真・恋姫†無双~程遠志伝~   作:はちない
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董卓包囲網編 第七話

 

 

 

 先陣に異変が起きた。連合軍には曹操、張邈、袁紹、袁術、公孫瓚、馬超など―――様々な群雄がいたが、先陣の異常を最も最初に察知したのは、袁術旗下の孫策だった。

 

「祭、準備した方がいいわね」

「準備?」黄蓋は少し、顔を歪めた。「どういうことじゃ」

「先陣が崩れるわ。思ったよりも早く、ね」

「なぜ言い切れるのじゃ」

「先陣の、劉備の旗が揺れているわ。彼女の軍の動揺が、少し見て取れる」

「それだけか」

「後は、勘よ」

 

 勘か、と黄蓋は唸る。孫策の勘は神掛かったような的中率を見せる。信じる価値はあるな、と彼女はすぐさま決意した。孫策への絶大な信頼、信用がある故の決断の速さである。

 

「では、後詰に出るか」

「そうね―――と言いたいのだけど、これだけじゃない気がするのよね」

「これだけじゃない?」

「私の悪い勘は、先陣のことだけじゃないと思うの。今からまた、もう一つ大きなことが起きる気がする」

 

 孫策は顎に手を当てて何か思案している様子だった。その体勢のまま、数秒固まり、いくら考えても答えが出ないことを察して苛立った。

 黄蓋は彼女が何を危惧しているかを理解できない。それでも、と思う。わからなくとも、孫策についていくべきだ。

 

「公瑾を呼ぶか」

「そうね。冥琳の意見も聞きたいし」

 

 孫策は二、三度頷いた。周瑜を呼び、軍全体に準備をさせる。戦の時は近い、と彼女は確信した。

 いつの間にか、その口元には笑みが浮かんでいる。悪いことが起こる気もするが、それを乗り越えれば反転し、良い流れになる気もする。そうなるはずだ。

 

 それは―――奇しくも、程遠志の考えと似ていた。

 

 

 

 

 

 

 そして、孫策の次に先陣の異変に気がついたのは、曹操と荀彧だった。

 

「華琳さま」

「ええ」曹操は小さく頷く。「まずいわね。劉備軍に異変があるわ」

「ただ敵が打って出ただけ―――ではないですね。明らかに浮足立っています」

「今すぐ後詰を出さなければ、崩れるわね」

「何が起こったのでしょう。衝車、土嚢による陽動作戦は、悪い策ではないと思ったのですが」

 

 先陣で何が起こっているか―――それは、曹操、荀彧ともに想像がつかなかった。呂布という少女が現れ、衝車を一振りで破壊した。そのようなことは、流石の彼女たちにも察知することができない。

 

「……失敗した、ということだけがわかればいいわ。すべきことは一緒よ」

「後詰、ですね」

「ええ。今すぐ劉備軍を援護しに―――」

 

 と、そこまで言って。曹操は言葉を止めた。待て。本当にそうか? すべきことは同じか?

 前方の砦に籠る董卓軍の数が大して多くないことは、袁紹軍で飼っている優秀な物見の情報から確定している。何故その少ない兵士で出てきたのか。兵士数が少ない劉備軍が先陣だったからよかったものの、これが他の軍ならば混乱することなく押し留め、包囲殲滅されていたかもしれない。

 董卓軍に優秀な人間がいる、ということを曹操は知っている。優秀な者が、このような策を取るはずもない。

 

「桂花。優秀な董卓軍の将校の名は」

「優秀な軍師の賈詡、陳宮。猪武者の華雄、才気煥発の張遼。一騎当千の呂布―――それに、陥陣営の高順」

「賈詡は恐らく、董卓と共に洛陽に籠っているでしょう。華雄、張遼、呂布も、策を考える類の人間ではない。陳宮と、高順。このどちらか―――あるいは両方が、この汜水関で策を練っている」

「彼らの策が、我々を後詰に誘っていると?」

「その可能性もある、と思うわ」

 

 曹操は顎に手を当てた。数秒考えこみ、すぐに結論を出す。この状況において、ただ悪戯に時を費やすべきではない。

 

「兵の半分を、劉備の救援へ回すわ」

「軍を分けるのですか」

「上策ではないわね」曹操は小さく笑った。「でも、連合軍に兵卒の余裕はある。麗羽は全力で援軍を送るだろうし、香水もそうするはず。下策でもないわ」

「残りの半分はどうしましょう」

「いつでも動けるように準備させておくわ」

「一時的に、遊軍になりますね」

 

 荀彧は惜しい、というように言葉を発した。目的を持たぬ軍―――遊軍を作ることは、戦術上あまりよろしくないことだと言えた。

 曹操は微笑を見せた。彼女もそれは理解している。それでも、警戒しなければならないものが背後に存在する、と確信していた。孫策の勘のような、抽象的な考えではなく、敵の将軍の、実力を見抜いた実利的な考え方だった。

 

 一万強の兵士を残し、夏侯惇、夏侯淵を中心にした二万弱の兵士が、劉備軍へ救援に向かう。

 その判断が正解でもあり、間違いでもあったことを曹操、荀彧が知るのはもう少し後―――袁紹からの伝令が来てから、である。

 

 

 

 

 若干時が過ぎ、そこで、曹操と荀彧の次に異変に気付いたのは、袁紹配下の田豊、審配、逢紀などの軍師たちだった。しかし、それは先陣の異変ではなく、もっと別のナニカだった。

 彼、彼女らは独自の情報網を構築している。どの群雄よりも資金を潤沢に保持しているからこそである。物見、偵察の人間の質ならば、他のどの勢力も及ばぬほどであった。各勢力が砦へ中心的に偵察を派遣する中、袁紹軍は汜水関のみならず戦場全体に偵察を放っていた。それをするだけの余裕が、袁紹軍にはあったのである。

 その偵察網に、引っ掛かるものがあった。戦場の外である。現在、連合軍が兵を置いている場所から少し離れた平野―――そこに敵影あり、との一報が入った。最初に発見した偵察は殺され、その伝言を受け継いだ偵察兵も殺され、三人目がようやく、本陣へ情報を持ち帰ってきた。

 田豊、審配はその知らせに驚愕した。あり得ないことである。こちらの索敵から逃れ続けていたというのか、これだけの間。

 

「どういうことですの、それは!」

 

 その知らせを顔良、文醜と共に聞いた袁紹も、驚愕を隠せなかった。

 

「え―――ええと」その三人の中で、最も冷静なのは顔良だった。「どれくらいの兵士ですか、審配さん」

「四万弱程度、と予測される。偵察兵の多くは殺され、正確な兵士数は把握できていない」

「そこまでの数が、丸一日こちらの情報網にかからなかったと?」

「そうらしいな。淳于瓊に、他の諸侯へ伝令を送らせているが―――全体が情報を共有するまでには、まだ時間がかかる。逆方向からの攻撃に備えるには、そこからまた時間が必要になるはずだ」

「まったく」袁紹は唇を尖らせて、田豊を見た。「もっと早く、華麗に美しく察知することができなかったのかしら?」

「いくらなんでも無茶言わないでくださいよ、麗羽さまぁ!?」

 

 田豊は悲鳴にも似た叫び声をあげた。生真面目な真直らしいな、なんて口笛を吹くように文醜が言う。

 

「兎にも角にも、全体に連絡が行き渡る前に、我が軍は戦闘準備を完了させねばならない」

「陣形の変更が必要ですね、審配さん」

「そういうことだ―――早く董卓軍の別動隊を発見できて、助かった」

 

 我が軍が発見できなければ、他のどの諸侯も不可能だったはずだ。審配はそう漏らした。それはつまり、汜水関に目がいっている連合軍の背後から、逆落としに奇襲されていたことに他ならない。反包囲的な形になり、大混乱に陥っていたことだろう。

 策自体は単純なものである。だが、四万という兵を開戦以前に関から外へ出し、丸一日存在を隠し通すとは。田豊、審配は戦慄し、疑問に囚われた。

 別動隊の大将は、誰なのだ―――?

 

 

 

 

 さらに時間が過ぎて―――そこでようやく、張邈も先陣の異常を察した。孫策のように絶大的な勘や、曹操のように無限の能力があるわけでもない。袁紹軍のような情報網も持っていない彼女が察することが遅れるのも、仕方のない話であった。

 さて、どうするか。思案する彼女に、袁紹からの伝令が届いた。「別動隊アリ」と、一報を受け、彼女は決断する。

 張超を引き連れ、張邈は兵士の前へ姿を現した。彫像のような無表情ではなく、快活で雄弁に、演説を行った。

 

「我らは全軍をもって、背後の董卓軍へ当たる!」

 

 張邈は、そのようなことを婉曲に遠回しな表現を多用して叫んだ。それはすなわち、自らの軍から先陣へ派遣した衛茲への援兵を出さない、と宣言することに他ならない。

 それを察した兵士たちは最初の方こそざわついたものの、やがて収まり、熱狂的な怒号へと変わった。張邈の軍は彼女への盲目的な信頼で成り立っている。表情を悲痛げに、あるいは快活にコロコロと変えて行う張邈は、普段から洗脳じみた演説を行っていたのである。

 ……演説を終え、兵たちに手を振りながら張邈は陣に下がると、表情をすぐさま無表情なものへ戻した。

 もう、この場には張超しかいない。

 

「姉上、よろしいのですか。このままでは」

「衛茲が死ぬ、と?」

「……他にも、数百の兵卒が、です」

「構わないわ」

「構うでしょう! 背後の軍には袁紹殿も当たるとのこと。軍を分けるか、もしくは袁紹殿へ任せて先陣の後詰に向かうべきでは―――」

「私はね、非水」張邈は、そこでにこりと笑った。「戦う気なんてないの」

 

 張超はぞくりとした。この、二人しかいない場において、彼女が表情を崩したのは久方ぶりだった。彫像のような美人が、嫋やかに微笑む。画になる光景のはずが―――どこか、張超は吐き気を催した。

 

「戦う気がない、とは」

「背後の董卓軍にも、全力をもって当たる必要はないわ」

「それではほかの連合に名目が立ちませぬ」

「乱戦になるわ」張邈は断言した。「どこがどれだけ真剣に戦った。誰が誰を打ち取った、なんて見分けがつかなくなるほどに。誰も私たちの働きなんて気にしない」

「……だとしても! ここで怠ける意がありましょうか!」

 

 張超は姉が錯乱したのか、と思った。明らかに異常だった。何を考えているかわからない姉は、いつだって不可思議な行動をしたが、それには納得できるだけの動機があった。今回には、まったく意図が読めぬ。

 そうだ。まるで、これは―――十数年前の、無表情で蟻を踏み潰していたときの彼女のようだ。

 

「意なんてものは、ないわ。最初からね。私は気になるだけよ」

「……気になるとは」

「先陣へ兵を出そうとも、後方の董卓軍へ全力で当たろうとも、私は何をしても成功すると思うの」

「ではなぜ」

「私が怠けたら、この連合はどうなるのか。それが気になるだけよ」

 

 そこで、張邈は言葉を切り上げた。無表情になる。いつもの顔だ。

 張超は一瞬考えた。ここで、姉を殺すべきではないか。いてはならない。この連合にも、この大陸にも、彼女はあってはならない存在である。何か災いを起こすに違いない。剣に手をかけ、自らの姉を見た。見て、ぎょっとした。無表情で、張邈は見返していた。やれるものならやってみろ、と宣言するようにも見えたし、好きにしろと諦観しているようにも見えた。張超は手が震え、剣を持つことができず、柄に収めた。

 

 一生、自分は姉に逆らうことができぬ。そんな妙な敗北感が、全身に流れた。

 

 

 

 

 ―――張超が、そんな風に悔やんでいるのと、ちょうど同時期。

 

 連合軍の端に駐屯している韓馥の軍へ、近づいてくる影があった。

 先頭には男と女。どちらもにやにやと笑っている。後ろには数万の兵卒たち。

 ばっ、と、旗を掲げた。「高」の旗である。大きな旗であった。韓馥軍の誰もが、それを目撃していた。

 ……韓馥に不幸があったとすれば、袁紹の軍と距離が離れすぎていて、うまく連携が取れなかったことだろう。まだ伝令が来ていなかった。あの旗は誰だ、何だ、と警戒することはあれど、それが敵だと確信することはできなかった。弓の有効射程距離に入ろうとも、韓馥が思ったのは、偵察と使者を送ろう、という呑気なものだった。

 凄まじい速さで軍は接近してくる。

 先頭の女が笑いながら叫び、男が咆哮した。

 その時になって、韓馥は兵士たちに戦闘準備を命じたが、明らかに遅かった。

 

 

 最初の激突で、韓馥軍は砕け散った―――小半時も持たず、敗走したのである。

 

 

 韓馥が最期に聞いたのは、どこかの誰かが叫んだ言葉だった。「陥陣営」「陥陣営!」味方が悲痛に叫んだのか、敵が武名を誇るために放ったのか。それは定かではない。ただ、私を打ち取ったのは高順だったのか、と理解して、韓馥は死んだ。

 

 

 








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