不滅の存在になったので死んで英雄になろうとしたら仲間が良いヤツすぎて死ねなくなる話。 作:アサルトゲーマー
狼をほぼ一人で袋叩きにした俺は杖を地面から抜いてほぅと一息ついた。やっぱ疲れるね、連発爆破は。
魔法は程度に限らず狙いを必要とする。例えば狼の足元を爆破しようとすればボールを投げるくらいの集中力が必要だ。それをほぼ同時に五か所やろうとすればもうめちゃくちゃに疲れる。たとえるのならボールでお手玉しながら一輪車乗って綱渡りしつつフラフープ回すくらい難しい。まあ訓練すれば一瞬くらいはできるかも…というレベルだ。
内心ドヤりながら後ろを振り向くとポカンとした顔で男女が俺を見ていた。
「あ…貴女は…?」
女の方が綺麗な碧眼を揺らしながら俺に尋ねる。
「初めまして。私、このあたりに住んでいるエスポワールと申します。あなた方はどちら様ですか?」
「あ、これはご丁寧に。私はアーノで、こっちの彼がコサーディです」
ペコリと頭を下げるアーノ。それにつられてペコリと頭を下げる俺。日本人的な小市民さはいつまでたっても抜けないなぁと内心苦笑いしているとコサーディが俺の腕をガシリと掴んだ。
「あんたスゲー!マジ助かった!ありがとう!」
ブンブン振られる腕と共に俺もブンブン揺れる。
杖がポロリと俺の手からこぼれた。
「エスポワールさんだっけ!?あのドカーン!ってやつはどうやったんだ!?」
「あの、爆発、だったら、魔力で、圧力で、ボーン、です、よ」
「コサーディ、あんまり揺らしたらエスポワールさんに迷惑が掛かるわ」
「あ、ごめん」
パッと手を離されてバランスを崩した。どうやらコサーディの方は好奇心旺盛なんだな、と落とした杖を拾おうと身を屈める。
その瞬間、俺の傍の茂みから舌を出した狼の頭が出てきた。
「危ない!」
「あ痛ァ!」
それを見たアーノが飛び出し、俺を突き飛ばして上からのしかかった。突き飛ばされた俺は顔面から地面へダイブ。しばらく味わってなかった土の味が妙に懐かしい。
「あれ?何やってんのアーノ」
「…えっ?だって茂みから狼が」
「狼は出てきたけど、もう死んでるよ」
「嘘っ!?」
ガバリと体を起こすアーノ。それにつられて狼が出てきたあたりを見ると、フードを深くかぶったニフが狼の死骸の首根っこを掴んだ状態でアーノを呆れた目で見ていた。
「お前…まさか私が見えなかったのか?」とニフ。アーノは気まずそうに視線を逸らした。
「アーノさん」
「ごめんなさい。狼だけしか見えなくって、勘違いして……」
「いえ、その件はいいです。フードめくれてますよ」
「…!」
俺がそれを指摘するとアーノは酷く慌てた様子でフードを被りなおした。
さっき見えたフードの中身は尖った耳に鮮やかな金髪、おまけに整った容姿。これらの特徴から間違いなくゴールドエルフだ。
「見ましたか…?」
「まあ、見ちゃいました」
さっと青ざめるアーノ。まあエルフが人間に見つかったら大体ひどい目にあうからな、その反応もまあ普通っちゃ普通だ。だけどあんまりプルプルさせるのも忍びないので俺はニフに視線を向けた。
はあ、とため息を吐いてフードを脱ぐ彼女。光のもとに照らされた金糸めいた髪がふわりと揺れ、長い耳がピクリと動く。
驚くアーノに右手を差し出し、ぎこちない笑顔でニフは言った。
「初めまして、同胞さん。ニフよ」
■■■
エスポワールと名乗る人間の少女とニフと名乗るエルフの女性に連れてこられた場所は、なんとも混沌とした場所だった。
人間。ゴールドエルフ。ホワイトエルフ。果ては様々な形の機械人形まで。ひょっとしたらモンスター以外の二足歩行する全ての存在がここにあるんじゃないかというありさまだ。
「すっげー……」
「凄いわ!ひょっとしてここは楽園なのかしら」
コサーディとアーノが物珍しそうにキョロキョロとあたりを見回す。金属でできた柵の奥ではずんぐりとしたロボットが子供のホワイトエルフと少女のゴールドエルフを肩に乗せて歩いていたり、人間に交じってエルフたちがかくれんぼをしていたり、しゅっとしたスタイルのロボットと組み手をしている騎士の格好をした人間がいたり…。二人の価値観で言えば「ありえない」をぎゅっと集めた光景がそこにあった。
「驚きました?」
前を歩いていたエスポワールが振り向いて二人に尋ねた。
「それはもう、本当に」
「凄いでしょう?人間もエルフも機械人形も、みんな一緒に平和に過ごす。それがこの村の方針なんです。あなたとコサーディさんが一緒にいても誰にも文句を言われない、素敵な場所ですよ」
「素敵…。そうね、とても素敵ね…」
頬を赤く染めてコサーディをチラリと見るアーノ。その視線に気づいた彼は「何だろう」と首を傾げただけだった。
「さあ、入り口はこっちです。あのあたりに立ってる門番に話しかけてみてください。きっと驚きますよ」
エスポワールが指さした先にはアーチの形をした木製の門。そこには騎士の格好をした人間と武官の格好をしたホワイトエルフが立っていた。
おずおずと歩を進めるアーノとずんずん前に進むコサーディを見てニフはエスポワールに話しかける。
「あなたってホントいい趣味してるわね」
「いやあ、照れますね」
「皮肉で言ってるのよ。まあ、それはお互い様なんだけど」
二人は顔を見合わせてニマリと笑った。
「貴様らァ!そこで止まれ!」
「ひゃん!」
騎士の男の声で驚いたアーノが思わず足を止めた。ドカドカと足音を立てながら近づいてくる騎士に彼女はすでに涙目だ。
「この門を通りたくば名乗れ!貴様の名はなんだッ!」
「ひいっ!アーノです!」
「アーノというのだな!ここには貴様を追い出そうとするものは居ない!精々心ゆくまで休んでいけッ!」
「はいっ!……はい?」
「とっとと通れ!」
「は、はひぃっ!」
騎士に怒鳴られながら歓迎されたアーノは門の中に走っていった。
「止まれ下等生物。貴様は何者だ」
「俺はコサーディ!白いエルフなんて初めて見たぜ!それって生まれつき?」
「下等生物、問われたことだけ答えればいい。余計なことは言わず…」
「かとーせーぶつ?変な呼び方だなぁ」
「おい…」
「エルフってみんな髪長いの?すっごい綺麗だなぁ。手入れ大変そうだけど嫌になったりしないの?」
「……」
「あれ?怒ってる?白いエルフって怒りっぽいのかな。アーノだったらこのくらいじゃ全然」
「さっさと行け!」
「あでっ!」
一方コサーディは武官にあれこれ質問ばかりしていて、最終的に尻を蹴っ飛ばされて門の中に消えていった。
「やっぱりこの瞬間を見るのがたまりませんねぇ」
「そのあたりだけは同意できるわ」
そしてそれを見ていた二人組はニマニマと頬を緩めていた。
ホワイトエルフ村名物、ツンツン大歓迎。ここはいつでも平常運転。
■■■
「魔法師エスポワール!お仕事ご苦労様です!」
「そちらこそ。いつも門番ありがとうございます」
俺が門を通ろうとすると騎士の男がビシッと敬礼をしたので返礼をしながら軽い会話をする。
この男は貴族の騎士だったがとある失敗が原因で国許に帰れなくなり、開拓地でウロウロしていたのを保護したのだ。っていうかぶっちゃけノーレに喧嘩を売った騎士の一人である。
ちょっと足りない物資があるから遺跡に行くついでに寄った開拓地で落ち武者といった風貌で開拓地をうろつく彼ら。そんなのを見つけてしまったら気になるというものだ。
とりあえずパンと水を与えながら話を聞いてみると闇が出るわ出るわ。
とある騎士は事の顛末を実家に知らせたら「そのまま国に帰ってきたら家名が傷つくから件の魔法師に殺されたことにして隠居しろ」とか手紙が返ってきたとか。そんなのはまだ序の内で、暗殺者を送られた騎士まで居る始末。助けてくれ、もう嫌だ、という言葉を聞いて哀れに思った俺はスタバーに持たされた無線機でパリラに問い合わせた。
「捨てられた犬みたいな騎士を保護したいんですけど」
「いいぞ」
ふたつ返事で即OKだった。俺は隠れてた暗殺者らしきオッサンをボンバーした後騎士達を連れてホワイトエルフ村へ。
俺は騎士たちが落ち着くのを待ってから、なんでノーレに喧嘩を売ったのか質問した。すると最も多かったのが「鬱憤が溜まっていた」だとか。
彼ら騎士になる貴族は当主になることができなかった次男三男、または愛人の子などだ。彼らは親に期待されず、息苦しい貴族社会で生きている。鬱憤が溜まるというのもうなずけるものだ。そしてガス抜きに選んだのがソレ、というわけらしい。
そりゃ親に愛されなきゃ子供もおかしくなるってもんだ。その点で言えばホワイトエルフ村は愛であふれているから彼らも更生するだろう。
で、しばらく経った結果が彼だという訳だ。俺の目論見は正しかったなとウンウン頷く。
しかし、こんなにうまくいくのもそう続かないだろう。パリラ達が目指すものは紛れもなく無謀もいいところ。人間とエルフとロボットが手をつないで輪になれる場所なんて、そのあたりで吹聴すれば鼻で笑われるだろう。危険な思想だと判断されて捕縛までされるかもしれない。
だけど俺はパリラに結果を見せられた。この理想のひな型を見てしまえば、嫌でも希望を抱いてしまうというものだ。
人間とエルフの溝は深い。ロボットに至っては個体数が少なく隣人としていまだに手探りな部分もある。だけど、仲良くなるのは意外と簡単なことなのかもしれない。
「だって、何千年も昔に前例がありますからね」
俺は腰のホルスターに差してある