不滅の存在になったので死んで英雄になろうとしたら仲間が良いヤツすぎて死ねなくなる話。 作:アサルトゲーマー
・ペルシーモ
別名エスポワール。名前をいくつも持っている。全てに絶望し、あてもなく彷徨っていたところで自らの運命を変える者と出逢った。
・アルストロメリア
完璧な状態で保存されていたホワイトエルフ。とても大事な使命があったはずだが、何も思い出せない。
何も、感じない。
絶望に押し潰された俺は何をすればいいのかも判らず、ただただ裸で彷徨っていた。
足が切れて血が出ても、痛くない。恐ろしいモンスターに襲われても、怖くない。喉が渇いたのに、苦しくない。
ただひたすら絶望から逃れるために、無様に歩き続ける。それが今の俺だった。
何度死んでも生き返るのなら、この生にどれほどの価値があるのだろうか。それを考えると気が狂いそうになる。いっそ狂ってしまえたのなら楽になれるのに、それがなぜかできない。
だからせめて心が死んでしまわないように、気の赴くまま、好き勝手に生きるのだ。
「なんだこれ…エルフ…?」
そして好き勝手遺跡の中を歩いた結果、俺はガラスのようなシリンダーに入れられたホワイトエルフを見つけた。
見たところ100歳から300歳の女性。生きているのか死んでいるのか判断がつかないほどの微弱な魔力がシリンダーから流れ出ていた。
俺はシリンダーにペタリと手を当てて、じっと中を見る。
「コールドスリープに似た技術…か?」
彼女のまつげが僅かだが凍っていて、髪の毛の光沢も僅かに乱反射しているように見える。だがシリンダー自体は常温だ。これも古代文明の技術なのかと感心しながら、俺はそのシリンダーを開く方法を探し始めた。
辺りを見回すと複雑に絡まった太い配線群。一見ガラスのように見える、透明な壁に囲まれた小部屋。ディスプレイとキーボードが一体化したレトロチックな端末。
「これかな」
キーボードをカチカチと何度か打つと端末がジジジと苦しげな音をあげ始めた。しばらく待つとディスプレイにシンプルな字体で文字が表れる。
「『アルストロメリアを解凍しますか?』ね」
アルストロメリアがこいつの名前なら答えはYES。キーボードをカチカチしてやると再びジジジとうめき声をあげ、ブツリと音を立てて動かなくなった。それと同時にシリンダーから空気の抜けるような音が響いて蓋がベコリと音を立てる。
そろりと触れてやると蓋は滑るように落ち、中身が空気に晒される。その瞬間、中にいたアルストロメリアの体中から蒸気のようなものが立ち上り、わずかに凍っているように見えた要素は完全に消える。頬に触れるとわずかに感じる温かみに生命の存在を確信し、俺は彼女が目覚めるのを待った。
■■■
ヒュッと音を立てて息を吸う。まるで肺の中に空気以外の物でも詰まっていたかのような強烈な違和感を感じ、思わずせき込んだ。
「ああ、大丈夫か?」
投げかけられる優しい言葉。誰だろうか?彼女は顔を上げる。
そこに居たのは長い黒髪の、耳の丸い裸のエルフ。そのカンバセは幼いながらも整っていたがただ一点、瞳だけがひどく濁っていた。
誰だ、と声を出そうとしても喉が張り付いたように声が出ない。ゴホゴホと咳を繰り返し、辛うじて出た声は「みず」の一言だけだった。
「ああ、うん。これでいいか?」
目の前のエルフが指の先に水の塊を浮かす。あまりの驚きに目を見開くが、それよりも先に口が水を吸っていた。
ごくりごくりと喉を鳴らして水を飲み干す。体中に染み渡るそれは、彼女が生きていると強く実感するには十分だった。
「た…すかった。あり、がとう」
そして次に感じるのは酷い空腹と気だるさ。それでもなんとか感謝の言葉をひねり出した彼女はそう言った後に、糸が切れたように倒れた。
「どうした。辛いのか」
「ひどく、腹が減っている…。悪いと思うが、なにか食べるものを……」
「なるほどな」
わかった、少し待ってろと言って立ち去る耳の丸いエルフ。申し訳ないと思いながら動くこともままならない彼女は視線だけを巡らせた。
見覚えのない天井に、用途の分からない機械たち。部屋を覆うような配管に無影灯。どれもこれもがまるで記憶に引っ掛からない。
思い返してみれば…どういうことだろう。自分の名前すらわからない。自分の容姿も、格好も、どうやって生きてきたかも。ただ漠然とした常識だけが頭にあるのはひどく不気味だ。
「私は…誰なんだ?」
見れば衣服すら身に纏っていない。身に着けている物は左腕に嵌っている鈍色のブレスレットのみだ。
そのうち彼女は考えるのも億劫になって、瞼をそっと閉じた。
■■■
どうやら彼女は記憶喪失らしい。それがアルストロメリア、愛称メリアと過ごした結果分かったことだ。
まず、彼女は人間を知らなかった。俺を耳の丸い変なエルフだと思っていたらしい。
次に、彼女は自然で生きる術を知らなかった。触れたらかぶれる植物や強い毒性を持つキノコなどの菌類、子供でも知ってるような木の皮のおやつなんかも全く分からない。
最後に、彼女は銃の名手だった。遺跡の中に保管されていた状態のいいレーザーガンを持たせたところ、まるで長年扱っていたように様になっていた。銃と共に保管されていた戦闘服らしきものがピッタリだったことから、彼女は軍人なのかもしれない。
「ペル!3体抜けたぞ!」
「了解、メリア」
ボッ!ボッ!と小規模な破裂音と共にメリアの声が響いた。俺はその言葉に従い、彼女が作る防衛線から抜けてきた小型のモンスターに向けて投石をする。当然ただの投石ではない、投げる瞬間に手元で爆発させて文字通り爆発的な運動エネルギーを持たせた必殺の一撃だ。駄目押しの空中爆破で石ころは亜音速兵器に進化する。
着弾の衝撃で吹き飛んだモンスターにナイフでトドメを刺して回り、メリアの援護に戻る。彼女の背後に回り、砂利を適当にひっつかんだ。
「二秒後に耳をふさげ!」
「二秒了解!」
レーザーガンを放っていた彼女はきっちり二秒後に姿勢を丸くして両腕で頭と耳を押さえた。その間に俺は砂利をモンスターどもの頭上に放り投げる。
そしてそのさらに上で空気を爆発させる。猛烈なエネルギーを受け取った砂利は下に居たモンスター共を例外なく貫いた。
それを確認した俺はメリアの背をポンと叩く。それを合図に立ち上がった彼女は未だ戦意を失っていないモンスターに銃口を向けた。
「これで全部か」
すべてが終わった後は戦果の確認だ。近隣を荒らしまわっていたモンスター共、総数はざっと200。これだけ数があれば牙や毛皮だけで相当長く遊んで暮らせるだろう。だが、メリアは。
「何故だ…。私の使命は誰かを苦しめる存在を打ち倒すことではないのか…」
膝を着く彼女。その顔はまるで絶望に直面した者のそれだ。
使命。それは彼女の記憶の中に残る、唯一の目的だ。そして同時に唯一の生きる意味であり、彼女はそれを探して様々な場所を彷徨っていた。
俺はそれの付き添い。彼女を目覚めさせたのだから最後まで見守る義務がある…なんて高尚な理由ではなく、ただ放っておけなかった。子供より物を知らないメリアを一人でこの世界に放り出すなんて、間接的に殺すようなものだ。それだけはどうしても、俺はできない。
「まあ先は長いんだ。焦る必要はないさ」
俺がそう言って彼女の頭を撫でる。メリアは小さく頷くとフラリと立ち上がり、俺を見た。
「ありがとうペルシーモ。本当に感謝しているよ」
そう言って涙をぬぐう彼女。その姿を見てやっぱり彼女は一人にしておけないなと、俺は笑みを返した。