真・恋姫†無双~程遠志伝~   作:はちない
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黄巾討伐編 第八話

 

 裴元紹は、程遠志の姿を思い浮かべて、顔を憤怒に染めた。許せねえ。虚仮にしやがって。

 昔の、忌々しい思い出が脳内に蘇ってくる。程遠志に不意打ちされ、殴り倒され、地面を這いずり回った。泣きながら家に戻り、二度と故郷には戻れなかった。

 ふざけるな、と吐き捨てたかった。首を振って、嫌な思い出から目を逸らす。

 

 代わりに、これからのことを考えた。

 暗い愉悦の笑みが裴元紹の口から漏れる。厳政に告げ口をしよう。程遠志が見知らぬ黄巾の男を殺すのを見た、と。

 厳政でも結び付けられるはずだ。調べてみようとは思うはず。顔が潰された死体を見たならば、さらに怪しむはずだ。

 程遠志は、捕えられる。少なくとも軟禁はされる。そうなればこちらのものだ。殺せる、殺し得る。

 鄧茂、と程遠志が呼んでいた女のことを裴元紹は思い出した。あの女が程遠志に対してどういった感情を抱いているのかも、それが友愛なのか、恋愛なのかも、彼にはわからない。

 ただ、鄧茂は程遠志が死ぬのを見たら泣くだろうな、とは確信できた。目の前で縊り殺してやろう。裴元紹の口角が釣りあがった。

 

 昔からそういう人間だった。どれほど昔からかはわからない。人が幸福になるのが馬鹿らしく、祝福するのが阿呆らしく、成功するのが妬ましかった。その逆になればいいと思った。

 それこそが、彼の―――裴元紹の原動力だった。そういう男であることに、彼は誇りすら持っていた。

 

「お」裴元紹はふと偶然、視界の端に動くものを見た「いるじゃねえか」

 

 厳政だった。なんという幸運だろう、と裴元紹は笑う。

 城内を定期的に巡回していて、その終わり際だったのか、溜息を吐きながら早足で歩いていく。

 その背中を追いかけた。右に曲がり、左に曲がり、さらに左へ―――厳政は誰かに見られないように警戒した足取りだったが、何故か一度も振り向かず、尾行している裴元紹たちにはまったく気がつかない。

 最後に右に曲がったかと思うと、そこには小さな隙間があった。迷路のように入り組んだ中にある、しっかりと見なければ気がつかないほどの大きさの隙間。それを潜り抜けた先には、小さな部屋があった。

 厳政は気がつかない。彼は頭を押さえて、何かをぶつぶつと呟きながら部屋に入っていった。

 

 裴元紹は半ば、確信していた。あの隙間の向こうに何があるか。いるか。今のこの城で、最も隠さなければならないもの。

 張角たちがいるのだろう。とんとん拍子に話が進んでいく。運命が自分に味方しているのではないか。裴元紹は、自分の隣にいる二人にそう嘯くと、彼らも総じて笑った。

 

「行くぞ」

 

 厳政の動いたように、裴元紹たちも動く。思ったよりも隙間は小さく、手こずったものの、潜り抜けるのに大した時間はかからなかった。

 隙間を潜り抜け、部屋の扉を開く。中にはほとんど、裴元紹の予想した光景があった。

 呆然とした顔の厳政。怯えた目で見つめてくる女三人組。その側に控えている四、五人の兵士たち。

 どれが張角だ、と裴元紹は思い、すぐに理解した。どれを敬っているか。どれが一番上の者なのか。張角三姉妹がどれかは、配置からも、人数からも簡単に察することができた。

 

「どうして、裴元紹さんがここに」

「後をつけたんだよ。声をかけようと思ったけど、何かぼうっとしてたからかけれなかった」

「後を……?」厳政はあり得ない、という顔になった。「どうして尾行に気づかなかったんだ。いつもは、いつもは必ず確認しているのに」

「いつも通りじゃなかったんだろ。そんだけのことだ」

 

 適当に裴元紹は言葉を返す。

 張角の側で待機している兵士たちが、明らかなほどの警戒心を剥き出しにした。尾行した、ってのは言い方が拙かったかな、と裴元紹は思う。

 

「なんで、後をつけたんですか」

「言いたいことがあっただけだよ。そんな警戒することじゃねえ」

「言いたいことって」

「程遠志のことだ」

 

 ぴくり、と厳政の眦が動く。何を言いたいんだ、とその目が問いかけていた。

 

「厳政。お前、程遠志に尾行をつけてただろ」

「……見てたんですか」

「見てた、ってよりも見つけた、って感じだ。人選が間違ってたぜ」

「…………」

 

 厳政は何も喋らない。ただ、張角三姉妹たちを守るように佇んでいる。

 気に食わねえな、と裴元紹は思った。何やら、暗い感情がむくむくと、胸の底から湧いて出てくる。

 

「その尾行、死んだぜ」

「なに」厳政は目を大きくした。「どういうことですか」

「言わなきゃわかんねえのか。程遠志に殺されたよ」

「どうして」

「知らねえよ。俺が見たのは、酒に酔った程遠志がその男を殺すとこだけで、理由なんかわかんねえ」

「それは、本当ですか」

「嘘だと思うんならよ、程遠志を尾行してたやつを探してみろよ。もうこの世の中のどこにもいねえからさ」

 

 厳政は、そこでまた黙り込んだ。目が明後日の方向を向いている。裴元紹は嘘をついていない、と思ったのだろう。

 尾行が死んだ、というのは嘘ではない。殺されたというのも本当だ。違うのは、自分が殺したということだけ。裴元紹はにやりと密かに笑った。

 厳政は混乱している。城を守り、張角たちを守り、それ以外の人間に猜疑心をもって当たっていた。だからこそ、脆い。

 

「何かよ、早いうちに手を打った方がいいんじゃないのか」

「そうですね―――程遠志たちがどこにいるのか、裴元紹さんはわかりますか」

「知らねえ。さっきまではどこかの広間にいたが、もう移動しただろう。探しに行け、ってのは面倒くさいから嫌だぜ。そいつらに頼むんだな」

 

 裴元紹がそう言ってみると、驚くほど容易く厳政は頷いた。猜疑の感情が程遠志一人に向いているからこそ、他の警戒が疎かになっていた。兵士たちに命令する。

 

「程遠志たちを、見つけてきてください」

「見つけたら、どうしますか」

「どこかに、軟禁してください」

「抵抗されたら」

「……多少強引な手を使っても構いません」

 

 ―――おいおい、と裴元紹は喝采を胸中で叫んだ。何もかもが自由自在。思ったように動いている。

 兵士たちは後ろの隙間を抜けて、走り去っていった。残ったのは裴元紹ら三人と、厳政と、張角三姉妹のみ。

 あの数人の兵士などに、程遠志は負けないだろう。裴元紹にもそれは理解できた。その程度の人間ではない。容易く切り抜けることも、皆殺しにすることもできるはずだ。

 だが―――それをすれば、本格的に程遠志は吊るし上げられる。黄巾の兵士たちに囲まれ、少なくとも軟禁、もしくは鎖に繋がれてどこかに閉じ込められるかもしれない。

 そうなればこちらのものだ。後はどうとでもなる。鄧茂に見せつけて殺してやる、と思うと、裴元紹は笑みを堪えることができなかった。

 

 そういう人間だったからこそだろう。裴元紹はふと思った。今の状況は、自分に何かを示しているのではないか。

 それは奇しくも程遠志の閃きと似たようなものだった。程遠志が少し前、何もない場所で転んだのは何かを暗示しているのではないか、と確信したように。それと同様に、今自分が置かれているこの状況は、偶然ではないのではないかと思った。

 

 厳政と、張角三姉妹と、自分たち。張角三姉妹は戦えない。裴元紹は見るからにわかった。ただの踊り子のようなものだ。

 ならば、ここで厳正を殺してしまえば―――先ほど程遠志に提案した策と同じような状況になる。その後に張角たちを脅し、自分たちの言いなりにさせ、厳政の死に焦る城内から脱出して曹操に雌伏する。

 捕まった程遠志を殺す時間くらいはあるはずだ。それを愉しみ、安全に脱出しろ。天からそんな声が舞い降りてきたような、そんな錯覚に裴元紹は囚われた。

 

 そうだ。そうしよう。剣を抜いた。急な行動に、厳政も、張角三姉妹も、裴元紹の後ろにいる二人も驚く。だが、裴元紹が目配せをするとすぐに理解できたのか、後ろの二人も下卑た笑みを零した。

 

「裴元紹さん!?」

「お前からしたらよ、意味がわかんねえんだろう。ちょっとは同情するぜ」

「何を、何をする気ですか―――」

「お前を殺して、曹操に降伏するよ。そこの張角たちを連れて行けば、曹操も許してくれるだろう」

「そんな馬鹿な」

「馬鹿な話じゃねえ。そうなるんだよ」

「待ってください!」厳政は、すべてをかなぐり捨てて言った。「あの、ぼくはもう既に曹操へ書状を送っているんです。降伏の手紙です。脱出の手はずは、整っているんです。一緒に行きましょう」

「厳政―――!?」今まで怯えて黙っていた張宝が、そこで叫んだ「ちょっと、どういうことよ!?」

 

 唇を噛んで、厳政は黙っている。へえ、と呟くように裴元紹は言ったが、感情は変わらない。

 

「どっちにしても、お前は不要だろうが。むしろ邪魔だよ。今の城から抜け出すのが難しいから、お前はやらなかったんだろ?」

「それは裴元紹さんでも同じでしょう」

「お前が死ねば状況は変わるよ。この城の指揮を取っていたお前が死ねば、多少は城内が混乱する。数人が抜け出せる時間はできるんだ」

 

 抜き身の剣を片手に裴元紹は歩き出す。目線はまっすぐ揺らぐことなく、厳政を捉えている。後ろにいる二人も続いた。

 厳政は何かを諦めた顔になって、剣を抜いた。その側にいる張角たちは、怯えた顔になっている。勝てるのか、負ければどうなるのか。そんな単純な疑問もあったが、その目は、単純に厳政を心配する色も帯びていた。

 負けるはずがない、と裴元紹は思う。相手は程遠志のような男ではない。構えからしてもわかる。そう大した腕ではない。一対三ならば、確実に殺せる。

 それに、と思う。ここまでうまくいっている自分ならば最後までうまくいくはずだ。そんな、自分に陶酔した考えを裴元紹は持っていた。

 

 裴元紹は、そう考えていた。

 ―――その時。

 

 

「よお」

 

 

 ―――後ろの扉が、唐突に開かれた。

 

 

 

 その場にいる誰もが、固まった。裴元紹たちも、厳政も、張角三姉妹も。

 現れるはずがない人間だった。ここにいることがあり得ない。目を疑うような光景だった。

 なんで、と厳政が呟くように言った。彼は登場した男が自分の味方なのか、敵なのか、何なのかわからない。ただただ混乱した様子で呟いた。

 すべての人間が、同じ思いだった。

 

「なんで、って言われたらよ、そりゃまあ一つだけだわな」

「珍しいよね、こんな役回り。大抵僕たちの方がさ、人を脅かして、奪って、逃げる側なのに」

「たまにはいいだろ、たまにはよ。善人が気まぐれで悪事に手を染めたら問題だけどよ、悪人はいいんだよ、気まぐれで善行を積んでもさ」

 

 それとはちょっと違くない、と女のような顔をした男が言う。後ろに控えるもう一人の男は、その会話にただただ微笑を浮かべていた。

 裴元紹は厳政から目を離した。男の方を向く。その目は剥かれ、顔は青褪めている。先ほどまでの勢いは、「流れ」はどこにいった? 脳内に浮かんだ疑問に答えられず、まるで自分が誰かの掌の上で転がされていたような心地になり、たちまち青褪めた顔が赤くなった。

 怒りのままに咆哮する。

 

「てめえ―――程遠志!!」

「うるせえな」程遠志はその勢いに顔を顰め、厳政の方を向いて言った。「助けに来てやったぜ、なあ、厳政?」

 

 

 

 ―――状況は、まさに佳境を迎えようとしていた。

 

 

 

 








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