真・恋姫†無双~程遠志伝~   作:はちない
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はじめまして、はちないと申します。
この作品には原作とは異なる展開が多くあります。オリジナルキャラもかなり出てきますので、お気を付けください。


第1章 黄巾党編
黄巾党編 第一話


 

 

 

 

 そろそろやるか、と程遠志が言った。程遠志の隣にいる鄧茂はにやにやしながら頷き、妙に堂々と立っている張曼成も「応」と返した。目の前にいる口元に髭を蓄えた男は、これから起こることを夢にも思っていないだろう。程遠志の両手が、自然と頭に伸びた。黄巾を、ぎゅっと主張するように、強く締める。

  緊張していないのは、程遠志だけだった。鄧茂は余裕そうに振舞いながらも頰から汗が噴き出していたし、張曼成の野太い声は自らの心中を察せられないためだ。

  それらを全て程遠志は理解していたが、敢えてそれに対して何も言わなかった。激励も指摘もしない。

  いずれ慣れる、とだけ、心で呟いた。慣れれば、誰でもできるようになる。仕事や、戦闘や、性交と同じだ。迷いや緊張はいつの間にか取り外されて、残るのは機械的で事務的な冷たい動作だけになる。それを、彼らもそろそろ知る頃だろう。

  程遠志は立ち上がり、歩き出した。それに合わせて、二人も続く。

 

「止まれよ」

 

  程遠志は何気なく言った。

  怪訝そうに振り向いた男は、程遠志の顔を見て、出し抜けに殴られたような表情になった。程遠志の容姿が五割、頭に付けた黄巾が五割と言ったところだろう。その後ろに、さらに二人の男が続いているのを見て、一気に逃げ腰になった。

 

「おまえなあ、この娼館に誰の許可を持って入ってんだよ。ちゃんと料金、払ってる?」

「り、料金は、中の受付で払った」

「なんだよ受付って。知らねえよ。いちゃもんつけられた、とか思ってんのかよ。喧嘩でも売ってんのか」

「ち、違う」

 

  程遠志の顔には、二本の大きな傷がある。ただでさえ人相が悪いというのに、その傷によってひどく強調されてしまい、黄巾の仲間内でも彼に気安く話しかけられる者は多くない。それが一般人ならば、言わずもがなである。

  髭を蓄えた気障な男は、呆然と固まっていた。

 

「逃げる気なの」

「顔、覚えたからな」

 

  鄧茂と張曼成も、程遠志の後ろから言葉を飛ばした。こいつら演技下手だな、と一瞬、程遠志は笑ってしまう。

 

「娼館の受付の人を呼んでほしいんだが」

「おまえは、俺を疑ってるのか?」

「そう言うことじゃない!  一回、一回、確認のためだ」

「あのなあ」

 

  程遠志は、男へさらに一歩踏み出した。それは逃げ腰の男を硬直させ、さらに緊張させた。

「娼館の女がよ、黄巾と関係してます、なんて正直に言うわけねえだろ。ただでさえお上に届け出もしてねえ店なんだ。裏に俺たちみてえなのがついてねえわけねえだろ」

「それは……」

「別に、おまえを中に戻してもいいが、素直に金を払ったほうがいいぜ。中に戻ったところで、受付嬢に無視されて、出禁になって、泣きながら出てくることになるだけだ。その時は店に迷惑かけた代金も、追加で払ってもらうことになる」

「…………」

 

  鄧茂がにやにやしながら手を前に出した。財布を出そうか出すまいか逡巡している男だったが、後ろにいる張曼成が刀に手を掛けたのが目に入ると、慌てて財布を取り出した。

  少しだけ、程遠志は顔をしかめる。

 

「金、全然ねえじゃねえか」

「必要以上のものは、危ないことに巻き込まれない対策として、持ち歩かないんだ」

「嫌味かよ。まあ、それだけでいいや。寄越せよ」

 

  仕方なさげに、男は財布から金を取り出した。おいおい、と程遠志はそれを制止する。

 

「違えよ馬鹿。そんな端金いらねえよ」

「え?」

「財布寄越せよ。売るから」

 

  男は顔を固くした。

  問答無用、とばかりに鄧茂が財布を奪い取る。相手はもう、それに逆らう度胸も勇気もないらしかった。「対策するなら、もっと安物の財布を持つことにしろや」と程遠志が言葉をぶつけると、男はかなり、落ち込んだ様子を見せた。

 

 

 

 

 

「なあ、案外簡単だろ」

 

  程遠志は、馬を巧みに操りながら怒鳴るような言った。馬上での会話は、ぼそぼそとした小さい声ではお互いに聞き取れず、普段は声を荒げることのない彼も、仕方なく叫ぶように言う。

 

「まあ、確かに、楽だったけど。程遠志が適当なことを堂々と言うから、ちょっとビビっちゃったよ」

 

  鄧茂は、悪戯っぽい笑みを頰に貼り付けて言った。「ビビった」や「ブルった」という言葉を滅多に使わない彼が言うのだから、多分ちょっとではないのだろう、と程遠志は思った。

 

「あの娼館と、なんも繋がりなんてないんでしょ?」

「そりゃ、当たり前だ。ハグレ者の俺たちにそんなコネなんて存在しねえよ」

「それでよくあんなこと言えるなぁ」

「言うだけタダだ。迷惑受けるのはあの娼館なんだから、どうだっていい」

「流石、性格悪いねあんた」

「あの娼館だってお上に隠れて営業してる悪質な店だし、そこを利用する客も客だ」

 

  正当化するなあ、と鄧茂は軽口を叩いた。

 

「ああ、そうだ、張曼成。お前よ、刀抜くのはやめてくれよな。思わず顔しかめちまったよ」

「駄目だったか?」

「あくまでイチャモン程度だったらよ、見て見ぬ振りして誰もお上に届け出を出そうともしねえけど。刀抜いたら周りの注目浴びて顔も覚えられるし、流石に問題にもなるよ。もうあの村には行けねえな」

「それは、悪い」

「別にいいよ。あのおっさんから奪った財布が思ったより高値で売れたからよ。当分はこんなことしなくていい」

 

  程遠志はゆっくりと馬に体重をかけた。馬の鳴く声が、木霊する。

 

「なんで、仲間たちに声かけなかったの?  そのほうが楽じゃない?  程遠志も、僕もある程度の軍を動かす権限くらいあるんだし」

「馬鹿。三人だからいいんだよ。百人、二百人も集めて行ったら、流石にまずい。黄巾をしないで行くのも面子的にできないし、発見されて待ち伏せされるかもしれない」

「大人数なら待ち伏せされても蹴散らせるんじゃ」

「おまえらはよ、黄巾党を強く見過ぎだよ。お上の軍勢になんて、そう簡単によ、勝てるもんじゃねえからな。少人数で正解だよ。それも、三人ってのがいい」

「どうして三人?」

 

  鄧茂は不思議そうに首を捻った。

  女みてえな顔してるな、と程遠志は思う。自分の顔とは真反対もいいところだ。

 

「二人なら、最悪の事態に備えられない」

「最悪の事態?」

「狙った獲物に護衛がいたとか、実は強かったとか。要するに、不慮の事態だな。二人じゃ生き残れるかどうか怪しい」

「それだから三人がいいって?  四人じゃ駄目なの?」

「縁起が悪いだろ、四ってのは」

 

  当たり前だろ、と程遠志が言うと、鄧茂と張曼成は少し笑った。合理的で冷徹な彼が時たま、風水や縁起を気にするのは、とても人情味溢れていてどこか可笑しい。

 

「五人は駄目なの?」

「五人以上はよ、致命的な欠陥があるんだ」

「なに?」

「俺にはそんなに、友達がいねえんだ」

 

  肩をすくめて言うと、鄧茂は噴き出した。張曼成も程遠志に合わせるように「俺もだ!」と言うと、その笑いはさらに大きくなった。

 

 

 

 

 

  と、上機嫌だったのは少し前のこと。

  嘘だろ、と程遠志は言った。なぜこのような状況になってしまったのか、殆ど彼は理解できていなかった。唯一理解できたのは、金が入ったからちょっと高い店でも入ろう、なんて考えた、自分の浅はかさが原因だった、ということだけだ。

  兵士募集、と書かれたチラシの下で、背筋を伸ばして飯を食べている青髪の女がいた。その女こそが、程遠志の体を震えさせている原因である。

 

「強いのか、あの女」

「強い、なんてもんじゃねえよ、張曼成。化け物だ化け物」

「でも、僕たち三人だよ。最悪、さっきのことがバレても逃げるくらいはできるんじゃ」

 

  鄧茂の言葉に、程遠志は目をぎょろりと剥いた。彼のその容貌は、友人の鄧茂をも少し後退るほどの迫力があった。

 

「五秒だな。俺たちがここで、剣を抜いて襲いかかったとして、全員五秒で死ぬ」

「冗談だろ」

「間違いないと言い切れるね。それがわかったら、もうあの女に目を合わせるのはやめろ」

「俺たちと目が合うくらい大丈夫だろう」

「昔、あの女と戦場で会ったことがあるんだよ。俺は木っ端みたいなもんだったが、もし覚えられてなんていたら、怪しまれるだろ」

 

  目を大きくさせて言うには、随分と臆病な言葉だった。鄧茂と張曼成は少し驚き、苦笑する。先ほどまでの、指導者面をした程遠志はもうここにおらず、怯えた人相の悪い男がいるだけだった。

  程遠志は昔のことを思い出している。青い髪の女―――名を、夏侯淵といったか。黄巾をつけた仲間たちを、弓で容易く撃ち抜いていた。縦横無尽というか、鎧袖一触というか。その姉はさらに強い、なんて噂を聞いたとき、程遠志は武における自信を喪失したものである。

  そんな女が、目の前にいるのだ。落ち着けるわけがない。

 

「お前ら、早く飯食え。帰るぞ。もう二度とこの店には来ねえ」

「折角のご馳走なのに?」

「鄧茂、黙れ。俺はよ、あの女と同じ空気を吸ってるってだけで、気が滅入っちまうんだよ」

「アンタ、意外と臆病なんだね」

「好きに言えよ」

「おい、程遠志」

 

  そこで、張曼成が少し慌てた様子で話しに入ってきた。

 

「あの女、見てる」

 

  何を、とは聞かなかった。程遠志がとった行動は非常に簡単で、簡素なものだった。まだ残っている膳を前に突き出し、立ち上がって、自然と外へ歩き出す。

  つまり、逃走した。

  逃走、しようとした。

 

「おい」

 

  重心が後ろに倒された。転ぶ、と程遠志は思ったが、気づけば、何故か元どおり椅子に座っていた。

  横を向くと鄧茂、張曼成が阿呆面を晒していた。しまった、見る方が逆だ―――こんなことを考えている、程遠志自身も見るに耐えない程顔を歪ませている。横に誰がいるのか、誰が自分の身体を操ったのか。予想はできたし、声からも確信を抱いていたものの、それを信じたくはなかった。

 

「怪しいな、なんだ貴様らは」

 

  やはり、夏侯淵だった。

  ちらり、とそちらを窺って、程遠志はすぐさま目を逸らした。嘘だろ、やめてくれよ。泣きそうな顔になる。

 

「……そう言われましても」

「どうして逃げようとした」

「逃げようとなんてしてないですよ。ちょっと、その、なんていうかな。気分が悪くなって」

「気分が悪くなったら、逃げるのか」

「逃げてないですって。本当です」

「なら、どうした。疾しいことでもあるのか」

「―――いやいや。僕たちはなんも関係ないでしょ。絡まないでくださいよ」

 

  そこで、隣から鄧茂がそう助け舟を出すように言った。すると、程遠志はすぐに「お前は黙ってろ」とたしなめるように返した。

 

「わかりました」程遠志はそこで、何かを決意したような顔になった。「正直なことを話してもいいですか」

「なんだ」

「俺、一目惚れしたんです」

「はあ?」

 

  動物が鳴いたような、素っ頓狂な声が店内に響き渡った。夏侯淵も、鄧茂や張曼成も、全てが同じような顔をしていた。唖然、呆然。何を言い出したのだ、こいつは。

  驚くことに、先ほどまで泣きそうな表情を浮かべていた程遠志は、当たり前のようにいけしゃあしゃあとしていた。それは不正が露わになる寸前の政治家のような、ある一定限度を越えた時に現れる余裕にも見えたし、全く別のものにも見えた。

 

「それで、目が合ったと早合点して、焦って逃げようとしちゃったんです。すいません」

「一目惚れ、というのは……」

「貴女にです」

 

  程遠志の左腕、つまり夏侯淵からは見えない左半身は、ぶるぶると震えていた。それが武者震いのようなものではなく、単なる怯えなのだ、と鄧茂は理解した。理解すると、今の抱腹絶倒するような状況が、なにやらとても勇気溢れる場面に見えてきた。

 先ほど、髭を蓄えた男から金を奪った時などよりも、数倍以上、強面のこの男は緊張しているのだ。

 

「それを、どうして私に言う」

「言わねば、斬られたかもしれません」

「問答無用でそこまでする気などない」

「そうですか。それに、他にも理由はありますし」

「なんだ」

「疑われたくなかったからです、他ならぬ貴女に」

 

  程遠志はどこまでも続ける気らしかった。危ない状況下に置かれると、彼は暴走してしまう気があるのかもしれない。

  鄧茂は真っ直ぐ前を見る程遠志と、困惑した表情になっている夏侯淵を見て、口元を押さえた。程遠志の中では決して笑ってはならない、緊張する状況なのはわかっているが、なんとも可笑しい。

 

「とにかく」夏侯淵は外を指差した。この惚気じみた会話を早く終わらせたいらしい。「外に出て、話を聞かせてもらう」

「勿論です。何も怪しくないってこと、証明しますよ」

 

 

  堂々と胸を張って、程遠志は店から外へ出て行った。もう、逃走することなど一欠片も考えていない。このまま流れに身を任せることが、今の自分にできる最善の策だと、彼は確信していた。

 








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