真・恋姫†無双~程遠志伝~   作:はちない
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黄巾討伐編 第七話

 

 

 

 裴元紹が死体を隠すために用いた方策は、単純明快で、残虐で、普通の人間には決して行えないようなことだった。

 まず、割れた西瓜のように顔を潰した。他にも、身体的な特徴からその死体の身元がバレるのではないか、という部位を積極的に破壊して、破棄した。

 残ったのは惨たらしくなった死体だけである。それを、適当な場所に野晒しのまま捨てた。いずれ発見されるだろうが、大した問題にはならない、と裴元紹は高を括っていた。

 ……そこから、張曼成は目を背け、鄧茂は明らかに狼狽えて、混乱した様子を見せた。

 生き死にに慣れているだとかそういう問題ではない。生命の冒涜。規律の違反。非現実的なことである。考えが及んでも、普通の人間ならば決してできないようなことを、裴元紹は容易くやり遂げた。

 場にいる人間の中で、程遠志だけが無表情を保っていた。一人だけ黙りこくっていた。ただ、余裕を持てていたわけではない。

 

 程遠志は喋らなかった。いや、喋らなかったというよりも、喋れなかったと言うべきか。考えなければならないことが、多くあった。

 死体を惨たらしくしたことによって、身元が割れることは十中八九なくなった。あの状態では誰も判断なんてできないだろう。

 しかし、厳政は一日もあれば異常に感づくはずだ。遣わせたものが帰ってこず、連絡もつかないどころか見当たらない。始末されたと考えるはずだ。そこで、異常なまでに頭部が破損した死体が見つかればどうなるか。

 それらを結びつけることなど造作もない。程遠志たちは殺される。路傍の花を踏みつけるような手軽さで、簡単に。張角に忠誠を誓っている彼ならば、そうするはずだ。

 

「よお、程遠志。死体の偽装は済んだぜ。それで、どうするんだ」

「…………ああ」

 

 程遠志は答えてしまいそうだった。「受け入れる」「受け入れない」その二つの選択肢のうちから、最もあり得ないほうに傾きかけた。「受け入れる」声に出かけた。適当な感じで選択肢を決めてしまいそうになった。

 口を開こうとしたところで、程遠志は何かに躓いて、尻もちをついた。おいおい、と思う。どれだけ焦っているんだ。裴元紹も「怖いのかよ、臆病者」と野次を飛ばしてきた。

 地面を見た。何も存在しない。躓いたはずの箇所には、何一つものなんてなかった。

 

「お前、どんだけ動揺してるんだぁ?」

 

 裴元紹は嘲り笑った。その通りだと程遠志も思う。そして、きまり悪く立ち上がろうとして、ハッとした。

 流石におかしくはないだろうか。こんな状況で、こんな一世一代の選択が迫られた最中で、急に、何もないところで足を滑らせるなんてことがあり得るのか。偶然ではないのではないか。

 理屈ではない。程遠志は自分の頭が急に働き出すのを感じていた。それは、かつて夏侯淵に二百の兵士で挑んだ時を思い出させるようだった。

 

 例のように、思考の濁流に自ら程遠志は飛び込んだ。偶然でないのならば、必然だ。足が滑ったのは必要なことだったのだ。そう考えるべきだ。

 なぜ足が滑ったのか。答えさせないためだ。裴元紹の誘いに「はい」と答えないため。答えさせないために足が滑った。

 意味の分からない妄想に思えるかもしれない。馬鹿馬鹿しい空想のような考えだった。だが、と程遠志は思う。今までの経験が、彼に語り掛けていた。

 流れが変わったのだ、と。

 あとは、自分がその流れに乗るだけだ。迷わず、自分の思ったことを貫くべきなのだ。

 

「裴元紹、俺は決めたよ」

「言ってみろよ」

「お前になんて従わねえよ、馬鹿が」

 

 なに、と裴元紹は口を開いた。程遠志は胸がすく思いになった。その顔が見たかった、そう言ってやりたかったのだ。

 

「どうしてだよ。それしかねえだろうが、テメエの生きる道は」

「勝手に決めつけんな。お前みてえな奴に命を預けるだなんて、俺はごめんだね」

「……急に強気になったじゃねえか。なんだよ。頭がおかしくなりやがったのか」

「おかしいのはテメエだろ。一緒にしてんじゃねえよ、汚らわしい」

 

 程遠志は軽く身体を震わせてみせた。目に見えた挑発だったが、裴元紹はたちまち顔を赤くする。

 裴元紹は剣を抜いた。「殺す」それが冗談ではないことを、剣から滴る赤い血痕と彼の血走った赤い瞳が言っていた。

 だからこそ、できない、と程遠志は確信した。尋常ではないほどの殺意は持てているだろうが、裴元紹は自分に向かってくることなんてできない。単純な武においてならば、程遠志と裴元紹の間に大きな力の差がある。

 それは裴元紹も理解できているはずだ。短慮な男だが、それくらいはわかるはずだ。あえて、程遠志は余裕そうに頷いてみせた。

 

「消えろ。もうお前に用なんてねえ」

 

 互いに視線が合い、強く混ざり合う。程遠志と裴元紹。余裕と憤怒。剣を抜かぬ男と抜いた男。様々な相違点があった。やがて、「ぐ」と呟くように言って、裴元紹は目を逸らした。

 

「は」裴元紹は、おもむろに笑い声を上げる。「はは、はははは―――行くぞ、もう俺も用なんてねえ」

 

 程遠志はその後ろ姿を口を歪めながら見送った。裴元紹の頬からは汗が流れていて、目は泳いでいた。

 やはり、と思う。やはり、あの男では俺に斬りかかってなんてこれなかった。それが限界なのだ、と程遠志は嘯いた。

 

 

 

「だ、大丈夫、程遠志」

「ああ。もうどうにでもなるさ」

 

 鄧茂の心配そうな声を聞いて、不意に程遠志は懐かしさを覚えた。昔はこんなもんだったな、と思う。

 今では程遠志のことをよくからかって遊ぶ鄧茂だったが、昔はよく心配されたものだ。

 

「大丈夫ってことは」

「ここからは俺の番だ。今までの不運をよ、全部取り戻してやらねえとな」

「大丈夫なのか」張曼成も、心なしか顔が不安そうだった。「あの男を、行かせてしまって」

「一旦、だよ。あいつを怒らせて、三人で話せる状況が作りたかった。ただそれだけだ」

「話し合う状況?」

 

 話し合ってどうするのだ、と鄧茂は首を傾げる。

 程遠志はまっすぐな瞳をしていた。決して迷わず、今の自分が失敗をするはずもない、と確信している表情。雰囲気、闘気というものが、程遠志の背中から巻き上がっていた。

 流れだ、と鄧茂は確信した。ならば、それに従うのみだ。

 

「お前らの意見もよ、一応は聞いておきたかったんだ」

「意見とはなんだ」張曼成は戸惑ったように言った。「どうしてそんなに余裕なんだ」

「今の俺は正直なところ負ける気がしねえ。流れがきた、と俺が理解できた時点で、この状況は昼寝の時間だとか、宴会の時間だとかのようなもんだ。あとは俺がどう張角を捕まえ、曹操様の前に連れていくか。それだけを考えればいい」

「もう間違いなく、成功するというのか」

「ああ。今大事なのは、確定した結果じゃない。過程だ。どういう過程で、張角を捕まえるか。それだけを考えればいい」

 

 自信をたっぷりと持っている程遠志だったが、その理由が張曼成にはわからない。いや、なぜ持っているかというのが「流れ」に対する盲目的な信頼だとは想像できるのだが、どうしてそこまで信じられるのか。

 常識的に考えれば、張曼成の方が正しい。一度程遠志の「流れ」を見たからとはいって、それをここまで信じることはできない。

 

「お前の信じる『流れ』が何故、今自分に来たと考えたのだ」

「俺にもわかんねえよ。強いて言うならば、裴元紹の提案を断った時だ。あれが何かの分岐点で、分水嶺だった。あれをみすみすと受け入れていたのならば、まだ流れは真逆を向いていたはずだよ」

「裴元紹に従わなかったことが、その流れを引き寄せたと」

「そうだな。でもよ、それはあそこまでの話だ。流れがなかった俺が、裴元紹に対して断固たる拒否を見せたことによって、変わった。もう今の俺は少し前の俺じゃねえ。俺が言いたいのは、ここなんだよ」

「どういうことだ」

「さっきのは嘘ですすいません、なんて裴元紹に謝れば、多分それでも通用するんだ。今の俺ならば、裴元紹の提案に乗って、厳政を殺し、張角を奪える。それで曹操様も喜ばれる。そういう結末にもできる」

 

 はっきりと程遠志は言った。確信を抱いた言葉だった。

「まさか」と張曼成は言えなかった。程遠志の「流れ」は信じられぬ。だが、程遠志と鄧茂はそれを当たり前のように確信していた。そのような理不尽なものに憑かれているのだ、と信じていた。

 

「お前らはよ」うってかわって、冗談交じりな雰囲気で、程遠志は言った。「厳政をどう思う?」

「はあ?」

「ついてねえ、だとか。不運だとか言いまくってるあいつのことを、俺は悪くねえ奴だななんて思ってるんだ」

「どういうことだ」

「殺すには惜しいってことだよ」

 

 程遠志は、はは、と笑いながら続ける。

 

「もうよ、選択肢は二つに絞られた。あの死体を厳政が見れば、黄巾の男と結び付けて俺らに対する疑いがもっと強くなるに違いない。だから城のどこかで隠れて震えてるわけにはいかねえ」

「裴元紹の提案に乗るか、乗らないか?」

「それはつまり、厳政を殺すか殺さないか、ってことだ。俺はあいつを殺したくねえ。多数決だよ。いいよな、こういう時に三人だと。一発で結果が決めれちまう」

 

 どうする、と程遠志は問いかけた。張曼成は目を瞑って、開かぬまま、考えた。この多数決についてではない。程遠志の無謀とも思える「流れ」に、付き合うか、付き合うまいか。

 一瞬後、目を開ける。程遠志は張曼成を見ていた。あれほど自信気だったのに、多数決で意見が割れても一発で決まると言い切ったのに、不安げにこちらを見ていた。強面の顔に全く似合わず、妙に人間くさい。、

 ふ、と笑う。それもいいかと思った。程遠志の「流れ」に流されてみよう。そう思ってしまった。

 

「程遠志」

「おう。どうする」

「お前の流れを、信じてみるよ」

「―――そうか。そうか! いやよかったよ。鄧茂は?」

「僕は程遠志と、程遠志の流れに従うだけだよ」

「だよな」

 

 程遠志は表情を戻す。自信を除くすべてが消えたような顔。元に戻った。すぐさま口を開く。

 

「平和的に終わって満足だ」その表情のまま、自嘲交じりで言った。「なんたってよ、まだ今はお前たち以外に友達がいねえんだ―――」

 

 そんな様子を見て、鄧茂は小さく笑った。張曼成も、こんなのも悪くないな、なんて思った。

 

 

 








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