真・恋姫†無双~程遠志伝~   作:はちない
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董卓包囲網編 四話

 

 

 

「劉備と合流か」

 

 程遠志の「劉備のとこに派遣された」という言葉を聞いて、鄧茂、厳政などが声を上げて驚く中、張曼成は毛ほども動揺を見せなかった。二度三度頷いてみせて、それで終わりだった。

 その余裕そうな態度に、程遠志はなんだよ、と言いたくなる。

 

「驚けよな、もっと」

「いやな」張曼成は静かに笑った。「種明かしをすると、知っていたんだ」

「どういうことだよ」

「お前のところに来た伝令が、陰でこそこそ言い合ってたのが、聞こえた」

「はあ? じゃあなんでそれを俺に伝えねえんだよ」

「そこまでは知らん。ただ、そいつも必死そうな顔だったが」

 

 必死そうな顔? と程遠志は戸惑う。それならば伝えればいいじゃないか。意味が分からなかったが、すぐにまあいいか、と思い直した。小難しいことを考えるのは彼の性分ではない。

 

「さっさと準備しようぜ。遅れたら笑えねえし」

「僕たちはいつでも動けるけどさ、連れてく兵士にも伝えないと」

「それだよ。何しろよ、曹操様から兵士千人率いろ、なんて言われちまった」

「千人!」鄧茂は如何にも驚いた、というようなジェスチャーをする。「出世したもんだねえ」

 

 黄巾では多くても三百人。少なければ百人にも満たない数しか指揮したことがない。程遠志からしてみれば大出世と言ってもいいだろう。

「まあな」と程遠志は得意げな顔になる。しかし、そこですぐに不安そうに顔を歪めた。「大丈夫だよな。これで何もできませんでした、とか言ったら笑えねえよな」得意げだった顔が、一転して不安に変わる。その落差に鄧茂たちはくすくすと笑った。

 

「ああ、そうだ、鄧茂。お前が言ってた、御使い様ってのを見てきたよ」

「え、ホント! ど、どうだった。やっぱすごかった?」

「俺にはあんまわかんねえな。いい奴そうだったけどよ」

「……程遠志の審美眼じゃなあ。あんま当てになりそうにないし」

「おいコラ。本当だっての。お前も見たら幻滅―――はしないだろうけど、なんだこんなもんか、って思うよ」

「ふーん」

 

 あからさまに信じていない様子だった。なんだこの野郎、と軽く頭を叩いてやろうかと思ったが、自重する。劉備の陣にどうせ今から行くのだ。そこで否が応にもわかることだろう。

 

「でも、先陣ですか。危険そうですね、程遠志さん」

「なんだ厳政。ビビったか?」

「ビビるのは格好悪いよ」鄧茂も追従する。

「違いますよ。言っちゃったんです、張宝様たちに。無事に帰るって」

「見せつけてくれるね」

「そういうんじゃないですよ」

 

 たはは、と厳政は笑う。満更でもない笑みだった。

 

「まあ、行こうぜ。こんなとこでのんびりしてても始まんねえし」

「僕たちも向こうの人に挨拶とかした方がいいかな」

「そりゃ、した方がいいだろうな。協力するんだし」

「緊張するね、知らない人と話すのは珍しいな―――友達少ないから」

「右に同じく、だ」

 

 張曼成、鄧茂ともに微妙な顔になっていた。厳政は平気そうである。

 一時的なものとはいえ、黄巾を率いていただけあって、そう大した動揺はないらしい。人と話すことにそう大した抵抗なんてないようだった。まるで正反対だな、と程遠志は笑う。

 

「でもよ、それならお誂え向きなことに、今から宴会を行うらしいぜ」

「宴会?」

「ああ。もう夜になるだろ。本格的に攻め込むのは明日だし、決めることも決めた。先陣を切る劉備軍を祝福する、って名目で、軽い料理が振る舞われるらしい。劉備軍以外の持ち回りで夜襲も警戒してくれるそうだしな。立食形式になるだろうからよ、そこで挨拶でもいけばいいんじゃねえか」

「へえ、本当にお誂え向きだね―――」

 

 そこまで言って、鄧茂は程遠志の顔がだらしなく垂れさがっていることに気がついた。遅れて、あ、と気がつく。張曼成も溜息を吐いていた。事情を知らぬ、厳政だけがぼんやりとしていた。

 

「宴会って、まさか」

「そりゃな、酒も出るわけよ。本当にお誂え向きってわけだ」

「…………程遠志、気をつけてよ」

「何がだよ。俺がよ、その程度の酒で酔いつぶれる輩に見えんのか?」

「違うよ!」鄧茂は呆れたような顔になる。「……ほら、劉備のおっきい胸とか触ろうとして、後ろに控えてる黒髪のおっかない人に斬り殺される、とかはさ」

「ははは。まあよ、気を付けてやるよ」

 

 気を付けて何をやるのだ、と鄧茂は呆れた。そもそも、触るな。酒を飲むな。

 

 

 

 宴会にいたのは、劉備軍の者だけではなかった。孫策、張邈、曹操なども、顔見せ程度ではあるものの、出席していた。その側には夏侯惇、張超なども控えている。劉備軍に含まれている兵士たちの中には、各勢力から分けられた兵士たちもいる。先陣という危険な役割を引き受けた手向けのような意味合いもあるのだろう、と鄧茂は察した。

 場は、思ったよりも厳かな雰囲気に包まれていた。自分らの主君が見ているからだろう。宴会とは言っても羽目を外しすぎることができない。劉備軍の兵卒や、武将たちは普段通り楽しんでいたが、他の勢力の兵士たちは多少の遠慮をもって箸を動かし、杯を交わしていた。

 だというのに。

 鄧茂は、はあ、と溜息を吐く。

 視線の先には―――程遠志がいた。劉備に悪絡みし、何やら問題を起こすのではないかと思っていたが、その予測は外れた。外れたが、今絡んでいる相手も、大概だった。

 

 

「なあ、北郷―――酒はうめえだろ!」

「あ、ああ……そうだね」

 

 

 なんでそこにいくかなあ、と鄧茂は微妙な顔になっていた。御使いである。御使いに絡んでいた。

 最初天の御使いを見たとき、確かに鄧茂は少し拍子抜けのような気分になっていたが、今はそんな気分も抜けてしまっている。ただただ可哀そうに、と合掌したくなる心地だった。まるで嫌な上司に絡まれている部下のようである。酒に酔い果て、倒れるのを待っているのだろうが、程遠志に限ってそんなことはない。寧ろ自分の方が酔わされて、前後不覚になって、倒れることになるはずだ。

 黒髪の少女―――名を関羽というらしい―――は、程遠志を無礼な奴め、と言わんばかりの目で睨んでいる。彼女が短慮を起こさないのは程遠志が曹操軍の大将だからと、悪意を持って絡んでいるわけではないからだろう。遠慮なく、殺さない程度にぶっ飛ばしちゃっていいですよ―――鄧茂はそんな物騒なことを考えた。

 

「……あら、程遠志」

「曹操様!」

 

 すると、そこに曹操が現れた。どういう状況だ、と不思議に思っている様子だった。

 程遠志は何を思ったか、曹操を自分の側へ案内しようとした。一緒に酒を飲もう、とでも誘うのだろうか。面白そうに、曹操も笑っている。彼女は程遠志の悪癖と、酒の強さを知らない―――鄧茂は顔を引き攣らせた。流石にそれはまずい。冗談になっていない。

 そこで、一陣の風が吹いた。

 夏侯淵だった。すぐさま程遠志の側に行った、と思うと、軽くない力で彼の頭を叩いた。「いてえ!」野太い程遠志の声が響く。

 

「……華琳様、この男と酒を飲むのはご自愛ください」

「あら、秋蘭。嫉妬?」

「違います。今の程遠志は、危険です。大変なことになります」

「危険って。酔うと剣を抜く悪癖があるとか?」

「そもそも程遠志は酔っていません。酔ったふりをしているのです」

「え?」曹操は口元を引き攣らせた。「どういうことよ」

「酔ったふりをして、それにかこつけて、女に抱きつく癖があるらしいのです―――なあ、程遠志。酔ってないのだろう?」

「ああ、勿論」

 

 程遠志はそう言ったと思うと、酔って赤かったはずの頬と、朦朧とした瞳を、すぐに元のものへ戻した。一瞬の早業である。隣にいる北郷は嘘だろ、と言葉を漏らし、曹操も僅かながら衝撃を受けた。

 夏侯淵も、そう簡単に戻せるものだとは思っていなかったのか、目を丸くさせた。程遠志はその隙に、と言わんばかりの速さで、夏侯淵の脇に手を入れようとした―――が、届く前に捻り上げられ、組み伏せられる。「いてえ!」と先ほどよりも大きな悲鳴を程遠志は上げた。

 

「つまりは、こういうことです」

「成る程ね」

 

 曹操はかわいそうなものを見る目で程遠志を見た。

 

「―――ああ、そうだった。秋蘭、香水の場所を知っているかしら?」

「張邈さまは、先ほど自陣に帰られたかと」

「残念ね。軽く話したいと思ったのだけれど―――まあ、仕方ないわ。私も戻るわ」

「御意」

 

 曹操はそう言うと、歩き去っていった。夏侯淵は程遠志の左腕を捻り上げたまま「羽目を外しすぎるなよ」と一言耳元で囁き、帰っていった。程遠志は二人の後ろ姿をぎりぎりまで見送り、「災難だぜ」と呟いた。いや、自業自得でしょ、と鄧茂は胸中で呟くように言う。恐らく、北郷も同じ思いだったはずだ。

 

「……さて、再開だ。復活だぜ。」

 

 そう言い、程遠志はまた、酒を口に含む。顔はみるみるうちに上気し、目はとろんとしていった。それが演技だと、もう既に北郷も気がついている。このまま酔い潰されてしまうのか―――と、彼が小さく覚悟を決めた時。

 

 

「程遠志殿、でしたか?」

 

 

 顔を薄く上気させた、青髪の少女が近づいてきた。手には何か、酒のつまみのようなものを持っている。鄧茂の瞳は、それを正確に捉えた―――メンマだ。

 不敵な笑みに、どことなく蠱惑な雰囲気だった。程遠志はにやりと笑った。「ああ、間違ってねえよ」

 

「酒を飲む相手に困っているご様子」

「その通り、大変難儀しててな―――で、どうだ。一献」

「一献とは詰まらない。どうです、飲み比べなどは―――」

「面白い」程遠志の笑みが、深くなった。「でもよ、飲み比べだけ、ってのもつまんねえよな」

「と、いうと」

「先に潰れた方は、潰した方の言うことを何でも聞く、というのはどうだ。何でもだぜ」

「面白い」

 

 少女の顔が、悪戯っぽく微笑んだ。何を聞かせてやろう、という嗜虐の微笑み。

 

「名前を教えてくれよ」

「趙雲。字は子竜」

「いい名だな」

「程遠志殿こそ」

 

 にやり、と互いに笑い合う。趙雲も、程遠志も。

 どちらも自分が負けるなど、まったく思っていない様子である。

 

 

 

 

 








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