真・恋姫†無双~程遠志伝~   作:はちない
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黄巾討伐編 第九話

 

 

 

 今の状況下では、ただただ立っているだけでは意味がない。すぐさま動かなければならない、と程遠志は確信していた。

 剣を抜く。自分の登場に呆けている、裴元紹の後ろにいる男に向けて、何も言わずに斬りかかった。人が死ぬ、という光景を張角たちにこんな目の前で見せるべきではないかもしれないが、そんなことを考えている余裕はない、と程遠志は思った。

 嫌な音が場に響き渡る。その直後に安っぽい悲鳴も響いた。だが、致命傷ではない。踏み込みが浅かった。

 しかし、別に殺す必要があるわけではない。出鼻はくじいた。剣を握りながら、返り血を浴びた状態で、程遠志は小さく笑う。

 

「どうして」裴元紹は悲痛ともとれるような声を上げた。「どうやってテメエが、ここにいやがんだよ」

「お前の後をつけただけだよ。厳政が気がつかねえことに浮かれてたお前は、自分が尾行されてることに気がつかなかったんだな」

「お前を探しに行った兵士たちは!?」

「ここまでの道は、入り組んでいて迷路みたいだったろ。やり過ごすことくらいわけもねえよ」 

 

 いけしゃあしゃあと程遠志は言う。

 あり得ない、と裴元紹は思った。そんなに容易く、簡単に行えることのはずがない。

 そもそも、どうして後をつけたのだ。まるで、裴元紹の向かう先に厳政がいて、張角たちも隠れていると知っているかのような動きじゃないか。

 先ほどまでの幸運は、この男に操られたものなのか。裴元紹は顔を強張らせ、戦慄した。そこまでか。そこまでの男なのか、程遠志は!

 ひい、と喉から震えた声を出し、口をわなわなとさせて、裴元紹の側にいるもう一人の男も腰を抜かして倒れこんだ。

 

「これで一人消えた。もう一人も戦意を失ったみたいじゃねえか。裴元紹―――三対一で、お前は勝てるつもりかよ」

 

 裴元紹は顔を赤くしたり青くしたりしていた。黙らせてやりたい、と思っているのだろうが、戦えば死ぬ、とも理解している。

 憤怒の表情のまま、裴元紹は剣を収めた。程遠志を睨みつけながらも、両の手を上げて降伏の意思を見せているその様子は、なんとも滑稽だった。

 

「程遠志。俺を殺すのか」

「別に。放置しておいたらまた邪魔をしてくるだろうから、鎖にでも繋いでおくが、命まで取る気はねえよ」

「……随分と優しいじゃねえか」

「最初から眼中にねえんだよ。一生かかっても、お前じゃ俺に敵わねえ、ってことも理解できただろ?」

「――――――」

 

 また、裴元紹の顔が赤くなる。程遠志は縛っとけ、と興味なさそうに言った。彼の後ろにいる張曼成が音もなく忍び寄り、どこからか取り出した縄で、裴元紹を縛りつける。

 さあさ、ここからが本番だ。程遠志は服の袖で顔に付いた血と汗を拭った。

 目線は張角たちに向いている。ひ、と張角は怯えた様子を見せた。それを守るように厳政は立っている。おいおい、と程遠志は思った。悪者みてえな立ち位置じゃねえか。折角、柄にもないことをしているというのに。

 

「程遠志さん。どうしてここに」

「さっき裴元紹に説明したじゃねえか。もう一度言わせる気かよ」

「そういうことじゃなくて、なんで、ここに来たんですか」

「それも言ったぜ。お前をよ、助けに来てやったのよ」

 

 意味が分からない、といったように、厳政は目を見開く。

 

「何もかもが、わけがわかりません」

「まあなあ」程遠志は苦笑を浮かべる。「俺もよ、正直説明してやることが多すぎて、一気に伝える気にはならねえんだ。一個ずつよ、わかんねえことを聞いてみろよ」

「尾行した男を殺したっていうのは本当ですか」

「いいや、嘘だね。殺したのはそこの、狗みてえな顔をした男だ」

「……じゃあ、そもそも。程遠志さんはなんでこの砦に来たんですか。黄巾が潰れるのを助けるため、っていうのは嘘でしょう?」

「ああ。嘘だ。それはお前と同じだよ。そこの三姉妹を、曹操様に引き渡すためだ」

 

 ひ、と誰かが怯えたように言った。張角三姉妹のうちの誰かだろう。

 程遠志と厳政が組んで、自分たちの身柄を盾にし、助かるつもりなのだと誤解したのかもしれない。

 

「違う」厳政は、重々しく言った。「ぼくは、引き渡すんじゃない。既に曹操さまからは助命の約定を貰っている。送り届けるんだ」

「そうだろうな。多分だけどよ、俺もお前はそういうやつだと思うよ」

 

 だから助けてやろうと思ったんだ、なんて、程遠志は笑いながら言った。

 

「……ぼくを助ける、っていうのはどういう意味ですか」

「そこの裴元紹の味方をしてやればよ、俺はもっと楽にことを為せたんだ。お前を尾行して、この部屋を見つけて、三姉妹を確保する。それで降伏すれば、さ。でもそれじゃ、お前は死ぬことになるだろ。それは嫌だったんだよ」

「どうして」

「人を助けてえって思うのはよ、変なことか?」

 

 真顔で程遠志は言った。

 如何にもそれが真に迫った様子だったので厳政は信じかけたが、逆に迫りすぎていたので、怪しんだ。

 

「本当ですか?」

「嘘だよ」程遠志はひゃっ、と妙な声をあげて笑った。「本当のことを言えば、お前に教えてやりたかったんだ」

「教えるって、なにを」

「そこまでよ、悲観的になるもんじゃねえんだ、ってことをだよ。お前―――ツイてねえ、っていうのが口癖なんだろ」

「はい」

「それは、そういう時期に直面してるってだけで、ずっと不運が続くってわけじゃねえんだ。流れがくる、って言ってもわかんねえんだろうけど。いずれいいことはあるんだよ」

「そんなことを教えるためだけに、ここまで」

「そんなことじゃねえよ。お前は明日、明後日と続くに従って、吃驚することになる。この城だって簡単に抜け出せるし、曹操さまに降伏するのだってつつがなくいくし、そこの三姉妹だって無事になる。お前の中ではよ、それはそんなことなのか?」

 

 厳政は黙り込んだ。すべての物事がとんとん拍子に進んだ経験など、彼にはない。何かが邪魔をするはずだ、なんて不安を持ちながら、毎日を過ごしている。

 

「……程遠志さんは、張角さまたちを引き渡すためにここにきた、と言いましたよね」

「ああ。言ったな」

「そのためだけにこの城に帰ってきたんですか。程遠志さんが張角さまたちを連れてくるのを見て、顔も見たことのない曹操さまに上手く出会って、よくやった、と褒めてくれて部下にしてくれるかもしれないと信じて」

 

 ああ、と程遠志は軽く頷く。自分が曹操様に仕えていることをまだ言ってなかったな、と気がついた。

 そういえば、と思い出す。ここまでの長い通り道で、一番の最初の最初。城に入って、鄧茂と張曼成と話していたことがあった。厳政に曹操の名前を出すか、出さないか。二者択一の選択肢。

 あそこで、厳政に伝えていれば。「曹操様の指示でここまで来ました」と言えていれば、それで終わっていた。こんな面倒くさいことにはならなかった。程遠志は苦笑する。流れの悪い時に何をしてもうまくいかないな、と自嘲した。

 

「俺はよ、そもそも前の戦いで曹操様に降伏してんだよ」

「え」厳政は身体を引き攣らせた。「前のって、夏侯淵と戦った」

「ああ。それだよ」

「降伏は許さない、って矢文が来てたはずじゃ」

「そういう策なんだってよ。詳しいことは俺もわかんねえ。張曼成は頭がいいらしいけど、俺と鄧茂は馬鹿だからよ。考えるのは向いてねえんだ」

 

 一緒にしないでよね、と鄧茂は程遠志を小突いた。

 

「………………」

 

 厳政は、暫く黙り込んだ。どうしよう、という迷いがあるのだろう。信じるか、信じないか。猜疑心が強くなっている彼には難しい問題なのだ。

 もしかしたら、と程遠志は思う。厳政の、何もかもが不運に繋がるかもしれない、という考え方ならば、この俺たちこそが不運に見えているのかもしれない。仲間に見せかけて、張角を攫い、張宝を殺し、張梁を凌辱する。そういった存在に見えているのかもしれないと感じた。

 だとしたら、なんとも勿体ない。すべての判断がつかなくなっているのか。

 黙ったまま動かない厳政に、程遠志は口を開いた。

 

「素直に頷けねえか」

「……ぼくの今までからして、ここまで上手くいくことはおかしいと思うんです。偶然、曹操様に仕えた程遠志さんが、偶然この城にきて、偶然ぼくを気に入って助けてくれるなんて、あり得ますか」

「それが俺の幸運だとは思えねえのか」

「ぼく一人ならば、そう思ってもよかったです」

 

 でも、と厳政は言う。その目線の先には怯える張角たちがいた。自分の不運に彼女たちを巻き込むことは、どうしても避けたいことだった。

 程遠志は「だよな」と呟くように言った。そして、また「だからこそ、教えてやりてえ」とも言った。

 

「でもよ、俺の言うことが荒唐無稽だとしてもよ、お前はずっとこの城に居座るわけにもいかねえだろ」

「…………そうですね」

「ならよ、話は簡単だ。賭けをしようぜ」

「賭け?」厳政は見るからに戸惑った。「どういうことですか」

「俺が勝ったら、言うことを聞いてもらう。一緒にこの城を抜け出して、曹操様のところまで行ってもらう」

「もし、僕が勝ったら」

「連れてくのを諦めるし、なんだって言うことを聞いてやるよ」程遠志は鼻で笑った。「正直、もう俺は何をしないでもいいんだ。この城であと一週間何もしなくて、曹操様の総攻撃を待ってもいい。褒美が少なくなって、長い休暇が貰えねえのが玉に瑕だけど」

 

 厳政には、最後の方で程遠志の言っていることがほとんどわからなかった。わかったのは賭けの内容だけだ。

 

「拒否権は、ないんですよね」

「まあ、そりゃな。いいじゃねえか、受けてみろよ」

「先に、賭けの内容を教えてください」

「対決するんだよ。俺と、お前で。殴りあう、って言い換えてもいい」

 

 対決、と程遠志は曹操の言葉を借りて言った。

 ふと、厳政は昔のことを思い出した。対決。昔、張宝に言われた言葉だった。黄巾に入る切っ掛けになったような、言葉だった。それがこの場で、この機会で用いられたのは、偶然だろうか。

 やってみろよ、と程遠志は言う。不思議なことに、断られるとは微塵も思っていない顔だった。そういうものだ、と。すべてうまくいくと確信しているような表情。

 

「ぼくが腕力で程遠志さんに勝てるとは思えないんですが」

「ああそうだな。じゃ、俺は両腕両足を使わなくてもいい」

「……それで、どうやって殴りあうんですか?」

「さあな。俺にもわかんねえ。それでも、勝つんだよ。それぐらいやれば、お前も信じるだろ? 俺がどれだけ幸運を持ってるか」

 

 確信した表情は消えない。対決に対する異常な自身、自負。厳政は、何故かそこに惹きつけられた。

 かつて黄巾に入るため、すべてを投げ出した時の記憶が蘇る。あれと同じだ、と思った。程遠志に備わっている謎の自信は、一種の将器と言ってもいい、と感じた。やってみろ、という言葉に、やってもいいんじゃないか、なんて気になってくる。

 ここでじっとしていても始まらない。両手両足を失った相手との殴り合いに負ける道理なんてない。勝てば、言うことを聞かせられる。

 ―――もし、負けたら。確かに。

 程遠志という男の幸運を信じていいかもしれないな、なんて、厳政は思った。

 

「やります」思った瞬間に、厳政は声が出ていた。「勝ちますよ、勝つ気で行きます」

 

 そう言いながら、両腕両足を使わない人間に負けるわけないだろ、なんて考えながらも、負けるかもな、なんて厳政は思った。自分の不幸がそうするのかもしれない。負けを誘うのかもしれない。

 だけど、もしそれが程遠志の幸運のものならば、素晴らしいな、なんて思った。それで張宝さまを、張角さま、張梁さまを救えるならば、どうしようもないほど幸運だ。

 信じてもいいかもしれない。そう思った。

 

「じゃあよ、かかって来いよ。俺は動かねえからよ」

 

 程遠志はそう言って、両の腕を頭の後ろで組んだ。

 厳政は剣を捨て、殴りかかる。負けるかもしれない。負けてもいいかもな。なんて、考えながら―――

 

 

 








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