

 

『デミウルゴス。貴方がいればここは安泰ね。だけど、周りへの配慮、そしてナザリック以外への慈悲も忘れないで』

 

『……淑やかさを忘れてはダメよアルベド。貴女は美人なのだから』

 

「ふむ。後はお前だけだ骸骨。項垂れていては、クオリアは……アーキは取り戻せんぞ」

 

 

 

 

 

 

『アーキさん……ありがとう、ございます』

『私もよ。貴方がギルド長で退屈せずにすんだわ』

 

 

 

 

 

 モモンガにはアーキのために、他人のために戦う理由は、それで十分だった。

 







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