家に帰ると、なのはママが落ち込んでいた。
私が帰ってきたのも気づいていないみたいで、リビングのソファーにだらしなく寝そべってため息をついている。
かけっぱなしのテレビでは恋愛ドラマが愛を囁き合って、ため息はますます深くなっちゃった。
「はぁ……どうしてこうなっちゃうんだろう。ユーノ君……」
「ユーノ君と何かあったの?」
「何も無かったの。いい雰囲気だったから、ずっと一緒にいたいね……って遠回しに告白したのに気づいてくれ――って、ヴィヴィオ!?」
ガバッと起き上がったなのはママが慌てて上品に座り直す。
すでに手遅れだと思うけど。
「なのはママ、ユーノ君が大好きだもんね」
「うー……娘にモロバレなの」
しゅんとなるなのはママがとっても可愛くって、何とかして上げたいって気持ちがムクムクふくらんできちゃう。
私もなのはママにいっぱい助けてもらったもの、私だってなのはママのためにがんばりたい!
「よーし、ヴィヴィオに任せて!」
Vサインをビシッと決めて、高町ヴィヴィオ、がんばります!
◆ ◆ ◆
翌日の放課後、私は大急ぎで無限書庫を訪ねました。
司書長さんをしてるユーノ君もそろそろお仕事が一区切りついたみたいで、司書長室に招いて紅茶を入れてくれたよ。
ユーノ君はほがらかな態度だったけれど、なんだか陰りがあるみたい。
こんな笑顔、昨日も見たな。
私が帰ってきたって気づいて慌てて取り繕ったなのはママみたい。
フフッ……何だかなのはママとユーノ君、そっくりだな。
お似合いの似たもの夫婦になるんだろうな……。
「それでヴィヴィオ、今日はどうしたんだい?」
「うん、あのね……」
ユーノ君はなのはママととっても仲がよくって、アルフも加えて一緒に授業参観に来てくれたりもする。
そんな家族ぐるみのおつき合いをしているから、私とだってうんと仲良しだし保護者に近い存在なんだ。
だから……。
「私、なのはママとフェイトママがいて、とっても幸せなんだ。家族みんなで、ずっと仲良く暮らせたらな……って思うの」
「……何かあったのかい?」
「ううん、そうじゃない。何も無かったから、来たの」
なのはママの言葉を借りて、私はじっとユーノ君を見つめる。
私はまだ小さな子供だけど、真剣な気持ちはちゃんと伝わって、ユーノ君も真摯な表情を返してくれた。
「……ママに不満がある訳じゃない、むしろ満足してるっていうのを、まず分かってもらいたいんだけど……」
「よく分かってるよ。……血の繋がりが無くったって、ヴィヴィオ達は家族さ」
血縁の有無について気になってるって思われちゃったのかな?
ユーノ君は優しく諭すように言ってくれたけれど、私が言いたいのは全然違う事なんだよ。
それはね……。
「うん、でも……家族がもう一人いたら、もっと幸せになれるんじゃないかな……って」
「もう一人?」
「ユーノ君、あのね、私、ユーノ君の事……」
あっ……ちょっと怖い。ドキドキする。
大好きな人に、大好きって伝えるのって当たり前で、怖い事なんて全然無いと思ってた。
なのはママがどうしてユーノ君に好きだって言えないのか、ずっと不思議だった。
でも、違うんだね。
大好きな人に、大好きって伝えるのってとっても勇気がいるんだな……。
でも、だから、がんばらなくっちゃ。
大好きななのはママのために。
私は精いっぱいの勇気を振り絞って、ユーノ君に言うの。
「ユーノパパって、呼びたいなって……」
ユーノ君は目を丸くして、まじまじと私を見つめてくる。
少しの間考え込んでいたかと思うや、どこか不自然な作り笑いを浮かべられちゃって、私の心は不安できゅ~っと締めつけられてしまう。
もしかして、断られちゃう……のかな?
「ヴィヴィオがそう呼びたいんだったら、幾らでも呼んでくれていいんだよ。僕にとってもヴィヴィオは娘も同然なんだから」
「違うの! そういう意味じゃなくって……」
勘違い、されちゃった。
なのはママも遠回しに言って伝わらなくて、落ち込んで、そうかこういうさみしい気持ちになっちゃったんだね。
勇気を、もっとたくさん私にください。
ハッキリと言うんだ。
遠回しなんかじゃない、ストレートにハッキリと!
「ママと、結婚して欲しいの!」
今度こそ――ちょっとの誤解も無くユーノ君に伝わって、本当に、ビックリして硬直しちゃったみたい。
あ、でも、口だけはパクパクと動いてる。声は出てない。何て言おうか、一生懸命考えてるんだなって分かった。
本当に大切な事だから、いっぱいいっぱい考えてくれてるんだなって。
嬉しいな。
なのはママの事、真剣に考えてくれてるんだ。
「……ヴィ……ヴィオ。それは。でも……そうか、一緒に暮らしてるんなら……もしかしたらそうなんじゃないかって期待しちゃう時もあったけど、じゃあ、昨日のあの言葉は……」
「そうだよ、勘違いなんかじゃない。ママはパパの事が大好きなの! パパはどうなの? パパの気持ちは……?」
溢れ出る思いを止められずパパと呼んでしまう私。
けれどそれはとても自然に口から出てきて、ユーノ君って呼び方よりずっと馴染むものだった。
ああ、私の中ではとっくに、ユーノ君はユーノパパだったんだ。
「僕も……」
ユーノパパが、頬を朱に染めてはにかむ。
明るい未来が、透けて見えた気がした。
「僕も、大好きだ。子供の頃からずっと……ずっと愛していた」
「っ!! じゃあ……?」
「ようやく決心がついたよ。告白……いや、プロポーズする決心が。待っていてヴィヴィオ。すぐ、君のパパになって見せるから」
「とっくにパパだよ、ユーノパパ!」
伝わって、受け入れられて、私は天にも昇る気持ちでパパの胸に飛び込んだ。
大きな手で優しく抱きとめられて、嬉しい気持ちが止まらなくって、ああ、なのはママももうすぐこんな気持ちになれるんだなって思うと、ますます嬉しくって、ただただ嬉しくって、幸せだった。
そして月日は流れ――。
◆ ◆ ◆
リーンゴーン。リーンゴーン。
聖王教会の鐘の音が、晴天の空に響き渡る。
紙吹雪のアーチをくぐって、永遠の愛を誓い合ったばかりの夫婦がみんなに手を振っている。
「結婚おめでとう!」
「幸せにな!」
「奥さん泣かせるんじゃないぞ!」
「二人とも立派になって……」
「ブーケはぜひ主はやてに投げてくれ、ぜひ!」
「ちょっとシグナム、それどういう意味? 私が行き遅れるって事?」
「えっ、はやて結婚のアテあるの?」
大好きな友達の結婚を、みんなみんな心から祝ってくれている。
それはとっても幸せな光景だなって思うの。
でも一番幸せそうなのは純白のタキシードを着たパパと、純白のウェディングドレスを着たママに違いなかった。
「みんな、ありがとう」
「私達、絶対幸せになります」
新婚夫婦の声を受けて、エリオ君とキャロさんも祝福の声をかけた。
「おめでとうございます、フェイトさん!」
「どうかお幸せになってください!」
輝く金色の髪のフェイトママが、ブーケを持ったまま二人に手を振った。
ユーノパパと腕を組んだ、ウェディングドレス姿の、フェイトママが。
………………………………。
……………………。
…………。
どうしてこうなったの!?
私は精いっぱいの笑顔を浮かべながら、未だ信じられない気持ちでユーノパパとフェイトママを見つめていた。
ユーノパパがプロポーズをするって言ったあの後、ちゃんと有限実行したのはいいけれど、相手はなのはママじゃなくフェイトママだった。
子供の頃からずっと大好きで、愛していたのは、フェイトママだったんだって。
フェイトママもずっとユーノパパが好きだったみたいで、ずっと友達以上恋人未満のじれったい関係だったけどついに想いが成就したって喜んでいたよ。
そんな幸せいっぱいの二人が、真っ先に婚約の報告をしてくれたのは……私となのはママだった訳で……。
私の態度から、ユーノパパの説得がうまくいったと思い込んでいたなのはママの、あの驚きっぷり……。
あまりにいたたまれなくて、心臓が止まるかと思いました。
今にも砕け散ってしまいそうな笑顔で「そうなんだ、おめでとう」って祝福したものの、二人がいなくなるやものすごい勢いで大泣きして大変だった。
私もごめんなさいごめんなさいこんなはずじゃなかったのにって一生懸命謝ったけど、なのはママは私をそっと抱きしめながら「世界は、いつだってこんなはずじゃなかった事ばかりだよ」って、とてもさみしそうに……。
二人で泣いて泣いて泣き明かして、ユーノパパとフェイトママの前では絶対に涙を見せないようにしようって誓い合ったんだ。
だからなのはママは今――教会の端っこで必死に涙を堪えている。
ううっ、視線が痛いよう……。
どうかこのまま何事もなく結婚式が終わりますように。
「なのは!」
と祈った矢先、フェイトママがブーケを放り投げた。
なのはママに向けて。
フェイトママ、それダメー!
悪意ゼロで地雷踏まないでー!
そんな願い届かず、ブーケはなのはママの手元に納まってしまった。
しかも間髪を容れずトドメを刺しにきちゃう。
「なのはも、ユーノみたいなステキな人を見つけて幸せになってね!」
フェイトママとユーノパパにそれとなく聞いてみたけれど、二人ともなのはママの気持ちには全然気づいてなかったみたい。どれだけ鈍感なの!? しかもどうしてこう最悪のタイミングで畳み掛けちゃうの!?
プツンと何かが切れる音が聞こえた気がして、なのはママはブーケを握りしめたまま立ち上がった。
「レイジングハート、セットアップ」
「えっ」
「なのは?」
突然バリアジャケットを装着したなのはママを見て、鈍感夫婦が首を傾げる。
集まってくれた他のみんなも不思議がっていた。なのはママが二人を祝福する姿をみんな見ているから、なのはママの想いに気づいていた人達も納得してたので理解が追いつかなかったみたい。もうとっくに割り切ってるんだなって。
でも私は知っている。未だにユーノパパを想って泣いているなのはママを。
その泣き顔と同じ眼をしたまま、唇が酷薄な笑みを刻む。
あ、これ、逃げた方がいいな。
私は全速力で教会から飛び出した。
しばらくして、桜色の閃光が教会の天井をぶち抜いて天高く昇って行きました。
それはまるで、天使達の昇天みたいだなって――。
END
×ユーノパパ爆誕
○ユーノパパ爆発