真・恋姫†無双~程遠志伝~   作:はちない
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大 宴 会

 

 

 董卓軍は二つの関を捨て、洛陽へ戻った。洛陽に巣食う十常侍たちを倒し、すわ洛陽の市民を巻き込み、一大決戦を行う―――と思いきや。連合軍が洛陽についてみても、略奪された跡も凌辱された跡もない、平和な街がそこにはあった。董卓軍は故郷の涼州へ帰っただの、自然に軍を解体しただの、どこかへ落ち延びただの様々な風説が立った始末だったが、一つ確かなことは市民を巻き込む戦争を良しとしなかったことであろう。

 それを見て、曹操は肩透かしを食らわされた思いになった。孫策は董卓なき洛陽で何かを見つけ、密かに微笑んだ。劉備は大変喜び、部下すべてを合わせて慈善事業と貧困層に対する援助を行った。公孫瓚は劉備に苦笑いをしながら付き合い、袁紹、袁術は帝に会いに行くと宣言し、張邈はただただ笑うだけで何もすることはなかった。

 とにかく、戦は終わったのである。反董卓連合は解消し、今からは群雄割拠の時代がやってくる。今味方のものが敵へ移り変わり、また味方になるかもしれないし、敵同士のまま終わるかもしれない。どちらかの勢力の滅亡、という形によって。それこそが群雄割拠であり、乱世の始まりである。

 

 ……が、ともかく。

 この、歴史に残る英雄たちの参加した連合が、はい終わり、というのも味気ない。

 本日のみは皆味方だ、という形をもって、大宴会が開かれることとなった。

 

 

 

「宴だよ。宴ですよ」

 

 程遠志が慣れぬ敬語を使い、はしゃいでいた。その左には趙雲がいて右にはお目付け役とばかりに夏侯淵が座っている。両手に花だな、なんて呟きながらお互いの肩へ手を伸ばし、同時に払われる。鄧茂は遠くでそれを見ながら少しだけ嫉妬心が湧いたりもしたが、まあいいかと思い直す。今日くらいいいか、という余裕のある心境だった。

 趙雲との飲み勝負が再び開始される―――ということはなかった。お互いにその勝負が自分たちへ様々な負荷をかけて、その結果次第ではどちらかの自信や誇りが打ち砕かれるやもしれぬと危惧していた。周りにいる悪戯気を持つ人間たちも、勝負を煽ろうとはしなかった。酒を飲んだ程遠志に巻き込まれるのが面倒くさかった、というのが本音であろう。

 

「いいのかよ、夏侯淵。俺についてばっかりで」

「なんだ、邪魔かな?」

「別によ、邪魔じゃねえ。ずっといてくれてもいい」

「惚気るのお」趙雲が茶々を入れた。「夏侯妙才もお年頃かな?」

「さあな」

 

 涼しい顔で夏侯淵は杯を軽く進めた。その表情はいつもの無表情を崩さず、なんだつまらぬと趙雲は唇を尖らせる。程遠志は小さく笑った。俺が落馬しそうになった時はあんなに動揺してやがったのによ―――と口を開いてやろうとして、むんずと口を掴まれた。

 目を白黒させる彼に、「黙れ」と小さく夏侯淵は言う。まだ何も言ってねえよ、と程遠志は思ったが、その迫力がかつて黄巾を頭に被って戦った時を思い起こさせたので、素直に口を閉じた。何を言おうとしたかなんでわかったんだよ、と小さく思う。

 

「程遠志殿は、中々今回の戦でご活躍されたご様子」

「おう。我ながらかなりの活躍だったと思うぜ」

「あの呂布の一撃を受けて生き残った人間は、恐らく程遠志殿だけだろう。何か私にもその武について伝授願えるかな」

「お、いいね。教えてやるよ」

 

 程遠志はそういうと思うと、何やら妙な構えをして武について語りだした。それは中々に頓珍漢なものだったのだが、趙雲はニコニコとしながら酒を片手に聞いている。夏侯淵は少し口元を綻ばせた。あの、常山の趙子龍によくもまあ堂々と「武」を披露するものだ。その無謀さはある種の勇敢さにも見えた。

 そんな風にしていると、不意にかつかつ、と足音がした。程遠志は趙雲の方に身体を向けながら顔だけそちらを向く。趙雲も同じようにしながらも、その主が誰かわかると、すっと居住まいを正した。

 そこには、劉備と北郷一刀が立っていた。劉備は快活な様子で笑っていて、北郷は程遠志に対して小さい苦手意識でもあるのか、顔を困らせている。なんだなんだ、とばかりに程遠志は膝を叩き、無作法にそちらへ顔を突き出した。無礼だ、と夏侯淵に頭をぱしんと叩かれる。そこでようやく姿勢を直した。

 

「程遠志さんと、夏侯淵さん。汜水関ではありがとうございました!」

「おう、劉備様。宴会だしよ、飲まないか」

「え、えーと」劉備はちょっとだけ困ったように笑った。「私はこれから他の人にも挨拶しにいかないとなんで、遠慮しときます」

「そりゃ残念だ」

「程遠志さんこそいいんですか、向こうに行かなくて」

 

 劉備は宴会の奥の方―――張曼成や、厳政、鄧茂がいる方を見ていた。彼らはいつものように仲良く話しながらも、程遠志の方へちらちら視線も寄越している。劉備はその中でも、鄧茂を強く見つめ、程遠志の隣に座る趙雲に「お邪魔かもしれないよ……」なんて耳打ちしていた。夏侯淵に対しても、鄧茂と見比べるように何度も見つめている。

 明らかに何か勘違いをしていやがるな、と程遠志は気がついたが、放っておいた。そもそも鄧茂のことについては曹操軍の中でも大部分が勘違いをしている。今、この場でそれを説明するのは大変なことで、面倒なことだった。

 

「いいさ。そもそも、今の酒を飲んだ状態の俺が行っても、あいつらだって困るだろう」

「酒癖の悪い自覚はあったのか」夏侯淵はため息を吐く。「あるんなら、直せ」

「残念ながら直らねえなこれはもう」

 

 胸を張って言う程遠志へ、堂々と言うことじゃないと夏侯淵は呆れたように言った。

 北郷は、劉備と同様に遠くの鄧茂たちを見ていた。「昔を思い出すな……」と、小さく呟くように言う。

 

 

「なんだ、昔のことって、天の世界のことか」

「ああ―――まあ、そうだね」

「意外じゃねえか。天の世界にもよ、鄧茂とか張曼成とか厳政とか―――つまり、俺たちみてえな奴らがいるのか?」

「程遠志みたいなのは稀だけど」北郷は苦笑しながら言った。「似たような関係の奴らは、俺にもいたよ」

「へえ。捨てたもんじゃねえじゃねえか、天の世界も」

 

 そう言いながら程遠志は高く笑い声をあげた。北郷は小さく彼方を見上げていたが、すぐに気を取り直し劉備の方を向いた。「桃香、そろそろ」「あ、そうだね」と、二人の間で軽い会話が挟まれる。

 

「それじゃ、そろそろ他の人たちのとこに行かないと」

「おう」

 

 そう言って、劉備たちはどこかへ歩いて行った。

 それと入れ替わる形で、二人の女が程遠志の方へ近づいてくる。誰だ、と程遠志は一瞬不思議に思い、すぐに気がつく。見たことがあった。

 

「孫策様、だっけか」

「あら」孫策は大きく目を広げる。「私のこと知ってたの?」

「そりゃまあ、流石に」

「じゃあさ、何でここに来たのかも、わかる?」

 

 程遠志は顎に手を伸ばした。僅かな時間考え、すぐに諦める。わかるわけもない。答えの出ない問いかけのようなものだ。適当に「俺と酒が飲みたくなった、とかかな」と言ってみると、孫策は愉快そうに笑った。

 

「全然違うけど、それも悪くないかもね」

「雪蓮」周瑜が、窘めるように言う。「そんな時間なんてないぞ」

「少しくらいいいじゃない―――と言いたいけど、確かに今回は冥琳の言う通りかもね」

「ほう」夏侯淵は、何かを探るように言った。「連合軍の宴の日も気を抜けないとは、そこまで重要なことを抱えているのか」

「抱えているわよ。何かは言わないけどね」

 

 孫策の顔は赤く、少し酩酊した様子を見せていたが、その瞳はぎらぎらと輝いていた。夏侯淵は思い出す。孫策という女は戦場に出た興奮が平時でも取れぬことがある、と。それが今なのか、と小さく危惧した。

 

「で、何でここに来たんだ?」

「貴方たち、汜水関にいた曹操軍の中枢だったでしょ。顔でも見たいな、って」

「中枢というならば、姉者だろう」

「うーん。まあ、そうだけど、あの中には入りづらいかな」

 

 孫策は少し向こうを見つめていた。曹操、袁紹、張邈。幼馴染である彼女らは、多少いがみ合いながらも仲睦まじく話している。うずうずとしている夏侯惇と、楽しげに見ている文醜、何故か顔を強張らせている張超と―――その護衛は三者三様だった。

 確かにあの中には入れないわな。程遠志はそう思うが、その外にいる夏侯惇になら話しかけれるのではないか、とも思った。どうしてそうしないのだと孫策を見ると、彼女もまた程遠志を見ていた。強い瞳。戸惑い、酒を飲んでいることも忘れ、彼は一瞬真顔になる。

 

「私はね、思うことがあったのよ」

「思うこと?」

「というよりも、勘というべきかな―――貴方が、汜水関の戦いの肝だったんじゃないか、って」

「俺が?」程遠志は目を瞬かせ、笑った。「それを知ってよ、何になるんだ」

「それは貴方の言葉次第よ」

「もし、汜水関の戦功はすべて俺が担ってる、なんて言ったら?」

「子種でも貰おうかな」

 

 程遠志は酒を持つ手を震わせ、杯を取り落とした。夏侯淵は小さく、しかし確かに、目を泳がせ、趙雲は「ほお」とにやにやしながら孫策と夏侯淵を見比べた。周瑜だけ、一人ため息を吐いている。

 

「あら、驚いた?」

「……そりゃよ、驚いたよ」

「まあ、半分は冗談だから本気にしないでね」

 

 だったら残りの半分は何なんだよ、と程遠志は孫策を見る。ごほん、と何かを取り繕うような席払いが程遠志の隣―――すなわち夏侯淵から漏れた。

 孫策はただただ笑っている。自分の疑問に答える気がねえな、と程遠志は察した。

 

「それだけのために、ここに来たのかよ」

「ええ。私の勘は、貴方が汜水関で何かをした、と言ってるの。戦況にかかわる、重大な」

「呂布から夏侯惇を庇ったことじゃねえの」

「本当に、本当にそれだけ?」

「本当だよ。なんでよ、そこまで俺が気になるんだ」

「うーん」孫策は小さく首を捻る。「貴方は、私とどこか似ている匂いがするのよね」

「孫策様と俺が?」

「正確に言うならば、私の勘と、貴方の何かが」

 

 孫策の瞳が程遠志を貫いた。熱を持った、鋭い瞳だった。

「気になるな」と冗談めかして趙雲が言う。「程遠志殿の武よりも、遥かに」笑ってはいたが、彼女も見極めるように程遠志を見ていた。

 程遠志は少し困ったような顔になる。孫策の言いたい何かとは、十中八九「流れ」のことだろう。彼にもそれは理解できた。それを素直に言ってもいいのか、いけないのか。機密事項などというほど大きなものでもないだろ、と夏侯淵を見ると、彼女は好きにしろと言わんばかりに首肯した。

 

「俺がやったことって言うのはよ、本当に呂布から夏侯惇を庇ったことだけだ」

「ふうん」少しだけ、孫策は詰まらなそうな顔になる。「そうなんだ」

「だけど、抽象的な言葉を使ってもいいんなら『流れ』に従って行動した、って感じだな」

「流れ?」

「俺の人生哲学で、何よりも信じてるもんだ。それに従ったから、俺は今回の戦に勝てたんだと信じてる」

 

 程遠志は孫策の瞳を真っ直ぐに見返した。自信に溢れた表情だった。一瞬、視線が交差し、どちらかが逸らし、再び見つめ合った。

 趙雲も「本当に抽象的だな」と茶々を入れつつも、真剣な表情になっていた。程遠志という人間の一端を見れたような心地だった。

 少しの間、場に沈黙が訪れる。ああ、酔ったふりを少しの間忘れちまったな、なんて程遠志は今更になって思った。誰かが喋るのか、喋らないのか。この大きな宴の中で、まるでこの場だけが静まり返り、明らかに異質な空間になっていた。

 

 

 興が覚めた―――とばかりにこのまま解散になるか、と程遠志が小さく思った、瞬間。

 

 

「あり得ませんでしゅ!!」

 

 

 その締まった空気を緩いものに変えたのは、そんな後方から来た言葉だった。

 程遠志は後ろを見る。見えない。誰もいねえ、とばかりに見渡すと、下から「変でしゅよ!!」という違う声が聞こえてくる。

 下を向いて、ああ、と程遠志は思い、苦笑いになった。孔明と龐統。劉備軍の軍師である。それが、如何にも酔ったという状態でふらふらとこちらを見ていた。誰だよ飲ませたの。なんかいろいろまずい感じになってんじゃねえか。

 

 そもそも、何で劉備軍の軍師がここにいるんだ。程遠志は張曼成が言っていた言葉を思い出す。「お前は、多分今回の件であの軍師たちに興味を持たれたよ」マジかよ、と程遠志は笑う。

 本当に俺と友達になりに来たのか―――と彼女らを見つめるが、どうやら違うらしかった。彼女らは敵愾心―――というほど大袈裟ではないが、何やらの対抗心をもって来たようだった。

 孫策はふ、と笑みを零した。周瑜も同様だったし、趙雲も「これでは何も聞けぬな」と肩をすくめる。空気が一気に弛緩した。

 

「どうだ、朱里、雛里。もっと酒を飲もうではないか」

「お前か勧めたの」程遠志は半目で趙雲を見る。「どう考えてももうまずいだろ。やめとけ」

「おや、中々良心的なことも言うのだな、程遠志殿?」

「お前の中で俺はどんな扱いなんだよ。俺だって、こんな幼子に酒を飲ませない方がいいってのはわかるわ」

「失礼でしゅよ、私たちはもう十八を超えてます!」

「え、そうなの」程遠志は真顔になった。「ならいいか―――いや、流石に絵面的にきついか?」

「失礼でしゅ! 失礼!」

 

 孔明と龐統は更に酒を呷った。ああ、と程遠志は溜息を吐く。

 彼女たちは林檎のように顔を真っ赤にして、程遠志に舌戦でも挑むかのように言葉を続けていた。おいおいこれいつまで続くんだ、なんて程遠志は苦笑しながら思った。

 

「いつも悪酔いして他の人に絡むバツだよ」と、どこからか鄧茂の声がした。

 

 

 

 こんな感じで、連合軍の宴は終わった。後に孔明から正式な謝罪が来て、龐統から恥ずかしそうに謝られることになるのだが―――それは、またの機会である。

 

 

 

 

 








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