真・恋姫†無双~程遠志伝~   作:はちない
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董卓包囲網編 第二話 群雄割拠

 

 

 ―――劉備。

 

 関羽は笑っていた。とんとん拍子に物事が進んでいる。自分と、張飛は元より、孔明と龐統。そして天の御使い様まで―――劉備の理想としている、「誰もが笑って暮らせる世界」の構築は近い、と思えた。

 民草が泣いているから。劉備が兵を挙げるの理由は、ただのそれだけである。他の諸侯からすれば考えられぬことであろう。

 民を思う人間はいようとも、それがすべてだと断ずる人間は、彼女しかいない。関羽は確信していた。

 その性格だからこそ、人が集まった。伏龍、鳳雛と呼ばれた軍師たちも。天の御使いこと、北郷と名乗った青年も。

 この連合軍で、必ず名を上げることだろう。そうせねばならない。

 関羽は奮起した。張飛も同じ思いだろう。そう、確信も持てた。

 

「あれ、愛紗ちゃん」

「桃香さま!」

 

 関羽がそう考えていると、劉備がにっこりと笑うながら現れた。隣には張飛と、孔明がいる。

 劉備の目は輝いていた。理想に焦がれる瞳。董卓の暴虐に対して立ち上がらなければならぬ。そんな使命感を、帯びていた。

 

「もう、出陣なさいますか」

「そうだね。ご主人様が来たら、出ようかな」

「ええ。此度の反董卓連合では、必ず我々の名を轟かせてみせます」

「あはは……でも、そうだね。相手の軍を打ち破って、洛陽の人たちを救いに行かないと」

 

 いろいろ協力お願いね、と劉備は軽く頭を下げた。関羽はそれに慌て、張飛はにゃははと笑い、孔明は小さく微笑んだ。

 

 勝てる、と関羽は確信した。今回の連合軍こそが自らの主の名が高まる一世一代の好機だと信じて疑わなかった。

 

「朱里。軍師はお前と雛里に一任する」

「はわわ……責任重大ですね」

「なにか、今回の戦いにおいて言うべきことのようなものはあるだろうか」

 

 関羽はそう言ってから、顔を顰めた。抽象的過ぎたな。いうべきこと、と言われても急には思いつくまい。

 現に孔明は少し困った顔になった。ひょっとすれば、自分も今回の規模の大きな戦いに緊張しているのかもしれない。関羽はふう、と息を吐いて、孔明に対して軽く侘びでも入れようとして。

 

「―――そうですね。言うべきこと、とは違うかもしれませんけど、心構えのようなものならあります」

「心構え?」

「いつも通りにやる、ってことです。私と雛里ちゃんが策を作り、愛紗さんと鈴々さんが動けば、必ず勝利を導く自負はあります」

「変に動揺などするな、ということか」

「動揺もですし、勇み足を踏まず、短慮を出さないようにしましょう―――勝てそうだから、勝てる『流れ』だから、などを信じず、前に出すぎないように。私も気をつけます」

 

 孔明は少し笑いながら言った。流れなどはない、と断言するように。

 

 

 

 

 

 ―――張邈。

 

 張超は喋らなかった。自分の姉を見て、何も言うことなく黙りこくっている。

 見惚れている、というわけではない。姉の張邈は美しく、街の往来で初見の人間の目を必ずと言ってもいいほど引く人間だったが、妹の張超からしてみればもう数十年とみてきた顔である。そうではない。

 張邈は無表情だった。顔色をぴくりとも変えず、均整の取れた顔を保っている。それは彫像のようで、美術作品のようで、人間味がなかった。

 

「………………」

 

 普段の彼女はよく顔色を変える。愉快な時は笑い、悲痛な時は歪める。その感情の変化こそが、人を動かす原動力となり、人を従える力になると確信しているからだ。

 しかし、いや、だからこそだろうか。張邈は一人きりの場所、もしくは張超と同じ場所にいるとき、表情をまったく変えなかった。普段動かしている分の釣り合いを取るようであった。

 

「姉上、出陣の準備が整いました」

「そう」

「後は姉上が号令をかけるだけです」

「わかったわ」

 

 その秘密を知っているのは張超だけである。他にも知っている者はいたはずなのだが、いつの間にか、全員死んでしまった。なぜ死んだのか。病死、事故死などが殆どであったが、張超は疑っている。

 姉に対する疑念が浮かび上がったからか、張超は昔のことを思い出した。

 

 ―――かなり昔のことである。張邈がまだ子供で、張超も子供だった頃のこと。快活な少女として知られていた張邈は、その時点で将来が嘱望されていた。名家である張家の跡取りとして、誰も文句を言う人間はいなかった。その時はまだ、張超の前でも無表情でいることはなかった。

 市井に遊びに出ていた時、ごくたまに張邈は行方を眩ませていた。お供の人間を撒き、張超にも何も言わずにどこかへ消える。毎度騒がれたが、多少時間が経過すれば戻ってきていたし、たかだか十にも満たぬ少女のお守りもできぬのか、と責められるのが容易に予想できたので、お供の人間は父親へ報告しなかった。

 何をしているのか。張超は幼い故の好奇心がよく疼いた。ある日のこと、また行方を眩ました張邈を慌てて探しに行くお供を見て、さりげなく彼女も逃げた。そして、闇雲に探し回った。

 偶然、であろう。何かの確信があったわけではない。

 この街を訪れるとき、姉はよくあそこを見ていたな―――なんて思い、適当にその周辺を歩き回った。

 見つかるとは思っていなかった。それ故、張邈の姿が街の隅っこにある森の中に見つけた時、張超は手を叩いて喜んだものである。「なにやってるんですか、姉上」「ちょっと一人になりたかったのよ」そんな会話をし、自分に微笑みかけてくる張邈の姿を張超は幻視した。その幻想が、現実になると疑わなかった。

 しかし、その一瞬後。

 張超の目に映った光景は、そもそも張邈に声をかけることを躊躇わせた。

 

「――――――」

 

 張邈は無表情だった。

 無表情で地面を踏んでいた。最初、何をしているのかわからず、張超は戸惑った。しかし、一秒、二秒と経つに従って彼女も理解できた。

 

 

 張邈は、蟻を踏み潰していた。

 執拗に、何度も、何度も。

 

 

 張超は身体が震えた。その行為についてではない。幼いころならば、そのような残酷なことに興味を持っても不思議ではない。当時の張超にも経験があった。

 気になったのはそこではなく、表情。

 その時にも無表情だったのだ。

 感情がなかった。蟻を踏み殺すのに、何の興奮も、興味も、嫌悪もない。ならば何を思って行動していたのか。

 皆から抜け出し、一人になったのだ。誰にも見られてはならない、それでも止めることのできない秘密があったはず。それが蟻を殺すことならば、何故楽しんでいないのだ。逆に怖かった。快活で、明け透けに思えていた姉が何を考えているのかが何一つ読み取れなかった。

 

 かち、と張超の足元で音がした。枯れ木を踏んだ音。あ、と声が漏れる。

 

「あら」張邈は、その音を敏感に聞き取った。「いたの、非水」

 

 初めてそこで張邈は笑った。純粋な笑みだった。彼女の心からの笑みを見たのはこれが初めてで、それ以降見たことがない。

 

「どうして、姉上は。そんなことを」

「さあ。何故でしょう。私にももうわからなくなったわ」

 

 最初は意味があったんだけどね、と笑いながら張邈は言った。その意もわからず、問い詰めることも怖くてできず、張超は黙り込んで喋らなくなった。

 

 

 ―――それ以降、姉は張超の前でのみ笑わなくなった。無表情を保つようになった。

 快活な少女を装うのをやめ、本来の姿を見せたのか。それともその無表情もまた殻に閉じこもっただけで、本来の姿ではないのか。何を考えているかも、どのような人間なのかも、張超には張邈のことが理解できなかった。

 そして、それは今もまだ、わからない。

 

 

 

 

 

 ―――袁紹。

 

 顔良は少し困っていた。今回の戦は、必ずしも主の袁紹に利をもたらすのだろうか。

 軍師の田豊は此度の連合軍にあまり賛成ではない様子だった。逢紀、郭図は賛成したが、個人的な観点からすれば、顔良は後二人よりも田豊を信頼していたため、不安が残った。

 簡単な戦ではない、と顔良は思う。一当てして終わり、などという話ではない。血みどろで、凄惨な戦いになることが予想できた。

 

「―――おう、斗詩」

「あ、文ちゃん。何してるの」

「見りゃわかんだろ、鍛錬だよ……っ」

「いやぁ……見てもわかんないよ」

 

 顔良は下を見つめながら苦笑いした。文醜の顔は顔良の膝元に位置している。

 逆立ちの姿勢。その姿勢から腕立て伏せをし、文醜は地面を支えていた五本指を一本ずつ外していき、汗をかいていた。

 

「今回の戦はでっけえんだろ、これくらいはしないとな」

「効果あるのかなぁ……」

「あるぜ。淳于瓊のやつがさ、これが戦の生死を分ける、って教えてくれたんだ」

「絶対嘘だよそれ」

「斗詩は疑り深いなぁ」

「文ちゃんが信じ込みやすいんだって!」

「でも、嘘だとしても、この姿勢だと斗詩の下着も見えそうだしいいや!」

「もう……」

 

 はあ、と顔良は息を吐く。大丈夫かなぁ、なんて言いながらも、顔は笑っていた。

 守りたいな、と思う。自身の力のみで袁家を守る、なんて烏滸がましいことは言えないが、目に見える範囲だけでも守りたい。文醜と、袁紹。とりあえずはその二人を。

 当然袁家も守らなければならない。

 だが、袁家を守るのは自分だけではないのだ。

 文醜と、田豊。沮授、淳于瓊、郭図、審配、逢紀。それらすべての力を合わせる。これだけの武人、智人がいて守り抜けぬなどあろうか。

 

 反董卓連合は、守れるか守れないかを分ける、大きな壁の一つだった。どこの勢力も考えていることは同じだろう、と顔良は思う。董卓の暴挙に憤る感情はあるだろうが、自身の名を大陸に轟かせる、ということが主目的なはずだ。今のところ盟主である袁紹が最も先頭に立っていると言えたが、それもいつまで続くかわからない。

 袁家を守るのならば、此度の戦いは袁紹を中心に動かねばならない。他の勢力に手柄を上げられ、帝を助ける武功を容易く挙げられては困る。それは他勢力の拡大を招き、袁家の影響力の低下を招く。それはすなわち袁家の没落と言ってもよく、到底守れたとは言い難い。

 大陸に名を響かせるのは袁本初でなけらばならないのだ。他の者では能わない。

 

 反董卓連合にて、最大の武功を上げれば、袁家はまた大きくなるだろう。大きくなればなるほど。肥大化すればしていくほど、守るのは難しくなる。苦労するなぁ、と顔良は苦笑いしながらも、その瞳は鋭く輝いていた。

 負けられぬ。この連合に、何も持たず「名を上げてやろう」などという意気込みだけで来た人間には。最初から大きな守りたいものがある我々が、負けるはずがないのだ。顔良は、静かに息を吐いた。

 息は、まるで彼女の気炎を表しているようだった。

 

 

 

 








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