とある科学の歪曲時計【凍結】   作:割り箸戦隊

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幻想御手②

警備員(アンチスキル)」とは、志願した学園都市の教師陣による治安維持組織であり、学園都市の外の警察のような存在である。

今回、木山が引き起こした「幻想御手(レベルアッパー)事件」は約一万人の犠牲者が昏睡状態に陥った大事件であり、容疑者を確保する際に能力を使って抵抗した木山に多数の警備員たちが撃破され、近隣の構造物がまるで戦争が起こったかのような有り様になってしまった。

そんな事件現場となってしまった場所に、容疑者の木山と一緒に留まっていた御坂と久遠があっさりと帰宅を許される訳もなく、事情聴取の為この場に残されていた。

久遠はそもそも「幻想御手」の事件の詳細を【メンバー】の仲介役から知らされておらず、話せる情報など無かったのだが、それを伝える相手である警備員達が忙しなく現場の被害確認の為に走り回っているので、ひたすら待たされているという訳である。

顔を見られただけならこの場から立ち去る選択肢もあるが、昼間の仕事では「スキルアウト(武装無能力集団)」避けに長点上機の制服を着ている為、逃げた所で後から呼び出されるだけだろう。

 

「ところで、お姉様。こちらの殿方はどなたですの?」

 

少し前に、久遠と御坂の待機していた場所に突撃してきたツインテールの「風紀委員(ジャッジメント)」が今さらになって久遠の存在に気が付いたらしい。

先ほどまで、御坂を心配するあまりなのか暴走している様に見えた彼女だったが、ようやく正気を取り戻した様だ。

木山に人質として扱われていた、花を頭に飾りつけた風紀委員に帰宅を促すと、久遠と御坂を交互に見ながら聞いてきた。

 

「ただの一般人の【第四位】らしいわよ」

 

御坂に問い掛られた時の適当な返答に、余計な一言を混ぜて答えられてしまった。

当然、【第四位】の部分に反応するツインテールにとりあえず自己紹介することにする。

 

「初めまして。俺は長点上機学園の一年、久遠永聖。よろしく」

 

爽やかな笑顔で挨拶してみたが、ツインテールはこちらを怪しい者を見るような目で見つめてきた。

 

「長点上機に超能力者(レベル5)が入学したという噂は耳にしたことがありますが、こちらの殿方が?」

「多分、間違いないわよ。能力はよく分からなかったけど」

「その超能力者(レベル5)の貴方が、どうしてここにいますの?」

 

久遠は、一度も超能力者(レベル5)であることを認めていないのだが、彼女達の中ではもう確定情報になってしまっているらしい。

所属している暗部組織に依頼があったので、出動してきました。なんて正直に答える訳にもいかず、即興で薄っぺらい理由を述べる事にする。

 

「近くを散歩してたんだけど、原子力実験炉によく分からない化け物が向かってるのが見えたから。それを阻止しようとしただけだよ」

 

下手に言い訳するよりもマシだと思って簡潔に理由を作ってみたが、疑わしい者を見るような目が二人分になってしまった。

もう少し捻った回答をするべきだったのかもしれない。

 

「こっちもいくつか聞きたい事があるんだけど、いいかな」

 

本当は全く興味ないが、ずっと質問され続けるのも疲れそうなので、今度はこちらから質問をする事にした。

 

 

 

久遠永聖は学園都市で「置き去り(チャイルドエラー)」と呼ばれる、捨て子のような存在である。

朧気ながら残っている記憶では父親は居らず、母親がいたような気がするが、もう顔も声もろくに覚えてはいない。

学園都市に捨てられ能力開発された後、彼と同じ様な境遇の置き去り達と一緒に研究所に通いながら寂れた施設で生活をしていたが、しばらくすると彼だけが特別扱いされ、研究所の個室に寝泊まりするようになる。

一緒に暮らした置き去り達(なかまたち)と離れるのはそれなりに悲しかったが、生活水準の高い暮らしをさせて貰える上に、研究者達は彼にとても優しかったので、文句を言ったりはしなかった。

 

研究所に寝泊まりをするのも慣れてきた頃になると、彼は色々なことに気が付いていく。

 

研究者達が優しく接しているのは彼に対してだけで、他の置き去り達には冷たく接していること。

 

研究所の中で彼と他の置き去り達が接触しないように、能力開発の予定を調整されていること。

 

彼の開発された能力は、超能力者(レベル5)と呼ばれる存在に近づいているらしいということ。

 

この研究所が、彼の能力を向上する為だけに存在していること。

 

 

 

そして、研究所に通ってくる置き去り達(なかまたち)を見かけることが()()()()()()()()()()

 

 

 

もしも、彼が賢い子供だったなら、異変に気が付いて置き去り達と逃げることが出来たのかも知れない。

 

もしも、彼が強い子供だったなら、研究者達に反抗し、置き去り達を救うことが出来たのかも知れない。

 

しかし、愚かで臆病な(おれ)は何もしなかったので。

 

彼が超能力者(レベル5)に到達した時、かつて一緒に暮らした置き去り達(なかまたち)は一人も生き残ってはいなかった。

 

 

 

中学に入学する歳になって研究所暮らしも終わり、彼は一人暮らしを始めることになる。

相変わらず研究所に通う必要はあったが、能力研究の高額な報償金に、中学生が生活するには過剰なほど豪奢な設備の住居を借り、高位能力者が集まる名門の中学校に入学する。

とても置き去り(チャイルドエラー)とは思えない贅沢で輝かしい暮らしを始めた彼だったが、彼の性格は歪みきってしまっていた。

 

学園都市の置き去り達がどんな目にあっているのかも知らずに、くだらない事で一喜一憂するクラスメイト達。

 

どうして、コイツらはこんなに楽しそうにしているのか。

 

どうして、(おれ)はこんな所にいるのか。

 

彼は何をするのでも無く、学校に通い続ける。

 

(おれ)はどこで間違えたのかと、どうすれば良かったのかと何度も何度も繰り返し考えながら。

 

彼は何をするのでも無く、研究所に通い続ける。

 

(おれ)はどうしてこんな思いをしないといけないのか。置き去り達(なかまたち)を犠牲にした能力(チカラ)なんて望んでなんかいなかったのに。

 

彼は何もすること無く、無気力に日々を過ごしていく。

 

 

 

そんな生活を何ヵ月か続けたある日、彼は学校の帰り道で謎の老人に出会う。

学園都市の暗部組織【メンバー】のリーダー。

「博士」と呼ばれているらしい謎の老人は、彼を構成員として勧誘したいと言ってきた。

相も変わらず無気力な彼は、当然のように誘いを一蹴し立ち去ろうとするが、博士は彼の全てを見透かしているかのように語り出す。

 

 

 

「私が過去に囚われることを止めたのは、十四歳の夏だった」

 

 

 

未熟な若者を導くように、ゆっくりと紡がれる博士の言葉に、彼は足を止めてしまう。

 

 

 

「過去への執着は中々断ち切れないものなのだ。私も過去に愛した芸術を完全に捨てることが出来なくて、悩んでいたことがあるのだよ」

 

 

 

今の彼には何もない。やりたいことも、成し遂げたいことも。

 

 

 

「だが、気付いてしまえば呆気ないものでね。私はそれ以降、過去に囚われることは無くなったのだ」

 

 

 

彼はいつの間にか、博士の言葉に引き込まれていた。

 

 

 

「時に、久遠君」

 

 

 

この老人は何を言うつもりなのか。

 

この老人は(おれ)の何を見透かしているのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君は、かつての置き去り達(なかまたち)の顔を覚えているかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

久遠()は記憶を思い返し、自分が()()()()()()()()()()()()、ことに気が付いて。

 

全部が終わってしまったことに気が付いて。

 

(おれ)が歪みきってしまったことに気が付いて。

 

 

久しぶりに、心の底から声を出して笑ったのだった。

 

 

 

 

 

久遠は、事情聴取を終えると携帯端末で会話をしながら帰路についていた。

あの後、御坂美琴(みさかみこと)とツインテールの少女白井黒子(しらいくろこ)と自己紹介やら、事件の情報交換やらをしたのだが、途中から余りに興味が無さすぎて適当に返事をしながら話を聞き流した為、どんな話をしたのかほとんど覚えていない。

木山の目的の、実験動物にされて植物状態になっている置き去り達の事で協力して欲しいと頼まれたりもしたが「俺の能力の限界を越えている」と適当な理屈を並べてお断りさせて貰った。

 

「って感じで、ずっと電話もできなくてさぁ」

「災難でしたね」

 

愚痴を並べる久遠に、【メンバー】の構成員の一人である査楽(さらく)が苦笑混じりに言う。

警備員達が木山を確保した後、裏からの手回しはもう一人の構成員である「馬場(ばば)」が遂行するらしいので、暇している査楽に愚痴のついでに今回の顛末を説明しているのだが、こうして言葉にしてみると何とも滑稽な話である。

 

「格好つけて助太刀したのに、余計なお世話だったんだって」

 

自分で喋っていて可笑しくなったのか笑いながら久遠は言った。

御坂達から聞いた話によると無限に再生してる様に見えた化け物は、「幻想御手」のアンインストールによって再生を封じられており、あとは核を破壊するだけという状態だったそうなのだ。

御坂が核を破壊する為に攻撃を仕掛けようとする、まさにその瞬間に久遠が介入したらしい。

自分のあまりの空気の読めなさに、聞いたその場で笑ってしまった。

 

「原子力実験炉の目前まで追い詰められていたようですし、仕方ないと思いますよ」

 

査楽も形の上では久遠を擁護するが、声は半笑いである。

ある程度、今回の顛末を語り終わると二人の会話は自然と雑談に移っていく。

暗部組織と言っても常に任務を遂行している訳ではないのだ。

 

「なんか最近、面白い噂とかないの?」

「久遠君の面白い噂は、世間では面白い噂では無いですけどね」

「査楽もこの前はテンション上がってたじゃん。『常盤台狩り(レディハンター)』を狩った時に」

「あれは可愛い娘がいたからですよ」

「査楽ってちょっとロリコン気味な所あるよな」

 

若者らしい中身の無い会話を続ける二人だったが、住居であるマンションが見える距離まで来て、久遠は会話を終わらせようとする。

 

「もう部屋着くから、切るわ」

「了解です。明日、『17拠点』寄ります?」

 

査楽の言う『17拠点』とは【メンバー】の所有する施設の1つなのだが、博士以外の構成員の所属する学校から近いせいで久遠達の溜まり場になってしまったマンションの一室のことだったりする。

 

「女の子から誘いがあったらそっち優先するけど。なんで?」

「馬場君が見せたい物があるとかで」

「わかった。覚えてたらな」

 

今度こそ通話を切って、久遠は自分の部屋に向かった。

いつものように暗い暗い道を歩いて。

 

 

 

 

 

久遠は、自分を捨ててくれた両親に感謝していた。

この学園都市は能力(チカラ)で全てが手に入るから。

 

久遠は、学園都市が大好きだった。

俺を超能力者(レベル5)にしてくれたから。

 

久遠は、自分の能力を盲信していた。

なんでも壊せる【歪曲時計(さいきょうのチカラ)】だったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園都市の闇に囚われた(おれ)はもう居ない。

 

(おれ)は学園都市の闇になってしまったのだ。

 

 


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