真・恋姫†無双~程遠志伝~   作:はちない
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黄巾討伐編 第四話

 

 

 程遠志は、黄色い巾を頭に巻いた男たちから突き刺さる視線に身じろぎした。居心地悪いな、なんて思う。元同僚に向ける目じゃねえだろと一喝してやりたくなった。

 彼の後ろを歩く張曼成にも、同じような視線が突き刺さっている。その後ろの鄧茂には同種の視線と同じくらい、好色な視線が降り注いでいたので、程遠志はうげ、と吐きそうになった。

 

「お前らよ、別に俺についてこなくてもよかったんだぜ」

「程遠志を一人で行かせるっていうのもね。なんとなく目覚めが悪いっていうか、さ」

「死んでもらっては、数少ない友人が一人減ってしまう」

「……それはありがたい話だけどよ。曹操様との賭けは俺が無鉄砲だったのが悪いんだから、ついてこられても恐縮しちまうよ」

 

 そうは言いながらも程遠志の腰が低くなることはなかった。いつも通りの、いけしゃあしゃあとした振る舞いである。

 

「それに」鄧茂は少し目を泳がせた。「程遠志と張曼成が一週間もいなくなったら、僕が大変なことになるよ」

「あ? 大変なことって―――ああ、成る程」

「うん、そういうこと」

 

 程遠志は料理屋での顛末の、その後あったことを思い出していた。

 彼が賭けに負けた後、鄧茂と張曼成は「程遠志とともに行く」と言った。その時それに合わせるように、というか、食い気味で曹操も言葉を発していた。

 

「あら。貴方たちは無理をして行かなくてもいいのよ?」

 

 ―――曹操の瞳は、鄧茂を見ていた。

 鄧茂は額から脂汗を流していた。取って食われるような、そんな気がしたのである。

 

「あれは本当に怖かったなぁ……」

「お前、マジでそろそろ本当の性別を伝えた方がいいぞ」

「言っても信じてくれない気がするんだよね。本当に確かめられて、大惨事になる気がする」

「だからって、言わなかったらどんどん洒落にならなくなるだろ」

「このまま最期までばれない可能性を信じるって手もあるんじゃ……」

 

 鄧茂の思考がどんどんと危ない方向にいっていた。

 

「もうこの際女ってことにして程遠志と付き合ってる設定にしようかな」 

「おい馬鹿。俺を夏侯惇に殺させる気か。洒落にならねーよ」

 

 程遠志は身体をぶるりと震わせた。夏侯惇に勝負という名目で徹底的にしごかれたのを思い出したのである。

 夏侯淵に告白しておきながら他の女と付き合っていた、だのそんな話になったらとんでもないことになるに違いない。少なくとも夏侯惇は止まらないだろう。

 

「とにかく、だ」程遠志はその話はここまでだ、と打ち切るように言う。「これから、俺たちは厳政に会いに行く」

「直接聞くのか? 張角たちを連れて、どうやってこの城から抜け出し、曹操様のところに向かうのか」

「いや、俺はそもそも厳政に曹操様の名前を出していいのかな」

「いけないも何も、厳政はこちらに内通の書を記したのだろう」

「それはあくまで数日前の話だ。案外数日で気分が変わって、そもそも寝返るのを辞めました、ってだけの可能性があるだろ。そんな奴に俺たちは曹操様の部下です、早く寝返ってくださいなんて言ってみろ。口封じに殺されるんじゃねえか」

「流石に考えすぎだと思うけどなあ。曹操様だって、厳政は城の警戒から連絡が取れなくなっただけ、って考えてたじゃん」

 

 鄧茂が二人の間に割って入り、程遠志にそう言っても、彼は頑ななままだった。「いや」とか「でも」という言葉を何度も用い、逡巡した様子を見せている。

 ああ、これは駄目だな、と鄧茂は直感的に思った。空気と雰囲気がすべてを物語っている。厳政が内通しているのか、その実していないのか。そのどちらが正しいのか鄧茂にはわからない。

 わからないが、程遠志はその間違った方へ進むだろう。そんな流れが漂っていた。理屈ではないし、根拠もない。だが、そうなるのだ、と確信できた。

 

「結局のところ、二者択一なんだろう。厳政が黄巾を裏切ったか、裏切ってないか。そのどちらかに賭けるしかない」

「いいや、それは違うぜ張曼成。すべてを投げ出して、曹操様が力攻めしてくる一週間後まで隅っこの方でブルってる、って手もある」

「ブルってるのは嫌だな」鄧茂は嫌悪感を顔いっぱいに広げた。「でもさ、程遠志。僕のわかることは一つだけだよ」

「なんだよ」

「二者択一か、三者択一かは知らないけど。程遠志が選ぶ選択肢が外れになる、ってことだけはわかる」

 

 鄧茂が一人でうんうん、と何度も頷くと、張曼成も笑いながら同意を示してきた。

「怖えこと言うなよな!」と程遠志は泣きそうな顔で大きく嘆いた。

 

 

 

 

 なにはともあれ、一度厳政に会ってから決める、ということで話はまとまった。

 厳政に会うことはそう難しいことではないようだった。特定の部屋でふんぞり返っている類の人間ではなく、寧ろ兵卒の士気を上げるために城内をよく歩き回っているらしい。

 ならば、と思い、程遠志も周りの不審がる目を無視して歩き回っていると、簡単に厳政は見つかった。

 

「あ」厳政は信じられないものを見た、という顔になった。「程遠志、さん」

「おう。厳政だよな。久しぶりだ」

「久しぶり、ていうか。何でここにいるんですか」

「外で混乱があったんだよ。その隙に入ってきた」

「よく入れましたね」

 

 よく入れたな、という称賛の感情よりも多分に、どうして入れたのだ、という疑念が混じった言葉だった。程遠志は肩をすくめる。

 

「運がよかったんだよ」

「どうして戻ってきたんですか」

「忍びねえだろ。簡単に黄巾が潰れちまうってのも」

「そういう性格には、見えませんけど」

 

 おや、と程遠志は思う。厳政の性格をある程度まで理解しているつもりだったが、ここまで猜疑心が強い男だっただろうか?

 城内の混乱などから、若干の変化があったと見てもいいかもしれない。

 程遠志は厳政に対する見方を変えるべきか、と顎に手を伸ばして、そこで気がついた。厳政の靴の先に、何か汚れが付着している。

 

「厳政、なんかついてるぞ」

「え―――ああ、おい、嘘だろ」

 

 厳政は自分の足元を見て、茫然と言った。

 靴に付いていたのは、犬の糞だった。「まただよ」そう、自嘲する声が響いた。

 

「なんだよ。犬の糞でもよく踏むのか、最近」

「これで四度目ですよ。ここ一週間で。他にもよく不幸な出来事に遭遇するし」

「まあ、そういうこともあるよな」

「ありますか? こんなにも不運が立て続けに続くことなんて」

 

 あるよ、と程遠志は言った。流れが来てないんだ、とも言う。いまいちピンときていない曖昧な顔で、厳政は首を傾げた。

 

「張宝さまの付き人を務めるようになってから、不思議と不運が続くんです。これも流れ、なんですかね」

「そうだよ。流れだ」

「はぁ……」

「それにしても、随分と傍迷惑な話だな、そりゃ―――張角様への忠誠もなくなって黄巾から抜けたくなっちまうか?」

 

 程遠志はここだ、とばかりに強気な質問をした。後ろにいる張曼成、鄧茂は顔色を少し変える。唐突すぎるのではないか。

 いずれはしなければならない問いかけだ、と程遠志は思う。判断するならば早い方がいい。

 厳政の顔色が変わった。じっ、と程遠志は彼を見つめる。

 張角たちを曹操に引き渡す代わりに、降伏する、なんて言った男ならば、その言葉にも多少は頷けるところがあるに違いない。黄巾への忠誠が消えているならば。

 しかし、厳政は一瞬後、破顔したかと思うと、胸の前で手をひらひらと振った。

 

「ぼくの中では、張角様、張宝様、張梁様への忠誠は消えませんよ。多分、一生」

「……ふうん」

 

 これは空気が怪しくなってきたぞ、と程遠志は冷や汗をかいた。もしや、曹操様の見立ては外れ、厳政は張角への忠誠を取り戻し、黄巾とともに玉砕する気なのかもしれない。

 だとすれば自分だけで張角たちを捕まえなければならない。どこにいるのかもわからず、会ったこともない女三人を、だ。そしてその後、黄巾の連中に気取られることなく城から抜け出さなければならない。

 ほとんど不可能なことだろう。これは、第三の選択肢を取る可能性が高くなってきたぞ―――程遠志は小さくそう思った。

 

「まあ、立ち話もこんなもんにするか」程遠志は逃げ腰になった。「この城に入ったばっかで、まだ構造もよくわかっちゃいないんだ」

「歩き回るのはいいですけど。士気向上の手助けも、できればしてほしいです」

「おう。できたらするよ」

 

 程遠志は「行くぞ」と二人に声を飛ばし、厳政から目を切って歩き始める。

 軽く歩いて、そこで足を止める。くるり、と振り返り、思いついたように厳政へ問いを投げかけた。

 

「最後に一つだけいいか」

「なんです」

「張角様たちって、普段はどこにいるんだ」

「……なんで、そんなことが気になるんですか」

「一度も会ったことがないから。この機会に見てみたいな―――なんて思って」

 

 厳政は明らかに不審そうな顔になった。まずったかな、と程遠志は思う。何気なく聞いた言葉だったが、厳政は過敏に反応した。

 数秒黙ったかと思うと、「教える義理はないですよ」と今まで出したことのないような冷たい声を出し、厳政は歩き去っていった。

 まずったかな、じゃねえな。完全にまずった。程遠志は一つ、溜息を落とす。

 なんか面倒くせえことになる気がする。ほとんど確信に近い思いが、胸の中を駆け巡った。

 

 

 

 

 








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