真・恋姫†無双~程遠志伝~   作:はちない
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黄巾党編 第三話

 

 

 

 

「曹操と戦うだってぇ?」

「嘘だろ?」

 

  鄧茂と張曼成は、程遠志の言葉を聞くと一息で酔いが覚めたようだった。精々、面倒な会議に対する愚痴を聞かされる程度のことしか考えていなかった彼らにとって、程遠志の決意はまさしく青天の霹靂とも言うべきものであった。

 

「残念ながら、嘘じゃない。俺は一端の軍を率いて、出兵する」

「なんでまたそんなことに」

「色々事情があってよ、そっちの方が後々楽になりそうなのよ」

「事情?」

「裴元紹ってやつのこと、覚えてるか?」

 

  鄧茂は少し首を捻り、「裴元紹、裴元紹……」と何度か唱えて、手を打った。

 

「昔、程遠志と喧嘩した人だよね」

「まあ、そんなとこだな。そいつがよ、黄巾党の中にいた」

「へえ。向こうはお冠だったんじゃないの」

「お冠というより、怒髪天だな。俺に、砦に篭るなと一丁前に命令してきやがった」

「程遠志はそれに従うってこと?」

「従うしかねえわな」

 

  二、三度頷きながら言う程遠志に、鄧茂も張曼成も何も言わなかった。何故、と思ったのかもしれない。怒られ、命令されたから、易々と従うような人間に程遠志は見えない。

 

「俺はよ」程遠志はポツリと言った。「黄巾党からここで抜けるよ」

「何?」

「おさらばってことさ。このままダラダラここに留まっても、いいことなんて一つもない。寝床の為にもう少しくらいは居座っておこうと思ってたが、裴元紹なんて馬鹿もきやがった。あんな奴がこの砦にいるんなら、落ち着いて昼寝もできやしねえ」

「逃げるってことか」

「ああ、そういうことだね」

 

  張曼成の鋭い言葉に、程遠志は犬歯を見せて威嚇しながら返した。

 

「意味がわかんない。程遠志が黄巾党から抜けるのはわかったけど、なんでそれで曹操と戦いに行くのさ」

「ちょうどいい機会だからだよ。俺はよ、天涯孤独の身なんだ。黄巾党に身を寄せた理由だってやることがなかった、ってのが一番の理由だ」

「知ってるよ。それで?」

「軍ごと曹操に降伏する」

 

  何、と張曼成と鄧茂は再び驚く。

  程遠志の瞳に迷いはなかった。裴元紹を殴ったときと、夏侯淵に告白したとき。その二つの出来事を思い出させるような瞳だった。行動が飛躍している。

  迷いがないからこそ危うい、と鄧茂は思った。迷わない程遠志は頭脳が冴え渡り、英雄的な行動を起こすことができるが、前だけしか見えていない。止めるべきか、とも思ったが、こうなったら止まらないことも理解している。

 

「黄巾の情報は、曹操も必要としてるはずだ」

「それを売り込めば、悪いようにはならないってわけね」

「そういうことだ。黄巾で得たこの地位ともおさらばになるのは、なんとも悲しいけどな」

「程遠志は、まあまあ顔も知られてたのにね」

「おまえにも悪いな。お前もそれなりの地位だっただろ」

「あれ」鄧茂は悪戯っぽく笑った。「僕は程遠志と一緒に行くなんて言ってないけど?」

 

  え、と程遠志は馬鹿みたいな顔になる。「来てくれないのか?」と弱気が声に出たように言う。

  にひひ、と鄧茂は笑う。

 

「冗談だよ。程遠志が逃げるなら、僕も逃げないわけがないじゃないか。付き合うよ」

「だよな」程遠志は胸を撫で下ろした。「びっくりさせるなよ、怖えな。来てくれると信じてたぜ」

「程遠志に一生付いてく、って昔約束しちゃったからね」

 

  そう言われて、程遠志はそういえばそんなこともあった、と思い出す。そんな軽い約束を後生大事に覚えていたなんて、女みたいな奴だな、と思ったが、鄧茂の場合冗談にならない。初対面の人間が彼を男と見抜くことなど中々できないし、程遠志自身、たまにふと間違えることがあった。

  さて、と程遠志は張曼成の方を向く。真っ直ぐな瞳が、二つ、ぶつかり合った。どちらも逸らさない。

 

「張曼成は、どうする。無理強いはしねえぞ」

「程遠志は、どうしてこの場で話した?」

「なに?」

「俺がもし、黄巾党に伝えたらどうするんだ」

「なんだよ。そんな詰まんねえことを考えてやがったのか」

「大事なことだと思うが」

「まったく大事じゃねえよ。だって、そんなことしねえだろ、お前は」

「どうして言い切れる」

「どうしても何も、お前はそういう奴だ。俺はわかってんだよ」

 

  理不尽なほどまでに決めつけが混じった言葉だった。だが、張曼成は、その言葉を受けて突き抜けるような爽快感を覚えた。

  信用だとか、信頼だとかではない。こうであるに違いない、という鋳型に流し込んだような自己中心的な偏見が、底抜けた程遠志という人柄を表していた。

 

「俺も抜ける」

「お、マジか。安心した。なんたってよ、俺はお前たちしか友達がいねえんだ。断られたらどうしようかと思ったぜ」

 

  程遠志は自嘲した後、ぱん、と手を叩いた。

 

「よし、それならこれから作戦会議だ」

「作戦会議?」

「曹操軍に降伏するんなら、俺の率いる兵士はあんまり黄巾党に忠誠心を持ってないやつの方が嬉しいんだよな。どの兵を率いるかの裁量権は、なんとか認めてもらったから、今から演習している兵士の様子を見に行くぞ」

「あー、そういうことね。誰か当てはあるの」

「俺が友達少ねえこと知ってるだろ?」

「だよね」

 

  小憎たらしい笑みを浮かべる鄧茂を見て、あ、と程遠志は思い出した。

  会議の時に、程遠志の傍にいた腰の低い男。戦意はなく、曹操軍に勝てる未来はないと考えている様子だった。あの会議に参加している程度の地位にいる人間なのだろうが、それでも、人手にはなる。

 

「いや、一人いたわ」

「え。誰?  友達?」

「友達ってほどじゃねえよ。単に、当てになりそうな奴が一人いるってだけだ」

「程遠志に友達ができるんなら僕にまず教えてよね。正式に審査するし」

「どんだけだよ。女の嫉妬じゃねーんだから」

 

  お前は冗談にならねーんだよ、と程遠志が言うと、鄧茂はまた、悪戯っぽい笑みを浮かべた。本当に洒落にならねえ。程遠志は、一つ溜息を吐いた。

 

 

 

 

  兵士が集まったのか、集まってないのかで言えば、確かに集まった。しかし、程遠志の顔は今一冴えていない。その原因は、彼の楽観視にあった。

  戦意のない者も大体三百人はいるだろう、と考えていたが、その実。蓋を開けてみたら集まったのは二百人にも満たなかった。厳政にはそれだけでいいのかと心配され、裴元紹には鼻で笑われた。別段、降伏する以上兵の数にそこまで必要性は感じられなかったが、こうも自分の人望の無さを感じると流石に苦笑を抑えきれない。程遠志は、そう嘯いた。

 

「いよいよだな。鄧茂、張曼成、緊張はしてないか」

「してないよ。戦争は割と慣れてるし」

「俺も、初めてではない」

「よし、それならいい」

 

  これから、厳政の演説が始まる。それから砦を出て、曹操の街を襲い、軍を誘き寄せて一戦する。どこで降伏するかが重要だ、と程遠志は思った。機会を見誤れば、黄巾党の中で孤立し、嬲り殺される。

 

「そういえば、程遠志」

「どうした」

「疑問だったんだけど、裴元紹って人はなんで程遠志をこの戦いに行かせたの?」

「あいつも馬鹿じゃねえ。この戦いで曹操に俺らが負けることを理解してるのさ。そこで死んだら万々歳、逃げ帰ってきたら適当な理由をつけて殺す気なんだろう」

「なるほどねー。でも、程遠志が黄巾党を裏切ることまでは読めなかったわけだ」

「そこまでは無理だ。頭が悪くねえって言っても、別にいいわけじゃねえ。あいつは精々俺が帰ってくるのを指くわえて待ってるのが関の山だ」

 

  その言葉を聞き、ふうん、と鄧茂は気のない返事を返した。彼の中で疑問は解決したらしい。

  そして、気がつけば厳政が演説を始めていた。おや、と程遠志は思う。会議の時に見た頼りない印象は鳴りを潜め、多少生真面目すぎるきらいはあるものの、壇上から力強い言葉をこちらへ投げかけていた。演説の才は文句のつけようもない。

 

「中々、弁が立つ人だね」

「それが理由で張宝様の付き人に任命されたのかもな」

 

  兵士たちも、直立不動で厳政の言葉を聞いている。程遠志は認識を改める必要を感じた。

  曹操との決戦の大将を押し付けられたのではなく、彼が適任だった、と言ってもいいかもしれない。少なくとも、出陣前の演算によって兵卒たちの手綱をしっかりと握られるのは、この砦において厳政しかいないだろう。

 

「程遠志、俺たちはどこの村を襲うんだ?」

「知らねえよ。黄巾党なんて行き当たりばったりな奴らが多いんだ。少なくとも、前の会議では決まってなんていなかった」

「随分と、適当な作戦だな」

「曹操の軍を誘き出すのが目的なんだろ。どこを襲うかは大した問題じゃねえ」

「だとしても、だ」

「まあ安心しろよ。少なくとも、今はもう決まってるだろうしな」

 

  少し張り詰めた様子の張曼成とは対照的に、余裕綽々と程遠志は笑っていた。笑いながら、厳政の方を軽く窺っている。

 

「お、丁度いい。今からどこに向かうのか教えてくれるらしいぜ」

 

  演説はいよいよ終局を迎えていた。厳政の口から流れ出る熱は、兵卒に移り、砦に残る臆病な男たちにも移っているようだった。まるで曹操との戦いが既に決したような、もう勝ちを収めたような多幸感が出ている。

  厳政は胸を張って言った。「北西の村へ向けて、攻め込む」淡々とした言葉だったが、それを受けて、兵卒たちは雷のように咆哮した。

 

「北西の村って、随分と適当な」

「別にいいだろ。現に、北西方面の村なんて一つしかないんだし」

 

  そこまで言って、程遠志はあれ、と首を捻った。何か忘れているような気がする。なんだったかな、と考えていると、鄧茂も、張曼成も同じように首を傾けていた。

  その数秒後、同時に思い出した。程遠志は肩をビクつかせ、鄧茂は目が泳ぎ、張曼成は頰から汗を流した。

  先日、夏侯淵と遭遇した村ではないか。程遠志は何か嫌な予感が、胸の中でむくむくと育ってきているのを感じた。そして、その予感が育ちきるのを待つことなく、壇上の厳政は、自分の演説に酔ったように叫んだ。

 

「曹操軍の大将は、恐らく夏侯淵。我が軍の方が兵力は優勢である!  一揉みに叩き潰すのみだ!」

 

  嘘だろ、と程遠志は零した。

  嘘じゃない、と鄧茂が呆然とした。

  張曼成は何も喋らない。喋れない。








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