真・恋姫†無双~程遠志伝~   作:はちない
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黄巾討伐編 第五話

 

 

 

 

 面倒くさいことが起こったのは、思ったよりも早かった。

 程遠志たちは配給の握り飯に齧りつきながら、「まあ、酒でも飲んで明日考えようぜ」と言い合っていると、気配がした。

 程遠志は後ろを振り向く。素知らぬ顔をした黄巾の男が一人、こちらを何気なく見ていた。

 苛立ちから、舌打ちが漏れる。

 

「おいおい」

 

 尾行されてるのかよ。だれの指示だ? 考える必要もなく、程遠志はわかった。厳政だろう。

 彼の張角たちに対する忠誠は本物らしい。無遠慮にその居場所を聞いてきた程遠志を怪しんだのか、危ぶんだのか。

 失敗したな、と鄧茂、張曼成に零す。「やっぱり、僕の言った通り程遠志の選択は外れになったね!」と妙に嬉しそうな顔で鄧茂が言ってきたので、程遠志は一発頭を平手ではたいた。

 なんにしても、面倒くさい事態になった。自由に城内を動き回れるはずが、これである。

 程遠志はつくづく運がねえな、と呟く。厳政に言ってやりたかった。ついてねえときは、俺の方がついてねえぞ、と。

 

「どうする、程遠志」

「どうするったって、どうしようもねえだろ。なんだ、怒鳴りつけてやれってのか。男に尾行される趣味なんてねえんだよって」

「そういうことじゃない。三つの選択肢から、どれを選ぶべきか、ということだ」

 

 厳政にもまだ黄巾を裏切る気があると考えるか。

 厳政は裏切らぬと考え独力で張角を捕まえるか。

 それとも曹操が来るまで隅っこで震えているか。

 張曼成の言う三つの選択肢とは、おおよそこれらのことだろう。程遠志は少し、顔を引きつらせた。

 

「今の状況で、もう一回厳政に黄巾を裏切れ、なんて言う勇気は俺にねえよ」

「じゃあ、曹操様が来るまで待ってるのか」

「その選択が一番現実的になってきやがったな」

「やめといたほうがいいよ。今の程遠志が決めた選択肢が外れな気がする」鄧茂はそこまで言って、「いや」と思い直した。「あ、けど、やめないほうがいいのかな。程遠志がやめたらやめたで、そっちの方が失敗する気がしてきた」

「お前はホントに素直に言うなぁ」

 

 程遠志は呆れたように声を上げる。この無神経さはもはや美徳と称すべきだろう。

 

「なんにしても、だ。まだ俺のやることは変わらねえよ。悪い流れだろうが良い流れだろうが、人間ってのはそれに身を任せるしかねえんだ」

「どうするの」

「酒でも飲んで、考えるのは明日にしようぜ」

 

 程遠志はあっけらかんと言った。考えるのが面倒くさくなった、ともいえる。

 

「そんな呑気にしてていいのか」

「今焦ったってしょうがねえさ。悠長に見えるくらいがちょうどいい塩梅なんだよ。ふざけてるわけじゃねえんだ」

「俺にはそう思えない、が」張曼成も、そこでにっと笑う。「正直、俺も考えるのが面倒くさくなってきた」

「だろ! そういうもんだよ。大体、俺とかお前とかに複雑な思考なんて無理なんだよ」

 

 嬉しそうに程遠志は二、三度頷いた。

 

「でも、尾行はどうするの。お酒飲んでるときに警戒した目で見られたら、それはそれで気味悪いんだけど」

「確かにそうだな」程遠志は真顔になり、すぐに両の掌をぱん、と打った。「ならよ、簡単ないい手がある」

「手?」

「ああ。あいつも酔わしちまえばいいじゃねえか」

 

 そう言うが早いか、程遠志はくるり、と後ろを振り向いたかと思うと駆け出して行った。

 びくり、と黄巾の兵士は固まる。逃げるか、逃げまいか。それを考えているうちに、程遠志は目の前まで迫っていた。強面の男が、上から見下ろしてくる。腰から下げた刀に思わず手をかける。

 程遠志はにやり、と悪辣な笑みを浮かべた。「酒でも飲もうぜ。ついてくるんだろ?」そこでまた、ぽかん、と男は固まってしまう。

 張曼成と鄧茂は呆れ半分、感心半分といった様子だった。先ほどまで尾行にせわしなく苛立っていた男の姿とは思えない。とんだ変わり身の早さだよ、と鄧茂が苦笑しながら漏らした。

 

 

 

 

「やっぱりよ、酒を飲んでる時がいっちゃん幸せってわけよ」

 

 程遠志はそう言いながら黄巾の男に絡んでいた。それは、まるで娼館でべろべろに酔っぱらってしまい、助平な動きで女に縋りつく中年男のようだった。

 違うのは抱きついている相手がどこにでもいるような男であるということと、程遠志はちっとも酔っぱらっていないということだ。

 なんとも趣味の悪いことに、彼は酒を飲むと酔ってもいないのに酔ったふりをする。「酔っているんだから仕方ないよな」と相手から思われる心理を利用して、昔から女によく使っていた戦法が治らなくなってしまったらしい。

 

「程遠志は相変わらずだなぁ」

「相変わらずすぎて、何も言えない」

 

 呆れかえっている二人を尻目に、程遠志は饒舌に舌を動かしていた。「お前はよ、酒はいける口なのか」「最近会った嫌なことを教えろよ」「正直、張角様をどう思ってんだ」

 時折どきり、とする質問を混ぜて飛ばしていた。計算ではない。アルコールで満たされた脳が、ここまでなら大丈夫だ、という一線を誤認させ、踏み込んだ質問を程遠志にさせていた。

 黄巾の男もそこまでいい顔をしていない。面倒くさいのに巻き込まれた、とでも思っているのかもしれなかった。

 それでも、彼も酒が回り、人並み程度には酔っているので、気軽に答えてはいた。「酒は飲めます」「上司に怒られた時くらいかな」「張角様は、ほんとに可愛いです」

 

「あれ」程遠志は小首を傾げる。「お前、張角様の顔を知ってんのか」

「当たり前じゃないですか。黄巾っていうのは、旅芸人の張角様たちを支えるためにあるんです。知らないわけないでしょ」

「俺は知らねえけどな」

「え、どうして知らないんですか」

「さあな。張角様たちがよく、そういう催しをやってるとは聞いたけど。なんか見に行く気が起きなかったんだよな。もともと、俺は純粋な黄巾の面子じゃねえし」

「勿体ないですよ、人生が」

 

 ひでえこと言いやがる、と程遠志は大笑した。

 酔っている時の彼は、基本的に悪口におおらかである。それは、美徳でもあり欠点でもある。人にもそれを強要してくるからだ。

 

「そういえばだよ、張曼成。お前よ、あれはどういうことだよ」

 

 すすす、と黄巾の男から離れ、程遠志は張曼成のもとへにじりよってきた。

 

「あれってなんだ」

「随分と前のことだけどよ、覚えてるか。前の戦いの時だよ」

「前の戦い?」

「馬鹿。なんでわかんねえのかな、夏侯淵との戦いだよ」

 

 はあ、と張曼成は叫びだしたくなった。どうしてこの状況でそんな話になるんだ。

 黄巾の男が近くにいるのに、何考えてるんだ。睨みつけるように程遠志を見るが、彼は意にも返さなかった。もともと俺たちが曹操と戦ったことは知られてるんだから、いいだろ。そんな堂々とした開き直りっぷりだった。

 

「確かよ、お前は荀彧の策を見破ってただろ」

「見破ったって、何の話だ」

「言ってたじゃねえか。ご丁寧に例なんか出して。なんだったか、おい」

「斜行陣。希臘のエパメイノンダスのことか」

「そう、それだよ。なんなんだよそれ。ぎりしあのえぱいめんどす? 俺はあれかと思ったよ、今流行りの洋服の銘柄かと」

「阿蘇阿蘇?」

「それ!」程遠志は如何にも正解、というように指をさした。「違いがわかんなかったぜ」

「全然違うだろ」

 

 苦笑しながら言う張曼成に、程遠志は頬を膨らませた。「笑い事じゃないっての」

 まるで、大事なものを取られた、と主張する子供のようだった。そんな純真さを持った瞳で、強面の程遠志が迫ってくる。気持ち悪いな、と張曼成は悪意抜きに思った。

 

「お前はよ、俺と同じで頭悪い系の人間じゃなかったのかよ」

「そう思ってるのは、お前だけだったということだな」

「ひでえこといいやがる」

 

 程遠志は愉快そうに笑った。ひひひ、という下品な笑い声は、まるで一生続くかのような長さで広間に響き続けた。

 

 しかし、その笑い声は唐突に止むこととなる。広間の扉ががらり、と開いた。誰もいない広間を我がもの顔で貸し切り、誰も入るなと張り紙をした場所を、である。

 謎の闖入者がいた。程遠志はなんだ、飲みたい奴でも来たか、と喜色満面で立ち上がり、固まった。

 知った顔があった。決して会いたくない男だった。鄧茂は会ったことがなかったが、その容貌が程遠志から伝え聞いたものと一致したので「あ」と声を漏らした。張曼成はただただ首を傾げた。

 

 よお、と闖入者は声を上げる。狗鷲に似た男だった。

 裴元紹が、そこには立っていた。

 

「程遠志、お前帰ってきたのかよ」

「……んだよ、テメエ」

「お前が何を考えてここに来たのか、当ててやろうか? 俺には全部オミトオシなんだよ」

 

 ぎゃはは、と裴元紹は笑う。なにやら怪しい空気になってきたな、と鄧茂は思った。

 

 

 

 

 








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