本当に結ばれる、ただ一つの方法   作:らむだぜろ

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心の壁と朝潮の武器探し

 

 

 

 

 

 

 

 取り敢えずの平和は戻った。

 朝潮は沈静化し、鈴谷は加賀の活躍もあって、現在扱きで鍛えている。

 ……まあ、彼の悩みは解決していない。

 皆に危険を、負荷を増やしていると言う罪悪感。

 必要なことなのだろう。敵が激化すれば当然の判断。

 これは、彼の精神の問題なのだ。

 そもそも、なぜ罪悪感を感じているのか。

 ……自分に、戦う理由はないからだった。

 改めて自分を見つめ返す。彼女たちは、指示されれば戦う。

 それしか周囲は求めない。提督も、上が言うなら戦えばいい。

 言われる立場は同じ。けれど、提督はより艦娘に近い環境にいる。

 彼女たちに、悟られるのではないか。空っぽの内心、中身のないの指示を。

 大本営は組織だ。提督が何を抱えようが関知しない。

 だが、艦娘と提督は距離が近い。近すぎる。

 自分の命を預ける存在が、そんな頼りないような人間ならば、どうなる?

 ……答えは簡単。見限り、愛想を尽かされるのだ。

 そうすれば、彼は戦えない。何もできないただの人間。

 今を構成する全てを喪失する。思い出せ、艦娘に支えれている現実を。

 そうか、と彼は自覚した。これは、罪悪感の他にもある。

 

 ――恐怖だ。

 

 彼は、部下に知られたくない。空っぽの提督だと。 

 当たり前の理由である皆を死なせたくない、という建前の裏側にある虚無を。

 自分自身のことなかれは、きっと相棒も知ってる。

 けど、本心は果たして、彼女は気づいているだろうか?

(怖い。みんなが、怖い。知られる。見放される。そうしたら、俺は……)

 路頭に迷うか。あるいは、そのまま死ぬか。死ねればまだ、いいかもしれない。

 理由がないから、理由を作った。

 ダメコンという欠陥を搭載して自分の命を裏側で賭けていた。

 カッコいい理屈なんてない。そこにあるのは情けない、無能な男の嘲りを受けるような話。

 死なせないなんて、誰でもしている。彼の場合は、そこから先がないからわざわざ酔狂な橋を渡った。

 参ったものだ。今までは、戦う理由がなくても続けてこれた。

 有能ではないのもある。何より、自分は戦いが下手くそなのだ。

 文字通り、痛いほど知っている。何度失敗しても、うまくいかない。

 大本営で言ったことは嘘じゃない。全部、自分の自己評価。

 正直言うなら、戦いはしたくない。だってうまくいかないと分かっているのに、誰がやる。

 輸送や護衛、支援さえしていればその日の食い扶持は稼げた。

 何もなくても手伝っていればいいと、そんな気軽な気持ちがあったかもしれない。

 戦争を舐めている、まさに阿呆のやることだ。

 だが、矢面に立ったらこの様だ。理由がなければ、戦うに値しないと思われたら?

 ああ、怖い。部下が、艦娘が、怖い。

(知られたくない。俺の内側に何もないことを。覗かないでくれ。頼むから、お願いだから……)

 折角、仲良くなったのに。折角、うまくいくと思ったのに。

 知られたくない。悟られたくない。どうすればいい。どうすれば上手に隠せる?

 

 ――遠ざけてしまおう。

 

 結局、出てきた答えはこれだった。

 仲良くする限り、きっと皆に内面を覗かれる。

 絶対嫌だ。見られたくない。全員だ。全員、見させない。

 結果さえ出せば大本営は何も言わない。言わせない。

 彼が知る確実な方法は、シンプルに遠ざけることだった。

 接しなければ、知られない。簡単だ。今度は取り繕って見せよう。

 知っているか? 笑顔ってのは、ある種の仮面なんだ。

 笑っていれば大抵の場面では通用する。その癖、他の感情を悟らせない優秀な仮面。

 印象も悪くないし、コミュニケーションの上でも違和感は少ない。

 常に笑っていればいい。笑って誤魔化せ。笑って流せ。笑って済ませろ。

 心の中に、誰も入れるな。……相棒さえも入れさせない。

 皆の命を守りつつ、自分の現状をも守る欲張りな方法はこれしかない。

 やってやる。今度こそ、自分の心は自分で守る。保身と、命を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……最近、寂しいと思う。

(提督が……変わらなくなった)

 鈴谷はいち早く分かった。以前のような、優しさが見えない。

 秘書をやる。提督は適度に話して、適度に笑って過ごしている。

 聞けば答える。問えば教える。けれど、何かが違う。

(違うよ提督。鈴谷が聞きたいのはそんな言葉じゃない)

 なんだ、この違和感は。周囲はいつも通り過ごしているけど。

 皆、気づかないのか? この人、何だか中身が見えなくなったと。

(誰……? この人は、鈴谷の好きな提督なの?)

 まるで精巧に作った偽物と過ごしている気分。

 そう、偽物。偽者じゃない。感情を感じないから、人ですらない。

 良くできている。声も表情もほぼ同じだ。……感情があれば、だが。

(薄気味悪い。ずっと笑っている。笑っているだけじゃん。何があったの提督。なんで話してくれないの? 鈴谷、聞いてるのに)

 気持ち悪い。そう、率直に言うなら今の彼は気持ち悪い。

 微笑みしか浮かべない。会話をしているのに、それは表面上。

 こっちの感情を全部カットして、聞いてない。言葉だけでやり取りしている。

(また……? また、自分の殻に閉じ籠るの提督?)

 成る程、手段を変えてきたか。

 やっていることは同じだ。しかし、今度は露骨じゃない。

 もっと上手く欺瞞して、周囲と繋がったまま、閉じ籠ってくれたのだ。

 こうなると、鈴谷も対処が分からない。聞いてもダメ、近づけば然り気無く追い払う。

 のらりくらりと手を伸ばしても、煙のように掴めない。触れたいのに、空を切る。

(…………寂しいよ。ねぇ、聞こえているならちゃんと見てよ。鈴谷はここにいるよ?)

 目を見て話さなくなった。特に、親しい鈴谷や飛鷹に対して。

 飛鷹は今回は眉を顰めて、様子を見ている。

 いわく、

「本気で寄られるのを嫌がっているみたい。私にも、何も喋ってくれないのよ? 邪険に扱うと悪化するって学習しちゃったみたいね。一本取られたわ。下手になんかすれば、間違いなく悪くなるって、言外に言っている。強引にすれば、次は多分、露骨だろうけど相手もしなくなると思う。避けられる可能性が高いから、私は今回は見守ることにした。ごめんなさい、私もこれは困ってるから……」

 と、近づかないことを選んでいた。

 こう言うときは構うと本人との関係が拗れる。飛鷹が恐れるのは、関係の崩壊。

 だから、及び腰で対岸で見守るしかない。

 鈴谷は途方にくれた。自分も無理。有利な筈の飛鷹ですら警戒されている。

 ならば、一体誰が彼に突破をしてくれる?

 自分達以外で、親しい間柄で尚且つ、怖いもん知らずのダークホースなんて……。

 

「司令官ッ!! 限界突破のドリルとかどうでしょうかッ!?」

「ドリル!? お前は宇宙に穴でも開けるのか!?」

 

 ……いや、いた。

 怖いもの知らずで、いつも通り接している娘が、一部だけ。

(……。あの子は無邪気だな)

 見てて思った。これが、違いか。

 幼さというある意味選ばれた武器が、彼女にはある。

 無知は罪か、あるいは救いか。此度は、救いと出た。

 彼女は何も分かってない。大人じゃないから、分からないんだろう。

 だからこそ、怯まずに突撃していける。素直以上に、強い武器がある。

 朝潮。あの娘と、その姉妹。あと一部の駆逐艦だけは、何時もと同じく接していた。

(……ダメだ。提督に、警戒されている時点で、もう)

 見ていると、何だろうか。なんだか、少し、寂しい。

 けど、納得もしてしまう。あの娘のような勢いがない。

 彼女には、提督に対する心配が、全身で表現できる。

 鈴谷は言葉にはできても、行動には移せない。何故なら、その先にある離別が怖いから。

 分かりやすいのかもしれない。裏表がない、溢れている感情。

 子供っぽさが、彼女の武器。そして、無邪気さと真面目さが。

(……ダメかな)

 これは、勝ち目がないかもしれない。

 鈴谷に出来ないことをできる娘がいるなら、その子に譲るべきかもしれない。託すべきかもしれない。

 無理を通して、全てを台無しにしたくない。鈴谷は、臆病になっていた。

 選ばないといけない。ここが、分岐点。

 賭けに出て、全部失うか。それとも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本で読みました! ドリルが回転するたびに勝利に近づくと!!」

「くっ、お前もアレに目覚めたのか、螺旋の艦娘! やはり朝潮にドリルは危険だ、今すぐ使用を止めなさい!」

「いいえ、止めませんッ! 朝潮のドリルは敵を貫き、絶望をぶち抜く希望だと信じます!!」

「ぬうううううううううッ!!」

 何やら執務室で、朝潮と提督が揉めている。

 議題は、近接艤装の使用について。

 朝潮は次なる工具、ドリルの使用を求めているがアンチドリルの提督は認めない。

 呻きながら一歩後ろに下がる提督。悔しそうに悶える。

 その前を、小さなオモチャのドリルを構えて熱弁する朝潮。

 朝潮が優勢である。

「ドリルなど認めんぞ! 俺はドリルなど決してッ!!」

「認めてください司令官! ドリルを使えば、強固な深海棲艦の艤装だって、きっと破壊できます!!」

「敵を貫く螺旋の槍……そんな野蛮な武器を、天使朝潮が使うなどと!! 血塗れになったらどうする!? 天使から悪魔になる気か!?」

「何を仰っているのかまるで分かりませんが、血塗れでも司令官のためなら朝潮、我慢します!!」

「我慢の時点で嫌がってるじゃねえか!?」

「正直言えば嫌です!! 生臭いので!」

 ドリルは使いたい。けど、ミンチを浴びるの嫌だ。

 面倒な注文である。

「ですがドリルはどんなに硬い装甲でも削れるんです! 非力な朝潮でもきっと扱えます!」

「ダメだ、認めぬ! 野蛮なスプラッタ工具など俺は看過できぬゥッ!!」

 提督は絶対に使用を認めようとしない。

 朝潮はそれでも諦めない。有効なら取り入れる。

「ならばドリルをミサイルに!!」

「どわぉ!? 発想が怖いな朝潮! けどそれなら誰でも積めるだろ!」

 右手にドリルを装備してぶっぱなすとか言い出した。艤装の技術でも多分無理。

 というか、誰にも積めない。

「むむ……ならハンマーはどうでしょうか? こう、でっかい輝くハンマーとかなら、威圧感ありますよね?」

「うちの資材が光になっちまうよ!!」

「じゃあ、大型の対艦ソードとか! 木曾さんみたいに、悪を断つ、みたいな!」

「お前それ、支援する馬なしで振り回せるのか?」

「……無理です! 諦めます!」

 ダメだった。

「じゃあ、何が有効でしょうか? 両手にロケット推進持って噴射して、空中からドリルキック……」

「ドリルから離れろ朝潮。如月がくしゃみするだろ」

 どのみちえげつない。

「……あ! そう言えば他の鎮守府の方で、メイスを振り回す三日月さんがいると聞きました!! 朝潮もどうでしょうか!?」

「……ああ、あの伝説の提督の所か……」

 メイス振り回す三日月は割りと有名な鎮守府の話。

 変な髪型の肌が褐色の男が提督やっていて、殺っちまえミカという台詞を言うと三日月が深海棲艦を絶対に皆殺しにするという。

 ついたあだ名が『鎮守府の悪魔』らしい。カッコいいとは思うけど少し怖い気もする。

「メイス、ね。それは考えておこうか。打撃なら勢いつければ威力はあるだろうし。トゲつけておこうな?」

「了解です。あ、ペンチも引き続き使っていきますね」

 ひとつめ、メイス。打撃武器。ペンチ、溶切武器。後は。

「万が一を考えて盾が欲しいです!」

「盾か……」

 軽量、機動力特化には変わらないが保険ぐらいはほしいと要望。

 提督とあれこれ考える。

「ああ、ニッパーとかどうでしょう!?」

「いいね、それ!」

 相談して、菱形のニッパーを設計することにした。

 こっちは刺したり単純に斬ったり、防いだり持ち上げたりできる多用武器にする。

 主砲じゃ意味がないから、白兵戦で艤装を破壊して勝利する。

 という、独特の考えになった朝潮は、次の日から新しい艤装を試すべく、抜錨して戦いに赴く。

 気づかない二人。周囲と壁がなくぎゃあぎゃあ騒いでいるのは、この組み合わせしかないと言うことを。

 それが意味する結果を、まだ二人は気付けない……。

 

 


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