真・恋姫†無双~程遠志伝~   作:はちない
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黄巾討伐編 最終話

 

 

 程遠志は簡単に勝った。呆気ないほど容易く、数秒で勝負は決まってしまった。厳政が殴り掛かり、それを程遠志が半回転して避けた際、その回転とともに動いた肘が厳政の顎を正確に捉えた。

 見てすらいなかった。そういうものだ、と確信した動き。

 厳政は顎をしたたかに打たれ、軽い脳震盪を起こして動けないながらも程遠志の幸運に呆れ、信じてみようと決めた。

 

 そして、である。

 厳政の信頼をある程度まで勝ち取り、張角三姉妹に多少怯えられながらもこの城から脱出することに同意は得た。

 急ぐべきだ、と程遠志は思った。自分のモノにした「流れ」がそう簡単にどこかへ消えてしまうことはない、と確信してはいたが、この城の中でただただ怠けているだけではならないだろう。

 すぐさま行動を起こさねばならない。曹操の命令でこの城に入ったのが今日の昼で、酒を飲んだのが夕方過ぎ。もういつの間にか日は落ちて夜になっていた。抜け出すにしても、ちょうどいい時間帯だ。

 

「どうやって、この城から脱出する気ですか」

「理由なんて適当につければいいさ。このままじゃ勝機はないから、他の黄巾軍に援軍を求めに行く、みたいな感じでいい」

「この、完全に包囲されている状況で? 信じてもらえますかね」

「信じてもらえるさ。包囲されているこの状況で外に出るなんて、馬鹿な奴だ、なんて哀れまれるかもな。うまくいくんだよ」

「どうしてそこまで―――」

 

 自分のことを信じられるのか、と聞こうとして、厳政は口を噤んだ。己の幸福を、「流れ」を信じて、成功してきたからだろう。

 それを信じると決めたのだから、もはや言葉はいらない。静かに頷いた。

 

「じゃあ行くぞ。こんなところにいても始まらねえ」

 

 程遠志はすぐさま歩き出した。振り向きもせず、前だけを見て進む。

 そこからはとんとん拍子に事が進んだ。裴元紹を連行し、適当な場所に軟禁した。適当な台車を見繕い、兵士たちに見られてはまずい張角三姉妹を入れた。台車を曳きながら城の門を目指し、ぎりぎりのところで厳政も台車の中へ入った。

 あとは程遠志たちが台車を引いて門を超えるだけだ。張角たちは誰にも発見されることなかったし、怪しまれることもなかった。

 

「ねえ、程遠志」鄧茂がひそひそと言う。「流石に、この台車を曳いたまま出るのは難しいんじゃない?」

「食糧を持っているとでも理由をつければいいさ。他の黄巾軍へ運んでやるだの、曹操軍を掻い潜っていくためには必要なことだの言えばいい」

「台車を検められないかな」

「検められても、大丈夫さ」

 

 そういうもんだ、と程遠志は笑いながら言った。

 そうして、程遠志たちは門の前に辿り着く。そこには無数の門番と警戒している兵士たちがいた。

 いよいよだ、と程遠志は思う。

 動悸がした。必ず成功すると確信していても、何度やってもこの感覚は変わらない。

 

「どこに行く気だ」

「援軍を、求めに行く」

「どこへ」

「隣に存在する、黄巾の村だ。厳政様の許可は取ってある」

 

 程遠志は張曼成に喋るのを任せていた。初対面の人間に対して自分の容貌や、喋り方が威圧感を与えるような気がしたからだ。

 それは確かだったようで、生真面目に見える張曼成は少なからず門番に好印象を与えていた。

 

「その台車は、なんなんだ」

「食糧が入っている」

「どうして食糧を入れた」

「仲間への援軍要請の手付と、曹操軍の包囲を抜けていくためだ」

「そんなもので包囲を抜けられると思うのか?」

「ならば、この城に籠っているだけで勝てると思うのか?」

 

 門番の人間は黙り込んだ。一理ある、と思ったのだろうか。思ってくれ、と台車の中に隠れている厳政は願った。

 数秒、沈黙が場を支配した。誰も喋らない。静止した時間が存在した。

 

「……とにかく」門番の男が、長い沈黙を破った。「その台車の中身は、検めさせてもらう」

 

 その言葉に鄧茂は小さく動揺を見せ、張曼成は一瞬固まった。台車がかたり、と揺れた気がする。それが気のせいか気のせいでないか、彼らにも理解できない。

 止めるべきか、と張曼成は一瞬迷った。彼はその勢いに従って、口を開こうとして。

 

「いいじゃねえか」程遠志は余裕そうな顔で口を挟んだ。「見せてやれよ、中身を―――」

 

 ほらよ、と程遠志は軽く顎で促す。中を見てみろ、と。

 その態度に多少門番は苛立ちながらも、台車を覆っている布を勢いよく剥ぎ取った。はらり、と視界が晴れる。

 

 そこには―――厳政や張角たちの姿はなく、大量の食糧が置かれていた。

 

 なに、と門番は驚いた。張曼成も、鄧茂も驚いた。程遠志だけは、平然と立っていた。

 いつの間に、こんな数の食糧が。張曼成は思い返したが、台車の中に程遠志が食糧を詰めていた様子は見受けられなかった。

 恐らく、この食糧の下に厳政たちが隠れているのだろう。台車は半分で区切られていて、上が食糧で、下に厳政たちが隠れている。

 この台車の中に厳政がいる、と理解できている張曼成だからこそ、そう考えることができたが、普通ならば気がつくことなどできないはずだ。上の食糧に気を取られしまうはず。

 程遠志は飄々としていた。こうなることを確信していたような顔だった。「どうだ?」なんて、門番に聞いてみる。

 

「……少々、多くないか。食糧の数が」

「そう言われると思って、見せたくなかったんだよ。いいじゃねえか。この城にはまだまだ食糧の余りはあるんだろ」

「…………」

「厳政様の許可ももらってるよ。この状況をどうにかするには藁にも縋るしかない、って言ってたぜ」

 

 程遠志がそう言うと、門番はまだ何か言いたそうな顔をしていたが、黙り込んで道を開けた。門を開けるように、部下に命じる。

 そういうものだ、と程遠志は思う。高を括っていた、と言ってもいい。「流れ」に乗っているのだ。自分がこの状況でしくじるはずもない。

 

 そこから、である。様々な出来事が、立て続けに起きた。

 

 まず、程遠志たちが門をくぐった。そのまま曹操の元へ歩いていき、役目は終えたと告げるだけでいい。そうなると彼は信じていた。

 門をくぐると同時に、門番は通常ならば門を閉じるはずだ。それで、彼らからは程遠志の姿を追うことができなくなり、もうどうしようもなくなる。

 そうなるはずだった。

 しかし、程遠志の後ろから聞こえてきた音は、閉門の軋んだ音ではなく「ひい」だとか「うわあ」だとかいう、人間の悲鳴だった。

 

 どういうことだ、と程遠志は後ろを振り返るため、足を横に曲げた。そこで、躓きそうになる。身体を少し傾かせ、おっとと、とふらついた。

 足元を見た。今度は何もない場所で転びそうになったわけではなかった。

 自分の足の下を見て、驚く。茶色の物体。

 犬の糞を、踏んでいた。

 

「おいおい、ツイてねえな」

 

 言ってから、ハッとする。今の俺がついてない? そんな馬鹿な。どういうことだ。

 少しの間程遠志は呆然としていた。だからだろう。門番たちが悲鳴を上げた理由を理解するのが遅れた。

 気がついたら、ぶん、という音が程遠志の耳元でしていた。なんだ、と飛び上がりそうになる。横を見る。

 そこには、蜂がいた。

 

「――――――」

 

 なんでこんな夜に、蜂が飛んでいるんだ? 意味が分からなかった。木偶になっている程遠志や鄧茂、張曼成には目もくれず、蜂は台車の方へ飛んで行った。

 食糧に惹きつけられたのか、と程遠志は一瞬思った。一瞬後、いや待てよ、と思い直す。最悪の想像をしてしまった。流石に―――流石にそこまでじゃねえよな。はは、と引き攣った笑いが漏れ、冷や汗が出る。

 台車の中にいる人間を程遠志は思い浮かべた。張角、張宝、張梁―――そして、厳政。日頃から不運だ、なんて言っている彼が、まさか、蜂を? その不運で引き寄せた?

 鄧茂と顔を見合わせた。「まさか」「あり得ないよね」お互いに言い合う。言い合いながら、笑い合いながらも、ひょっとすれば、と思った。

 

 

 

 ―――その数秒後、台車の中から姦しい悲鳴が木霊した。

 

 

 

 台車がひっくり返る。中の食糧がすべてぶちまけられ、上と下で仕切ってある板も取れた。すべてが露になる。

 すなわち、それは中にいた人間も同義である、ということで。

 

「どうして、蜂が」目の下を腫らし、半泣きになった厳政が叫ぶように言った。「なんで蜂が入ってくるんだよぉ」

 

 その隣で張角三姉妹たちが転んでいた。台車は既に粉々に壊れ、食糧は散乱し、目も当てられない。

 程遠志は滑稽にすら見える表情で呆然としていた。はは、と笑ってしまう。笑うしかなかった。自分の幸運が、厳政の目に見えない不運で塗り替えられていくような、そんな実感があった。

 

「な―――なんで、張角さまが」

 

 そして、それは勿論。

 門が開いている、ということは、門番たちにも目撃されている。

 

「おい、お前ら」言いたいことはあったが、とりあえず程遠志は叫んだ。「逃げるしかねえ!」

 

 その言葉に鄧茂も、張曼成も泡を食って走り出した。

 厳政は、蜂に目の下を刺されながらも、張角ら三姉妹を強引に担ぎ上げ、走り出した。

 

 目の前に見えるのは曹操の旗。夜の静かなこの時間帯でも、兵士たちはちゃんと仕事をしているようで、城前で起こったこの騒動もしっかりと目撃していた。こちらを援護するように、近づいてくる。

 程遠志は目をぎょろぎょろと左右に動かしながら、旗を探した。あれでもない、これでもない。数秒かけて血走った目であたりを見回して、ようやく目標物を見つけた。

 最早、恥だのなんだのを気にしている時間じゃない!

 程遠志はそちらへ向けて、全力で叫んだ。

 

「おい、夏侯淵! いや、夏侯淵様、助けてください―――っ!!」

 

 

 ―――その旗の下で、青髪の弓使いが悪戯っぽい笑みを浮かべている気が、程遠志はした。多分、気のせいではない。

 

 

 

 

 このような塩梅で、程遠志の潜入任務は終わった。この後、程遠志は夏侯淵に散々揶揄われ、夏侯惇に「修行が足りない!」なんて理不尽なことを言われたりもするのだが、まあおおよそは、こんな感じだ。

 

 

 








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