不滅の存在になったので死んで英雄になろうとしたら仲間が良いヤツすぎて死ねなくなる話。 作:アサルトゲーマー
月だ。俺はとうとう月にやってきてしまった。
窓のない宇宙船の中。シュウと音を立てて開く扉を見て、俺はそう思った。
「これが、月か」
開いた先は磨き抜かれた銀色の床。ほこりひとつ落ちてない、手入れの跡が見える綺麗な床だ。
パリラが恐る恐る一歩目を踏み出す。パワーフレームがズシリと音を立てて床を踏んだ。
「床だな、うん。床だ」
拍子抜けしたのだろうか。ただの床を踏むパリラの顔は不満げだ。
俺もパリラに続いて宇宙船を出て周りを見回す。そこは広い空間で、宇宙船の後部にはハッチのようなものが見えた。あそこから入ってきたのだろうか。
「ようこそいらっしゃいました!」
その声に全員の視線が動く。カシン、カシンと規則正しい音を立てながら近づいてくる一体の人型ロボ。そいつは俺の目の前三メートルほどで立ち止まった。
「ワタクシ、汎用AIのスタバーと申します。主人よりメッセージをいただいております、再生してよろしいですか?」
スタバーと名乗ったロボはそう言う。俺とパリラが振り向くと、仲間たちは頷いて返してくれた。
「はい、お願いします」
「かしこまりました。では再生いたします……『おめでとうエスポワール君!』」
俺の背中に冷たいものが流れた。
「『君は真実を知りたいのだろう。うん?ならばこのスタバーについていきたまえ。遠路はるばるご苦労様だったな』……以上でございます」
この主人とやら…。俺のことを見ていたのか?だとすれば、ずいぶんと趣味の悪いことだ。
「エスポワール。お前…ここに来たことがあるのか?」
「あるといえばありますし、ないと言えばありません。あまり話したいことではないので、話せる部分だけ後で話しますよ」
そう言うとパリラは難しい顔をしながらパワーフレームの腕を組んだ。
「それと、こちらはワタクシからの個人的なメッセージでございます。どうかお受け取りください」
スタバーが手に握った手紙を差し出してくる。受け取らないわけにもいかないので、受け取った後開いて中身を読む。……日本語だな。
ん?いや、待て。これはまさか…。
「ふふふ…あっははは!」
「おいどうした」
突然笑い出した俺を訝しむようにゾックが問う。だが、これは笑いが止まらないさ。
すべて読んで確認した後、手紙を丸めて掌の上に置く。小規模の爆発のあと、手紙は跡形もなく消えた。
「これが私の答えです」
「さようでございますか」
微笑みながらそう言うと、どこかウキウキした様子でスタバーが答えた。
ではこちらへ、と歩き始めたスタバーの背中を見ているとミサイルが近づいてくる。
「おいエスポワール。さっきのはなんて書いてたんだ?」
それはちょっと言えないかな。でも、ひとつ言えることがあるとすれば。
「これから始まるのは喜劇ですよ」
■■■
月は巨大な人工衛星だ。そのため居住スペースが充実し、それらと併せて娯楽施設や商業施設が所狭しと配置されている。
スタバーに連れられてきたのはその中でも奥の奥。ほぼ中心部に存在するシェルターの場所であった。
「これはずいぶんと…殺風景だな」
ミサイルがそう言う。周りにはむき出しになった配管や何らかのコンテナが端に寄せられているくらいで、生活感のかけらも感じられなかったからだ。
ピクリとノーレの肩が震えた。
「何か、大きなあしおと…」
ノーレが見つめる先を全員が見据える。そこには大きな扉があり、次第に大きな重い足音が少しずつ近づいてくる。
そして一度足音が止まり、扉が開いた。
「ようこそ!愚か者の諸君!そして愛しいエスポワール!」
現れたのはずんぐりとしたロボット。彼女たちが以前見た軍用ロボよりも二回りほど大きいそれは、力強さに満ちていた。
「愛しい?それはどういう意味でしょうか」
眉をしかめてエスポワールが問う。それを聞いたロボットがそうだな、と間を置いた。
「先ずは自己紹介といこう。私は永久なる存在。ここの住人からはイデオと呼ばれていた。彼らの古い言葉で希望というらしいぞ」
お揃いだな、と嘯くイデオ。エスポワールの眉が少し吊り上がった。
「そして私はお前のことをずっと見ていたのだよ。スペランツァ、ホープ、アマル、エルピス…様々な名前を名乗ってきたみたいだが、それらはすべて希望を意味する言葉じゃないか。それに
「あなたは…」
「お前を無限の存在にした。そう言えば通じるか?」
「理解しました。あなたを殺します」
そう言うとエスポワールが地面を杖で叩いた。…だが、何も起こらない。
「言っただろう、お前を見ていたと。この部屋は特別なものだ。いかにお前とて壊せんさ、あの部屋のように」
一人でついてこい、と背を向けて歩き出すイデオ。エスポワールは後ろを振り返った。
驚きを隠せないミサイル。腹を決めたゾック。ただじっと見つめるノーレ。目をつぶったままのパリラ。
「どうやら因縁の相手のようだな。エスポワールの口から殺す、なんて言葉が出るとは思わなかったよ」とミサイル。
「もしなんかあったらすぐ駆けつけてやる」とゾック。
「おねえちゃんに何かあったら、アイツだけはぜったいにぶち殺すから、安心してね」とノーレ。
「必ず戻れ」と多くを語らないパリラ。
どうやらエスポワールが一人で行く決意をしているのを全員が理解していたようだった。
「みなさん、ありがとうございます。必ず、生きて戻ってきますね」
その言葉にミサイルゾックノーレの全員が反応した。
「生きて戻る、だって?」
「エスポワール、お前……」
「うんっ!待ってるね!」
そう返され、照れ臭かったのか頬を掻くエスポワール。パリラは何なのか理解できてない様子で、キョロキョロしていた。
クスリと笑い、歩き出すエスポワール。その瞳には一切の迷いはなかった。
■■■
「さあ始まりますよ。処刑ショーが」
俺はこの後に起こることを予見して、ニタリと笑った。