真・恋姫†無双~程遠志伝~   作:はちない
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董卓包囲網編 三話

 

 

 

 程遠志はしまったな、と思った。別段として何か失態を犯したわけではない。ただ、この場所にいること自体が失策だったな、と後悔した。

 反董卓連合軍。その軍議が自らの目の前で行われていた。鄧茂、張曼成を従え、程遠志は下座ながらも出席していた。近くに李典、楽進、于禁がいて、遥か遠くに、曹操と夏侯惇、夏侯淵がいる。それをぼんやりと、あまり何も考えずに彼は見ていた。

 

「なあよ、鄧茂」

「なに」鄧茂もまた、眠そうに目を擦っていた。「どしたの」

「全然話進んでねえよな。誰が先陣を切るだの、誰が後詰をするだので揉めて、終いには総大将は袁紹では相応しくないんじゃないか、なんて言ってる奴もいる始末だ」

「人が多すぎるのが問題なんじゃない」

「それに加えて」張曼成が口を挟む。「各勢力の利権が絡んでいる。汜水関、虎牢関を超えても、その先には本隊が控えている。まだこんな序盤に誰も先陣などやりたがらない」

「なんでもいいからよ、早く決めちまおうぜ」

 

 程遠志は頬を苛立たしげに掻いた。かといって、この状況で挙手をして発言しようともしない。そのようなことをする勇気も、元気も、彼には備わっていないからだ。

 会議は膠着していた。袁紹は焦れ、曹操も苛立ち、袁術の後ろに控える孫策も溜息を吐いている。公孫瓚が欠伸をかみ殺しているのが見えた。顔色一つ変えず、低迷した会議の中でも快活に発言を繰り返している張邈の方が珍しかった。

 このままでは、いつまで経っても決まらないだろう。こんな無駄な時間を過ごすんならふて寝でもしてやろうか。程遠志がそんな、この場に相応しくないことを考えた、そのとき。

 

 ぱっ、と手が挙げられた。

 

 上座ではない。程遠志よりも少し前に位置している、四、五人の友を連れ添っている少女は、周りの視線を一身に集めた。おいおい、と程遠志は口笛を吹きそうになる。真打登場だ。

 

「……どなたですか」

 

 袁紹は、少し冷たい反応を見せた。

 下座の人間だったからか、単純に苛々していたからか。それか、そのどちらともか。

 

「劉備、と申します」

「桃香!?」

 

 公孫瓚が慌てて立ち上がった。手を前に出して、所在なくうろうろとさせている。

 

「劉備さん、ですね。何か言いたいことでもあって?」

「先陣をどなたも引き受けないご様子なので、私が引き受けてもよろしいでしょうか」

「な――――――」

 

 袁紹は言葉を失った。

 劉備の左右の者は顔色を変えていない。密かに話し合って決めたのだろうか。皆、一様に覚悟の表情を浮かべている。

 

「し、失礼ですが。兵士はどの程度率いていらっしゃって?」

「五千程」

「五千でこの初戦の先陣を切ると!」

「よろしかったら、総大将の袁紹様から多少兵士を融通してくれると嬉しいです」

 

 総大将の、を強調して劉備は言った。如何にもあからさまで、そうあるべきだ、と周りに主張するような言い方である。袁紹に媚びているようで、媚びていない。

 その言い方に、曹操は微かな英雄の資質を見た。退屈に感じていた会議が、徐に色を持ったように思えた。よく見れば隣にいる黒髪の女も、一回りは小さい少女も、只者ではない様子を醸し出している。これに気がつかなかったとは。彼女は自分の高いはずの審美眼を恥じた。

 

「……一つだけ、聞いてもよろしくて?」

「なんでしょうか」

「最も少ない兵士で、最も危険な先陣を何故切ろうと思ったんですの?」

「我慢できなかったんです」

 

 劉備の瞳が輝いた。その瞳は理想に燃えていた。

 

「董卓が都で暴虐の限りを尽くしている、と聞きました。見過ごすわけにもいかず、私は白蓮ちゃんと一緒に、この連合軍に参加させてもらいました。今、この一秒にも民衆は怯えていることだと思います。それを、どうしてここで待っていられましょうか」

「それだけですの」

「そのためだけに、私はこの連合軍に参加したんです」

 

 その言葉は綺麗で、透き通っていた。嘘がない故の言葉。お為ごかしやまやかしではない心からの言葉である、と場の誰もが理解した。

 袁紹は少し、胸中がざわついた。なんだこの感覚は。隣に座る、顔良、文醜、田豊を見る。少し離れた審配、淳于瓊も見た。皆一様に困惑を隠しきれていない。嘘偽り抜きで、このようなことを言う人間がいたとは。心が震え、熱くなる。

 

「よ―――よろしいですわ。兵士だけではなく、兵糧も貸しましょうとも。見事にその実力を見せ、逆賊を討ち果たしなさい!」

「わかりました!」

 

 劉備は深々と頭を下げる。伏せた顔の下で、にっこりと微笑んだ。

 

 

 

 ―――劉備の名乗りから、軍議は飛躍的に進みが早くなった。

 

 先陣を切るものが決まり、袁紹が総大将であることは事実上確定した。各自の持ち場決めはそう大した時間を要することなく終わった。

 あと決めねばならないことは、各部隊の連携や、協力のみ。まだこの初戦において大して重要なことではない。各自で決めるようにしましょう、という袁紹の一言から、長く続いた軍議はいったん解散することとなった。

 

 解放されたな、なんて言って鄧茂、張曼成と笑い合っていた程遠志だったが、すぐさま彼に呼び出しがかかった。主の曹操から、である。

 

「来たわね、程遠志」

「はぁ……」

 

 場の面々を見て、程遠志は身が引き締まる思いだった。緊張と、困惑。こんなところに自分は相応しくないのではないか、なんて普段の彼ならば絶対に考えないような弱気も出た。

 曹操の右隣には、先ほど先陣を申し出た劉備がいる。左隣には軍議で雄弁を振るっていた張邈がいる。そして、その隣にはこの連合の総大将である袁紹もいた。他にも彼女たちの部下、幕僚が所狭しと並んでいて、一様に程遠志を舐めるように見ていた。

 

「貴方が、程遠志さんですわね」

「はい」

「当然知っておられるでしょうが、袁家が頭領、袁本初と申しますわ」

 

 胸を張って袁紹は堂々と宣言した。程遠志はどう反応すればいいのかわからず、とりあえず、頭を下げた。

 

「ご武運を期待していますわ」

「……いや、その。俺はまだ何でここに呼び出されたのかわかってないんですが」

「あら」袁紹は目を瞬かせた。「華琳さん、説明していなかったの?」

「伝令に説明は頼んだはずだけれど……」

 

 曹操は首を傾げ、目を少しだけ怒らせた。部下の怠惰を軽く済ませるような人間ではない。

 

「……まあ、いいわ。程遠志、貴方に劉備の援軍を頼みたいの」

「援軍?」

「ええ。麗羽が劉備に兵を貸す、というのは聞いていたと思うけれど。あまりにも寡兵では、ということで各勢力から兵を集めることになったの。兵を千人ほど率いて、一旦劉備の指揮下に入ってもらうわ」

「俺が、ですか」

「なあに、不服?」

「不満なんてないすよ。俺は、命じられたら従う限りです。ただ、そんな任務を俺が引き受けていいものかと」

「貴方が適任よ。この曹孟徳が断言してあげるわ」

 

 真剣に目を見つめられ、正面から曹操に言われたので、程遠志は言葉を失った。

 胸が熱を持つのを感じる。ああ、そうかと理解した。自身が高揚していることを理解して、困惑した。

 

「そこまで華琳が言うなんて、珍しいわね」

 

 張邈が興味津々、といった様子で会話に入ってきた。

 

「程遠志は素直に褒めた方が伸びるのよ、香水」

「それは貴方の見立て?」

「ええ」曹操はにっこりと笑う。「どう、程遠志、じーんときたでしょ」

「……いや、まあ、そりゃ少しはね、きましたよ」

 

 もごもごと程遠志は言う。その通り多少感じ入るものがあったので、途切れ途切れの言葉になり、それを見て曹操と張邈は愉快そうに笑った。

 ひでえことしやがる、と思いながら程遠志が苦笑していると、張邈の後ろに控える妹の張超がクスリとも笑っていないのが見えた。寧ろ、何かを恐れるように自分の姉を見ている。程遠志は誰かわからなかったものの、おおよそで親族に違いないと推測した。どうしてそんな怯えた顔になっているのだ? 一瞬疑問に思ったが、すぐにまあいいかと考え直した。

 

「私も、衛茲に行かせるわ。兵士は数百人程度しか貸せないけど。よろしくね―――程遠志さん?」

「あ―――はい。こちらこそよろしくお願いします」

 

 張邈は軽く頭を下げると、にっこりと笑って張超を引き連れて下がった。快活な人だな、と程遠志は素直に思う。

 

「あの」代わるように、劉備が現れた。「程遠志さん、ですよね」

「ええ、そうですが……」

「ご助力ありがとうございます!」

 

 言葉の勢いのまま、ぺこり、と劉備は頭を下げる。張邈のような会釈ではなく、お辞儀と呼べるほど深々と。

 程遠志もそれに合わせて頭を下げる。随分と腰が低いな、と思って―――ふと、劉備の隣を見ると、こちらを凝視している男がいた。

 目が合う。逸らされた。なんだ、と程遠志は疑問になる。こちらを不思議そうな瞳で見ていたと思えば。

 

「どなたでしょうか。何か、気になることでも?」

「い、いや……」

 

 男は少し怯えた様子を見せた。程遠志は何故だ、と思い、すぐに気がつく。単純に、自分の顔にビビってるだけか。曹操軍で慣れすぎていた。胆力のある人間が多く、外見などで怯みもしなかった。寧ろ、この男の方が正しい反応だと言えた。

 後ろから少女が近づいてきた。怯えた様子の男を守るように、そっと近くに寄り添ってくる。黒髪の女。先ほどの軍議で劉備の近くにいた控えていた者だ。

 

「ああ」劉備がにっこりと笑う。「ご主人様、です。天から授かった」

 

 その言葉を聞いて程遠志は思い出す。鄧茂が言っていた。天の御使い、とはこの男か。

 普通の人間にしか見えねえな、と思う。中々顔立ちはいいが、そこいらの一般人と左程雰囲気が変わらない。

 

「それは失礼した。これからよろしくお願いします、御使い様」

「あ、ああ―――こちらこそよろしく。そんな堅苦しく呼ばなくていいよ」

「では、なんと呼べば」

「北郷、とかで大丈夫だよ」

 

 多少表情に緊張は残っていたが、そう言って北郷は笑った。

 呼び捨てでいいのか、と程遠志は思ったが、後ろに立つ黒髪の少女は不満そうな顔になっていた。このままの勢いならタメ口でもいけるんじゃないか―――なんて考えていた程遠志は、ままならねえな、と苦笑する。

 

 

 








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