あくまでも正義   作:Mild Blend

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01話 アモンとデビデビの実

俺はクロス・アモン、武闘家だ。

今年で十五になるが、十歳より以前の記憶はほとんどない。故郷はおろか両親の顔や、どうやって暮らしてきたかもサッパリだ。にも関わらず、なぜか自分の名前や地理に歴史、世界情勢については明瞭に覚えている。

他にも銃火器や刀剣の扱いに逮捕術や合気道、生きていく上で役立つサバイバルスキルなど、子供の生活とは不釣り合いな情報が知識として残っていた。

 

どうしてこうなったかは不明だ。

最近有名になってきた革命軍に英才教育を仕込まれた子供スパイだったのかもしれない。

スパイか……ピンとこないけど、情報戦線において有効な手段の一つである事は確かだ。でも俺はヒーローの方が良い。

 

五年前、記憶を一部喪失状態で目覚めた俺は、板きれに掴まったまま海を漂流していた。おそらく乗っていた船が大破したんだと思う。原因は色々考えられるから逆に解らない。

怪我はなかったけど、飢えと渇きがヤバかった。しかも全く力が入らない。それでも見苦しいまでに必死に、板きれにしがみつくしかなかった。

うん、それはそうだよね。だって俺――悪魔の実の能力者だもん。覚えてないのに知っているというのは不思議な感覚で、害はないけど未だに馴染まない。

 

でも溺れ死ぬかもしれないって状況下で、藁をも掴むのは人情ってものだろう。何ら恥ずべき行為ではない。

当然のように俺は生に執着し、もがき、あがき、くらいついた結果、運命の出会いによって命を救われた。

運命と言うと大袈裟に思えるかもしれないが、決して言い過ぎだとは思わない。

 

九死に一生を得て判った事、それは子供の俺はまだまだ弱いって事。それなのに大人顔負けの知識や強さを持っている異質な存分でもあるって事。

おお、ワケありって感じのヒーローっぽくていいかも。

体は子供、中身は大人的な……

 

 

閑話休題

 

 

そんなこんなで俺は今ドラム王国に来ている。

冬島のドラム王国は寒冷気候の島国だから、万年雪化粧をして正に絶景という形容詞が相応しい。

日常生活においては何かとご苦労も多いだろうけど、人間の適応能力の高さには舌を巻くばかりだ。

上陸した時はあまりの寒さに景観を楽しむ余裕なんてなかったけど、舞い散る雪がとても美しくて心が和む。

 

実は世話になっている村の猟師が気になる事を言っていた。森の奥深くに怪物が現れて犠牲者も出たとか……。

俺がこの村に滞在している理由は、ある人の帰りを待っているからだが、かれこれ一週間は経つ。

一日中村に留まって待つのも流石に飽きてきた。

その怪物に興味が湧いたし、害獣であれば討伐すべきだろう。

受けた恩を返す事は、人として当たり前の行為だ。

悪の怪物を退治するのもヒーローの役目だし、ここは俺が行くっきゃない。

 

危険だの子供が無茶だのと騒ぐ村人の制止を振り切り、我を押し通して雪に埋もれた森へと踏み入る。

心配してくれるのは嬉しいが、勝てないと思われているなら心外だ。

何度も言うが、俺はヒーローだから大人より強いし、悪の怪物なんかに負けるはずもない。

それにいきなり出現したって所が気になる。

万が一″悪魔の卵″が関係していたら、俺が対処すべき最優先事案だ。

 

 

小走りで駆け始めて三時間、俺の小走りは並の大人の全力疾走より遥かに速い。従ってかなり森の奥深くまで来ていた。

樹々には縄張りを示すであろう爪痕が真新しくつけられている。雄に二メートルを超す高さにあるそれは、相手が如何に巨大であるかを物語っていた。

猟銃を持った狩人でさえ畏れるほどの怪物だ、俺にとっても″当たり″である可能性は低くない。

気配を殺し、息を潜め、慎重な足取りで歩を進める。

警告とも思える爪痕の数々を辿り、ついに俺は目当ての怪物を発見した。

 

薄汚れた濃灰色の毛並みと異様に発達した長く鋭い爪、熊よりも遥かに大きい巨躯には多くの古傷が見られる。

ドラムという土地柄からラパーンだと思うが、知識として知る外見とは似ても似つかない。

二足歩行する凶暴な肉食獣である雪ウサギ――それがラパーンだ。

 

「……これは!? 悪魔の卵の波動か。偶発的にしろ、作為的にしろ、変異が進んでいるな、さしずめラパーン亜種と言ったところか」

 

全身には大小無数の傷痕が見てとれる。片耳は千切れ、もう片方も上半分がない。特殊な個体であるが故に群れには馴染めず、相当な苦労をして生きてきた事が容易に窺い知れた。

何より目立つのは右肩に寄生する悪魔の卵、特異に発達した右腕が禍々しく脈打つ。

まだ理性は残っているように見えるが、覇気は感じられない。

 

「そうか、お前は、巡り合えなかったんだな。死に場所を求めてここに来たのか?」

 

悪魔の卵の影響で変異し、異端として除け者にされ、理解される事なく生きる。想像を絶するような修羅場をくぐってきたに違いない。

信じられるのは己のみ……いや、己自身さえ忌み嫌っているのではないだろうか?

 

眉間についた一際大きな傷痕は、まるで己を否定する事でついた自傷痕に思えた。

山頂からの吹き下ろし風が止み、ラパーン亜種が鼻をひくつかせる。どうやら不穏な匂いを察したようだ。瞬時に臨戦体勢を取り、周囲を警戒し出した。

 

ラパーン亜種が獰猛な唸り声と激しい敵意を放つ。

 

「ガルルルルゥゥ」

 

近付けば殺す、そう言う意思表示だろう。

悪魔の卵のせいで人を襲い喰らう怪物に成り下がったが、わずかな理性が自然の摂理に倣おうとしている。

おそらく俺が逃げ出せば、追っては来ないだろう。

嫌いじゃない、むしろ武人然とした態度に敬意すら抱く。

殺してしまうのは忍びないが、悪魔の卵に寄生されたら救いようはない。少しでも苦しみがないよう屠る、それが俺にできる唯一の救援だろう。

 

俺は一瞬でも考えてしまった傲慢さを払うかのように首を振った。

 

改めて悪魔の卵に支配されたラパーン亜種と向き合う。

お前も苦しんできたんだろう、色々と事情があるのだろうが、俺にも曲げられぬ信念がある。

 

「恨みはない。謝りもしない。いざ、尋常に――勝負ッ!」

 

野生動物を相手に殺しても殺されても恨みっこ無しだと伝える事に意味はない。伝えるまでもなく、本能で理解しているからだ。それでも尚、伝えたかった。

 

前口上を終えるや否や、ラパーン亜種を殴りつけた。

覇気を纏わぬ拳は分厚い脂肪と筋肉の鎧を貫くには至らず、ラパーン亜種はたたらを踏んで留まる。

最初から仕留めにかからないのは、正々堂々ありたいという俺の意思表示だ。例え伝わらなくても示す事に意味がある。喧嘩上等、エゴで結構。

 

ラパーン亜種の強靭な脚力は環境の不利をものともせず、まるで地面が爆ぜたような錯覚と共に一瞬で距離を縮めてくる。

空気すら切り裂きそうな前脚による連撃を紙一重でかわす。しかしながら悪魔の卵で変異した右手だけは、空を裂き、掠めただけで鮮血を舞い上げた。

 

「うぉっ、想像以上に速いな」

 

ラパーン亜種と違って俺は雪面での戦闘に慣れていない。まともに受ければ衝撃を流しきれないだろう。

ひとまず回避に専念し、眼前に迫る巨大な爪を辛うじていなす。

 

「虚実はないけど、一発一発が異常なほど重いな」

 

いなした腕が軽く痺れる。

大木を容易くへし折る一撃だ、当たらずとも体力と精神力を使う。

 

「……まだ速くなるのか」

 

ラパーン亜種の連打スピードが益々速くなった。

肌を掠める回数も増え、徐々に捌き切れなくなっていく。

 

ヤバい……こいつは、ヤバいな。

重みのある連打が次第に速さを増し、回転数も上がってきた。

速さを意識した攻撃に切り替えてきたか。

その上で致命の威力も残している。

こんなヤバいウサギがいたなんて……。

 

「ハ、ハハハッ! いいね!!」

 

自然と笑いが込み上げて来た。と同時に激しい衝撃が襲う。

ラパーン亜種の一撃をモロに食らい、受け身も取れずに吹き飛ばされてしまったからだ。

バラバラになりそうな痛みより、歓喜のパルスが全身を走る。

 

「……よし、だいたい解った」

 

 

仕留めたと思った俺が即立ち上がったせいで、ラパーン亜種はいっそう警戒心を強め、そのままの距離を保っている。

 

「ふぅ、やはり実戦に勝る修行はないな」

 

受け売りではあるが、本当にそう思えた。

討伐という当初の目的を忘れ、思う存分拳を交えたくなる衝動を抑え、俺はゆっくりと両手両足に巻き付けてある重りのアタッチメントを外す。

一つ一つが俺の体重以上であり、それが四つドサッと雪面に落ちた。

久々に解放された体は綿のように軽い。

 

「もっと興じていたいが、ライオンはウサギを捕らえるにも全力を尽くすという――獅子搏兎、俺の本気を見せてやるよ」

 

やるからには出し惜しみはなしだ。

悪魔の卵を回収するために、悪魔の実の能力も解放する。

覇気も存分に練り上げて両腕に纏う。

悪魔の実の力で俺も異形へと姿を変えた。その変化にラパーン亜種は驚きを隠せないようだ。気持ちは解る。俺も初めて見た時は、鏡の中に化け物がいると慌てたもんだ。

ラパーン亜種は震えていた。本能が恐怖を感じるのだろう。

 

「強きウサギよ。お前の求めるものは、ここにあるぞ!」

 

そう叫んだ。なぜだか伝わる気がした。

 

後退りしていたラパーン亜種の歩みが止まり、奴は再び突進してきた。

先ほどとは異なり、俺は十分な間合いで攻撃を回避する。重りを外したおかげで、今は余裕を持って対処出来ている。

俺はラパーン亜種の懐に潜ると、武装色で硬化させた手刀をお見舞いした。分厚い筋肉の鎧をあっさり突き破り、その一撃は心臓に達する。

おびただしい量の出血が俺を紅く染め、やがて巨体がぐらりと揺れ、ラパーン亜種は永遠の眠りについた。

 

俺は拝手をもってラパーン亜種の御霊を送る。

その存在と出会いに感謝し、手を合わせる事で礼と為す。

 

ラパーン亜種は確かに強かった。

しかしながら悪魔の卵を十全には使いこなせておらず、我を貫き通すには力量不足だったと言える。

技の一つも使う事なく、スペック差によるゴリ押しで勝ててしまったのだから……

 

「お前の死は俺を更に強くするだろう。俺の中で血肉となって供に生きろ」

 

そういうや、俺は異形の左手でラパーン亜種に寄生する悪魔の卵に触れ、肩肉ごと喰らい尽くす。

ドクンという鼓動が聞こえ、数秒後に力が漲ってきた。

 

「これで3つ目か」

 

悪魔の卵を吸収するたびに得る力は、俺に仮初めの全能感を与えてくれる。力こそ全てであり、その全てを支配しろと、内なる悪魔が囁く。

 

三度目でも未だにこの感覚には慣れない。

俺は昂る心を鎮めようと目を閉じ、深く息を吐いた。

自然と一体化するが如く、緩やかに気を練る。

 

落ち着きを取り戻した頃には、頭や肩にはかなりの雪が積もっていた。パパっと雪を払いのけ、外した重りを再度装着する。

 

「……やっぱり軽く感じるな」

 

パワーアップの恩恵を体感するが、調子に乗ってはいけない。世の中上には上がいるのだから。

 

討伐の証となる毛皮や爪を持って、俺は意気揚々と帰路につく。土産話も手土産もたっぷりある。

村まで残り半分に差し掛かった折、上空より飛来する圧倒的な覇気を感じた。

ラパーン亜種など比べ物にならない程の存在感、俺より格上である事に疑問の余地もない。

 

「アモーンッ!!」

 

咄嗟に飛び退いたおかげで、直撃を避ける事には成功したが、衝撃で吹き飛ばされた。

飛来物が落下した場所は半径二十メートルはあるクレーターが出来ている。

その中心には鬼の形相をした壮年の男が一人――

 

 

「かあぁぁぁっ! 答えろ、アモン!!」

 

 

俺の知る限り最強の雄にして、俺の知る限り最高の漢である。

他の誰でもない、敬愛して止まない俺の師匠だ。

手土産も捨て置き、師匠の下へと駆け寄る。

 

「師匠ーッ!」

「流派!! 東方不敗は!?」

「王者の風よ!」

 

師匠の突き出した拳に、俺も拳で応える。

 

「全新!?」

「系裂!!」

 

繰り出される無数の拳を捌き

 

「「天破侠乱!!」」

 

加速する拳をひたすら捌く。

 

「「見よ! 東方は紅く燃えている!!」」

 

最後に師匠と俺の拳がぶつかり、衝撃波が周囲の雪まで凪ぎ払う。

他人が見るとただの殴り合いに思うかもしれないけど、これが師匠の完成させた流派東方不敗の担い手同士の挨拶だ。

滾る拳を交える度に、俺の心は熱くなる。

久しぶりの再会に喜ぶ俺とは逆に師匠は怒っていた。

 

「このバカ弟子がッ!」

 

覇気を纏った拳骨が脳天に炸裂し、激痛と目眩で頭を抱える。

 

「痛ッ……し、師匠、何を」

「ワシは村で待てと言ったはず、言い付け一つ守れん愚か者への仕置きじゃ」

「で、でも村の人が困っていたから」

「そう、村の者達は困っておったぞ」

「だから俺が何とかしようと」

「まだ解らぬか、バカ者! その村人が血眼でお前を探しておったのだぞ!」

「えっ!?」

「困っている村人を助けようとしたお前が、村人を困らせたとあっては本末転倒と言うもの。やり方はいくらでもあっただろうに、まだまだ未熟よな」

「……」

 

言葉がなかった。

心配事を取り除こうとして、逆に心配事を増やしてたなんて……何より言われるまで気付けなかった事が情けない。

村人の事を考えてたつもりが、結局は自分の事しか考えてなかったんだ。否定したいけど心当たりがあり過ぎる。当たりがどうとか思ってたもんな……うう、恥ずかしい。

 

「しかしな、義を見てせざるは勇無きなり。お前は未熟だが、臆病ではない。やってしまった事を悔いても始まらん。まずは一刻も早く元気な姿を見せて、村人を安心させてやれ」

 

師匠の手が頭に触れた。

痛みがスッと薄れていく、文字通りの手当てだ。

 

「は、はい! ありがとうございます! 師匠ッ!!」

 

師匠の一言一言で一喜一憂してしまう俺。

平常心こそが重要なのに、まだまだ修行が足りないな。

 

「良き相手にも恵まれたようだな。覇気が以前より上がっておる」

 

そう言いながら師匠は俺の頭を撫でてくれる。

少し照れくさいけど、嫌じゃない。

 

「そ、それで師匠、古いご友人にはお会い出来たのですか?」

 

気恥ずかしさから、俺は慌てて話題を変えた。

今回の置いてきぼりも師匠が秘密裏に人と会う為だったし、年に一度は必ずドラムを訪れている。

弟子にも会わせてくれないのは正直寂しいし、ちょっとだけ腹も立つけど、我が儘を言って師匠を困らせる事はしたくない。

まぁドラムまで無理矢理着いて来てる時点で……あっ、そう言う意味か。

うーん、どうやら俺は現在進行形で師匠を困らせ続けてるみたいだ。

チラッと師匠の顔を見るが、先ほどまでの鬼の形相はしていない。

ホッと胸を撫で下ろす。

 

「うむ。昔話に酒が進んでな。つい長居してしまったようだ、許せ」

「いえ、俺は別に……」

 

寂しくなかったと言えば嘘になる。

年々師匠がドラムを訪れてる間隔が短くなっているせいか、俺は知らず知らずの内に自分本位な考えをしてしまっていた。

 

 

師匠に拾われてから、もう五年になる。

当時の記憶はひどく曖昧で、覚えているのはカームベルトという無風海域で漂流していた事、悪魔の実の能力者だから溺れかけてた事、そんな俺を師匠が助けてくれた事くらいだ。

師匠がいなかったら間違いなく俺は死んでいた。

軍艦よりデカイ海王類をワンパンで倒す師匠は、俺の憧れるヒーローそのものだった。

師匠は流浪の武闘家で同姓の縁もあって、身寄りの当ても記憶もない俺を弟子にしてくれた。

 

俺の人生は師匠との出会いから始まったと言っても過言じゃない。

 

師匠は世界最強の男だ。

その名は東方不敗、マスターアジア!

本名のクロス・シュウジより東方不敗の方が世の中に浸透している。

その名の示す通り、流派立ち上げ後は負け知らず。

決着がつかずに引き分けた人もいたらしいけど、不敗である事に変わりはない。

 

師匠は俺のヒーローだ。

ヒーローが負けたら世界は悪の手に渡ってしまう。

そんな事は師匠が、そしてこの俺が許さない。

俺も師匠のおかげで強くなったし、この先まだまだ強くなる予定だ。

 

その為にも″悪魔の卵″がいる。

 

俺の食べた悪魔の実――デビデビの実、ゾオン系幻獣種モデル:魔王(ルシファー)。

世界中を旅してる師匠でも存在すら聞いた事がなく、どんな文献にも記されていない悪魔の実、それなのにまた例の如く俺だけは知っていた。

 


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