真・恋姫†無双~程遠志伝~   作:はちない
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第4章 張邈決戦編
張邈決戦編 第一話


 

 

 

 袁紹が、少しずつ勢力を伸ばし始めている。張曼成は真面目な顔で静かにそう語った。

 ―――とは言っても、それを聞く鄧茂と程遠志はまともに人の話を聞く姿勢ではない。程遠志は半分夢の中にいたし、鄧茂はうつ伏せで甘味を食している。厳政だけがまともにうんうんと頷いていた。

 別に、それを見ても張曼成は不快になどならない。彼らの間では、寧ろその態度こそが正常であり、厳政の態度こそが異常だった。好きな時に好きな話をして、好きなようにそれを聞く。それだけのことだった。

 

「公孫瓚もどうやら袁紹に追い詰められているらしい。兵力的に見ても、将の力量差を鑑みても、もう一月と持つまい」

「随分と、早いですね」

「その次には、曹操様との決戦が待ち受けていることだろう」

「へえ」そこで、程遠志は、目を擦りながら起き上がった。「曹操様と袁紹は昔馴染みじゃねえの?」

「それを気にする方ではないだろう。あくまで、俺の主観では、だが」

 

 張曼成は静かに言い、程遠志は「まあそうか」と頷き、そこで、何かを思いついたように「そういえば」と続けた。

 

「もしそうならよ、もう一人の昔馴染み―――張邈って人は、どう動くんだろうな」

「わからん。曹操様にも、袁紹にも同じように接する人だった、としか覚えていないな」

「俺も、一回話したけど快活な人だとしか分からねえや。隣にいる妹の張超? はいつも苦虫を噛み潰してそうな顔だったが」

「あれ」鄧茂もそこで、話に入ってくる。「僕が話した時は良い感じの人だったけどな、張超さん」

 

 程遠志と鄧茂は顔を見合わせる。

 そうだったかな、と程遠志は思い返してみるが、彼の脳内の張超はいつも張邈の近くに侍り、いつも顔を引き攣らせていた印象である。

 

「程遠志の顔が怖かったんじゃないの?」

「馬鹿、俺は喋ったことねえよ。張邈の近くにいる時しか見てねえし」

「姉妹間の仲が悪いとか?」

「そんな噂は聞かねえけど―――まあいいか。考えても仕方ねえ話だな」

「僕たちの馬鹿話なんて、八割は考えても無駄な話だからねえ」

 

 張曼成は、一緒にするな、と小さくぼやいた。程遠志の話は女と酒が殆どだし、鄧茂は甘味か程遠志に関わる話題が大半を占めている。厳政は基本的に聞き役に回るし、この中で真面目な話を好むのは張曼成だけだった。

 

「ああ、そうだ。つーかよ、俺にも話したいことがあったんだった」

「なんだ」張曼成が微笑しながら言う。「また酒か?」

「なに」鄧茂がしかめっ面になる。「女の子のこと?」

「ちげえよ。俺の話題だって他にもあるわ。新しくよ、我が曹操軍に入った軍師のことだよ」

 

 誰だっけ、と鄧茂は小さく思う。少ししてすぐにその顔が浮かんだ。飴を舐めている小柄な少女と、眼鏡をかけた真面目そうな少女。む、と顔を固まらせる。

 

「女の子のことじゃん」

「好いた惚れたの話じゃねえっての。その二人―――程昱と郭嘉によ、俺のことを知られてたんだよ」

「どこかの戦場で見られてたの?」

「や、趙雲の知り合いらしくてよ、なんか俺のことを知ってたらしい」

「へえ。あの飲み比べのこと知られちゃったんだ」

「そう、それだよ」程遠志は身体を乗り出して喋り続ける。「だからよ、二人にも一応今度飲もうぜって誘いをかけたんだよ」

「……?」厳政が微妙な表情を浮かべる。「何が、だから、なのかよくわからないんですが」

「とにかく、だ」程遠志は意にも返さない。「そうしたらだよ」

 

 程遠志はそこで言葉を止めて、息を吸い込んだ。溜めるね、なんて横から茶々を入れられるが、それすら無視する。

 十分に間隔をあけて、どれだけ時間を取るのだ、と張曼成が呆れだした頃に口を開く。

 

「俺の顔がよ、血だらけになった」

 

 はあ? と張曼成は珍しくも茫然とした顔になった。厳政は意味が分からないと呟き、鄧茂に至っては程遠志の心配をし始めた。

 程遠志はその反応の良さに少し笑い、言葉を続ける。

 

「郭嘉の方がよ、俺がそう言うや否や鼻血を吹きだしたんだよ」

「鼻血? なんでさ」

「俺と酒を飲むことが、そっくりそのまま破廉恥なことに変換された、だそうだ」

「それは確かに間違いじゃないけどさ」

「おい」程遠志は真顔になる。「間違いだろ」

「でも、鼻血を出すほどってのは面白いね」

 

 だろ、と程遠志は愉快そうに笑いながら続ける。

 

「もう一人の程昱の方はそれを当たり前みてえな顔で見てるしよ、中々の変わり者だぜ」

「よく飴を舐めてる人ですよね」

「そうそう。程昱は、なんか俺の流れに興味津々って感じだったな」

「嬉しそうだね、程遠志」

「そりゃな。あんな子供によ、俺の顔を見て怯えられなかったからよ」

 

 そう言いながらも、孔明と龐統。許褚や荀彧―――様々な、程遠志から見て子供の者が、自分に怯えず平然としていることに気がついた。

 曹操軍に入ったからだろうか。出会う人間も、話す人間も、皆胆力のある者ばかりだ。黄巾の頃とはまるで比べものにならない。

 

「……程遠志は、最近よく子供と絡んでる気がする」

「そうか? 言っても孔明だとか龐統だとかとだろ」

 

 あれも、絡んだっていうよりかは絡まれたって言うべきだしな、と程遠志は続ける。

 

「だとしても、さ」鄧茂はどことなく心配そうになった。「程遠志の好みが歪まないか心配だよ」

「心配してくれて何よりだけどよ、俺の好みはいたって普通だよ。一般的だ」

「ですよね」厳政が口を挟んだ。「ぼくから見てもわかります―――程遠志さんの好みは夏侯淵さんとか、鄧茂さんとかですよね」

 

 三人の目線が厳政に集まる。

 張曼成は微笑を浮かべながら、程遠志は目を瞬かせ、鄧茂はにっこりと微笑んだ。

 それが本心からなのか、あるいは鄧茂の気持ちでも忖度して、気を利かせたのか。

 程遠志には判断がつかなかったが、前に厳政が言っていた「案外、女性の気持ちには敏感なんです」というものは嘘なんだろうな、と察した。そもそも、性別がわかってねえじゃねえか。張角三姉妹と上手くやれているのか、小さく心配になる。

 

「……あのな、厳政」程遠志は溜息を吐きながら言った。「俺からすればよ、そっちのが数倍歪んでるよ」

 

 

 

 

 取り留めのない話は、続けば続くほど楽しくなるものである。眠くなったら各自で眠り、起きている人間は話続ける。

 誰かに強制されるわけでもなくそんな風に過ごし、楽しい休暇を満喫していた四人が気がつくと、外はとっくに陽が落ちていた。そろそろ飯でも食いに行くか、と程遠志は言う。

 

「えー、僕割と、お腹膨らんじゃったな」

「甘いもんばっか食ってるからそうなるんだよ。俺はもー限界だ。お前らもだろ?」

 

 張曼成と、厳政もその言葉に二、三度頷いた。鄧茂はむ、と口を膨らませる。

 

「多数決でも勝てなそうだね」

「四人で多数決はしたくねえな。二対二になったらよ、何にもできなくなっちまう」

「いいよ。それじゃ、軽くご飯食べようかな。どこ行く?」

「それなら」厳政が、軽く手を上げて言った。「最近できた、ちょっと高めの料理屋に行きませんか?」

 

 どこだ、と疑問を唱える者はいなかった。街の中央にできた大きな料理屋は、誰もが見た場所である。

 

「いいけどよ、なんか行きたい理由でもあんのか」

「張宝さまに、今度美味しい料理屋に連れてけ、って頼まれたんです。その下見を兼ねてどうかなって」

「羨ましいね。でもよ、この時間なら空いてるかもしれねえけど、俺はそんな金を持ってねぞ」

「奢りますよ。ぼくの都合に付き合ってもらうんですから」

 

 お、まじかと程遠志は小躍りする。金がねえ、とよく彼がぼやいていることは、他の三人も言うまでもなく知っている。そんな、如何にもな反応に厳政は小さく噴き出した。

 

「善は急げだ。満員です、なんて言われたら最悪だし、さっさと行こうぜ」

 

 気分よさそうに程遠志は笑いながら、外に出ようとする。てくてくと扉の方へ歩いていき、鄧茂たちもそれに続く。

 飯を食って、有意義な休日を過ごし、明日からまた働く活力をつけねえとな。程遠志はそう呟いた。後ろに続く三人も、そうなるだろうと疑わなかった。

 

 扉を開けた途端、程遠志は固まった。目の前に人がいたのである。見たことのある顔、人間だった。向こうも彼がまさかこんなに扉の近くにいたとは思いもしなかったようで、少し戸惑った様子を見せた。

 楽進だった。黄巾を平定し、その宴で程遠志が絡んだ相手。

 嫌な顔でもされるかな、と程遠志は思ったが、楽進はそれどころではない、という様子だった。

 

「程遠志殿。緊急だ。急ぎ、集まってほしい」

「緊急? なんだ、会議でもするのか」

「そうだ。臨時で開かれることになった。他の用事もあるだろうが、申し訳ない」

「まあ、いいけどよ―――料理屋は中止だな、厳政?」

「不幸ですね」厳政は肩を落とした。「今日くらいしか行けなかったんだけどな」

「無駄話をしている時間はない!」

 

 楽進は怒りよりも、焦燥が強く含まれた声色だった。なんだ、と程遠志らも真剣な表情になる。

 楽進は扉の外に出て走り出した。程遠志たちがついてこられるような、配慮した速さではあったものの、そもそも駆けていかねばならないという状況に程遠志は違和感を覚えた。そこまでの緊急事態が、起きたというのか。

 

 

「一体全体よ」程遠志は走りながら聞く。「何があったってんだ」

「華琳様の―――父親が、殺された」

「なに?」

 

 

 程遠志は動きが固まった。混乱し、一瞬足が止まる。

 屋敷の中だというのに、誰の耳にも風の音が聞こえた。それは、この場の誰もが抱いた動揺や、狼狽に似た音だった。

 

 

 








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