真・恋姫†無双~程遠志伝~   作:はちない
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黄巾党編 第二話

 

 

 

 

 黄巾を軍馬の鞍に隠しておく習慣を持っていたことを、程遠志は神に感謝した。夏侯淵が彼らの持ち物を精査しても、出てくるのは財布に詰まった金だけだった。何故こんなに持っているのか、とも問われたが、給金を豪勢に使おうとした、と平然と返せた。

  それ以上怪しいものが出てこないのなら、夏侯淵も引き下がるしかない。念のため、と名を尋ねられたので、程遠志たちは本名をそのまま告げた。偽名を名乗るべきか、とも思われたが、唐突に偽名が思いつくほど彼らは頭が良くはなく、そこで変に黙り込んで再び怪しまれるほど馬鹿でもなかった。

  さて、それで、である。

  程遠志はむっつりと黙り込んでいた。帰りの最中、鄧茂と張曼成は突然告白した彼を揶揄ってやろうか、と企んでいたが、何も喋らなくなった程遠志の表情は、如何にも不機嫌である、と主張するようで、話しかけられなかった。

  馬上、三人の会話はない。鄧茂、張曼成が話しかけることができず、程遠志が黙り込むのだから必然的にそうなる。

 

「なんというか、まあ。不幸な出来事でしたね」

 

  口火を切ったのは、鄧茂だった。そろそろこの沈黙を破るべきであり、それは自分の役目だろうと考えていた。

  程遠志はその言葉に、ピクリと反応した。もしかしたら、あの何も喋らず黙り込んでいたのは、誰かに話しかけられるのを待っていたのかもしれない、と鄧茂は思った。面倒くさいやつだな、とも思ったが、それは言わない。彼らしい、ともいえる。

 

「本当に不幸だよ。なんでよ、あんな目に俺が遭わなきゃいけねえんだ」

「悪いことをした罰なんじゃない?」

「違法の店に入った男を取り締まっただけじゃねえか」

「取り締まって、お金を盗んだでしょ」

「必要経費だろうよ」

「無茶苦茶だ」

 

  鄧茂は笑いながら言った。程遠志も、それを見てようやく顔を綻ばせた。

 

「でも、言っても告白しただけじゃん。そんなに緊張した?」

「したよ。軽く殺されるかもしれない人間にあんなことを言うなんて、よくやったと思うね俺は」

「告白する必要あったか?」

「当たり前だろ。何もしないで外に連れ出されたとして、怪しいものを身につけてなかったとしても、結局、なんで逃げようとしたんだ?  って聞かれる羽目になる。そこで言うよりも、最初に言った方が効率がいいだろ」

 

  それでも、別の方法があったのでは、と張曼成は思う。目が合って怖かっただとか、急ぎの用を思い出したとか。他の方法は様々ある。そこで告白する、となるのは論理の飛躍があるように思えた。

  程遠志とは、本来そういう人間なのかもしれない。頭が良いようで、追い込まれると、おかしくなる。張曼成は、鄧茂と違い、程遠志との付き合いはそこまで長くない。そのため、いまいち性格を計りかねる部分もあった。

 

「これからどうする」

「久しぶりに黄巾の砦に帰ろうぜ。適当な村に泊まるのは飽きちまった」

「明日」

「あ?」

「明日、砦で大規模な演習が行われることは、知っているか、程遠志」

「初耳だよ。それがどうした。俺は参加しねえぞ、そんな面倒臭そうなやつ」

「砦に帰るなら、お前は参加することになると思うが」

 

  張曼成の言葉に、程遠志は目を瞬かせた。

 

「なんでだ」

「黄巾党の将軍を決める演習でもあるからだ。恐らく、砦にいる武将全てを集めて、次の出兵に向けた会議が行われる」

「全員集めて、誰を大将にするか決めるってことかよ」

「まあ、そういうことだ」

「面倒くせえな」

「当たり前だ。世の中は、面倒臭い事と面倒臭くない事で溢れている。いずれは、面倒臭いことにぶつかるものだ」

 

  格言のようなことを言うので、程遠志は少しだけ驚いた。冷静で、言い換えればいつもむっつりとしている張曼成にしては、その言葉だけ熱を持っていた。

 

「誰かの受け売りか?」

「さあな」

「自分で考えた言葉なら、笑えねえぞ」

 

  ひゃっ、と妙な笑い方を程遠志はした。

  張曼成は穏やかに微笑んだ。それでこの話は終わりだ、と言うようで、すぐさま話を元に戻した。

 

「それで、どうする。砦に帰るか」

「鄧茂はどうしたい」

「僕は別にどっちでも。めんどくさいことになるのは勘弁だけど、砦に帰ったら気楽に昼寝できるのはいいね」

「それに、ここら一帯は曹操の街だ。宿を取れば面倒なことになる」

「間違いねえな。砦に帰るか」

 

  程遠志はそう結論づけた。一度決めると、その決定を覆さないのは彼の長所でもあり、短所でもある。

 

 

 

 

 

  砦に着く頃には、もう既に日が暮れていた。いつも通り三人で酒でも飲み、周りにいた一兵卒に絡みでもしていると、夜中になった。彼らは特に何も考えず、笑い合いながら寝た。

  翌日、当たり前のように、鄧茂と張曼成は二日酔いで会議を休んだ。彼らは下戸というわけではない。原因は、程遠志の飲む速さにある。

  程遠志もまた、二日酔いということにして会議を休むつもりだったが、黄巾党の仲間は彼の酒の強さを知っている。簡単に見破られ、強引に連れてこられた。そのため、程遠志は少し不機嫌な顔になっていた。

 

「途中から連れてこられたけどよ、今の会議はどんな様子なんだよ」

「八割は終わったのですが、そこからがどうも長くなっていまして」

「残りの二割はなんなんだ」

「この砦に残る将と、出陣する将をどうするかです」

 

  傍にいる、腰の低い男に程遠志は問いかけると、明瞭な答えが返ってきた。成る程な、と思いながらも、前を見る。

  前方に、黄巾党の将軍たちが集まっていた。その中にいる最も背が高く、最も臆病そうな男を、程遠志も知っていた。厳政という、張宝の親衛隊に任命されたその男は、厳しいわけでも政を卒なくこなすわけでもなく、どことなく名前負けが目立つ人間だった。最近ツイてない、なんで愚痴を、よく零しているらしかった。

 

「誰が出陣するのか、で揉めてるのか」

「というよりも、誰が砦に残るかです」

「戦意ねえなあ。そんなんで勝てるのかよ」

「どうなんでしょう。程遠志さんは、出陣しないんですか?」

「するわけねえだろ。というか、どこに向けて出兵するかも知らねえし」

「曹操へ、ですよ」

 

  はあ?  と程遠志は返した。胸中が、なぜか少しざわざわとした。勝てるわけがねえだろ、と吐き捨てたくなる。

  目の前の男も同意見らしい。はぁ、とため息を吐き、憂鬱そうな顔になっている。

 

「そもそも、なんで厳政がここにいるんだ。張宝様の付き人は?」

「この一戦で曹操と雌雄を決するらしいので、めぼしい将は大抵集められてるんですよ。程遠志さんもそうでしょう?」

「いや、俺はこの会議があることを昨日知ったんだけど」

「嘘だ。絶対連絡行ってますよ」

 

  そうだったかな、と程遠志は思う。そもそもこの砦に最近はあまり顔を出していなかった。そのため、偶然連絡がこなかったのではないか、とも考えたが、忘れてしまっていた可能性も十分に存在する。

  しかし、そんなことよりも、である。

  雌雄を決する戦いだというのに、この戦意の低さはどういうことなのだろう。程遠志は少し訝しんだ。兵士の質はあまり高くないとはいえ、士気だけは非常に高かったはずなのだが。そろそろ見限りどきかもしれない、と胸中でひっそり考えた。

 

「お、程遠志」

 

  すると、向こうから声がした。厳政の隣にいる男が、程遠志へ向けて手を振っている。誰かは分からなかったが、微妙な笑みを返すとこちらへ来い、と手招きしてくる。

  面倒くせえな、と思いながらも、程遠志は自分を連れてきた男の元から離れ、前方へ向けて歩き出した。意外にも顔は売れているらしく、ああ、これがあの程遠志か、というような空気が彼を取り囲んだ。

 

「程遠志さん、ですか」

「そうだけど」程遠志は少し目を細めた。「あんたは厳政でいいんだよな」

「はい、大丈夫です。ぼくが、今回の戦の大将を務めさせて頂くのですが、よろしいですか」

「よろしいも何も、俺がそれに文句なんて唱える資格はねえよ。頑張ってくれ」

「ありがとうございます」

 

  自信なさげに笑う厳政を見て、いい奴だな、と思う反面、万に一つも今回の戦いは勝てないだろうな、と程遠志は思った。覇気だとか、闘気だとか、そういった曖昧な表現は好みではなかったが、曹操配下の人間たちとは明らかに比べ物にならない。

  黄巾を脱ぐ日も近いな、と程遠志が考えていると、厳政はこちらの手を取ってきた。なんだ、と目を白黒させる。

 

「程遠志さんも、できれば出陣して頂きたいのですが」

「いや、俺は」

「兵卒を指揮できる将軍が、恥ずかしながらあまり集まっていないんです」

「俺はそこまで兵を指揮したことなんてねえよ。精々、数百人が限界だ」

「それでも構いません」

 

  何しろ、人手が足りないので、と厳政が付け加えるように言った。周りの人間が、こぞって目を逸らす。砦に残る将が大多数らしい。

  程遠志は握られた手を振り解こうとしたが、厳政の力は存外に強く、縋るように指を絡めてきたので戸惑ってしまった。動きが少しだけ、固まる。

 

「参加してやってもいいんじゃねえのか、程遠志」

 

  そこで、ぽつり、とそんな声がした。何を無責任なことを、と思い、程遠志が声のした方を向くと、顎に手を当てた男が口を歪めていた。

  顎髭の濃い、狗鷲に似た顔をした男だ。頰は痩け、目は鋭い。昔話ならば小悪党を見事に演ずる役柄だろうが、これは現実である。お互い、じっと睨み合った。

  最中、程遠志はあれ、と呟いた。誰かを思い出させる顔だ。一瞬、そこで時間を置き、ああと頷いた。こんな具合に猜疑心の強そうな男が俺の知り合いにもいたな、と思い出した。

 

  黄巾党に入る前―――鄧茂にも出会う前のことである。故郷の村に、やけに程遠志に張り合ってくる、裴元紹という男がいた。村の中で腕っ節が飛び抜けて強かった彼のことが気に食わなかったのか、何をするにも張り合ってくる男だった。

  故郷の村から程遠志も煙たがられていたが、裴元紹はそれ以上に嫌われていた。と、いうよりもどの派閥も彼を受け入れなかった、というべきか。程遠志は不良の纏め役をやっていたが、そこにも裴元紹は入れなかった。

  原因といえば、裴元紹の性格にある。喧嘩っ早く、人の話を聞かず、その癖陰湿な気があった。喧嘩の腕はそれなりに優れていたが、それだけである。誰からも嫌われていたし、誰からも相手にされなかった。目を合わせるのが損と思われていたのだ。

  程遠志も、また、同じだった。不良仲間にも「裴元紹には手を出すな、無視しろ」と伝え聞かせていた。それは、手を出せば後々面倒くさいことになる、と理解していたからなのだが、結果的にその忠告は無駄になった。面倒くさいことに、なったのだ。

  程遠志の仲間の不良たちが、夜中、一人一人裴元紹に襲撃されたのである。三人目の仲間がやられるところに、偶然、程遠志が通りかかったので発覚した。「何してやがるんだ」と威圧すると、裴元紹は怯えながらも「不良の癖に、大して強くねえから、俺が本当の強さってのを教えてやってるんだ」と返した。

  程遠志は怒らなかった。不良の纏め役をしているだけで、元来情に熱い性格をしているわけではない。そのため、裴元紹に対する怒りなどはそう大して湧かなかったが、ここでこのような暴挙に出た輩を見逃してしまえば、自分の求心力はひどく落ちてしまうことだろうな、と冷静な思考で判断した。ぱくぱくと口を動かす裴元紹に向けて、次の瞬間、程遠志は全力で殴りかかっていた。

 

「そこで、全力で叩き潰すところが程遠志らしいよね」

 

  その話を程遠志から聞いた鄧茂は、そう返した。そこまですることではない、軽く怒ったふりでも見せれば纏め役としての責務は果たせるのではないか。そのようなことを言った。

  確かにその通りだ。程遠志は自分が意図しない状況に追い込まれると、突飛な行動に出るきらいがある、と分析した。直すべき悪癖だ、とは思ったが、決して直ることのない癖に違いないとも思った。

  何しろ、程遠志は気がつけば裴元紹の意識がなくなるまで殴り続けていたのだ。別に意識が飛んでいたというわけではなく、そうすべきだと思って行動してしまっていたのだ。不良仲間たちから見放されぬよう、纏め役としての責務を果たすべきだ、ということしか考えられず、他のことが疎かになっていた。

  慌てて裴元紹に水を掛け、意識を取り戻させると、泣いて、脚を引き摺りながら彼は何処かに消えた。その明日、裴元紹は村からいなくなっていた。それっきり、会っていない男である。

 

  その裴元紹と、目の前にいる狗鷲のような顔をした男は、よく似ている。もう別れてから五年は経ったに違いないが、彼が成長したからこのような姿になるのではないか、と思わせるほどだ。

  程遠志はよく似た男もいるものだな、と少し笑みを浮かべたが、狗鷲が「久しぶりだな」などと言うので笑みを凍らせた。え、と思わず声に出す。この男が裴元紹本人だと、そこで気がついた。

 

「懐かしいな、おい。俺のこの傷、覚えてるか。思い出させてやろうか」

「別にいらねえよ、そんな気遣い。だいたいなんでてめえが黄巾党にいやがるんだ」

「俺もその一員だからに決まってんだろ、間抜け」

 

  まじかよ、と程遠志は眉を潜める。「お知り合いですか」なんて聞いてくる厳政の呑気な声すら億劫に感じるほど、彼は面倒くさく思っていた。

 

「探したんだよ、程遠志。いずれこの借りを返してもらおうと思ってな」

「てめえに借りなんてねえよ」

「生意気言ってんじゃねえよ。ここであの時の続きを始めてえのか、ああ?」

 

  目を血走らせて裴元紹が言う。これはまずいな、と程遠志は胸中で頭を抱えた。こんな奴も黄巾党に在住してやがったのか。

  いっそ、喧嘩を買ってここで殺してしまうか―――いや、待て、思考が過激化している。程遠志は頭を軽く指で突いた。追い詰められた時に追い詰められた思考のまま事をなせば、前と同じことになる。裴元紹を記憶がなくなるまで殴った時も、結局、周りから怯えた目で見られることになった。同じことを繰り返しはならない。

  一つ、息を吐いて程遠志は口を開いた。

 

「わかった、わかった。お前は俺にどう借りを返して欲しいんだ」

「だから、言ったろ。参加してやれよ、今回の曹操との戦いによ」

「嫌だよ。砦に俺も篭る」

「弱気だな腰抜け。夏侯淵にビビった話を聞いたぜ。随分と臆病風に吹かれる性格に様変わりしたものだな、おい」

「どうしてそれを」

「てめえらが昨日、砦で騒ぎ回ってたらしいじゃねえかよ。言伝に聞いたぜ」

 

  そう言えば、昨日、笑い話にでもしたような気がする。裴元紹に嘲笑われて、程遠志は若干不快になった。落ち着け、と自らに言い聞かせる。こんな奴など無視してしまえばいい。

  しかし、そう思う反面、程遠志はそれは間違っているのではないか、とも思った。落ち着いたからこその考えだった。逆に、この状況では砦に篭ることこそが下策なのではないか。

 

「夏侯淵にビビって、曹操にビビって。お前は一体なんなんだよ。俺が借りを無くしてやるって言ってるんだからよ、これ幸いって塩梅で出陣しろよ」

 

  その挑発は、いつの間にか周りの空気も変えてしまっていた。裴元紹の強気な言葉と、周りの人間の砦から出たくないという欲望。それらが、彼らをあたかも砦に篭る将の人数が規定に達したかのように振舞わせた。

  程遠志は仕方ない、と思った。思うがまま、言った。「仕方ない」

  それを聞いて、裴元紹は目を光らせた。「仕方ないってのは、つまり?」

 

「お前の借りを無くすためにも、俺は出陣するよ」

 

  程遠志は、真っ直ぐ裴元紹を見てそう言った。言わざるを得ない、と思った。

 

 

 








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