「うっ……」
目が覚めると、木でできた天井が目に入った。
「ここは……――アーシア!」
起きてすぐはどうしてこうなったのか思い出せなかったが、思い出した瞬間、俺は布団を跳ね除けながら体を起こした。
そして俺の隣にアーシアが眠っているのを見て一安心した。
「良かった……ん、なんだこれ」
落ち着いて辺りを見回してみると、枕元に一枚の紙が落ちていた。
「手紙か?」
文字が書かれたそれを拾って見てみると、これはどうやらロウが書いたものらしいことがわかった。
兵藤一誠殿へ
前略
あなたがこの手紙を読んでいる頃、私はあなたの近くには居ないでしょう。居たら直接言いますから。
さて、前置きはこのぐらいにして。
まずはおめでとう。君がミョルニルの雷に殺されることは無くなった。
当初の予定とは違ったとはいえ、こんな短期間で制御できるようになるとは思わなかった。
君たちはこれから好きにしなさい。今あなたが借りてる家に帰るなら紙の裏面に書かれてる魔方陣を使いなさい。
サービスで家に結界を展開しておいたので、そこで暮らしている分には異能関係者に気づかれることはまずないでしょう。
まあ、既に判明している場合はその限りではありませんが……
伝えたい内容は以上ですが、これで終わってしまうのもなんですので、少し話を続けさせてもらいます。
そも、いつもは何も言わずにフラッと消える私がこうして手紙を残すのは、あなたとはもう二度と会わないことにしたからです。まあ案外またフラッと姿を見せるかもしれませんけど。
あなたはもう一人で大抵の相手よりは強い。下手すれば私よりも。故に、もはやあなたに私の庇護は必要ない。
そうなってしまえば、私の存在はあなたにとって害にしかならない。だから私とあなたの関係はこれでおしまいです。
結局、あなたには私の正体については言わず仕舞いでしたね。まあ聞かれても答えませんけど。
ですが最後ということなので、私について少しは教えてあげましょう。多くは語りませんが。
私の目的はとある存在の奪還です。かつて私の側にあり、奪われてしまった何よりも尊い存在の。
まあそれも取り戻す算段がつきましたので後は実行するだけですが。
そうなったら私は次元の狭間にでも引き篭るわ。そしたらもう会うこともないでしょうね。
その場合はあなたが幸せになれるように呪いをかけてあげる。
これにて話すことは終わりですね。名残惜しくはありますが、本当にこれ以上書く事がないので。
では、これにて失礼。縁が合ったらまたお会いしましょう。
ロウ
P.S. お姫様の眠りを覚ますのに必要なのは――?
手紙を最後の一文まで読み終えると、俺の視線から手紙からそれて横を向く。そこには眠っている
(……え、まさかそういうことなのか?)
その後、俺を途轍もない葛藤を襲ったが、それについては割愛する。
「――よし」
俺は覚悟を決めてアーシアの枕元に座った。
そして体を傾けて、自分の顔をアーシアの顔へ近づけていく。
じわりじわりとアーシアの綺麗な顔が近づいて来て、俺の鼓動が速くなる。
後数センチ。ここまで来たら一気に行ってしまおうと息を止めた時だった。
「んんっ……」
アーシアが寝息を立て、それに驚いて飛び退いた。
「あ、あーしあ……?」
恐る恐る声をかけると、アーシアは綺麗な緑色の瞳を開いた。
(あ、あの野郎――!)
そう言えばそうしないとアーシアが起きないだなんて一言も書いてなかったな! すっかり騙された。
「イッセーさぁぁぁん!!」
「うわっ!?」
ロウの性格の悪さに憤っていたら、アーシアに飛びかかられて押し倒された。
「無事で良かったですぅぅぅ!」
一体何事かと思ったが、アーシアが最後に見た俺は半死人だったことを思い出す。
「おう、アーシアが治してくれたからな。ありがとな」
落ち着かせるためにアーシアの頭を優しく撫でる。
俺は何となく落ち着かなくて辺りを見回すと、アーシアが寝ていた枕元にも一枚の紙が置いてあった。
手を伸ばしてそれを取ると、二つに折り畳まれて外側に『イッセーの枕元にある方を先に見てね♥』と書かれていた。
ふはははは、良い思いはできたかね? できたのならおめでとうと言祝いであげましょう。できなかったらこのヘタレと罵って差し上げますわ。
精々末永く暮らすと良いわ。ああ、もし寿命の違いがあるなら私に相談なさい。まとめて二つに平均化してあ・げ・る。
それでは改めてさようなら。
永遠の17歳 ロウ
(あの野郎今度会ったら本気でぶん殴ろう)
ロウへの怒りを再燃させていると、外の廊下からトテトテという足音が聞こえてきた。
「お、起きたようじゃな……すまん、邪魔をした」
九重は扉を開けて俺たちの姿を見るなり、扉を閉めた。
「ちょっと待て、何か勘違いしてないか九重!」
『そんなことは無いぞ。まだ疲れておるじゃろうからゆっくり休めという気遣いじゃ。私は気の利く狐巫女じゃのー』
「お前絶対勘違いしてるから!」
というか、なんで九重がその年で知ってるんだ? ロウか? またロウの仕業か!
叫び虚しく九重はそのまま去っていってしまい、再び俺とアーシアの二人きりという状況になった。
「あー……アーシア、落ち着いたか?」
「はい、なんとか……」
俺の上にいるアーシアへと声をかけると若干鼻声で返事された。少し泣いていたらしい。
「ごめんな、いつも怪我して心配かけて」
まあ怪我ってレベルじゃ済まない事の方が多いのだが。だからアーシアが心配するんだけどな。
「でも大丈夫だ。ロウが俺たちの家に結界を張ってくれたから、家にいる間は平気だぞ」
「いえ、別に怪我をしてもいいんです。私が治しますから。でも、イッセーさんが大怪我したとき、死んでしまったと思いました」
確かに、あの時の怪我は致命傷で、アーシアが居なかったら確実に死んでいただろう。
「私の力でも、死んでしまった人は治せません。イッセーさんが死んだら、私はまた一人になってしまいます。そう考えたら頭が真っ白になって……それからはよく覚えていません」
「そっか……」
あの時のアーシアの様子がどうにもおかしいと思っていたが、どうも意識が曖昧な状態だったようだ。
「イッセーさん。私、もうイッセーさんが傷付くところは見たくありません」
――だからもう、戦わないでください。
アーシアは顔を悲痛な色に染めて、俺に懇願するように声を絞り出した。
(俺は、ここまでアーシアに心配を……)
その必死の懇願を聞き、俺は覚悟を決めた。
「わかった。俺はもう戦わない」
これは今までと似てるようで違う覚悟だ。今までは戦いたくないという後ろ向きの考えだったが、これからは決して戦わないという決意だ。
結果としては同じかもしれない。だが、俺は今後一切戦闘をしないと決めた。
どうしても戦わなくてはいけない時が来ても、俺は本当にどうしようもなくなるその時まで戦わないと決めた。
腰抜けと称されてもいい。臆病と罵られてもいい。アーシアが傷つかないのなら、それが俺に取っての最良なのだ。
何故なら、今の俺にとってはアーシアは唯一無二の存在なのだから。
「さあ、帰ろうアーシア。俺たちの家に――」
はい、というわけで最終回でございました。
自分でも打ち切り気味と思いますが、これも全部春休みが悪いんだ(責任転嫁)。
まあこれ以上引き伸ばしても……と作者の中で思ってしまったので。
ここまでご覧になってくださった皆さんには感謝と謝罪を。