本当に結ばれる、ただ一つの方法   作:らむだぜろ

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この戦に勝つために

 

 

 

 

 

 

 ……時は少し、遡る。

 それは、朝潮が知らない、大本営のお話。

「……君の戦う理由はなんだね?」

 大本営に呼ばれた一人の男。中規模の鎮守府を任されている、平凡な提督。

 然し、呼び出した上層部は、苦言を呈している。

「もう少し戦果を挙げてくれんかな。最近ではあの化け物の勢力が上がってきている。君の鎮守府でも、そろそろ戦闘に本腰を入れてほしいんだが」

「……はい、申し訳ございません」

 分かっているとも。

 臆病風に吹かれていた、艦娘を優先するその選択肢の、期限切れが近づいているのだと。

 得るものない、防衛に近い戦。

 だからこそ、敵を一つでも多く倒さなければいけない。

 理屈は通っている。戦争とは、そういう物だから。

「……君は、あの方のご子息だ。あまり、強くは言いたくない。亡くなった兄上達の一件もある。慎重に指揮を取るのも頷ける。然し、君はなぜ、己の命を懸けるのだ? あんな出来損ないを艦娘に搭載しているそうではないか。艦娘を失うのが怖いのか? 代用などなどいくらでもきくだろうに」

 お偉いさんが、重厚な机に座って立っている彼に聞いた。

 彼は平凡ではある。然し、大本営の中でも有名な異常者でもあった。

 艦娘の轟沈を過去、何度も阻止している際もの。

 自分の命を投げ捨てて、平然と大ケガを繰り返すたわけ者。

 確かに、大本営が睨んでいる提督は一定数いる。

 戦果よりも艦娘を優先し、戦うときに逃げる腰抜けと言われる連中だ。

 そういう連中は大本営では鼻で笑われる。

 役立たず、穀潰しと揶揄されながら、一定数の仲間と協力して派閥を作っている。

 対して、この男はどうだ?

 そもそもが、身の程を理解して、他の提督に手柄を譲るような臆病者。

 その派閥には所属しない。彼らとも、他の者とも賛同もしない。が、批難もしない。

 黙々と、できる範囲をこなしていた。

 彼は言う。自分では役に立てない。だから、もっと優秀な者に任務を、と。

 高い役職の子息である。同時に、大本営が頭を悩ませる艦娘の反逆で身内を何度か亡くしている。

 その為か、彼は臆病者とは言われるが、それ以上は言われなかった。

 要は、父親の影響と身内の悲劇のせいで、同情されている節もあった。

 艦娘を優先するのは同じだ。然し、こいつの場合はそれ以上に轟沈を何度もやっている。

 時々、激戦区の手伝いをしては、誰かを沈めていた。

 だが、損失はなかった。彼がその代償を、常に払い続けてきた。

 艦娘を優先する提督とて、そんなものは搭載しない。まず、そんな無茶をさせないから。

 逆に使わない提督はただ、沈める。別にどうでもいいから。

 彼の場合は、沈めないようにはしている。けど、力量の不足で沈めてしまう。

 無茶をしつつ、あるいは無茶な状況でも戦い、そして結果的に沈む。

 でも、艦娘は死なない。死なないように彼が肩代わりする。

 何度も何度も。何時も自分が、死にかける。

 その都度、病院に送られたり一時的に鎮守府の機能が停止する。

 それを避けるためか、戦闘を受けたがらない。戦果も乏しい。

 そんな風に上層部は思っていた。

 彼は、半端者だった。完全に艦娘を贔屓しない。そっちのは、寄っている。

 だけれど、戦う時は戦う。嫌がっても、無理を言われれば抵抗せずに従う。

 つまりは、流されやすい男。自分の意思がない、周囲に流されるだけの空な人間。

 大本営には、病院送りの激しい彼を問題のある提督として扱っている者もいるし、敵意も無ければ擁護もしない、空気のように扱う者もいる。

 彼は、決して他人を非難しない。しようという気概すらない。

 ただ、鎮守府と言う安全圏の中にいるのに、命懸けをする変人。

 そういう扱いが強かった。

「自分は……無能な男です」

 ふと、彼は上の男性に溢した。

 その顔には、自嘲的な色合いが強い。

「む? と言うと?」

 突然の自分への非難。男性は、不思議そうに見る。

「なぜ、命を懸けるのか。そう、仰りましたか」

 本心は、艦娘を死なせないためだ。それは、間違いなく言い切れる。

 彼女たちを死なせるのは嫌だという、自分のエゴを体現しているのみ。

 それが結果的に、命懸けに見えるだけ。

 そんなことを語っても、理解もされないし、立場も悪くなる。

 無闇に、大本営で刺激する真似はしない。簡単な処世術。

 何より、ここではここでの本心も言える。

「自分は、何度も失敗ばかりする、どうしようもない男なのです。同じことを無駄に繰り返し、国民の血税を浪費するたわけ者だと、自分では思っております。この頭は何分、言葉や経験では物覚えの悪いものでして。これは、教訓とするものだと自負しております。我が身に痛みとして刻み、過ちを犯さないようにする為の。……未だに、その成果は現れません。お恥ずかしい限りなのですが、死にかけてもこの腐った性根には通じないのかもしれません。ですが、痛みを忘れた自分は、止めた途端にさらなる過ちをする確信があるのです。常に自分の命をかけなければ、指揮が取れないのです。奇特に見えると存じます。然し自分にとっては艦娘の命よりも優先しているのは、己のへの警告です」

 これもまた、本心であった。

 何度も同じ間違いをしている、バカな自分への罰。

 痛みがなければ、彼は、もっとバカなことをしているだろう。

 最後の部分以外は、一部の本音だった。

 優秀じゃない自分が、空っぽの自分が戦うには、命を懸ける以外、何がある?

 艦娘を死なせないための感情もある。そして、同時に。

(俺は……こうするしか、出来ない。必死になれる理由がなきゃ、俺は戦えない。使命もない、正義もない、目標もない。そんな俺でも、自分が死なないようにするから、戦える。そうでもしなきゃ、俺には戦う理由なんてないんだ)

 他の提督と違うのは、流されてこの立場になったことだ。

 何も考えずに、ただ周囲に言われて進みここにいる。

 彼には、そもそも戦う理由そのものがない。

 父のように憎悪がない。艦娘のように使命もない。

 なら、こんな男が戦う理由はなんになる?

 戦争なら、死にたくないから戦えばいい。単純な話であった。

 艦娘を死なせないのが、八割。あとの二割は、自分の理由。

 彼女たちが死ねば、自分も死ぬ。それが嫌だから、戦える。理由ができる。

 自分の行動の理由のために、その欠陥を乗っけた。

 誰かを守りたいと思ったこともない。今も思えない。

 深海棲艦を殺してやろうとも、思ったこともない。

 言われた任務を言われてやる。みんなを、生き残らせて、それだけでいい。

 その日の任務をやる。その日の役割をやる。

 他人の主義には口出ししない。口を出せるほど、立派な思想はない。

 彼女たちを人間だと思いたい。けど、相手の事情だって父を見れば分かる。

 理解も共感もしない。否定もしない。出来ない。そんな立派な人間じゃない。

 ……この男は、空っぽであった。典型的ことなかれの結果が、今の世界だ。

「ふむ……。個人への姿勢まで口出しは出来ん。だが、結果は出してくれたまえ」

「はっ。全身全霊で尽力致します」

 お説教。戦果を出せ。いい加減に戦え。

 当たり前の事を言われた。激化する一方ならば、何時までも支援や輸送に甘んじている訳にもいかない。

 況してや、限界練度が規模に対して比率が多い。尚更言われる。

(積極的に戦う理由もないのに、戦うのか。……理由なんて後からついてくる。今は、言われた通りにすればいい)

 上には従う。それが軍人だ。彼は帰りに、何やら話を聞いてぶちギレる飛鷹を宥めつつ、任務を少し受注していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのジジイ、いつか殺してやる」

「落ち着いて飛鷹さん……顔がマジだよ?」

「絶対に殺す。たとえ、我が身百万回生まれ変わっても、憎しみ果たすから」

「変なグラサンのセリフみたいな事を言わないでよ……」

 翌日。秘書の飛鷹はキレていて仕事にならない。

 鈴谷に回収してもらい、今日は休暇とする。

 代わりに来たのが。

「司令官。朝潮、本日は代理秘書を務めさせて頂きます!」

 敬礼をした朝潮だった。今日も元気で見ていて和む。

 彼女に指示。普段にはない、積極的な戦闘を始める。

「……?」

 直ぐに異変に気がつく朝潮。

 今日は妙に戦闘が多い。しかも、遠方から近海まで、片っ端から戦えと。

 敵は見つけ次第、沈めろという雑な任務も入っている。

「司令官……?」

「ん?」 

 書類を書いている彼を覗きこむ。

 彼は、新兵器の開発に勤しむように準備をしている。

 何だろうか。突然、全体的な舵取りが真逆になった気がする。

「気のせいですか? 戦闘が格段に増えているのですが」

「気のせいだよ」

 問えば、直ぐ様否定。

 しかし、朝潮は感じとる。提督は今、嘘をいった。

 顔を見れば分かった。表情が凍っている。能面のような面構え。

 朝潮は、敢えて何も聞かない。この纏う空気は、拒絶。

 何も聞くなという無言の圧力が放たれていた。

(司令官らしくない……。やっぱりおかしい。何で司令官はいきなりこんな命令を?)

 昨日のせいか。何も言わない飛鷹がキレているあの呼び出し。

 尋常じゃない程、飛鷹は怒っている。彼は、知らない。

 飛鷹が昨晩、本気で大本営のお偉いさんを殺そうと言い出していたことを。

 加賀や長門、那智が総員で飛鷹を取り押さえて事なきを得ていると。

 落ち着いてもなお、彼女は凄まじく殺気立っていた。

 気圧されて、一部は腰を抜かすほど苛立っている。

「…………」

 彼は淡々と仕事をしている。

 何時もなら雑談ぐらいするのに。今は、ずっとペンを走らせる。

 朝潮も、黙って仕事をする。時折指示され、片付けて。

 それが数時間、続く。昼時。朝潮は、追い出された。

「間宮のところにいっておいで」

 妹たちと食べろと言われて、執務室から出されてしまった。

 彼は一人で仕事を続けている。鍵まで閉めて。

「……」

 ああ、と朝潮は思った。

 この対応。前を、思い出す。

(……指輪を手に入れるまえと、同じ状態に戻ってしまった)

 以前の、部下を女性と見ないで仕事ばかりを優先するあの彼に逆戻りしている。

 あの頃は最低限しか話さない、接しないでトゲこそないが、愛想もない。

 そんな環境であった。それでも、必死になっていたのはみんな知っていた。

 壁を、作る気なのだ。何か理由があるのだろうが……。

(信用、されてない。私は、司令官に信じてもらえていない)

 分かる。また、この人は……一人で抱え込むつもりだと。

 それはつまり、艦娘を。部下を、信用していないのでは?

 飛鷹は知っているのだろう。また、彼女だけ特別扱い。

 でも、肝心の飛鷹はお冠でお話にならない。一人きりで閉じ籠る。

(……同じことの繰り返しなの、朝潮)

 朝潮はドアの前で立ち尽くす。

 自分に出来ることは、ないのか? 

 このままいけば、また以前のように壁ができてしまう。

 すれ違いを起こす気がして、彼女の足は動かない。

 霞が、妹が言っていたではないか。

 甘えるだけじゃない、信用される艦娘にならないといけない。

 待っていては、彼は、寄ってはこない。経験で知っている。

 こういう場合は、どうするべきか。どうすればいいのか。

(…………よし、決めた)

 迷いはいらない。どうせ、待っていても事態は好転はしない。

 だったら、こうすればいい。

 一度、離れる。数分後、戻ってきた。

 動かないドアの前。朝潮は決意した。

(司令官は、自分からは歩み寄っては来てくれない。こう言うときは!)

 こっちから歩み寄ればいいのだ!!

 と、言うことで。恋する狼、暴走開始ィッ!!

 

 ……ガチャガチャ。

 

 ……ガチャガチャ。

 

 ……バキッ!!

 

「!?」

 提督はどんよりした空気で、仕事をしていた。

 皆に戦闘を増やすことへの罪悪感で、一人になりたい。

 そう思って、朝潮を追い払ってしまった。更にそれが自己嫌悪を加速させるのだが。

 ……彼は、甘く見ていた。忠犬改め、恋する狼は伊達じゃない。

 彼が自滅の道を進もうとしているのを気がついて。

 外から追い出されたのをなんと以前見たドラマの見よう見まねのピッキングで開けようとしていた。

 途中までうまくいったが最後に失敗。強引にドアノブを回して、壊してしまう。

 開かれるドア。満点の笑顔の朝潮再登場。

「司令官、朝潮は大体察しました!!」

「何を!?」

 意味不明な理屈で近寄ってきて、彼に言うのだ。

 ……笑顔のまま。

「何やらまたお困りのようですので、朝潮が司令官のお力になります!! これから司令官にこの朝潮、ずっと一緒にいます!! 一人で大変になる前に、朝潮に全てぶちまけてください!!」

「ファッ!?」

 何いっているのこの駆逐艦!!

 と、驚く提督。が、朝潮は譲らない。

「司令官は放っておくと危なっかしいのは皆さんよく知ってます!! ですので、朝潮が司令官を一人にはさせません!! 何なりとご命令ください!!」

 前回の教訓で、一人にはさせない。

 朝潮が四六時中一緒にいて相談でも何でもしろと。

 無理矢理、言い寄ってきた。

「カエレ!!」

「こればかりは何を言おうとも引き下がるわけには参りません!! 大事になる前に朝潮にぶちまけてください!」

 北方棲姫の様に叫ぶが却下。

 既に大事である。提督、朝潮のまさかの対応に真っ青になった。

 ……ロリコン街道まっしぐら。

 飛鷹に殺される未来しか見えないが、朝潮に根負けして最終的に彼は敗けを認めるのであった。


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