真・恋姫†無双~程遠志伝~   作:はちない
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黄巾討伐編 第六話

 

 

 

 裴元紹は不気味な笑顔を浮かべていた。何を考えているのかわからない、猜疑心の強い表情。それが引き攣るように笑っていて、なんとも気味が悪い。

 ひょっとしたら、と程遠志は思う。何の根拠もない勘ではあるが、厳政と別れた時に感じた面倒くさいこととは、こいつとの遭遇だったのではないか。

 

「おい」黄巾の男は、唐突な闖入者に慌てながらも、ハッとした顔になった。「どうして程遠志が戻ってきたか、わかるだと」

 

 厳政から課された使命を思い出したのか。酒で足元が覚束ないながらも、ふらりふらりと裴元紹へ向けて歩み寄っていく。

 少し、小首を傾げながら、裴元紹は男を見た。誰だ、とでも思ったのかもしれない。「まあ、いいか」何気なく、彼は呟くように言ったかと思うと、たちまち腰から剣を抜いた。

 

「え」

「馬鹿がよ」

 

 脅しではなかった。この瞬間で、動く者は裴元紹しかいなかった。

 剣が振るわれる。動く者がいないのならば、それを防ぐ者も誰もいない。正規の軌道を描いたまま進んだ剣尖は、正確に黄巾の男の心臓を穿ちぬいた。

 あっという間のことだった。現実感がない。鄧茂も、張曼成も、程遠志でさえも呆然としていた。裴元紹は、程遠志の顔が僅かながら青褪め、強張ったのを見逃さなかった。「そんな顔もできんじゃねえか」そう、軽く嘯く。

 

 程遠志は静かに髪をかき上げた。血痕が飛び散らばり、自分の額にも僅かに当たった。落ち着け、と念じる。みっともなく狼狽している場合じゃない。

 しばらくして、彼は口を開いた。酔っぱらう演技はいつの間にかなくなり、目線は裴元紹を捉えて離さない。

 

「お前もよ、いつの間にか大人になっちまってたんだな」

「ああ?」

「そんな簡単に人を殺せんなら、一人前だよ。俺に泣かされたのは遠い昔か」

「てめえ」

 

 肩をすくめて程遠志がそう言うと、血を剣から滴らせながら裴元紹は顔を真っ赤にした。

 怒ったのだろう。これでいい、と程遠志は思う。冷静でなくなるのは、俺じゃなくて向こうの方だ。

 いつでも剣を抜けるように、程遠志は腰に手をかける。負ける気がしない。夏侯惇に鍛えられたことに、僅かな間―――とは言っても本当にほんの少しの間だったが―――感謝した。

 

「どうすんだよ、まったく。とんだ大迷惑だ」

「なんだよ。友達だったわけでもねえだろうに」

「そういうことじゃねえ。よりにもよって、一番殺してほしくねえ奴に手をかけやがって。厳政に疑われるなんて程度じゃ済まねえな、これは」

 

 程遠志の目からは憐憫の感情も一応は見られた。それでも、それは砂漠の中に存在するオアシスのように少なく、彼の考えていることの殆どは自分たちにこれから待ち受ける面倒なことについてだった。

 殺された人間が、今俺の後ろで木偶のようになっている鄧茂や張曼成だったらどうだろう。ふと程遠志は思う。こいつらも同じような場所で、同じように酒を飲んでいた。可能性はあった。身体の芯が、ぴくり、と震える。

 幻視した。鄧茂が、張曼成が、目の前で死んでいる男と差し替えられた姿を見た。

 それを思うと心をまるで槌で叩き割られるようで、砕かれたその隙間から熱々とした感情が湧き上がってくるのを感じて、驚いた。憤怒の感情だ。

 その間、程遠志は裴元紹から目を切っていたので、いつの間にか裴元紹の後ろに見知らぬ二人の男がいて、瞠目した。

 

「人数は同じだな」程遠志はあえて余裕ぶって口を開く。「いい勝負ができそうだ」

「酒に酔ってるてめえらが、勝つ気かよ」

「俺がどれだけ飲んでも酔わねえことを、お前が忘れたのか?」

「ほかの二人は違えだろ」

「一対三で、お前は俺に勝てると思ってんのか」

 

 程遠志は裴元紹の後ろに立つ男二人を睨みつけた。二人の男は大した者ではない。人相の悪い彼に鋭い目で威圧されると、たちまち怯えた。

 

「まあ待てよ程遠志。俺はお前と戦うために、ここに来たわけじゃない」

「よくもこんな状況で言えるもんだな」

「寧ろ感謝しろよな。その男、お前のことをこそこそ嗅ぎまわってた奴だろ」

「だから斬ってくれ、だなんていつ頼んだよ、俺が。大体お前、人斬って堂々としてやがるが、俺が厳政にチクるぞ」

「この城にいなかったお前は知らないだろうが、少し前に内部で大規模な反乱があったんだよ。それから城の中はピリピリしてる。人一人くらい手違いで死ぬことは少ないことじゃねえんだ」

「だから斬り殺しても罪には問われません、ってか。馬鹿じゃねえの」

 

 程遠志は馬鹿にするように嘲り笑った。偶然諍いが起こって、程遠志の見張りを命令した人間が死にました、なんてのを信じるほど厳政は阿呆じゃない。

 問題は、見張りを斬り殺したのが頭のおかしい裴元紹という男だ―――と、確信できるような、厳政は透視能力がある男じゃないということだ。

 この殺人を目撃しているのは場にいるこの面子だけだ。裴元紹側の人間が正しい証言をするはずもなく、凶器であるあの剣を上手く隠蔽してしまえば、証拠もなくなる。残った人間はこの男を殺す理由がない裴元紹たちと、程遠志たちだけ。

 

 それ故、程遠志が厳政に告げ口をすることなんてあり得ない、と裴元紹は高を括っているのだろう。

 

「俺がここに来たのはよ、お前の手助けをしてやるためだよ」

「手助けだと?」

「ああ。お前が帰ってきた理由なんてお見通し、って言ったろ。逃げてきたんだろ、曹操軍から」

「ああ?」

 

 全くの的外れな言葉だった。程遠志はそのため怪訝な顔になったが、それは内心の動揺を誤魔化すためだ、と裴元紹には思われたらしく、愉快そうな顔になった。

 

「お前がよ、よく曹操の街で強請り集りをしてたってことは知ってんだよ。それがバレてお尋ね者にでもなって、野盗にもなれず手詰まりになって、ここに逃げ帰ってきたわけだ」

「……だとしたら、なんなんだ?」

「生き残る方法を教えてやろうってんだ」

 

 裴元紹の表情を見て、程遠志は呆れた顔になった。そんな悪い笑みを浮かべた男の言葉を、誰が信じるというのだろう。

 

「言ってみろよ」

「言ってください、だろ。媚びてみろよ」

「……話がよ、進まねえだろ。つまんねえこと言ってねえで、早く教えてみやがれ」

「立場ってのがわかってねえらしいな、程遠志」

「あのなあ」程遠志は目を薄めた。「お前が何を思うのも勝手だけどよ、それ以上焦らすんなら叩き斬るぞ。それでその血に染まった刀と、後ろの二人を厳政にそのまま送ってやる」

 

 冗談を言っているわけではない。その方がいいのではないか、と程遠志は次第に思い出していた。思考がまずい方向に向かっている、と危惧しながらも、止められない。

 裴元紹もその事実に遅蒔きながら気がついた。程遠志に敬語を使わせるか使わせないかだけで彼を怒らせると、とんでもないことになる。どのようなことでも本当にやりかねない恐怖がある。

 

「わかったわかった。俺が悪かったよ。素直に教える。簡単なことなんだよ」

「……言ってみろ」

「俺たちでよ、厳政を殺そうぜ」

 

 なに、と程遠志は顔色を変える。

 その表情を見れたことが、裴元紹にとっては堪らないほど嬉しいことであるらしかった。にんまりと笑い、馴れ馴れしげに近寄ってくる。

 

「厳政の首を獲れば城内は混乱する。今、この城から脱出するのは難しいが、そうなれば容易く抜け出せる。万が一バレた時の保険に、張角たちは殺さず生け捕りにして、曹操の前に引きずり出す。そこまでやれば流石に俺もお前も生き残れるはずだ」

「どうやって、厳政を殺すんだ。張角がどこにいるかは知っているのか」

「厳政は不意を打てば簡単に殺せるさ。俺とお前、それ以外も含めれば六人いる。張角たちの場所は知らねえけど、適当に探し回ってもいいし、厳政を脅してもいい。見つからねえんなら、厳政の首だけ持って逃げる」

「随分とまあ、行き当たりばったりな作戦だな」

「でも、黙ってこの城で震えているよりは生存率が上がる。そうだろ?」

 

 そうではない。程遠志たちが単に生き残る確率を上げたいのならば、城のどこかで隠れ、曹操が攻めてくるのを待つ方がいい。裴元紹の考えはまるで的外れだった。

 

「………………」

 

 しかし、とも程遠志は思う。まったくの的外れにもかかわらず、偶然なのか、必然なのか。裴元紹の提案は曹操の命令と似ている部分があった。

 張角たちの生け捕り。曹操の命令の大部分はそこにある。厳政という存在はそのための手段に過ぎない。生死なんて特に問われてもいなかった。

 張角さえ捕らえられるのならば、協力する価値はあるのである。

 

 ……程遠志は迷った。刹那のような時間、彼の中の天秤はぐらつき、裴元紹の方へ傾きかけもした。捨て鉢になる思いだった。

 張角たちの居場所は、結局、裴元紹も理解していない。彼の計画には穴が多く、普段の程遠志ならば迷いもしなかっただろう。

 その迷いの根底には、曹操たちの命令から、張曼成や鄧茂への思いなどが入り混じって存在した。曹操などに従わず黄巾にいたころの程遠志ならば、曹操に従っても一人で城を訪れた程遠志ならば。一顧だにしなかっただろう。

 程遠志は大きく首を振った。わからねえ。グラついて傾きかけた天秤は少しずつ戻っていき、どちらが正解かを示すことなく、釣り合った状態を保った。「受け入れる」「受け入れない」どちらの選択肢が正しいんだ?

 

 程遠志の頭の中にいる鄧茂が「どちらを選んでも外れるよ」と静かに述べた。うるさい、と叫びたくなる。

 裴元紹の顔が近づいてくる。早く答えを出せ、と言わんばかりだった。一度決めたら迷わない。そんな程遠志も、流れが圧倒的に悪く、自分の選択がすべてを左右してしまうような現状況に、困り果ててしまっていた。

 

「まずはよ」程遠志は掠れた声で言った。「その死体をどうにかしようぜ。話はそれからだ。俺やお前だって、それが公になったら困るだろ」

 

 結局、「受け入れる」も「受け入れない」も選べず、程遠志はそんなことを言った。頭が痛い、といった風に顔を歪ませながら。

 裴元紹はそれを見て、また、堪らなく嬉しそうに笑った。

 

 

 








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