真・恋姫†無双~程遠志伝~   作:はちない
<< 前の話 次の話 >>

23 / 35
董卓包囲網編 第六話

 

 

 

 堀に土嚢を流し込むのは、そう大して難しい作業ではなかった。汜水関の上から雨のように矢は降り注いできたし、それによって劉備軍は少なくない被害を受けていたが、あくまでそれは前線に出ている兵卒の話である。程遠志自ら土嚢を掴み投げ入れることはしていない。

 程遠志や、衛茲や、その他の軍が土嚢を積もうとも、開門する気配はなかった。孔明はそれを見て、衝車を出すように指示した。

 地鳴りのような音が、あたりに響き渡る。

 袁紹軍が二つの関を落とすためにわざわざ持参した兵器である。通常のものなど及ぶにもつかない大きさだった。数百人もの兵士が、その衝車を抱えるように持っていた。程遠志たちは、その巨大な攻城兵器が城壁へ向けてのしのしと歩みを進めていくのを、ぼんやりと見つめていた。

 

「でけーな」程遠志は小さく呟く。「こんなん、初めて見たよ」

「弓矢や落石への対策も取られている。湿った布のようなもので天井が覆われているのを見るからに、火矢で燃えることもないようだ。城内に残ったままでは、あの衝車を破壊することは叶わないだろう」

「張曼成。じゃあ、敵兵はあの兵器を破壊するために今から開門して出てくると?」

「恐らく、それ以外に対策はない」

 

 そして、と張曼成は続ける。巨大な衝車を見た興奮からか、普段の彼よりも口数が多かった。

 

「門を開いた時点で、我らの役割は十二分に果たしたと言えるだろう」

「どういうことだ?」

「あの衝車を破壊することは、少数の兵士ではできない。開門して、少なくとも万単位の兵士が出てくるはずだ。それを一身に受け止める必要などない」

「衝車だけ壊され、一目散に逃げられ、また閉門されたらどうする?」

「不可能だ。我らはともかく、劉備軍五千は出てきた兵の足止めをするはずだ。ある程度までの乱戦になる。そこから撤退しようとすれば、後詰の軍と劉備の軍がその背から喰らいつく。入り乱れて城門に向かう状況になれば、敵は閉門の機会を逸することになるだろう。それで、門は突破できる」

 

 滑らかな弁舌だった。程遠志は張曼成の言葉の意味が半分ほどわからなかったが、おおよその流れは理解した。敵と劉備軍がごっちゃになったら、門が閉めれなくなるってことだな、と問いかける。張曼成は微笑しながら頷いた。

 堀に土嚢を埋め立てる作業や、袁紹軍から借り受けた衝車はあくまで陽動。敵軍を城から引き釣り出すことが目的である、と張曼成は言った。この作戦で、汜水関に籠る董卓軍はかなり困っているだろう、とも。まるで連合軍の勝ちが決まったような言い草だった。

 それほどまでに良い作戦なのだろう。程遠志は一つ息を吐いた。彼には戦略だとか、戦術の理解はない。それ故聞いただけでは何故それで詰めになるのか、そう簡単に勝ちが決まるのかと疑問が残ったが―――張曼成が戦略面に長けていることは、彼も理解している。そういうものなのだろう、と強引に納得した。

 

「…………」

 

 しかし、と程遠志は思う。口には出さなかった。根拠があるわけではないからだ。

 何か、嫌な流れがする。その程度では終わらないぞ、これから待ち受けるのは苦境だぞ、と呪いをかけるような声が聞こえた。こんな簡単に、終わるはずがない。

 

 そんな程遠志の思いとは裏腹に、汜水関の城門が開くことはなかった。ただただ、上から弓矢を降らせるのみである。衝車に時たま命中するものの、びくともしない。それでも動く気配はなかった。

 これには程遠志のみならず、張曼成や鄧茂―――劉備軍の軍師である孔明も眉をひそめた。衝車を止めに来ない? このまま、城壁を壊してもいいというのか。門が破壊できるのならば、結局のところ出てこようが出てこまいが変わらないが、何か妙だ。

 

 程遠志は思った。董卓軍も、何か専用の兵器を持っているのではないか。あの衝車に対抗する兵器。それを隠し持っているのではないか―――そう幻視した。

 いやいや、とすぐに否定する。それはあり得ないか。あれほどの巨大兵器を壊す、もしくは押し止める兵器があるとすれば、それもまた巨大でなければならない。そんなものを城内に置く空間があるだろうか。あるとして、どうやってそれを城壁外に持ち出すのだ。

 董卓軍は動かない。まだ、城内から出てこない。

 先ほど程遠志の間近にあった衝車は、もう既に前へ前へ進んでいき、小さくなって見えた。そろそろ城壁へ到達することだろう。腕のように太い丸太が、城壁、城門に突き刺さり、轟音を響かせるはずだ。険しい顔になっていた張曼成も、不安げだった鄧茂も、巨大兵器が前へ進んでいくのを見て、次第に表情が和らいでいった。これは勝ったな、成功したな、というどこか余裕のある、柔らかな表情に変化していった。

 

 程遠志もいけるのではないか、と思った。百発百中。外れたことのない勘も、そろそろここで年貢の納め時か。

 先陣に存在する人間の中で、柔らかな表情―――すなわち油断を顔に浮かべていないのは、孔明と龐統だけだった。戦場全体を見ても、数十人程度。それ以外の人間は油断、あるいは喝采の笑みを浮かべていた。

 

 轟音が響き渡る。

 衝車の丸太が、城壁を打った。

 

 凄まじい音だった。破壊音が木霊した。一撃で城壁を破壊してしまうのではないか、と疑問を抱くほどの音量。それは先陣の兵卒たちを鼓舞し、将軍たちを叫ばせた。見たか、どうだと言わんばかりだった。

 

「これは、すげえな」

「こんなの初めて見たよ、僕」

「決まった」

「あと十数回打ち付ければ、城壁も壊れてしまいそうですね」

 

 鄧茂も、張曼成も、厳政も。

 そして、程遠志も確信した。これは決まった。背筋を寒くしている「流れ」を吹き飛ばすような音だった。負けるはずがない。

 

 

 油断の笑み、快哉の叫びを漏らして―――そこで、程遠志は見た。

 

 

 城壁の上。弓を射下す董卓の兵卒たちが巨大な衝車に怯えている隣。

 不思議な瞳をした少女が立っていた。赤髪で、大きな戟を持っていた。豆粒のようにしか見えない。それほどの距離があったが―――程遠志はそこから目が離せなかった。

 なぜ目が離せないのか。それはわからない。わからないが、程遠志の顔から笑みが消えた。代わりに頬から汗が流れ出てくる。どういうことだよ、と呟くように言った。

 

 赤髪の少女は表情も変えず、単身で飛び降りた。城壁の上から、である。嘘だろ、と程遠志は叫んだ。真っ逆さま。良くても骨折。悪ければ死亡。それを覚悟しなければならぬほどの高さ、距離である。

 両の足で少女は着地した。

 凄まじい破壊音が辺りに響き渡る。

 それでも、少女はびくともしなかった。地面は陥没し、少なくない衝撃が少女を襲ったはずだが、顔色一つ変えない。どこからか声がした。「呂布だ」「化け物だ」程遠志は小さく、胸中で何度も名前を唱えた。呂布、呂布。

 呂布の近くには衝車がある。城壁、城門を破壊するための兵器なのだから、城壁の上から落ちてきた彼女の近くにあって当然である。それへめがけて、戟を振った。

 先ほどの着地などとは比べ物にならない破壊音が、木霊した。程遠志は思わず目を瞑り、開けた時には巨大な衝車は粉々になっていた。一振りである。一振りで、あの巨大な兵器が消えた。中に乗っている兵士たちもまた、数百人が切り裂かれた。

 

 先陣の、すべての人間が動きを止めた。信じられないことだった。あり得てはならないことだった。

 まるで、それこそが悪い流れのようだ。完璧な作戦、完璧な戦術。それを打ち消す理不尽で、馬鹿馬鹿しい存在。「流れ」に似ている。程遠志は身震いした。これだ、これこそが―――自分の怯えていたものだ。

 開門、と声がした。呂布の登場を待っていたように、汜水関の門が開いた。怒号が聞こえる。門の向こうから、董卓軍の兵士たちが飛び出してきた。

 孔明の策は、この門を開かせることである。すなわち作戦は成功した。土嚢、衝車をもって為した陽動戦術であるとも言えた。だというのに、どの陣からも歓声が上がることはなかった。

 

 呂布、である。衝車を単身で粉々にした女の存在が、士気を著しく下げていた。

 

「ふざけんな」程遠志は滑稽なほどの声を上げた。「そんなのありかよ!」

 

 鄧茂も、張曼成も、厳政も。

 先陣の人間すべてが、同じ思いであった。

 

 

 

 

 

 

 




感想と評価ほんっとに励みになってます( ;∀;)








※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。